街①
ロイネリア。
その総人口は戸籍所に登録されているだけで1万を下らないとされ、その街並みは双方の国の建築技術を採用したものとなっており、それらがよく見れる商業区は首都レヴァドを除けば恐らく国で最大級の活気を見せる。高級住宅街が立ち並ぶ貴族区は厳かな雰囲気を醸し出し、それとは対照的に、夜には密かに人々を賑わす下町の歓楽街など、トライゼとランドケイド間の交易を取り持つ屈指の場所ともされている程の-----その街自体が名所の一つである。
名所、と言われれば良いイメージを持つ人間が多いであろう。しかし、イメージというのは得てして不確かなものであり、その本質を歪めてしまうことがある。
-----街の影の部分、下町の奥に存在する貧民街はそんなロイネリアのイメージに反する、いわば公には知られていないだけで実際は幾つもの犯罪、例えば国法で禁じられている物資の売買、麻薬取引に賭博、不当な奴隷売買が行われているような場所だ。
いや、この町の領主の対応とギルドの情報網によってその犯罪数は激減し、それらの介入により最低限の衛生は管理され、それによって昔ほど劣悪な場所ではなくなり、いい意味で随分と変わったものであるが-----最低限の管理というもので済ませているため、それでも一部の人間が巧妙に起こす犯罪というのは警備兵の多い商業区などとは違い、速やかには阻止できない。それが密かに行われているのなら尚更だ。
そんな貧民街で、一人の男は下卑た笑みを浮かべながら、狭い路地を歩いていた。
-----特に何の特徴もない男だ、強いて言うならその恰好が胡散臭く、その手にはジャラジャラと音を立てる拳大ほどの、麻袋を持っていること位か。
昼が過ぎ、日が傾きかけてきたとはいえ、周りは薄暗く、人気がない。さらに日当たりの良い場所ともいえないためしっとりとした冷たさがある。こんな場所を通るのは余程の物好きか、日陰者か犯罪者しかいない。
-----実際、彼は日陰者である。それも警備兵に突き出せば即、首打ちになってしまうような。
そんな危ない橋を渡る彼が少し前まで行っていた事は、主に危険な麻薬の取引であり、その背後にはそれなりに大きな悪の組織が存在する。男は末端であったが、その役目を任せられる程度には注意深い人間であったため、今までバレずに14人の人物と取引をしてきた。貧民街とはいえ、犯罪活動が比較的厳しいこの街でこれだけの人間と麻薬の取引するこの男は組織にとって使えるモノであったといえよう。
いや、彼にとってはこれくらい出来なくては駄目だった。なぜなら、自分の存在価値を組織にアピールするために今まで麻薬取引を行ってきたし、組織にとってこの役目が自分の能力を測るものであるということくらい男は理解していた。
そしてその活動が評価されたのか、ついに組織から御呼ばれが掛かった。末端ではない、正式な構成員として活動してくれないか、と。
男は当然、自分の能力が認められたのだと歓喜し、それを承諾した。そしてこの街の最後の仕事として、ある黒い種を貧民街の特定の場所の土に蒔くことを命令された。
不思議な仕事だと思った。何より得体の知れないものを渡されたので最初はそれこそ警戒していたが、これを断れば今までの苦労が水の泡になる気がしたので、組織の意向に素直に従った。結局、警戒するようなことは起きず、何事もなく完了した。楽な仕事だった。
そして金も貰った。かなりの大金だ。
最高の気分だ。と、男は思う。
-----しかし、その気分を味わうのも束の間、声にならないほどの激痛が男を襲った。
その源は腹だ。それも何かが暴れまわり湧き上がってくるかのような。
薄暗い視界がさらに暗くなり、汗が一瞬にして滲み出で呼吸するのも難しくなる。
-----いったい自分の体はどうしたというのか、そんなことを深く考える猶予もなく、男の視界は暗転した。
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「・・・また失敗か」
男が路地裏で倒れた後、その一部始終を見守っていた若い男は不満気に眉を釣り上げた。
-----どう見ても、覚醒せずに死に掛けている。
この程度の素材ではやはり無理か。
「まぁいいか、これも一つの教訓として活かさなければな」
そう言うと、彼は近づき倒れた男に手を翳す。
瞬間、死にかけた男が消失する。
何事もなかったかのように若い男はその場を後にする。いや、実際、彼には何もなかったのだろう。自分の満足する結果が得られなかったモノに対してはそういうものだ。
「しかし、ルイニングの奴、何を考えているのか」
くそっ。と若い男は呟く。
実際、計画では奴が引きつけ役で街の外、自分が街の中という割り振りを決めていた。ルイニングとの共同戦線というのは癪だが、我が主の直々の命令である。人間にしては大した能力を持つ奴だと、それは認めてはいた、しかし、前日にも奴の配下の虫で街を確認したように、今まで適宜、連絡があったのにも関わらず、重要なこの決行当日、規定の時間の数十分前から、何の反応もないというのは許せなかった。
失敗したらお前のせいだぞ、と。
「所詮は人間だということか」
呆れながら、且つ、今の状況を忌々しく思いながら、彼は考える。
本来ならば、ルイニングの大量の虫共が外からこの街に襲撃を掛け、街が混乱している間に自分は蒔いた種を内側から覚醒させ、ある実験を行うつもりだったのだ。
-----通称、人間の魔物化だ。
結果、覚醒しなければ、その程度だったという事で、それでも構わない。ただ、何週間も掛けて何十人にも仕込んだモノが無駄だったと、多少のむなしさを感じるだけだ。
-----いや、出来れば何人かで良いから覚醒して欲しいものだが。
「・・・そろそろ頃合いか」
予定の時刻に差し掛かってきたこともあるし、苛立ちがあったにのもある。
「あの馬鹿は放っておくか」
腕の良い奴ではあるが、信用はしていない。というより、元々奴の力を借りなくても自分一人でどうにかなる自信が彼にはあったのだ。
それに、自分には我が主から渡された切り札がある。
-----彼は笑みを浮かべると、思い返すように懐から漆黒の本を取り出す。
この本は遙か昔、魔王の時代に封印された十三存在する内の禁じられた魔導書の一冊である。
その名を「悪魔ノ書」といい、生命を消費しその書の名の如く強力な悪魔を異界から召喚する魔導書である。
これは周囲の生物だけではなく、所有者の命を触媒としてしまうことから、その存在が危険視されているが、彼は自分の命の事は心配していない。なぜなら、もう一つ彼が所有するマジックアイテム「賭命の水晶」でその命を代用できるからだ。
「賭命の水晶」には夥しい量の魂が内包されている------それは彼が今までに奪ってきた命の数だけ存在する。先ほどの哀れな組織の男も、この中へ吸い込まれたのだから。
そして、彼は動き出す。
この街に混沌を呼ぶために。
執筆が進まない・・・・




