遺跡①
「ねぇ、いつまでこんな事すればいいのかなぁ?」
ーーーそんな風に気の抜けた言葉で隣にいる者に話しかけたその男は、その陽気そうな声とは対照的に陰気くさい黒いローブを着ている。
それを聞いたのは何度目だろう、と話しかけられた男はいい加減答えるのも面倒臭くなってきてはいたが、話に乗らないまま放っておくと五月蠅くなるので、一応その問いに答えてやることにした。
「・・・そりゃ知らせの者が来るまで・・・そうだなぁ、数日は現状維持だろうよ、・・・まぁ、俺も帰りたい気持ちは分かるがな」
と、溜息混じりに答える、男のその声には確かな疲労の色が感じ取れた。
ここ、パルゾム遺跡に最も近く、そのダンジョンへの入り口が目視でき、且つ辺りを見渡せる、この場所は、そこそこ樹齢のある巨木の上であり、居心地こそ良くはないが、偵察に適してはいた。
ーーーしかし、この二人の技量を知る者であるのなら、誰にも気付かれることなく偵察・監視ができるという点においては森の茂みなどの遮蔽物で充分なものであるので、わざわざ巨木の上になどいなくとも良いのではないか、と疑問を持つことだろう。
ーーーでは何のためにそんな場所から何を偵察・監視しているのか
「・・・俺はこの監視よりーーー暗殺とかそういった感じに手っ取り早くやれる方が好みなんだよなぁ」
陽気そうな男は黒いフードの下でニッコリと微笑むと一瞬残酷そうな眼差しで隣の男を見る。
「・・・判らなくはないが、お前みたいに上の命令には逆らおうとは思わんのよ、我慢しろ。・・・ところで、気配を完璧に隠せ、殺気が漏れてるぞ」
一応、人除けの結界が張ってはあるが、周りに自分たちの存在が感知されることも可能性としては有り得るので油断は出来ない。
ーーー今、物騒な発言をした自分の隣に座る陽気そうな男とは仕事柄、浅い付き合いではなく、有る程度どんな性格かは知っているが、やはりこんな状況だと鬱屈としてしまうの仕方がないことかと男は思う。
ーーー暗殺を好んでしたいというのは理解できないが
全く困った奴だ。
隣のよう陽気そうな男は「おっと、いけね」とすぐさま身体から漏れ出した殺気を抑え、その存在を誰にも悟られない程、希薄にする。
一般人が見れば、まるで目の前から突如、消えてしまったのかと思えるほどに。
ーーーその技量は熟練の冒険者でも察知が困難な程だ。
彼等二人は何者なのか。
ーーーその正体とは、こと隠密行動・戦闘において卓越したモノを持っているーーー俗に云うギルドの裏仕事人である。
裏仕事人である彼等二人が今回、支部長直々に命じられた中心となる重要な依頼は二つ。
一つは、遺跡の周囲の監視を基本とし、その上で調書に記録され、確認されている異常な魔物の調査、及びやむを得ない場合は討伐。
二つめは、遺跡へ侵入しようと近付く者の速やかな排除だ。
「・・・しっかし我慢しろって言われても、魔物共を幾ら殺ってもまらねえもんはつまらんよぉ」
そう言って陽気そうな男は、手に持つナイフを弄び始める。
・・・昨日、遺跡から外へ湧き出てきたモンスターをあれだけ散々殺しておいてよく言う。
ーーーしかし、湧き出てきたモンスターはこの男の言うとおりつまらないモノばかりであるのは確かだった。
遺跡から微かに溢れ出る黒い魔力の霧は、魔物達を凶暴化させるものだと判明しているが、この辺一帯の奴らーーー狼や大蜂、子鬼などが変異し手強くなったといっても二人にとっては多少の手応えも感じられず、敵ではなかった。
そのため、陽気そうな男は、雑魚を幾ら倒したところで満足感が得られず、逆に鬱憤が溜まっていたのだ。
まぁ、ギルドに組みする一員としてはあるまじきモノであるのだが、それに目を瞑れば、優秀である事には変わりはない。
ーーーしかし、任務を遂行することばかり考えていたが、低ランクのダンジョンとは云え、全てを乗っ取ってしまうとはいかほどの者か。
今、外はこの程度で良いが、遺跡の中はどうなっているのだろうか。
ギルドの裏仕事人という強者である男をして、その実体はよく判らない。
イヤ、全てが判らないわけではない。恐らくこの遺跡に潜むであろう黒幕がただ者ではないというのは理解しているが。
ーーーふと、一瞬の間であるが、そんな興味が湧いた男だった。が、今は任務中だ。
余計な雑念が仕事に支障を来たしてはマズイ。
自分を戒め、監視に意識を取り戻す。
が、そんな男の何気ない考えが隣に通じたのか
「あーぁ、俺一人でもいいから遺跡内部の調査でもしてみようかなぁ」
「・・・はぁ?」
ーーー相変わらずといっても良いほど割と本気な顔をして適当なことを陽気に言うその男に対してつい声を上げてしまう。
陽気そうな男につられーーーてではないが、この男も退屈しているためにこのアホが興味本位で調査などと言ってみたのも一応分からなくはない。だが、遺跡内部の調査というその役目はこの二人の仕事ではなかった。
自分たちの役目は、ただ、遺跡を警戒し監視しているだけ。
ーーー要は冒険者の精鋭達が此処に到着するまでの場繋ぎをたった二人で行っているだけの緊急時のバックアップ、裏方なのだ。
緊急時に活躍するといったように、今回の仕事は優秀だからこそ引き受けられる役目である。実際、裏仕事人の給料は高額だ。
だが、しかし裏方ではなく偶にはダンジョンに入って、その卓越した手腕を戦闘でも存分に奮ってみたいと思うときもあるが、これは仕事、と当然ながら割り切っている。
「・・・おい、冗談だよな」
「もちろんさ」
男がジロリと隣を見ると、陽気そうな声で慌てたように黒いフードが動く。
ーーー本気だったのか?
本当に困る。
そして、男は一息付き、問いかける。
「昨日の事をもう忘れたのか?お前は」
「何のこと?」
ーーー本当に忘れているわけではない。
この男の性格からして勿論とぼけているのだろう。
「・・・忘れたとは言わせないぞ、あの時、俺がやっていなければーーーお前はギルドに処罰を食らっていただろう。これは一つ貸しだ」
ふん、と呆れたように男は問いかける。
陽気そうな男はその言葉に「うーん」と唸っていたが、やがて
「ーーーああ、俺が間違えて冒険者を殺しそうになった時の事を言っているの?」
「・・・」
まるで「今、思い出した」とでも言わんばかりのこの態度。
・・・くそっ、もう助けてやんねえぞ。
幾ら気が立ってるとは云えコイツのように標的でもない人間を殺るのは勘弁だ。
「此処に来るなってギルドが言ってるのに来る奴がいるんだもん・・・そういう奴は賊の類と間違えたとでもいって殺しちゃっても・・・ん?」
突如、陽気そうなその雰囲気から緊迫感のあるものへと変化させる。
「どうした?」
俺はその視線を辿る。
何かに気付き、そしてその方向を見ていたのは数秒の間だったが、やがて
「・・・いや、何でもないよ。気のせいだったみたい」
「脅かすな」
今、この場所の周囲には人除けの結界以外にも十重二十重に感知式の結界が張り巡らされている。
もし、誰かが遺跡へと入ろうとしても、この二つの結界と俺達の監視があれば外部からの侵入、遺跡から出てくる魔物を必ず察知できる。
ーーーしかし、念のためだ。
俺が持ち場を離れて気配のしたであろう場所へと向かったが、結界が破壊された様子もなく、また、何の気配も感じられない。
まあ、大体、この大掛かりな結界を潜り抜けつつ、俺達の監視を誤魔化すなんて云うのは無理があるだろう。
「今日も異常はなし、と」
ーーーーーーーーーー
ーーーパルゾム遺跡
それはこの地域で最も難度の低いダンジョンの一つとして挙げられ、ーーー初心冒険者の狩場、と呼ばれ一部の力ありきの者には受けが悪いが、街からそう遠くない位置にあること、階層ごとに大した難易度の開きがなく、段階的な力試しができる良い訓練となることなどから、冒険者のみならず見習いの騎士などがよく利用することの多い場所でもある。
ーーーだが、今、この場には仄暗く黒い霧が充満していた。
「ふぅー」
そんなため息とともに仄暗いこのダンジョンの入り口から、まるで幽鬼の如くのっそり現れたのは一人の若い男だ。
渡である。
その額には冷や汗をかいていた。
「・・・危ない所だった」
ーーーまさか「不可視化」と、「無影」の隠密スキルを二重掛けし、足跡を残さないように「滑走」を使用したがそれでもなお自分の存在に気付くような奴がいるとは。
ーーーいや、俺は決して手を抜いていたわけではないし相手を侮っていたわけでもない。
というより、職業「教皇」である俺の保有スキルの中には他のスキルと比べて使える高ランクの隠密スキルというのは圧倒的に少ない。
それは、隠密行動という面に於いて、専門職の暗殺者や盗賊、俺の創作したNPCに忍者の職業を持つマヨイなどと比べると遙かに劣ると云うことを意味している。
「・・・ちょっと気を抜きすぎだったかな」
気楽に考えすぎていたか。
今まで誰にも気付かれないことを良いことにーー本当は心の底でほんの僅かに慢心があったのかも知れない。
此処は既にダンジョンである。
ーーーしかも危険で、現在閉鎖されているという事情ありきの。
こちらの世界?に来て今まで街や森ばかりを行動範囲としていた渡にとっては初めてのダンジョンであり、恐らくゲームだった頃のモノと違って探検するということがリアルに感じられ、色々と勝手が異なるであろう事は明白である。
ここで出現する魔物にはどんなモノがいるのか、あるいは毒や麻痺など状態異常の罠が張り巡らされているのかも知れないし、中には当たれば終了といった即死系のモノも無いとは言い切れない。
ーーーならばこの世界のダンジョンという未知のモノに対して本気で掛かるべきではないのか。
俺は今の見習い装備から、予め登録していたお気に入り、大法皇装備へと変更する。
これは勿論、自分の持ちうる中でも最強のものだ。
変更が完了すると、今まで渡の周囲は黒い魔力が漂い薄暗かったのだが、彼を中心として仄かな明るさを取り戻していた。
ーーーその明るさ以上に、装備変更をした為か、彼の身体から濃厚な魔力が発散される。
その魔力に釣られたのか、このダンジョンに棲む凶暴で邪悪な魔物を呼び寄せてしまう。
ーーーだが、それらの接近に渡はまだ気付いていなかった。
ーーーーーーーーーー
全6階層からなるパルゾム遺跡の最下層。
そこには大量の魔物の群れが整列するように佇んでいた。
一分の隙もなく、まるで一流の騎士のような面持ちで主の命を待つ、鉄甲虫騎士に、壁に一面にまとわりつくように鈍く輝き蠢く、人の頭程の大きさがある大黄金虫、地面から這い出るようにして顔を出し、人1人を飲み込んでしまうほどの口を覗かせる巨大蚯蚓。
ーーーその群れは、この遺跡を支配した男が新たに生み出した異形の者達だ。
これらは灰となった幻影蟹魔の穴を埋めるために急遽補充した戦力であるが、そのため少なくはない程の余計な力を使ってしまったので暫くは自分で動くつもりはない。
身体を休め力を回復させている間に、彼は石造りの椅子に座り、例の幻影蟹魔の件について考えを巡らせていた。
男の顔色は良くはない、が、その原因は余計な力の行使によって疲れているからだけではない。
あの後、こんがりと焼けた、というより炭化している蟹を慌てて解析したところ、驚くべき事が判明したのだ。
恐らく蟹はーーー高火力の炎属性スキルで一撃で葬られたということだ。
(・・・何て事だ)
ーーーいや、一撃で葬るということ自体は不可能ではない。なぜなら、蟹の動きは遅いので、主である自分でも時間をかけ、一撃で終わらせるほどの威力の魔法を放てばそれは可能だ。
男が驚いたのは、それほどの使い手が街周辺にいるであろう事実を見落としていたからだ。
ーーー何者があの蟹を消し炭にしたのか。
そこでふと、一つの可能性に思い当たる。
「・・・まさか」
Sランク冒険者が街にいるとでも言うのだろうか?
この大陸に数人しか存在しない化け者達だ。
・・・しかし、遺跡にいながら定期的に信用できる筋から情報を得ている男であったが、街にSランク冒険者が入ったという報告は受けていないため、その可能性は低い。
ーーーもし、この遺跡にSランク冒険者が来ようと、自分は互角以上に戦える力を持っていると確信しているので問題はないと思うが、計画に修正事項がでるのは明白なのでそれは避けたいところだ。
ふぅ、と湧き出る怒りを抑える男。
自分の邪魔をする奴は何者だ、と。
と、そんな男の心中を全く察していない一匹の斥候、偵察用の人型の異形の虫が目の前に現れる。
「何だ」
少々、苛立ちながらも男はその虫の報告を受ける。
それは直接、言語を介した報告の仕方ではない。
自分のシモベであるため虫は話さなくとも意志疎通が可能なのだ。
「・・・侵入者か」
ついに、我慢できずのこのことやってきたか、と男は立ち上がる。
思ったより早かったが、こちらの準備は万端だ。
「何人だ?」
そして虫の返答に唖然とする。
「1人だと?」
「それは本当なのか?」と虫に問いただすも、それしか答えは返ってこない。
男は思う。
ふざけているのか?と。
ギルドにしては杜撰すぎる。何より今までの油断ならぬ対応から自分がこのダンジョンを占領しているこの件が重要視されていない筈はないし、街に優秀な人材がいないわけでもあるまい。
ーーー通常は、然るべき精鋭部隊を揃えてこのダンジョンへ来るべきなのだ。
・・・なのに
「・・・たった1人だと」
椅子に座り直し、男は考える。
(何らかの陽動か?ーーーいや、このダンジョンに於いて圧倒的に地の利があるのは自分だ。そんな事をしても此処へたどり着く前に看破されるのは時間の問題だろう。・・・他に考えられるのは、たった1人でも問題ないと思われるほどの実力の持ち主という線だが・・・)
ふ、と男は気味の悪い笑みを浮かべる。
舐められたものだ。
ーーーもしも、侵入してきたそいつが幻影蟹魔を一撃で倒した使い手だとしても、その程度でここまで容易く来れるほどヌルくはない。
(・・・何者かは知らないが精々、此処まで来れるものなら足掻きに足掻いてやって来い。絶望を見せてやる)
それまで死んでくれるなよ。
ーーー最下層に男の楽しそうな笑い声が響き渡る。
2月中も相変わらずの不定期更新が続きそうです。




