side①
近付くと、大きく立派な扉が動き、鈍い音を立てながら開かれていく。
---開かれていく扉の前に立つのは、手の込んだ銀の刺繍の入った黒い法衣を身に纏い、一見にして只者ではない雰囲気を漂わせている、鋭い目付きをした男だ。
しかし、その男の表情は何処か浮かない。
それもその筈。今回、報告する---いや、しなければならないことは、扉の向こうの自らの主にとって果報ではない---寧ろ凶報であろう。
これを報告する身にもなって欲しいものだ、と男は一人心の中でその鬱憤を呟く。しかし、言わないわけにもいかない。
「失礼致します」
自らの背丈よりも大きな扉が完全に開かれると、男の眼に映るのはとても広い空間だ。
---それもその筈、ここはかつて、この国では王の間と呼ばれていた場所であり、この建築物に存在する場所の中では指折りに絢爛豪華であり、下品ではない程度に調度された場所であろう---まぁ男は美術品の価値など詳しくはないし良く分からないのだが、置物1つで一般の人間が一生の内に稼げないほどの---莫大な金が掛かっているであろうことくらいは分かる。
そして[王の間]と言われるくらいなのだから、当然、王を護衛する役割をもつ兵士や王の側近は存在するし、その精鋭達は、確かにこの広い空間に配置されてはいる。
---しかし、その者達の表情は訪問者に向けられてすらいない。誰もが皆意思を感じさせない虚ろな眼をしている。
そう、まるでそこに佇む置物のように。
鋭い目付きの男は、そんな異様な風景を意に介した様子は芥ほどもない。玉座に座す自分の主ならば其れくらいは容易く成す存在であるのだから。
むしろここに入ってくるまで自分が何か粗相をしてないかどうかの方がよほど気になるというものだ。
そんな中、男は魔法の燭台によって灯された赤く長い絨毯の上を歩く。玉座までは未だ十数メートル程距離があるが、そこで男は立ち止まり、一礼した後、恭しく片膝を付く。
「ニヴァルティ、只今ご報告にあがりました」
---そう男、ニヴァルティが声を発するが、玉座には誰もいない。
しかし
「態々ご苦労」
重々しい声の後、玉座を中心に影のような、黒い靄のようなものが突然現れると、それらは数瞬の内に人の形をとった。
---玉座に座っていたのは金髪碧眼の青年だ。
絶世の美青年、と言うほどではないがかなり整った顔立ちをしており、服装はその者の凛々しさを引き立てる白い服装だ---優しく微笑めば白馬の王子様と言われそうな程に。
しかし、その者から発せられる重苦しい雰囲気と冷徹な表情、そして有無を言わせぬ眼光がそれを台無しにしている。
玉座に座す者は静かに問いかける。
「…それで?お前自ら報告しに来たということは余程の果報か?それとも余程の凶報か?」
その鋭く突き刺すような眼光にニヴァルティはたじろぎそうになるが、グッと堪える。
蛇に睨まれた蛙。
彼の今の心境はその様なものだ。
---しかし
「まぁ、どちらでもよい。しかし私も忙しいのでな、手短に話せ」
その言葉の後、彼は異様な圧迫感から解放されると小さく一息つき、言葉を紡ぎ出す。
「ご報告に上がりましたのは、例の街の件です---多くの悪魔が顕現、そして魔神までもが降臨し、街に少なくない被害を与えました---しかし」
「外れか」
「…申し訳御座いません」
その言葉から瞬時に理解し彼に鋭い視線が向け、それを受けたニヴァルティは即座に謝罪する。
「最上位悪魔の顕現、そして流れゆく多くの血、それだけでは開くに足りないということか、はたまた別のモノが必要でなのか…」
頬杖をつき、玉座に座す者は中空を見上げる。
「まあ、何にせよまだ焦る必要はない。出現するまで何度でも試せばいいだけの事だ。後々の計画の布石程度にはなっただろうしな。続けろ」
---ここからが問題である、と、若干報告すべきことを言い淀む彼は、恐縮な様子で話し始める。
「…私の見立てならば、本来あの悪魔と強大な魔神を存分に暴れさせることにより、あの街を壊滅させる事は十分に可能であると考えておりました---しかし、それは達せず、切り札である魔神は滅されました」
「…ほぅ」
鋭い目の色が僅かに興味の色へと変わる。
当然だ。最上位の悪魔というのはそれだけで凶悪な兵器であるからであり、出現したらしたで国の軍隊が動く程の、つまりは個人の力でどうこうできるものではない。
いや、可能であろうな存在は居るにはいるが、それは本当に特別な例外として考えると、普通ならばそれなりの---数千の兵力が揃う大きな街であろうと堕ちてもなんら不思議ではない。
「邪魔が入ったということか---それもお前がここまで来て厄介だと思う程の」
---玉座の主は愉しそうに言う、此方に来てからの日々は張り合いが無さすぎた。そういった感情が如実に現れているようだ。
「して、魔神を滅したそやつらは何をした?、そして何者だ?」
---如何なる方法を遣ったのか、気になるべき頃は其所だ。倒された、のではなく、滅されたのだから。
どのような方法で魔神を滅したのか、どれ程の犠牲を払ったのか、それとも人間の新兵器か?、自らが未だ知らぬ強者か---
興味深そうに、それでいて力強さを有する目が向けられる。
しかし
「…いえ、それが」
「?」
ニヴァルティは一瞬ためらった後
「…魔神を滅したのは人間ではないのです」
「何?」
---人間ではない。自らの信用する部下の返答に些か驚いたが、それに思う所がある為、直ぐに問いただす。
「奴等か?」
「恐れながら申し上げますが、その可能性は皆無であるかと。先ず、今回の事が知られているかどうかも微妙なところです。人間側は気付き出す輩もいる、といったところだと」
「…続けろ。人間ではないということだったが、どういうことだ?」
「はい。魔神を滅したのは人間ではありません…光輝く大きな鳥との事です」
「大きな鳥?」
そう疑問を投げ掛ける自らの主の目の色がまた変わるが、彼はそれに気づかず「ええ」と続ける。
「…しかし、自分は魔神を討ち滅ぼすような大鳥など見たことも聞いたことがありません。しかし、それが大いなる魔法具や、何処かの国の新兵器であるならば説明がつきます」
説明がつきます、という自らのその言葉から読み取ったのだろう、更に興味が湧いたのか
「---成程、まだその正体は掴めていないのだな」
「申し訳御座いません、罰なら如何様にでも…」
「---私は怒っているわけでは無いのだぞ。確かに思った以上の成果は出なかったが、思った通りの成果はあった---それに、魔神を遣った程度でそのような存在がいると知れたのだから、むしろ僥幸というべきであろう」
「…はい」
「しかし、我々の知らない---そのようなものが存在していたとはな」
そう、ここにいる二人は、人間というものを超える存在ではあるが決してそれらを侮っているわけではない。
自分達の邪魔をするような注意すべきものには相応の対処と警戒はしているのだ。
今回の事で例を挙げるなら---近年、魔の探求なるものを掲げ、表には出ていないし極秘裏にだが外には公開できない実験を繰り返し、人造魔導生物なるものの研究を続けているヘストア魔導国や---異能者や手芸者が多く集い、神託の巫女が存在し、自分の手の者をもってしても何をやっているのか完全に把握できない、テレスス教国---これらの他にも怪しい国は幾つかあるが、今回の事件に関係、というより自分達であると確信を抱かせることなく、直ぐ様魔神をどうにか出来そうなことができる力を保有していると考えられるのは今の所この二つの国だけだろう。
そんな対処と警戒、および情報収集だ。
---未だ見ぬ強者や勢力というのもあるし、それらの纏まった情報は持ち合わせている。
しかし、ニヴァルティはこの可能性を直ぐに除外した。なぜなら、そんなに都合よく魔神を滅せるだけの存在がなんの前触れもなく突然現れ、都合よく魔神だけを滅し、自分達にその正体、いや痕跡すらを悟らせないまま消えるとは---俄には考えられないことだったからだ。
---しかし、今回の件にはどうしても謎な点が多い。
今回の件で相手は何が目的だったのかだ。
---仮に2国のどちらかの国が関わっていたとしても、そのメリットは何だ、むしろデメリットではないか?
---魔導国の場合、実験だったとしても街というよりにもよって人目につくようなそんな場所で極秘の兵器など遣うか?大事なものには徹底した秘密主義らしいあの国らしくないし、そんな大きな動きがあれば秘密裏に潜入させている自らの手の者が気づき逐一報告をするはずだ。
教国の手の内は判らないが、やったとしてもちぐはぐしてて何か違うような気がするし、例え魔の者を嫌っているあの国だってこのよう表だっては動かない。それに、これらはあくまで我々の魔神に対抗できそうな存在なのだ。
試合に勝って勝負に負けた気分だ。計画的には成功していても、自分が動いて大鳥の背後にいるであろう存在の正体すら掴めないのだから。
ニヴァルティはそこまでの思考を数瞬で終えていた。
今日此所に赴いたのは、何も報告だけではない。こう考えていたからだ。
徹底はしていたため、情報がどこかから漏れることは考えたくはないが、自分達の動き、魔神があの街に出現することを読んでいて、それを倒しうる存在が都合よくあの場に現れた。
偶発的と考えるのはかなり低いため、その誰かは出現を事前に知っていて大鳥の背後の存在に伝えた、もしくは元凶がそいつかだ。
---事の発端は外部ではなく内部からであり、スパイもしくは裏切り者がいる可能性だ。
自らの主に忠誠を誓い、絶対に逃れられないように従属---逆らえば死の中、なおそんな事をする輩が自分達の中に居るかもしれない。これはニヴァルティにとっては許しがたいことだ、主に真に忠誠を誓う者としては。
(…もしそうだとしたら、よくもまあ自らが受けた恩を知らない不届き者も居たものだ)
なめられたものだ、と拳を握りしめる。
そんなことをしてなんの得があるのか知らないし謎だが、何れにしても調査する必要があるし、同時にそんなものを内部に抱え込んでたのだとしたら、と自分の力不足を悟る。
---とにかく、この自分の考えを進言し、できることなら自らで始末をつける。その許可を貰おう口を開こうとしたところで
「ニヴァルティ、お前の言わんとしていることは判る」
自分の内面を見透かすかのような視線にびくりとする。
「ふ、私を誰だと思っているのだ」
ああ、そうだ、これこそが我が主なのだ。自分の考えなどすべて見透してても不思議ではない。
「…私はそう考えてはいないが、それではお前の疑念は無くらなかろう」
「はっ」
「…ふっ、好きにするといい。さっきも言った通り、私は忙しいのでな」
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王の間を出た後、二ヴァルティはこの居城を歩く。
ただ散歩をしている訳ではない。彼は主から許可を得たため、自らの疑念を一つ一つ潰して行くべく、先ずは近場から怪しい奴はいないか、おかしな所はないか、捜索範囲を広げていこうとしているのだ。そんな中
「また怒られちゃった?」
「!」
少年のような高い声質で軽そうな、それでいて人をどこか嘲笑してそうな声が掛かる。
彼はこの声の持ち主をよく知っている。悪い意味で。
「…何の用だ、ラルキラ」
「冷たいなぁ、久々に此処に来たというのに。労いの言葉すらないなんて僕は悲しいよ」
「用はそれだけか」
主はああ仰せられたが、自分はスパイが居る可能性を未だ消していない---つまり目の前のこいつがそうであるかもしれないのだ。
自分が納得するまで気は抜けない---いや、こいつ相手に警戒を解いたことはない。
「あ、そんなこと言っていいのかな。折角、いい情報があるのに」
「まぁ、主様にそれを報告するのが先だけど」
「……」
「そういえば例の件はどうしたの?」
例の件、つまりはロイネリアと呼ばれる街についてだ。こいつなら既に知っていて態と聞いていても可笑しくはない。そういう性格の持ち主なのだ。
---答えなければ答えないで面倒臭いので彼は吐き捨てるように答えた。
「…魔神は消滅させられた」
「へぇ、消滅?」
ふーん、と彼は意外そうに、そして少し咎めるように言う
「あれって使用回数制限が有るみたいだし---何より贄を捧げるのに結構な時間も掛かるんだよ。もっとしっかり遣って貰わないと困るなぁ」
そんなことは知っている。と、彼の体に力が入る。
自らの主に咎められることは嫌であるし、同時に自分の不甲斐なさに申し訳なくなるが、こいつにそれを言われると普段は無性に腹が立つ。
しかし今回は自分に非があるため、言い返す言葉もない。
---奴がそんな自分の胸中を読んでいてそんなことを言っているのだとしてもだ。
「…それで、悪魔ノ書は今ちゃんと手元にある?」
「……」
「あー隠さなくても判ってるよ。無いんでしょ」
「…何だっけ、自分ならば使いこなせるとか言っていたアイツと人間のアイツ」
「まぁ、とにかくその二人がすぐに帰ってきてない所を考えると、計画は一応成功の形になってもまだ問題はあるよね」
ラルキラとニヴァルティが懸念しているのは二人の安否ではない。悪魔ノ書が第三者の手に渡ってしまう可能性だ。
使い方の分かる者の手に渡ってしまえば、それは確かに大きな力となり、危険である。
しかし、それの確保は然程、優先すべき事でもない。
何故なら悪魔ノ書は適性のあるものしか扱えないし、その性質的にそもそも人間や獣人の手に渡ったところで直ぐにどうにかできるものでもない。そういう仕掛けもある。
(焦ってないところを見ると、それ以外に何かあるのか)
こいつがこんなに余裕な裏には何かがあるだろう。
しかし、そんな奴の考えは知らないし別に知りたくもなかった。
「これって報告した?」
彼は意地の悪い顔で続ける。
大方、自分の反応を楽しんでいるのだろう。
---だが
「報告するようなことでは無い」
彼はきっぱりと断言する。
些末なことだ。
それにこれ以上そんな事であの御方の手を煩わせる事もない。
---余計なことは言わなくていい。
そういう意志を籠めた眼で睨む。
「ま、いいや。そういうことにしておくよ」
「…私はやらなければならないことがある。これ以上構っている暇はない」
こいつとはあまり話していたくないというのもあるが、今は真っ先に優先すべきことがあり、後がつまっているため、ニヴァルティは早々にその場から去る。
その場に残されたラルキラは彼の去った方向を少し眺めていたが、ポツリと一言。
「魔神を滅する謎の存在か、面白くなりそうだよね」
笑みを浮かべると、彼もその場から姿を消した。




