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Tale 31. 騎士と姫

【お知らせ】活動報告で告知しましたが、次回更新日12/23~12/31まで一話ずつ更新します

 ミューゼンベルクに大きくそびえる王城。

 その一つの書庫の中。


 グランの対面している机の傍らには、整った字で綴られた一枚の簡易的な報告書が既に置かれていた。横長の机に資料と本を広げ、今は自らの次にするべきことを遂行していた。


(オラリア。奴はバロンと繋がっているはずだ。だからこそ、その尻尾さえつかめれば、バロンがどうやって検問を掻い潜ったのかも分かるはずだ)


 近くに積まれた本は、この王国の長い歴史を記した物だ。グランは物覚えが良く、勉強もできるタイプだが、彼もまたこの世界に()ばれて一月(ひとつき)だ。


 そして今、彼が手に取って眺めている資料は各貴族たちによる定期的な報告書だ。自分たちがどのような活動をしたか、資金のやり繰りの具合など、多岐にわたる内容が書かれている。

 しかしそれを書く者は、貴族たち本人またはその使用人の場合が多い。当然、ありもしないことを書くことはできるし、記載ミスと言えば責任逃れは容易い。それが今の王国の管理体制だ。


 だからこの資料はさほど参考にはならない。無論、真実をそのままに報告する者もいるが、オラリアはそうではない。グランは所々に見られる不審な箇所に、(しわ)を寄せていた。


(金の動きがおかしい。闇オークションにも顔を出す奴だ。自己顕示欲もさることながら、こんなに穏便なはずがない)


 オラリアの報告書を何枚か捲る。


(それに数週間前の出張だ。帝国の『レストルカで振興事業に貢献した』とあるが、これは本当か?)


 レストルカとは、帝国の領土内にある小さな村落だ。元来、小村は知名度がないに等しいが、このレストルカは例外だった。

 隣接する炭鉱がトルカルビーの産地だからだ。その名称も村の名前由来だ。


 そんな村をルビー以外のことで発展させようとするのは、素晴らしいことだ。しかしグランはある噂が頭に引っ掛かっていた。


(トルカルビーの人工生産に成功。これは単なる偶然か?)


 その関連性があるかは、この“表面的な事実”だけでは判断できない。もっと枝葉の分かれた情報網を築き上げなくてはならないが、それでは調査の完了がいつになることやら。


 今はこの書庫室だけが頼りだ。この場所ならば誰にも怪しまれずに、時間を有意義に使うことができるから。グランはそう画策していた。


(分からない。この情報だけじゃ、判断できない)


 手詰まりになり、肩を落とす。


「……グラン!」


 意識が引き戻されたかの如く、グランはそのおしとやかな声に振り向いた。

 長い銀の髪は宝石のように美しく、身に纏うフリル付きのドレス。そこから溢れる品格は、その人物の育ちを証明するのに申し分ない。


「王女殿下、いつからそこに……」


「ほんの数分前です。ノックもしましたし、名前も何回も呼びましたよ」


「全く気付きませんでした。申し訳ありません」


 グランはその場に跪いて、深々と頭を下げた。


「それは別にいいです。それよりも、そんなに根詰めて作業をしても、捗るものも捗りませんよ」


「ですが、急ぎの用ですので……」


「急ぎであっても、です」


 王女は念を押して言った。


「……少し休憩しませんか? 羽休めは大切です」


「大変ありがたいお気遣いですが、作業の途中ですので……」


 笑顔で誘ってくる王女の申し出を、グランは断ろうとする。すると、彼女は子供っぽく少し不機嫌な表情を浮かべた。


「私の言うことが聞けないのですか? グランはいつもそうです。……ならばこれは命令です」


「またその手法ですか……。しかし命令ならば、私が拒否する訳にはいきません。王女殿下には返しきれない恩がありますから」


「ふふっ。グランは素直でよろしいです。では、行きましょう!」


 書庫を出ると、そこは廊下。という訳でもなく、生活感のある白とピンクが基調の一室。

 紛れもない王女の私室そのもので、先の書庫は彼女が所有するものだ。書物の類は彼女が譲り受けた物や自腹で購入した物など様々だが、貴族の報告書は原本の写しを取った物だ。


 部屋の時計を見れば、グランが書庫に籠ってから(はや)二時間も経過していた。これは王女が心配になって様子を見に来るわけだ。


「さあ、召し上がって下さい!」


「頂戴します」


 アンティーク調のカップに注がれた紅茶を味わう。奥深いが、すっきりとした後味で飲みやすい。


「このような場にお誘い頂き、ありがとうございます、王女殿下」


「公式の場でなければ、堅苦しい言葉遣いは必要ありません。それに、その“王女殿下”という呼び方も、他の貴族や王族の方々の前でなければ、しなくてもよいと言ったはずです」


「……ティアナ様は本当にお心の広い方ですね。感謝してもしきれません」


「良いのですよ、グラン。私が好きでやっていることですから。しかしあなたの事情を把握しているのは、私とお父様とその他に少数。肩身が狭くなったりは……していませんか?」


「とんでもありません。私はティアナ様の剣であり盾でもあります。……いえ、剣は余計でしたね」


 グランはティアナに笑顔を向けて、そう言い直した。


「そうですか。ところでグラン、進捗は如何ですか?」


 進捗とは言わずもがな、(くだん)の貴族オラリアの調査についてだ。そもそも、この調査依頼はティアナからの直々の頼みなのだ。


「まだ核心に迫れるような物は何も」


 グランは一瞬、目を瞑って申し訳なさそうにした。


「その割には嬉しそうですね」


「……そんな風に見えましたか?」


「はい。そんな雰囲気が少しだけ伝わってきます。もしかして、グランの捜していたお仲間に会うことができたのですか?」


「ええ、実は。たった一人ですがね」


「良かったではありませんか。目標に向けてまずは一歩前進ですね!」


「ありがとうございます。あいつと一緒に調査を進めますので、今しばらくお待ちいただければと思います」


「期待していますよ。……そうだ、一つ情報を入手できたのでお伝えしておきます」


「情報ですか?」


 席を外し、引き出しを開けたティアナを目で追う。彼女が持って来たのはふくらみのあるハンカチ。

 座り直して、それをグランの方に差し出す。


「これは……」


 ハンカチの包みを開くと、既視感がグランを襲った。

 色褪せた琥珀色の石片が転がっていた。


「騎士団員から受け取った物です。何か知っているみたいですね」


「はい。これは闇オークションへの入場券のような物です。昨日潜伏して来ましたが、やはり違法な取引が横行していました」


「そうでしたか。オラリアの件と並行して、そちらも万事手を打たなくてはいけませんね」


「王国の闇はきっと深い。微力ながらお手伝いさせて頂きます」


「グランがいなければ、私はここまで強気な行動には出ていなかったでしょう。一緒に頑張りましょう」


「はい」


 二人は笑い合った。王族と平民、この二人が壁もなく接することができているのは、ティアナの人格ゆえでもあるが、それ以上に築き上げた信頼が大きい。

 グランは今一度、自分を部隊長に推薦し周囲を説得してくれたティアナに、心の中で忠誠を誓った。


 それを他所に、ティアナは再び席を離れて、備品などが収まっている箱を漁っていた。


「その石が有力な道標になるかは分かりませんが……」


 戻って来た時にそう言って見せたのは、サイリウムのような棒だ。


「それは?」


「魔道具です。グラン、石を渡してくれる?」


 言われた通りに石片を手渡し、ティアナは棒状の魔道具にそれを擦り付けた。

 無色の棒はうっすら光っただけで、すぐに元に戻ってしまった。


「何をされたのですか?」


「これは登録した物の所有者を示してくれる道具です」


「と言うと、さっきの一瞬で登録は完了した訳ですか」


 ティアナは頷いた。


「誰かが者に触れれば、その表面には必ず魔力が付着します。その魔力の情報を、今この魔道具に流したのです」


「なるほど。指紋のような感じですか」


「ええ。ですが指紋は拭き取れてしまう分、やはり情報として強固なのは魔力になります」


 グランも知らないことはまだ山のようにある。日々勉強を重ねている。


「一つ質問してもいいでしょうか?」


「どうぞ」


 ティアナは快諾して聞き入れる。


「魔力が付着していると言うと、触れた人全員のものが付きませんか? 情報が競合してしまうのは返って混乱を招いてしまうのではないでしょうか?」


「確かにその通りです。ですが、それを避けるのがこの魔道具の特性です。魔力には時間経過と共に朽ちていく傾向があります。この魔道具は最も古い魔力のみを読み取ることができるのです」


「世の中便利な物があるものですね」


 グランはその説明だけで納得した。ティアナがそう言うのならばそうなのだろうと。


「魔力の概念の無い世界から来たグランには、慣れないことかもしれません。私の知っている範囲でお答えできることは答えますよ」


 奢り高ぶる態度を取らないティアナは英才教育を受けている。教養は豊富だ。

 そんな彼女を側で支えることのできるグランは、自分のことを誇りに思っており、幸せに思っており、その分だけ重い責任を背負っている自覚がある。


「必要になった時は、お力を貸して下さい」


「もちろんです。……さて、ではグランにこちらを預けて……っと」


 ティアナは棒状の魔道具をグランに託した。


「これを使って持ち主を特定すれば良いですね?」


「少なくとも闇オークションに関わりを持つ人物です。明らかになれば、今回の調査の役に立つかもしれません。まあオラリアとの繋がりがあれば、ですが」


「そうですね」


「持ち主が近くにいれば、魔道具は輝きを強めます。ですが、勝手に探してくれるわけではありません。あくまで王都を動いている中で反応があればいいな、という期待に留めておいて下さい」


「心得ました。では、私はもう少し書庫を使わせて頂きます。お茶、美味しかったです」


「ええ。またいつでもいらしてね」


 グランは軽く頭を下げ、書庫に戻り籠った。


 彼が王城を後にしたのはそれから数時間後。満足のいく情報を手に入れることができたのかは分からない。しかし彼は今日の時間でまとめた資料を片手に、帰路に就いた。

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