Tale 32. 貴族邸宅の調査(2)
一息つくと、本腰を入れての調査が始まった。
二手に分かれることにし、ライとアルマは一緒に行動することになった。単独で行動させては不安で、危険すらグランは感じていた。
二人がオラリアから向けられる冷徹な視線に怯えているようだったからだ。だからグランは念には念を入れて、オラリアを二人から引き離すようにした。
屋敷の一階を二人に任せ、その案内をジアーレイに頼んだ。主よりかは使用人の方が、幾分かは感じるプレッシャーは少ないだろう。そしてジアーレイを側に置くことで、怪しい動きをさせないという、ある意味で相互の監視体制を作り上げることに成功した。
それはもう一方の組、グランとオラリアも同じだ。彼はオラリアの私室がある二階の調査を買って出た。
ライとアルマの調査。
グランを見届けた後、応接室に残された二人とジアーレイ。
「さて、調査を始められますか?」
ジアーレイは優しく尋ねてきた。
味方面と言えば悪く聞こえるかもしれないが、彼の対応は決して他人を無下に扱わない。それがライたちに淡い期待を、時々抱かせていた。
「ジアーレイさんは優しいですね」
「当家の使用人である以上、お客様には丁重に接しなくてはいけません。仕事だからと言ってしまえばそれまでですが、人に限らず物も大切に扱えば愛着が湧くものです」
「へぇ……。もしかして、外の庭の手入れとかも全部ジアーレイさんが?」
ライの問いに、ジアーレイは頷いた。応接室の大きなガラス張りの窓の景色を眺めて答えた。
「庭園造りは私の趣味でして。木々や花の手入れから池の魚のお世話まで、全てやらせて頂いております」
「そうなんですか」
会話を弾ませるほど、ジアーレイのことが善人に見えて仕方がなくなってくる。屋敷に入ってから二人を締め付けていた嫌な雰囲気は消えていた。
「はい。それと、もしオラリア様のことで気分を害されたのであればお詫び申し上げます。あの方の人相の悪さは昔からでして……」
ジアーレイは自分の非を詫びるように頭を下げた。
「最初はちょっと怖かったですけど、今は大丈夫です」
「安心致しました、アルマ様。外見で人は判断されてしまうと良く言いますが、私はオラリア様の内面を長い間近くで見て参りました。非道な行いだけはしていないと信じております」
「本当に何もなければ、私たちもそれに越したことはないです。少し油を売ってしまいましたが、始めましょうか。……ライ?」
ライは少し落ち着きがなかった。三人になってから、ジアーレイと言葉を交わしてから余裕が生まれたのか、そんな様子だった。
「ああ、悪い悪い。ジアーレイさん、案内して貰えますか?」
「承知致しました」
三人は応接室から移動し始める。
「……と言いましても、調査されるようなモノはきっとこの階にはございません」
「そんなこと、やってみなければ分からないと思いますが……」
「いいえ。このフロアは生活のための共用スペースが多いのです。ですので私用に関わるような物は置いていないという意味です」
「そうですか……。ですが私たちは今日、仕事をしに来ました。最低限出来ることはやって帰らないと!」
「若気の至り……ですかな。見た所、あなた方はこういった調査ごとに慣れてはいないようで。正門でお見掛けしました時から、落ち着かない様子でおられましたし」
「……はい。貴族と関わりを持つのは初めてです」
アルマは正直に答えた。
「やはりそうでしたか。しかし心配なさらないで下さい。あなた方を権力でどうこうしようとは、オラリア様も考えておられないはずです。もし何かあれば、敷地内にいる際、私を頼って下さっても結構です。立場上、あなた方の調査に大いに関わることはできませんが、精一杯サポートさせて頂きます」
「ジアーレイさん、ありがとうございます」
アルマは改めて安心した。
「さて、こちらが厨房になります。本当にその周辺の設備しかございませんが、気の済むまでお調べ下さい。自由に触れてもらって結構です。私はここで待機していますので」
人が何人も住めるような広さの厨房は、焦げ付いた汚れはほとんどない。明かりが反射したステンレスのキッチン台が眩しかった。
こんなに綺麗に掃除された場所を、ライたちは薄い希望を胸に捜索したが、ジアーレイの言う通りキッチン用品だけが手に取れた。
「……何やってるんですか、ライ?」
アルマが足元を見ると、ライは厨房の床に這いつくばっていた。
聞き耳を立て、手に力を入れて大判の正方形のフローリングタイルを押しているように見えた。
「こういうのって、床が外れて地下への隠し通路が……とかよくあるだろ? それがないか捜してるんだ」
「そういうものなんですか? 私にはよく分かりませんが。確かに、普通とは異なった観点で探してみるのは効果的かもしれません」
ライの様子を眺めていたジアーレイは笑った。
「はははっ! 面白い考え方をなさる。ですがそんな隠し通路、この屋敷内にはありません」
「……みたいですね。でも、これは何でしょう?」
ライは体勢を直し、拳を開いて見せる。
「何ですか、これ?」
アルマはライの手から、その赤い欠片のような物を摘まんだ。
するとジアーレイも気になったのか、厨房の彼の所まで近づいて顔を覗かせた。
「これは……」
それ以上の反応はなかった。強いて言えば、ライはジアーレイがその欠片に少し手を伸ばしかけたのを確認した。だからか、
「ジアーレイさん、何か心当たりでも?」
と話を振ってみた。
「いいえ。恐らく、設備のどこかに欠損が生じていたのでしょう。これは私の管理ミスですね」
「そうですか。念のため、こちらで預からせて貰いますね」
「……承知致しました」
ジアーレイは重く頷いた。
「よし! これでキッチンの調査は終わりでいいかな。ジアーレイさん、次の部屋に案内して下さい」
次に連れられた場所は、屋敷の建物全体からしても小さな部屋。
「ここは……」
「はい。ちょっとした展示室でございます。色々な物が収納されているので、何か見つかるかもしれませんよ」
「へぇー。……って、さっさと調べちゃおう」
きちんと整頓されているため、適当な順路でショーウィンドウを眺める程度だった。調査というよりかは、見学会になっていた。
見慣れない宝飾品が多く、二人は度々足を止める。それが手掛かりになるかどうかはさておき、純粋に魅入っていた。
「こういうのって、どれくらいの価値があるんですか?」
「そうでございますね……」
ジアーレイはそう言いながら白い手袋をはめ、ケースの陳列から物を一つ取って見せた。
二、三センチメートルほどの、細かく角張った宝石のような見た目。しかしよく見ると、それが瞳に見えた。
「例えば、お二方はこちらが何に見えるでしょうか?」
「石……かな」
「わ、私もそうだと思います」
予想通りと言わんばかりにジアーレイは頷く。
「確かに見かけはそうでしょう。ですが、こちらは“魔女の瞳”と呼ばれております」
「魔女の瞳? それが元々は生身の人間の物だったとでも?」
ライは全く信じることができなかった。そのようなコンセプトの模造品、あるいは義眼をそのように謳っているならばまだ分かる。しかし彼の目に映っているのは、良く言っても珍しい石なのだ。
「“魔女”とは人間なんて生易しい存在ではありません。遥かに魔術の扱いに長けており、その力を善く使おうとしない、残忍な者のことです」
「でも“魔女”って、実在しませんよね?」
そんなアルマの一言に、ライは驚く。魔力が存在し、魔術という代物がある世界だ。そのどこかに魔女なる者が今もいると思い込んでいたからだ。
「え、そうなの?」
「“魔女”は伝承に語られる存在です。『歴史上、魔術に長けた者を、それを妬んだ者が陥れようとした』と私は本で見ました」
「まさに仰る通りです。そしてその際に行われたのが魔女狩り。魔女裁判とも言われております。魔女狩りに遭った者は恨み辛みを重ね、その結果生み出された物が、この“魔女の瞳”と言う訳でございます」
ジアーレイの説明を受けてから、ライは“魔女の瞳”から無意識に目を逸らしていた。実話であろうが逸話であろうが、恐ろしさは多分に伝わった。
しかしアルマは動じていない。
「魔女なんて、所詮は架空の存在です。でも……貴族の方々は、そう言った物に価値を見出しているのですね」
「左様でございます。それが本物か偽物か、と言うのも重要な点ですが、浪漫を追い求めるのも悪くは無いのかと私は思います。……と老いぼれの戯言はこの辺りにしておきましょう。さあ、調査をお続け下さい」
高価だと思われる品に触るわけにもいかず、その後も順々に見て回るライとアルマ。感嘆の声を上げるばかりだったが、
「ここって、何が入ってたんですか?」
とライは尋ねた。
等間隔に並んでいる中、一つ抜け落ちがあればすぐに気付いた。
「そちらには、ブローチが入っておりました」
「ブローチですか」
「はい。王家の紋章が入った、一定の功績を残した者に与えられる物だったかと。……おかしいですね、確かにこちらに保管していたはずですが……」
ジアーレイも知らなかったようだ。彼は記憶を辿るが、思い当たる節はないらしい。
「分かりました。ありがとうございます」
こうして二人の調査は進んでいった。




