街②
お待たせしました。
混沌。
今のロイネリアを表現するとしたらまさしくそれだろう。
「くそっ、一体何だってんだ!」
そんな街の表通りで、ラドスンは今の状況に思わず悪態を付く。
着ている鎧はカチカチと音を立て、剣先は定まらない。
-----自分だけではない、今、この場にいる9人の兵士達誰もが得体の知れない恐怖に取り付かれていることであろう。
「ひっ、うあああ!!」
突如、叫び声が上がり、その場にいる全員が刮目する。そこには一人の兵士が丁度、地面へと吸い込まれるように下半身を沈め、もがく姿があった。
彼の地面下からまとわりつくように出ていたのは不気味な影だ。
「たっ、助けてくれぇ!!」
「うおおおっ!!」
半身が地面に沈みかけている兵士の懇願に被せるように、気合いを入れた声を上げ、2人の兵士が剣を持ちまとわりつくその影に一撃を入れる。
ザシュ、っと音を立て、2人は影を切り裂いたが、手応えはない。兵士はそのまま地面から出ずる影に飲み込まれ、モゴモゴと何かを言うまでもなく数秒の内にその場から消える。
場に沈黙が訪れた。
-----いや、今の一部始終を全員が確認したことにより、更なる焦燥と恐怖を抱いたと云うべきか。
状況は一向に悪くなるばかりだと、彼は混乱と恐怖が頭から離れぬまま、考える。
ラドスンはここ、ロイネリア領主軍の一つの小隊の隊長だ。
街の商業区にある一角の兵士詰め所で、今日も彼は、いつものように彼は昼寝でもしようかという気分になり始めた頃、表通りが騒がしく感じたのを期に何事かと外へ出た。
その時はときどきある、下らない喧嘩でもあったのかと思ったのだ。
しかし、そこで目撃したのは兵士が影によって地面に吸い込まれるという、一瞬、自分の目を疑うような光景だった。
訳が分からない。
彼は一瞬呆けると、これはヤバい状況だと即座に判断。焦燥と得体の知れない恐怖が沸き立つ中、ここら一帯にいる街の民を避難所へと避難させた。
その迅速な指示は評価されるべきだと本人は思う。
こういう役目を任されているからこそ、状況把握については一般の兵士より機敏でなくてはならない。
そこで、最初は一人一人別れて撤退することも考えた。
だが、それは出来ない。
恐らくこの場から離れようとしたら、逃げた者から順にあの影に捕まってしまうということは理解できた。
通りの地面に潜む影は複数。
自分達の数よりも多いかも知れない。
よって、下手に動けないのだ。
直ぐに自分達を消そうとしないのは、楽しんでいるからだろう。
自分たちをジワジワと追いつめるように。
それにどういうわけか、正体不明の敵は、逃げまどう民達は極力襲わなかった。
いや、今こんな事を考えても仕方ないか。
「うわあああっ!!」
その声に即座に反応し、彼は振り返る。
一人の兵士が極度の緊張と恐怖によって正常な判断が出来なくなり混乱し、我が身可愛さにこの場から離れるように逃げ出した。
その姿を見ながらラドスンは思う。
自分だって領主の小隊の隊長などという役がなければ今すぐにこの場から逃げ出したくなる気持ちも分かる。
-----だが、この場に於いては寿命を縮める結果にしかなり得ない。
待て、とラドスンが声を掛ける前に、その兵士は地面から現れる影に捕らわれ、悲痛な呻き声を上げ消え失せる。
これで地から這い出るそれを見たのは四度目だ。
影が現れると同時に兵士達が攻撃を仕掛けるが、何事もなく地に戻る影を見て、彼はその違和感を即座に見極めた。
相手にダメージを与えられている気がしないのだ。
-----剣では敵に傷を付けられないとなると
(まさか・・・!)
そうであって欲しくはないが、魔術でしかダメージを与えられない非実体の魔物の存在を彼は知ってはいる、霊等といった系統の部類だ。
-----もし相手がその系統の(モンスター)だとしたら、彼は今ほど魔術スキルを行使することが出来ないのを恨めしく思ったことはない。
それにこの彼が率いるこの小隊、いや、領主軍や貴族の兵士全体の大半と言っても良いだろう、彼らは霊系統の魔物との戦闘経験がなく、魔術の行使が可能なものは少ない。
-----当たり前だ。
この街の中心近くのこの通りで、本来、特定のダンジョン内に生息するような相手との戦闘を誰がどうやって考慮に入れるというのだろうか。
剣をチラリと見、彼は思う。
こんな事が起きるということが想定されていたなら、魔法の武器位は支給されているはずだ、いや、これが魔法の武器であったらな、と。
まぁ、彼自身、非常に高額な魔法の武器を一般兵士に与える軍など何処にも存在しないという事は理解しているのだが。
「・・・!」
どう考えても、結果的にこのままでは小隊が全滅してしまう。
彼の考えつく先は、できれば魔術の使える応援が来てくれることを望み、このまま得体の知れない、複数の相手に粘ることしかなかったのだ。
-----毎日、昼寝しようとしていた事は悪いと思う。これからそんな事はもうやらない!-----だから勘弁してくれ。
そんな事を考えてしまう程に、ラドスンの頭の中半分くらいは最早、諦めムードになっていた。
-----だからこそ、彼には突如現れたその存在がより一層、異質に思えた。
「はははははっ!!」
瞬間、気の狂ったかのような男の笑い声がラドスンの背後から聞こえた。
「何だ!?」
彼は素早く振り向く。
新たな敵?それとも、この緊張に耐えられずついに兵士が発狂してしまったのか?と。
そのどちらかだと思っていたのだ。
しかし、違った。
ラドスンが振り向いた先-----其処には男がいた。
自分の部隊の兵士ではない。
いや、それはいい。
-----そんな事よりも
何より、手には妖しく輝る剣を持ち、その眼光は見開かれ、瞳は黄色く光り、その服は赤く汚れていた。
それが、第一印象。
そんな男が、狂ったように、そして兵士の合間を縫うように、地面から湧き出た影をその剣で切り裂くという、死の剣舞を踊っていたのだ。
「あ・・・あ・・・」
敵か?
それとも味方か?
何者だ!?
-----そう言おうとするも、口は動かない。自分達を苦しめていた影の魔物がその剣舞により呆気なく爆ぜて消えるのをラドスンはただただ確認しながら、男は敵ではないのだろうと、突然の事により働かない頭でなんとか思い至る。
いや、はっきり言おう。
彼、ラドスンは男を敵などと思いたく無かった。
怖かったのだ。
-----鬼神のような男の姿を見て、安心など出来なかったのだ。
そして男の最後の一振りにより、影は全滅した。
兵士達がその姿を息を呑んで注目する中、剣舞をやめ、その場に制止した男は、微笑を浮かべながら、ぽつりと呟く。
「中々、刺激的だ」
その場違いな程、気軽な言葉に-----再びその場が静まり返った-----気がした。
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ギルドの一室。
其処には一人の男が窓から外を険しい顔で眺めていた。
この街のギルド支部長、アルベール・カイラスだ。
ギルド内が慌ただしく感じられる中、彼の居る部屋へ一人の女性が駆け込んでくる。
「状況はどうだ?」
その姿を一目すると、静かにアルベールはその女性、秘書であるローゼへと問いかける。
「一体、何処から現れたのかは不明ですが、街の中には未確認の魔物が多数、犇めいている状況です。直ぐに高ランクの冒険者達を出動させましたが、数が多く対処が難航しています・・・それと」
「それと?」
「・・・未確認ですが、一人の男が魔物達を相手に暴れ回っているという情報があります」
如何致しますか?とアルベールへ問いかける視線を向けるローゼ。
「・・・いや、いい。男は放っとけ。心当たりがある」
そう彼がぴしゃりと言うと、彼女は納得したように。
「畏まりました」
と言い、素早く部屋を出ていく。
ローゼが出て行ったのを確認すると
「・・・ようやく来たようだな」
馬鹿弟子が。と彼は呟く。
その声には様々な感情が含まれていたが、途端に無表情になる。
実際、師である自分が呼んでも、こんな状況にならないとやって来ない弟子に多少、腹が立ったのだ。
「いや・・・仕方ないか」
しかし、弟子がああなってしまっているのにも自分に責任があるのだと。
そして、街をこんな状況にしてしまったのにも自分の失態である。
弟子についてはやはりその教育に問題があったのだろう。だが、過ぎたことを今更、悔やんでも仕方のないことだ。
-----だが、あんな弟子でも今は頼りになるか。
そんな事を思いながら彼は、壁に立て掛けてある一振りの剣を手に取る。只の剣ではない。一級品の魔法の武器だ。
現役時代はこの剣で様々な獲物を狩ってきたという記憶が甦る。しかし、今はそんな事を考えている場合ではないのだから、と自分を戒めた。
「剣を振るうのも久々だな・・・くくっ」
-----剣を持つことで、久しく忘れていた感情-----血湧き肉躍る実感を感じていた彼であるが、そんな気分が現役の頃からまだ抜けていないことを感じ、自分も根っからの戦闘狂なのか笑う。
「・・・さあ、この始末。どうしてくれようか」
鋭い眼光を向け、彼は部屋から飛び出す。
獲物を狩るために。




