Tale 32. 貴族邸宅の調査(3)
「オラリア殿、くれぐれも不審な行為は避けて下さいね」
高級な階段を上りながら、グランは釘を刺した。
「心配しなくとも、何もしませんよ」
悠々自適かつ余裕な表情でオラリアは続ける。
「それよりも……。正直に話されてはいかがです?」
「……何を、でしょうか?」
「ここに来た本当の目的に決まっているじゃあないですか。『報告書に不審な点があった』との事前通達を受けて、私はこの捜索を許可していますがね……。今時、そんなあやふやな理由がまかり通る場所は少ないですよ」
「それにしては随分と自信がおありのようで」
グランは冷静に言い返す。
「そりゃあ私は、やましいこと何一つ、しちゃあいませんからね。隠すような物事もありませんよ!」
「つまり、報告書の内容に嘘偽りはない……ということでしょうか?」
「そうですとも。国の機関に提出する物に嘘を織り交ぜるなど、しようと思ったことは一度もないですなぁ。それこそ、そちら側と癒着でもない限りはね。グラン殿もそれなりの権威者であるならば、察しはつきましょう?」
「……なるほど。よく分かりました」
グランには反論することは一つもなかった。
「では、率直にお聞きします。レストルカでの活動記録、より詳しくお聞かせ願えないでしょうか?」
「その件ですか。いいでしょう」
オラリアは緊張をほぐすため、壁に寄りかかる。
「村の発展のために現地の事業を手伝ったのですよ」
「どんな事業でしょうか? 報告書にはそこから先の具体的な記述がありません」
「何、単純な話です。レストルカが鉱山資源に恵まれているのは周知の事実。しかしそれを獲得する技術が未発達でした。村の人々に頼まれ、道具の提供や簡易的な設備の製作に携わりました」
「そういう事でしたか」
グランは表面上は受け入れている。しかしながらだ。
(奴の言っていることは恐らく正しい。はぐらかせるように、そしてカモフラージュできるように準備しておいた既成事実だ。やはり核心には触れない……か)
当事者から真実が聞けることはまず期待していない。自分の手で明らかにするしかないと再確認した。
「しかし私が知りたいことは、そこではありません」
「……意味を理解しかねますな」
「レストルカの鉱山絡みと言えばそうかもしれませんが、正確には少し違います」
「……何が言いたい?」
オラリアは鼻で笑っていた。
「近々耳にしましてね。トルカルビーが人工的に生産されたとか」
それまでそっぽを向いていたオラリアは目の色を変え、ゆっくりとグランを直視した。
二人とも何も言わずに見つめ合った。
「……トルカルビーの人工生産? 何を言い出すかと思えば……。トルカルビーはレストルカの名産とも言える希少鉱物。それを人工的に作り出すなんてこと、できるはずがない」
「本当にそうであれば、私も安心なんですがね」
グランは皮肉を込めて言う。
「……私を疑っているのですかな?」
「だから今こうして調査をしているんです。あなたはレストルカに何度も訪問している。振興事業と謳っておきながら陰で動くことは造作もないでしょう。ましてや帝国と癒着でもあるならば……ね」
「……これは随分と重大な嫌疑をかけられたようですね。いいでしょう、それならば気の済むまで存分にお調べになって結構」
「もちろん、最初からそのつもりです」
グランは背を向け、目の前の部屋の戸を開けた。大きな態度をとっているオラリアにかまっている時間が惜しい。
そう思っていると後ろから、
「だが、もし私の身の潔白が証明されたら。……その時は相応の対応を取って貰いますよ」
低い声色の威圧的なオラリアの声が耳に響いた。
その時はグランも少し怯んだようだ。
振り返らずとも分かった。オラリアに睨まれ、怒りを買ってしまったことを。
しかし片っ端から調べても、手掛かりを見つけることさえできなかった。オラリアの自信はその用意周到さから来ていた。
「何か見つかりましたか、グラン殿?」
オラリアは小馬鹿にしたような態度で言った。
「そうですね……。これと言って……でしょうか」
「これで私への嫌疑は晴れましたかな?」
「そうとは言い切れません。もうしばらく精査する必要がありましょう」
オラリアは聞こえるか否かという程度の舌打ちをし、グランを強く睨んだ。
「私は残りの数部屋を調べます。ご協力……」
「わぁあああーーーっ!」
そんな時、階下より大きな物音と悲鳴が聞こえた。
グランもオラリアも一瞬で振り向いた。
「何だ、今の声は!?」
「さ、さあ……」
仲間の安否が心配で気が気でなくなったグランは、一目散に階段を駆け下りた。
「何があった!?」
音の発生した部屋を特定し、グランは駆け込む。
そこにはうつ伏せで床に倒れ、血を流しているアルマ。加えて、彼女に近づこうとしているライとジアーレイが。
「危ないので離れて下さい、グラン様!」
ジアーレイは声を張って伝えた。
アルマの周辺は近寄り難かった。陶器の破片、それから生花に水が散乱していたからだ。
「ごめんなさい……。角に躓いて……花瓶を落としちゃって……」
アルマは大した怪我ではなかった。
動こうとするも、ジアーレイに制止された。
「アルマ様、今片付けますので、そこを動かないようにお願いします」
ジアーレイは掃除道具を手早く取って来ると、破片と生花を取り除き簡単に水を拭き取って、アルマが動ける範囲を確保した。
「大丈夫か、アルマ!?」
「はい。それよりも、私、やっちゃいました……」
アルマの顔は青ざめている。力もどこか抜けきっているように見える。
「こんなに高そうな壺を駄目にして……弁償……でしょうか……?」
「お、お、落ち着けよ」
口元の震えるアルマ。彼女を何とかなだめようとするライも、気が動転して彼女の肩に置いた両手の震えは止まらない。
「気になさる必要はありません。元々、落下しやすいあのような場所に花瓶を置いた私の責任です」
「ほ、本当ですか?」
涙目で聞くアルマ。手持ちの財産では十分に弁償できるかどうか不安だったのだろう。
「はい。ですよね、オラリア様?」
ジアーレイは遅れてやって来た、というよりかは慌てずに様子を見に来たオラリアに目を合わせた。
「ふむ、そうですな。あなた方に弁償してもらおうなどとは考えていません。故意にやったならともかく、事故であるならば責め立てる理由はどこにもありませんからな」
「広いお心遣い、感謝致します」
グランは深く礼を述べた。
「構いませんよ。それよりも、調査、続行されるのですかな?」
オラリアに言われて、グランたちはハッと我に返った。誰もが高級品を壊してしまったという事実に支配されていた。
「私は大丈夫です。心配おかけしました。さあ、再開しましょう!」
「……いえ、今日はこの辺りで失礼します」
「えっ……。私は本当に大丈夫ですよ、グランさん」
「口ではそう言っても、周りから見れば隠し通せないことだってあります。今のアルマさんは疲れています。これ以上ここにいても、得られる物も得られません」
グランはキッパリと告げた。
アルマは彼の言ったことを素直に受け入れ、三人はオラリアの屋敷を後にした。
「アルマさん、すみませんでした」
一般人が行き交う中央市街地に戻って来てから、グランは足を止めた。
「どうしたんですか、急に!?」
「いえ、慣れないことをさせてしまって心労も大きかっただろうと思いまして。アルマさんもこんなことをするのは不本意に違いなかったのに……」
「やめて下さい。私が自分でやると言って決めたことです。最後までやり通しますよ!」
アルマは笑顔で言った。片腕には手当てしてもらった、破片による切り傷を包帯で巻いたものが。
「……そう言って貰えると、とても助かります。改めて、引き続きよろしくお願いします」
「はい! 頑張りましょうね!」
アルマとグランはそれなりに仲良くなっていた。今回が初対面かつ仕事でしか接点がほとんどないというのに、一体なぜ。共通点と言えば、ライとそれなりに付き合いがあるくらいだ。
誰とでも仲良くなれるのは、アルマの人柄のおかげかもしれない。
一方で、ライはジト目で二人を眺めていた。
「おいおい、グラン。慣れないことをしてるのは俺だって一緒だろ」
「なんだ、慰めて欲しいのか? 全く、子ども扱いして欲しいのか、大人扱いして欲しいのか、どっちなんだ」
「なんだよ、その言い方。もういいよ!」
ライはプイっとそっぽを向いた。
同刻、オラリアの屋敷にて。
見落としがないか、花瓶の破片の片付けも含め、部屋の掃除中のジアーレイ。その隅に何回かに折り畳まれた一枚の紙を発見した。
「これは……。あの方々の忘れ物でしょうか」
掃除道具を壁に立て掛け、紙を広げてみる。
「……」
ジアーレイはそこに書かれていることにサッと目を通し、紳士服の内ポケットに仕舞った。
「ジアーレイ」
呼んだのは、他でもないオラリアだ。
「オラリア様……。如何なさいましたか?」
「話があります」
「場所を移しましょうか?」
「いや、そのままで結構。分かっているかとは思いますが、先の者たち……」
「はい。まさかとは思いましたが、同感です。こちらをご覧下さい」
そう言って、ジアーレイは仕舞ったばかりの紙をオラリアに手渡した。
「……なるほど。そこまで掴まれていましたか」
オラリアはため息まじりの鼻息を吹いた。
「今後の対応は如何致しましょう……?」
「もちろん、このまま向こうのペースに乗せられるわけにはいきません。より強固に隠蔽しなくてはいけないでしょう。その協力を取り付けて頂きたい。ですが、その前に……」
次にオラリアから発されたことに、ジアーレイは目を見開いた。
「そ、それは流石に……」
「やらなければ、こちらがやられます。これは命令です。早急に行動して下さい……ね」
「……かしこまりました」
オラリアの不敵な笑みの前に、ジアーレイはそれを受け入れるしかなかった。




