Tale 30. スラム街の盗賊(1)
「と、まあこんな感じ。どう? 面白かった?」
レナは自分で満足している。二人は置いてけぼりだった。
「えっ、今の話のどこに笑いの要素があったの?」
「ん? 私を除けてたシスターが、最終的にはペコペコ謝ってたところ」
「どっちかと言うと、泣く話だったと思うけど……」
アルマが面白い話を期待したばかりに、レナは無理矢理にでも面白ポイントを捻り出したのかもしれない。本当は本人も、この過去話をしようとは思っていなかったのかもしれない。自分が暴力を振るわれていたことを、淡々と話すなんてことは簡単ではない。
「まあそういう箇所もあったね……。アルマとボーイフレンド君が楽しんでくれたのなら、それでいいや」
レナは勢いよくカップを傾けて、丁度良い温度になったコーヒーを飲んだ。対照的に、ライは飲みかけていたコーヒーを吹き出すまいとむせていた。
そして、似たような反応をアルマもしていた。ケーキを食べようと突き立てようとしたフォークの先が、皿の縁に当たって小刻みに震えている。
「ボ、ボーイフレンド!?」
「ち、違うよ! 俺は……」
「えー、違うの? だって、こんなにお似……」
「そ、そうですよ! 変な誤解しないでよ、全く……」
動揺が収まらないアルマは満更でもなさそうな様子だった。
「彼は、私の冒険者仲間のライ。とっても強いんだよ」
アルマは僅かに言葉を溜めて、ライが腕利きであることを匂わせた。
「へー。冒険者って、確か階級があるんでしょ? ブロンズとかシルバーとか……。どれくらい強いの?」
「俺はゴールドランク」
「ゴールドかぁ。……ってそれって上から……えーっと」
「上から数えて二番目、ね。現役の冒険者で数えても、少ないんだよ」
「はぇー。そうなんだー」
レナは何度も感嘆の声を零す。一般人の冒険者に対する興味や認知はこの程度である。
「で、アルマはどうなの?」
「私は……ちょっと下のブロンズです」
“ちょっと下”とは言うが、ライとの差は二つ離れている。階級の区分が多い訳でもないので、“ちょっと”には言葉の意味以上に大きな壁があるのは間違いない。
そしてレナは当然そこに疑問を抱く。
「いやいや。ゴールドとブロンズって釣り合うの?」
アルマは言葉に詰まりながら、レナから目を逸らす。彼女もライの隣に居続けて、全く自問しなかった訳ではない。確かに、ライの足枷になっていると感じたこともあるかもしれない。ライを頼るように、一瞥した。
「冒険者に違う階級同士でチームを汲んじゃいけない決まりはない。もちろん足並みは揃えた方が色々楽だけど、俺はアルマに側にいて欲しいんだ」
そう。ライは冒険者になったばかりの時に、アルマに自分との差に気にするなと言った。そして自分を積極的に頼って欲しいと言うことも伝えた。それが、ライの道標となってくれたアルマにできる恩返しの一つだから。
“側にいて欲しい”というのは、彼にとって言葉通りだ。しかし女性陣はどう受け取るかというと、この様だ。
「えーっ、なになに!? やっぱりそういう関係なの!?」
「え、えっ? ち、違うと思いますよ! これは、えっと……」
アルマはやっぱり言葉がうまくまとまらず、どこか嬉し気だった。
「ふーん。なんとなーく分かった気がするよ」
「な、何が?」
「アルマが楽しそうにやってるってこと」
レナは窓の外の通りに目を遣った。火が落ちるにはまだ余裕があるが、そろそろ頃合いと見た。
級友や隣の同僚に振り回されているアルマ。十分な説明責任を果たせたと思っているライ。二人に目で合図を送り、レナは席を立った。
「さあ、そろそろ行こうかな!」
「ありがとうございましたー」
割り勘で会計を済ませ、カフェの店員に見送られて店を出る。三人とも他に特に寄る場所も無いので、帰り道を別れるまで一緒に行くことに。
アルマはご機嫌で、足を弾ませながら歩いていた。だから、後ろから衝突された時、反応に遅れた。
「うわっ……! いたた……」
横向けに倒れているアルマの声で、ライたちは振り返った。
「どうした、アルマ?」
声をかけるも、ライの視線は彼女から少し逸れる。
アルマの隣に、小柄な少年がうずくまっていたからだ。
「後ろからぶつかられたみたいです……」
「ちょっと、大丈夫?」
「私は大丈夫です。掠り傷程度なので……。私よりもこっちの子を……」
少年は膝を押さえており、そこを覗くと、血が流れていた。ボロボロの布の服に、汚れた体。お世辞にも衛生的とは言えなかった。
今発生した事故は彼の不注意による過失が大きいが、それをとやかく追求しても仕方がない。ライは少年に寄り添い、どこか怪我の具合を見れるような場所はないかと探そうとした。
「立てるか? 手当てするよ」
「……いい」
少年は不愛想にライの差し伸べた手を払った。そして自力で立ち上がり、痛みを感じさせないような軽快な走りで、細い路地へと姿を消した。
「活動に支障がないんだったらいいけど……」
ライはぽつりと言った。まだ心配していたが、少年はもういない。
「せめて止血くらいはさせてくれても良かったんじゃないでしょうか……。いてて……擦りむいただけとはいえ、ヒリヒリして気になりますね」
自分の傷の手当てをしようと、アルマはポーチを漁る。彼女は用意周到だ。応急道具などの必要な携行品はある程度持ち合わせている。
しかし、ある物がない事に気が付いた。アルマは小さなポーチを覗き込んでいた。
「あれっ……?」
整然と仕舞われていた道具を何度も何度も掻き分けても、足りなかった。
「アルマ、大丈夫か?」
「……ないです。お金がないです!」
焦りに支配された表情だった。心拍数は増え、彼女はポーチから目を逸らせない。今の事態を受け入れたくないとでも言うように。
「はぁ!? 店出た時はあったよな?」
「もちろんです! それぞれでお金出したじゃないですか」
となれば、可能性は絞られる。カフェを出てからの道で落としたのか、あるいは――。
「はっ! ……もしかして、さっきの男の子……」
アルマは、先の少年がわざとぶつかって来たと睨み始める。全ては盗みをカモフラージュするために。
「いやいや、そう決めつけるのは早いんじゃないか?」
「でも確かに、金目の物を狙った犯行と言えなくもないよね」
レナはアルマの考えに賛成だった。
「何か知ってるのか?」
「知ってると言うか、さっきの子、身なりからして身寄りがないんじゃないかなって」
「孤児ってこと? でも孤児院にはあんな子、いなかったよ」
レナは頷いて返す。
「うちにはあんな子いないよ。それに、うちはシスターが子供たちの外出を厳しく制限してるから、何か事件を起こすことはまずないね」
「じゃああれは誰なの?」
「誰かは分からないけど……。孤児には二種類いるんだ。孤児院に引き取られる子とそうでない子」
「その明確な違いはあるのか?」
「うーん……。単純に機会の問題かな。孤児院にも面倒を見れる数の限界があるから、発見が遅くなった子たちが結果的にあぶれていく」
「そうなのか。じゃあその子たちはどこで生活してるんだ?」
ライの問いかけに、レナは自分たちが通って来た道をまっすぐに指した。
「スラム街。行ったことはないけど、そこに子供たちだけの集落が作られているって聞いたことはある。騎士団もそこは放置しているみたいだから、どうなってるかは分からないけど……」
レナが言い終わる前に、アルマは道を引き返していた。
「ちょっ……アルマ、どこ行くの!?」
「あの子からお金を返してもらう!」
迷いのない答えだった。そしてアルマについていくように、ライも動き始めていた。
「えっ……本気?」
お金を奪われたままで許せないのはレナにも理解できる。しかしあの少年は細い路地を利用した独自のルートで逃げ道を確保しているほど、そして自然を装った演技を行えるほどに盗みに関しては手練れだ。今から追いかけても、お金に手を付けていないとは考え辛いというのが彼女の見解だった。
それに、もうすぐで孤児院に帰れるところだったのだ。カザレアとの約束の時間も近づいている。
段々遠ざかる二人と、進むべきはずだった帰路を交互に振り返る。迷いの生じていたレナの足は――。
「ああ、もう!」
前方の冒険者たちを追いかけた。




