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Tale 32. 貴族邸宅の調査(1)

「ここがお貴族様のお屋敷か」


「イメージ通り……いや、それよりも凄いかもしれません」


 まだ敷地外なのに、大仰な黒鉄の門を前に絶句しそうなライとアルマ。


 ただでさえ凡庸な見た目の冒険者二人だ。騎士であるグランがしっかりリードしなければ、相手方のオラリアに舐められるのは自明だった。


「ここから先は敵陣地と思った方がいい。もし嫌な予感がしたら、俺に(ゆだ)ねてくれ」


「分かった」


 そうこうして心を落ち着かせることのできないまま、門の奥から人が一人近づいて来た。黒の紳士服を着こなした老年の男であり貫禄を感じた。


 男は門を僅かに開け、


「ようこそいらっしゃいました」


と渋い声を放った。


「グラン様、お待ちしておりました。それと、そちらの方々は……」


 グランに目を合わせた後で、男は少し戸惑っていた。


「これはご丁寧に、ジアーレイ殿。この二人は、本日の調査の補佐を頼みました冒険者です。事前にお知らせできず、申し訳ありません」


「……冒険者の方……ですか。承知致しました。私はオラリアの使用人を務めています、ジアーレイと申します。以後、お見知りおきを」


 ジアーレイは丁寧に、ライとアルマに挨拶した。


「冒険者のライです。よろしくお願いします」


「同じく冒険者のアルマです。よ、よろしくお願いします」


 緊張気味に頭を下げた二人を、ジアーレイはまじまじと見つめる。

 しかし何も言わずに背を向け、


「それでは参りましょう。(あるじ)がお待ちです」


と三人の来客を招き入れた。




 広い芝生を貫くように舗装された屋敷への石畳を歩きながら、ライはグランに耳打ちする。


「ジアーレイさんってあの貴族の使用人って言ってたよな。物分かりが良さそうで、執事って感じがそのまんま現れてるよな」


「だが奴は何十年もこの屋敷に勤めている。オラリアの前の代からずっとだ。奴が何も知らないなんてことは万に一つあり得ない。奴の表面に騙されるな。常に警戒しておけ」


 グランはジアーレイに聞こえないよう、しかし力強くライに言った。


「考えてみればそうだな。俺が(たる)んでたな」


「その心意気だ。そんなお前にこれを渡しておく」


 グランは折り畳んだ紙をライに握らせた。


「何だこれ?」


「俺が昨日調べた情報だ。使えるかどうかは分からないが、参考資料として持っておいてくれ」


 ライは少し嬉しそうに、その紙をすぐに仕舞った。


「わざわざありがとな。色々して貰っちゃって」


「俺の一方的な要請に、二人が来てくれたんだ。この程度の事、して当たり前だ。それに礼を言われるなら、この一件が片付いた後だ」


「……そうだな。俺もできることは致しますよ、騎士様(・・・)


 ライのわざとらしげな言い草に、グランは表情が緩んだ。


 屋敷の外、その庭園を見渡しても、木々が美しく映えており、池には煌く魚が泳いでいる。庭師を雇っていそうだが、貴族としての矜持には目覚めており、外面を良く見せようとしている。


 グランはオラリアにそんな雰囲気を感じていた。同時に、今回の調査は容易くは進まないだろうということも覚悟した。


 玄関に辿り着くとジアーレイは大扉を引き、その先に待っている主を確認して、お手本のような一礼をした。


「お待たせしました、オラリア様」


「少し遅かったんじゃあないですかな。人を一人連れて来るだけに……ん?」


 オラリアは闇オークションで一見した時から、何も見た目が変わっていない。大きな(くま)はやはり二度見してしまうほど印象的だった。


 そして不審がる目でライとアルマを覗く。場違いな彼らを鼻で笑った。


「オラリア様、こちらのお二人はグラン様に雇われた冒険者だそうです。今回の調査に同席するとのことです」


「ふん……。まあいいでしょう。入りなさい」


 オラリアの態度に、ライもアルマも気が小さくなってしまった。彼の機嫌次第で事態はどうとでも転がりそうに感じていた。


 グランはそんな二人の様子を(うかが)って、(かば)うように前に出た。


「オラリア殿、今回は定期報告書に不審な点があるということで、調査に参りました。よろしいですね?」


「どうぞどうぞ! 気の済むまで調べて下さいな」


 胸を張ってそう言うオラリア。むしろグランに対しては好意的だった。


 それが一周回って不気味ではあるが。


「では失礼します」


 三人はジアーレイに案内されるがまま屋敷の応接室に通された。


 オラリアに対面する形でブランド物のソファーに座ると、しばらくしてジアーレイが自身を除いた人数分のコーヒーを運んで来た。


「まずは道中の疲れを癒して下さい」


 ジアーレイの誘うような言葉に惑わされそうになりつつも、いち早くカップを取ったのはグランだ。


 もし毒物が入っていたら、と考えが及んだのはきっと彼だけではない。ここは自分が先導して二人を安心させなければという思いがあった。


 そしてグランには、いかなる劇物がコーヒーに混入していようとそれに耐えられるだけの自信があった。


 ゲーム時代、クロス・ファンタジーを遊んでいた時の話だ。


 グランの役割は前線で敵を受け止める盾役。それを全うできないよう阻害するものならば、彼はその存在を極力許さなかった。仲間のために攻撃を受け止めるのは当然だが、よりたくさんの攻撃を余裕を持って耐え切りたい。だから各種状態異常に耐性を獲得し、不落要塞の育成(ビルド)を心掛けてきた。


 つまり致死性の毒が入っていようと、昏睡させられるような薬が入っていようと、彼には効き目がないのだ。それでありながら、異物が混入しているか否かは口に含んだ際の違和感で分かるので、すぐに隣の二人に伝えることができるという算段だ。


 そんな人間離れした体になってしまったが、これをうまく活用しない手はない。


 だが、結果はただの杞憂だった。それどころか、手短に作ったにしては上品な出来栄えだった。


 勝手な疑心と、仲間を傷つけさせたくないという思いから、独り心労を無駄にかけてしまったグランであった。

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