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Tale 30. スラム街の盗賊(2)

「ねえ、本当に行くの?」


「盗まれたままじゃいられないでしょ」


「ええ……でも……」


 ついて来てしまったレナだが、やはり躊躇していた。三人の前には暗闇広がる一本のトンネルが。話には聞いていたが、実際に見てみると酷い有様だった。


 至る箇所に散らばりこびり付いたヘドロ。天井から漏れる水音。管理者はもちろんおらず、王都の管理体制に目を疑ってしまった。ここは本当に同じミューゼンベルクの中なのかと。


「ここを通ればスラム街に行けるんだよな?」


「行けるっちゃ行けるけど」


「それじゃあ、行きましょう」


 アルマは誰よりも先にトンネルに入った。今彼女を止められる者はいないだろう。

 足元も満足に見えない中、時折柔い感触の何かが靴裏に当たる。トンネル内部にいる間、レナはその度に顔を歪めていた。


「ここが……スラム街」


 アルマは息を呑んだ。

 三人が目にしたのは、まさしく貧困層のコミュニティ。ゴミが分別無しに投げ捨てられた山が道幅を狭めるように存在していた。家と呼べる立派な住居はなく、有り合わせの素材で作り上げた小屋が彼らの寝床だった。


「うん……」


「まずはさっきの子を捜そうか」


 スラム街はさほど広くはない。ゴミの山が大きい方、すなわち生活感を感じる方に三人は進む。

 その探索途中で見かけた子供たちは痩せ細り、寝込んでいる子までいた。ミューゼンベルクの中心とは全く異なる風景と生活事情に困惑してしまった。


 対してその子供たちはライたちをただ見つめていた。その行動にどんな意味があったのかは分からない。何を伝えたかったのかも分からない。

 彼らが騎士団を知っていればの話だが、もし騎士がこの場に来ていたら、国家権力で自分たちを救ってほしいと嘆願したかもしれない。またはその反対で、コミュニティに侵入してきた騎士を追い返そうとしたかもしれない。


 今、現実にはその風格とは全然かけ離れた三人が来訪している。武器は宿に置いて来て、携行していないため、身なりの整った人が偶然やって来たようにしか見えないのだ。だから、子供たちもどう対応すればよいかが分からずに困惑しているのかもしれない。


 そうして何事も起こらないまま、集落の奥にまで辿り着いた。

 険しい顔をした子が一人、不安な表情の子が一人、その二人の視線の先には汚れた毛布を掛けられた子が一人眠っていた。


「あっ、あの子です!」


 アルマは声を上げて、その少年を指した。見つけた喜びのあまり発された声は少年まで届き、視線が合った彼は目を丸くした。


 少年は屋根の下から出て、後ろの二人を守るように塞がった。力強い目でアルマを睨んでいる。

 アルマも対抗するように一歩二歩と前に出た。

 長く感じる十秒間の睨み合いが続いた。


「私のお金、返して下さい!」


「……もうないよ」


 少年は「知らない」とは言わず、潔かった。しかしいずれにせよ、アルマが納得するはずもなかった。


「もうないって、どういうことですか!?」


 少年は視線で促した。後方に敷かれた布の上に転がる薬瓶が半分まで減っていた。


「人のお金で薬を買うなんて……許せません!」


 憤慨したアルマ。少年に殴り込もうと足が動いた。

 だが、ライに肩を押さえられる。


「ま、まあ待てって。アルマが怒るのも最もだけど、この子はそうでもしない限り薬を手に入れられなかったんだ。話し合うのが一番だと思う」


「……そこまで言うなら」




 アルマたちは寝ている子を起こさないように、少し離れた場所に移動した。


「さて、まずは君の言い分を聞こうか」


 一時的にアルマを鎮静させたが、また沸点に達するかもしれない。ライが仲介して話し合いを進めることに。


「……」


「何か言わないと、伝えたいことも伝わらないよ」


「薬が……必要だったんだ」


「それはさっき聞いたね。あの子が病気にかかってるとか、そういうことかな?」


 少年はコクリと頷いた。患者の子は今は苦しい素振り一つ見せずに眠っている。ということは、買った薬が効いているのだろう。


「……らしいけど、アルマ、何か言いたい事あるか?」


「私、許せないです。わざとぶつかって、大したことはないですけど怪我までさせられて、挙句の果てにお金も盗られるなんて……」


 アルマはショックを受けて元気がなくなっていた。


「私は職業柄、“困ったらお互い様”って言葉には凄く助けられてきました。もちろん、私にできることがあればしてあげたいです。だから、どっちかって言うと、演技で騙されて他人の優しさにつけ込まれたのがショックなんです。ちゃんと言ってくれれば……」


「いや、それは無茶じゃない? 相手は見ず知らずの子供だよ。面識がない相手に『お金を貸してください』とか言われても……」


 当たり前のことをレナは言った。そのことに誰もが正しいと感じるが、心のどこかではアルマは納得していなかった。


「確かにそうなんだけどね、レナ……。冒険者って色んな場所で色んな出会いをするの。だからね、これは私の性格かもしれないけど、困ってる人には手を差し伸べたくなっちゃうんだ」


 レナは周囲を見回す。劣悪な生活環境にさらされた子供たち。自分はこれと似たような景色を見たことが過去に何度もあった。そんな気がしていた。


「アルマ……。考えてみれば、私も同じことしてたね。孤児院で子供を預かることは、アルマみたいなお節介と一緒だ」


 レナは屈んで、少年に目線を合わせて問いかける。


「君はこのままでいいの?」


「……」


 数秒の沈黙が続く。


「……ごめんなさい。でも、そうしないと薬が手に入らなかった。だから……」


「もういいですよ。その一言が聞けただけで十分です」


「ほんとに!?」


「あのお金はあなたにあげたことにします。ちなみに、一銭も残ってないんですか?」


「うん」




 場所を戻して、ライたちは少年の案内のもと、簡素な屋根の下に入った。皆の目には、先の病気の子供が眠っている。


「この子はそんなに悪いんですか?」


「ううん。そんなに重症じゃないと思う。でも、どんな病気かは分からないから……」


「なるほどな」


 このスラム街は生活に困窮した子供たちを中心に成り立っている。医者がいないのであれば、どんな病気にかかっているか分からないまま過ごす他ない。

 彼らには頼れる存在がいないのだ。それは周囲の状況を一見するだけでもひしひしと伝わって来た。


「それで、その薬って万能薬か何かなんですか?」


「多分そう。薬屋に置いてある高値の物を選んだから」


 誰も薬の専門家ではないから、その真偽を確かめることはできない。ただ患者の子が良くなることを願うばかりだ。


「あのさ、一つ聞いてもいい?」


 レナは納得のいかない表情で少年に尋ねる。


「何?」


「いや……単純になんだけど、何で薬を買おうと思ったの?」


「それはこの子の体調を良くするためでしょ」


 少年が答える前に、アルマは当たり前のように返答した。


「私が聞いてるのは、目的じゃなくて手段。どうしてお金を払って薬を手に入れようとしたの? 他人からお金を盗むくらいなら……」


「そっか! 薬を盗んだ方が早い……」


「そういうこと」


 確かに、レナの言う通りだ。少年は薬を買おうとしたために、その費用を他人からくすねなくてはならなかった。これでは二度手間だ。


 アルマたちに視線を集められた少年は、少し俯きながら口を開いた。


「前に失敗したから」


「見つかっちゃったんだな」


「うん。薬屋はどこも小ぢんまりとしたとこが多い。店員の視線を誤魔化すことも難しくて……」


 露店ならば話はまた変わってくるのだろうが、ここは検問の厳しい王都の中だ。正規に手続きを踏んで許可を得た店でなければ、薬の取り扱いができないことは、想像に難くない。


「色々とあるんですね……」


 アルマはどうやって少年を慰めたらよいか分からなかった。盗みが許される行為ではないのは当然だが、そうせざるを得ない状況を作り出した要因に非があるのもまた事実。


「気にかけてくれてありがとう。でも大丈夫。オイラたちは自分なりのやり方で生きていく」


「また人から物を盗るの?」


 レナの言葉は少年に刃のように刺さった。


「……姉ちゃんから盗んだ……じゃなくて貰ったお金が少しだけ残ってる。それがなくなるまで考える……」


「だったらこれも置いてくよ」


 ライはポーチから硬貨の入った袋を地面に置いた。アルマの手持ちよりも二倍弱の金額が入っている。この差は、彼がアルマのいない時に挑んだ少し難度の高いクエストの達成報酬によるものだ。

 この金額があれば、薬を買えば多少は短くなるだろうが、一か月程度はスラム街の子供たち全員を食い繋がせることは可能だ。


 しかし少年はその小袋を押し返した。


「これは受け取れない」


「どうして?」


「オイラは兄ちゃんたちに迷惑をかけた。これ以上迷惑はかけられない」


「気にするなよ。これで子供たちが少しでも助かるなら、嬉しいよ」


「それでも……」


 少年は首を横に振った。頑なに受け入れようとしなかった。


「もう帰って。こいつ、ゆっくり休ませたいし」


 病人を引き合いに出されては、三人は言い返すことができない。少年の言葉の通り、来た道を辿って王都の中心へと戻った。


「スラム街の子供たち……か。大丈夫かな」


「心配になるのは分かります。でも、私たちはこれ以上干渉して良いのでしょうか……。あの子がそれを望むなら……」


 アルマたちが確実にスラム街の子供たちを援助できる手立ては、金銭によるものだけだ。しかしお金も使ってしまえばいつかは底が尽くし、子供の数が多ければほんの一時しのぎにしかならない。

 善くしてあげたいと思う一方で、そんなことが頭を過ったのでアルマは無力感に苛まれていた。


 トンネルという境界を隔てて、王都の光と影、その両面を垣間見たような気がした三人であった。

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