街⑥
「オらぁっ!!」
----力強い風切り音と共に鮮血が舞う。
----少なくはない血飛沫は自分のではない。見上げるほどの巨体を持つ生物のものだ。
「-------------------」
「----ウるせぇよッ!!」
自慢の魔剣で敵の身体を切り裂くも、一々喜んではいられない。おぞましい雄叫びを上げ、今自分が入れた一撃よりも遙かに凄まじい攻撃が彼----バルアットを襲う。
----紙一重の所で巨大な腕の一振りを回避するも、腕に纏った闇色の衝撃が弾け、その身体が大砲のように吹き飛ばされる。
「チッ!!」
----が、吹き飛ばされるも、体勢を素早く立て直し、巨体から繰り出される攻撃から間合いを測る。
「古き魔の尖兵」との闘いによってバルアットの身体には幾つもの切り傷を負ってはいるが、どれもこれも戦闘を中断せざるを得ないような----動けなくなるような、重いものはない。
普通の人間、いや、体力と力量に自信のある歴戦の冒険者であっても、目の前にいる化け物相手ではその一撃一撃が身体的にも精神的にも充分に死を予感させるものであるため、瞬き一つをとっても、気を抜くことが出来ないし、背中を見せることなど出来ない。というか向き合ってないとむしろ落ち着かないのである。
----彼はこの闘いで背中を向けて逃げるようなことを考えてはいないが、並大抵の戦士ではその巨体から繰り出される一撃によってとっくに死んでいるだろう。
----しかし、彼は現に目の前の存在----魔神と相対しここまで生き抜いている。何故、バルアットは闘い続ける事が出来ているのか。
彼の戦士としての並外れた力量----魔剣を振るうその攻撃力こそが戦闘が続いている理由の一つでもあるが、最たるものではない。
----「鬼人化」
この特殊能力とも言えるスキルは、発現者の身体能力を著しく高めるだけではなく、精神的にも少なからず影響をもたらす。
争いがしたくてウズウズする。
----異常な闘争本能こそがこの力の真骨頂である。
「鬼人化」の使用は否応なくその対象者を争いの道へと引きずり落とす。そう揶揄されることもあるほどだ。
----しかし、それを使用する人間は必ずしも狂人の類ではない。彼のその自我ははっきりとしていて明瞭な思考も出来る----物事の判断ができなくなるほどではない。
----いや、「鬼人化」に魅せられ、修羅の道に堕ちた人間も居ないわけではないのだが、其れはさておき。
バルアットはこれによって高い興奮状態を保っているため、脳内のアドレナリンの多量分泌により痛みも疲れも殆ど感じていない。
----つまりは痛みや疲労は感じていないだけで、着実に彼の身体に蓄積しつつある状況でもある。
一見、互角以上に渡り合っているようにも見えるが、実際は時間との勝負だ。
「・・・チッ」
重く素早い攻撃を驚異的な身体能力で回避し、時には捌き、目の前の化け物に有効打を与えてはきた----が、結局それだけで、相手には致命的な傷を与えておらず、此方は致命傷はないにしろ、着実に追い込まれて行っている。
当たり前だ、目の前の存在と自分、どちらが頑丈そうかと言われたら間違いなく前者だろう。身体を切り裂くほどのダメージを与え続けているのにあまり動きに変化がないのがその証拠だろう。
----いや、それだけじゃない。
ある程度の時間、戦闘をしないと気付かない違和感。決して小さくない傷を付け続けているのに、その一撃一撃にどこか手応えの無さを感じる。恐らくそれは奴の特殊能力に関係しているのだろう----が、その正体に辿り着けていない。
このままでは、総合的に見てもバルアットが不利な状況である。
「・・・・・はっ」
しかし、そんな状況でも彼は笑う。苦し紛れの表情ではない。普通ならば、目の前の敵を打倒することを諦めて戦闘をやめ、背中を晒すことようなことはおかしくはない。
しかし、そうはしない、理由は単純だ。
----一方的な戦闘も嫌いではないが、それが終わった後には何処か物足りなさを感じる。しかし、自分が不利な状況での逆転は、他の戦い方では味わえない達成感がある。むしろこの状況は望むところである。
その達成感をこの闘いの中で得たい----街のためではなく自分のために。
----そのためには勝ち筋が必要だ。戦いが好きだからと言って何も勝機が無いのに漠然と戦っている訳ではない。
彼にはある。
----勝利する為の、絶対的な一撃。
この「鬼人化」状態だからこそ、放てる一撃。
その名を、「迅鬼斬」という。
----一撃必殺にも等しい技だが、この一撃には溜めが必要であり、その溜めはこの戦闘に於いて致命的な隙に成りうる。
その技が確実に決まる「隙」が有ればいいのだが、生憎と目の前の存在は易々とそんなことを許してくれる相手じゃない-----いや、正確に云えば、隙はあったが、それは相手が「ここに飛び込んでこい」という目に見えた隙の作り方であり、決まれば一発でダウンさせられる一撃を喰らうという事が見え見えであったのだ。
化け物の癖に小賢しい、とは思う。
----しかし、見え見えだが馬鹿にはしない。寧ろ驚きだ。そんな誘いをしてくる相手に油断は出来ない。功を急いでは全てが台無しだ。
----その一撃を当てることに集中しつつも立ち回り、脳内で勝利を掴むビジョンを浮かべているが故、彼は気付かなかった。
----今の自分の身体の状態に
ガクン
「----------あ?」
捌くべき相手の攻撃を前に剣を振り上げるが----腕が重くて動かない。
本人は気付かなかった。いや、気付けなかった。
此度の戦闘で思った以上に身体に負荷を掛け続けていたことを。
----痛みや疲労を感じないことは何も良いことばかりではないことくらいは彼も理解してはいたし、今迄の化け物と呼ばれる存在の戦闘経験によって、こうなるということも判っていた。
しかし、化け物は化け物でも目の前のような存在のタイプと闘うの初めてであったため、バルアットは闘いにおいての退き際を見誤ったのだ。
そんな自分の判断ミスを悔いる時間もない、そんな刹那。
----人智を超えた魔神の一撃は、目の前に迫って
バルアットは、間違いなく戦闘続行不可能になろうそんな尋常ならぬ一撃を受け
「--------------------------」
-----る事はなく、突然の魔神の雄叫びにより素早く我を取り戻し、回避に全力を傾け、間合いを取った。
(何が起こったんだ?)
確かな腕の痺れを感じながらも、体に大きなダメージはない。
どういう事だ?
----自分はまさしく今の一撃を貰っていたはず。
バルアットは状況を確認するため、敵対する巨大な相手の様子と辺りを素早く見渡す。
「!」
魔神の巨体。
其処には肩から腹に掛けて、恐らく鋭い刃で切り裂いたのであろう、はっきりと分かる程の----大きな切り傷が出来ていた。
先程までにはなかった。大きな傷。そんな事はしたのは、自分ではない。当然だ、死を予感させる一撃をどうにかするのに精一杯だった者が、すれ違いざまにあんな傷を残せはしない。
-----自分に悟られぬ程のレベルで接近し、なおかつ、あの巨体にこれほどの傷を付ける使い手。
バルアットは、ふと、そんな者に心当たりがあった
が、瞬間、自分に向けられる視線と微かな気配を感じた。
「あまり私の仕事を増やすな」
自分を何処かからかうような男の声。
-----何とも無しに背後から掛けられるのは若くはない男の声なのだが、バルアットはそんなことをされるのは余り好きではない、声の主もだ。しかし、その反面、推測は間違っていなかったと彼は確信するのだが。
「今更何しに来やがった・・・ジジイ」
背後にいる声をかけた男が何者か知っている-----だが、しかし知人であるとは思えぬような態度で、彼はその存在に魔神と相対した時以上に鋭い視線と敵意を向ける。
「・・・相変わらずな奴だな、お前は。そんなの決まっておろう」
-----男は何事でもないように向けられた視線と敵意を受け流し、呆れたような視線をバルアットに向けた。
「この街を荒らし回っている馬鹿者共にはキツい仕置きをせんとな」
一見、そう言った男のその表情は微笑んでいるようだが、眼には獰猛な光を宿している。
-----バルアットにジジイと呼ばれたその男、彼-----アルベール・カイラスは、街を混乱に陥れる根源を取り除くべく、義務を果たすべく、現れる。
-----------
「さて・・・・」
自分に何かを言ってくるバルアットを軽く無視し、アルベールは意識を全力で視線の先----魔神へと傾ける。
倒してはいないし、死んでもいないだろう。そんな甘い敵ではない。先程の一撃をまともに受けたので動けないのかどうかは解らないが、ヤツは沈黙している。
普通なら一息入れても良いのかも知れないが、気が抜けない。彼にはその様子が不気味に思えたのだ。
それに、不意打ち気味に強烈な一撃を与えたからといって、アレほどの存在に元々油断など論外だ。
(・・・しかし)
誤算だ。
彼は自分の判断ミスを悔いる。
市民の避難を急ぎ、急に出現した魔物達を駆逐すべく今まで時間が掛かっていた。最初に報告を聞いたとき、現地にて戦闘を行っている----暴れているのは隣の馬鹿であると判っていたので、奴に任せて自分は一通りやれることを済ました。
隣の馬鹿----バルアットなら一人でも大丈夫であろうと。
そう思っていた。
(・・・儘ならぬモノよな)
しかし、結果----あんなモノを街に引き入れてしまった。自分の見通しが甘いと言わざるを得ない。
しかし、相手がどのような存在であっても、此処で食い止めなければならない。アレを放置しておけば間違いなくこの街だけではない----周辺地域にも少なくない被害がでるということは容易に想像できる。
そして、アルベールはギルド支部長であり、支部長はその街の治安を維持する義務がある。
故に、害悪は此処で殲滅する。
(・・・もう十分暴れただろう)
自分の失態を打ち消すように、一片の躊躇いもなく彼は魔神に接近する。
接近するといっても決して素早い動きではないが、一定以上の技量を持つ者が観たのならその動きに無駄がなく洗練されていて、恐ろしく静かなモノであるということが理解できるだろう。
(先ずはその厄介そうな腕を頂こう)
彼は踏み込む。
狙いは腕。
----そして、風切り音にやや遅れて何かが飛ぶ。
(・・・む)
アルベールは軽く眼を見開き、弾かれたように間合いを取る。
魔神が反応して見せた。しかし、その程度なら想定の範囲だ。狙った腕じゃなく指の切断に終わってしまった一撃なのも眼を見開いて驚愕の意志を露にするほどではない。
(何だ・・・これは)
ピリピリと突き刺すような、それでいて重苦しい空気。
殺気ではない。
----しかし、彼は歴戦の経験と直感で即座に理解した
これは魔のモノが発することのできる邪悪なものだと。
そして今それは、全て自分に注がれている。
熟練の戦士でもたじろぐ其れを一身に受け、流石のアルベールも一瞬動けなくなる。
それはほんの僅かな時間であったが、攻撃を仕掛ける者にとっては充分な時間であった。
----瞬間、魔神は口を大きく開き、その凶悪な牙を剥き出しにする。
(・・・っ!!)
仕掛けてくる、しかし、何をするか解らない。
そんな事を考える余裕もないが、彼が本能的にとったのは全力の回避行動だ。
結果的にその予感は当たっていた。
----闇色の光線が放たれ、そして一筋の大きな線を街中に描く。
その線の先にあるモノの存在を許さない、まさしく破壊光線といえるモノを眼にし、アルベールは覚悟する。
----此処が自らの死地で有るかも知れない、と。
----------
(・・・何だよ)
今の動きと威圧感。
それに、あの口から出る光線は。
「・・・俺と戦った時はまだ本気じゃなかったってか」
アルベールと魔神の闘う姿を眺めながら、彼---バルアットはそんな事を考えていた。
本来なら今の魔神の凄まじさを見れば恐怖し、動けなくなってもおかしくはないのだが、彼は生憎そんな精神構造をしていない。
(・・・人の獲物をちゃっかり横取りしたジジイも許せねえが、それ以上に)
「あのふざけた魔神も許せねぇな」
顔に縦筋を張らせ、その戦いを凝視する。
もうこの場は廃墟のあるだけの荒れ果てた戦争地帯となってしまった。
----既に満足に身体を動かせる状態まで回復していた彼は、戦闘に参加しようと歩を進めたい衝動に駆られるが、その反面、気乗りがしないという気持ちもあった。
そもそもバルアットは一対一の勝負を好む。当然、自分が闘っている時に邪魔されるのは嫌だ。ぞろぞろ揃って慣れ合いながら闘うのも好まない。
----それがあのジジイとの戦いに介入するのなら尚更だ。
「・・・ちっ」
しかし、今の状況を見ながら彼は予感していた。
----このまま自分が何もしないまま放置しておけばジジイは死ぬと。
いや、逃げることを考慮に含めれば生き残ることは充分に可能であろう。だが、アルベールは逃げることなど無いだろう。この街の害悪を身をもって滅するまでは。
----彼がそんな人間であることは嫌々ながらも理解していた。
二対一になってしまうが、バルアットとアルベールの二人で掛かれば勝機が無い訳がない。
----だから、この瞬間は自身の戦いへの拘りを捨てる。彼の為ではない----自分のために。
「このまま勝ち逃げするんじゃねぇよっ!!クソジジィっ!!!」
----「鬼人化」を発動し、今まで以上の勢いをもって魔神との闘いに介入しようと----飛び込もうとしていたその時
輝く光が、現れた。
「----アぁっ!?」
出端を挫かれたようだが、其処は熟練者。バルアットは突如現れた存在に即座に構えをとる。
----そしてその姿を視認する。
それは小さな太陽とも思えるモノだ。
(何だァ?・・・新手かァ?)
----突如現れた其れに、バルアットは咄嗟に判断がつかない。だが、その存在からは敵意を感じなかった。
その光は徐々に形を変え始め----現れたのは大きな白く輝く鳥だ。
----紅炎鳥と呼ばれる巨大な鳥がいる。
体表は燃えるような美しい紅色で、人前に滅多に姿を現すことはない、非常に珍しい魔物である。そのためその希少性から、その素材を求める者や中には捕まえようとする者が多いのだが、その実、気性が荒くAランクというかなり高位の魔物である為、その成功例は聞いたことがない。
----かく言う彼も紅炎鳥を一度見たことがある。
突然現れたその輝く鳥は、それに似てはいる、が、体表は紅くないし、何より光り輝く神聖な雰囲気を纏ったその大鳥は、以前、自分が見た紅炎鳥と比べて上位の魔物ではないか、という威圧感さえある。
その輝く鳥は蒼白い眼で観察するような視線でバルアットを見る。
一瞬だったか、数秒だったか、ある種、バルアットは力の篭もった目線を睨み返す。
(・・・来るか?)
と彼は臨戦態勢に入ろうとするが。
「------------------------」
突然、魔神の雄叫びによって中断される。
バルアットが意識を雄叫びを挙げたに向けた直後。闇色の光線が視界に映り、回避行動をとる。
(チッ!!)
しかし、魔神が狙ったのはバルアットではない、輝く鳥であると気付き、光線の先を見る
----そして闇が、弾けた。
「何!?」
バルアットは刮目する。
(弾きやがっただと?何をしやがった!?)
悠然と佇む白く輝く鳥。
神々しささえ感じられるその存在は、何かしたわけでもない。いや、何かしたのだとしても、彼には理解できない。当然だ、自分なら一撃でも当たれば其処で終了であるのに、その脅威を目の前で容易く振り払って見せたのだから。
バルアットもアルベールも、そして魔神でさえも----次の行動を起こす前に
そのどれよりも速く、この場の空間を支配した輝く鳥は、お返しとばかりに光り輝く白き炎を魔神に吹きかける。
----バルアットの目から見てもかなりの速度で飛来するそれを危なげなく避けた魔神は即座に、吼えながら輝く鳥へと飛びかかる。
「-------------------------」
強大な光と闇。
----まるで御伽話の1ページのような光景だと、その戦いを見た人間は皆思うだろう。
だが、戦いの均衡は永くなく。
やがて消えるように朽ち落ちたのは魔神であった。




