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教皇の異世界物語  作者: しらす御飯
12/34

人助け①

 荒い息を吐きながら額に流れる一筋の汗を手で拭う。


 彼女ーーーライネ=ぺルーアは今、この状況の中どのように切り抜け生き残るのかを冷静さを欠くことなく分析していた。


「ギギーッ!!」


 後ろから小鬼ゴブリンの鳴き声。


 いや、前からも聞こえる。


 もしこれが数えられるほどの数であればライネもここまで必死ではなかっただろう。


 しかし今は違った。


「数が多すぎる・・・」


感知サーチ」スキルでも数が良く解らないが

 少なくとも20程の小鬼ゴブリンの群れに囲まれているこの状況においては今の状態の彼女のような冒険者が命の危険を感じるのは仕方のないことだろう。


「何でこんな時に・・・・・最悪」


 これほどの小鬼ゴブリンの群れに囲まれては自分の運命はもう決まったようなものか・・・と諦めとともに悪態を付く。


 いや、彼女が万全の状態ならば一人でもこの状況を切り抜ける算段は十分にあるのだがーーー今はある理由で魔力を大幅に消耗していたのだ。


 ぎらぎらとした数多くの視線を向けられながらも

 ーーー気休め程度に彼女はふと、自分の今までを振り返った。


 魔法学院を卒業してから伝説の英雄という存在に憧れる夢を追い求めて冒険者となり、その事から時には奇異の眼差しを向けられたり、偶に周りに蔑まれることもありながらもここまでやってきた。


 自分には魔術の才能があった。


 が、才あっても何時いかなる状況に置いてその能力を十全に引き出せなければ意味がないのだ。


 その事を彼女は平時において痛感していたが、今のこの状況に置いてそんなことを長々と省みている余裕はライネにはない。


 (・・・そんなことを考えても仕方ないか)


 ーーーどんなに考えようと魔術スキルを連発し疲労したこの身ではこの量の小鬼ゴブリンを殲滅するにはとてもじゃないが魔力が足りないのだ。


 かといってチマチマと一匹ずつ確実に仕留めていくには体力が足りず。


 こんな時にこそ人手が欲しいがこの場に多くの小鬼ゴブリン以外には彼女一人。


 ーーーそう、彼女は普段からパーティを組まずに一人で活動している冒険者だ。


 一人で行動する冒険者は全体から見ればさほど多くはないが珍しいものでもおかしいものでもない。

 

 ーーーしかし実際パーティに属していない冒険者において魔術師が一人でやっていくというのは存外厳しいものがあるのだ。


 ソロの魔術師でやっていけている者はほんの一部に過ぎず、歴史を振り返ってみてもその誰もが超一流の使い手である。


 自分は超一流と言われたり異名を持つようなーーーそういう者達とは違う


 多少魔術の才能がある小娘に過ぎないのがこの状況ではその事を身に染みて実感できるのだ。


 彼女は自嘲気味に笑う。


 小鬼ゴブリンは醜く嫌らしい笑みを浮かべてジリジリと迫ってくる。


 前も後ろも左右もだ


 逃げ場はない。


 ーーーーだが彼女はいかに満身創痍で逃げられない状況だろうと当たり前ながら黙って小鬼ゴブリンに殺されるのはイヤだ。


 奴らに只でやられてやるつもりはない。


 その意志を確固たるものとし


 覚悟を決める。


 ーーーどうせ冒険者の最期はこんなものだろうと


「最期に見せてあげるわ・・・」


 極限の状況の中、彼女は恐らく人生最期になるであろうスキルを構築し始める。


 己をも巻き込む魔術師の高位スキル「大爆裂ハイ・エクスプロード」のスキルを行使するために今のライネには耐えられないほど膨大な魔力を必要とする。


 限界を越えた魔術の行使は、本来であるならば彼女に行使は無茶なスキルである。


 意識が飛びそうになり体が崩れ落ちそうなのをライネは賢明に堪える。


 この様な状況で彼女がスキルの行使を中断しないのは凄まじい集中力と恵まれた才能があるからといっても過言ではない。


 小鬼ゴブリン達は彼女が何かするという異変に気づいたのか否かは良く解らないがーーー警戒しているのか先程とは打って変わって近づく事もせずに睨みつけるような表情で自分を観察している。


 10m程もない距離で四方八方に小鬼ゴブリンの群に囲まれているのだ。


(奴らが飛びかかってくる前までに・・・間に合って!)


 飛びかかられたら詠唱が途切れてしまうかもしれない。


 やけに長く感じられる数秒の中


 そんな彼女の願いは或る意味叶った。


 ーーーいや


 これから起きる現象は自分の予想の範疇を大きく越えていて


 こんな結果になるとは夢にも思ってもみなかったのだから。


 ーーーなぜなら


 彼女が覚悟を決めてスキルを発動しようとしたまさにその瞬間


 突如、全てを飲み込むような黒い靄が小鬼ゴブリンを覆うように出現した。


 それに驚くライネ


 そして、その驚き始めたほんの1秒か2秒の間といった僅かな時間の間に


 目の前にいる大勢の小鬼ゴブリン達が


 ーー跡形もなく消えてしまったのだから。


「は?」


 思わず間抜けな声を上げてしまうライネ


 あまりの衝撃に詠唱を中断してしまう。


 自分の眼を疑った。


 あまりにあんまりのことに両目を手で擦ってしまう


 しかし自分のそんな眼に異常は見られない。


「何が起きたの・・・?」


 そのまま呆然と立ち尽くす。


 有り得ない。


 何がどうしたというのか。


 ーーーなけなしの気力で彼女はもう一度自分の眼に力を入れて辺りを確認する。


 見渡す限り森。


 ・・・それ以外には何もない



 さっきまであれほどいた喧しい小鬼ゴブリンがいない以外には本当に何もない。


 夢?


 小鬼ゴブリンなんて最初から居なかったのか?


 これは本当は夢で実は宿で爆睡中なのか?


 一瞬そう考えてしまうほどに。


 しかし自分は此処にいる。


 存在がリアルすぎるし何より疲労困憊だ。


 よって夢ではない。


 自分は先程まで小鬼ゴブリンの群れに囲まれていた

 これは間違いないはずだ。


 だが。


 小鬼ゴブリン一匹辺りに感じられない。


 死体すらない。


 緊迫していた状況から一転して気が抜けて座り込む。


 頭を抱え込み


「・・・私、疲れてるのかな」


 そう呟いてしまうライネだった。















 ーーーーーーーーーー

















「はぁー」


 溜息を付く。


 と言うより最近溜息を付くことが多い気がする。


 結局、小鬼ゴブリンを討伐する依頼を受けた俺こと

 佐野渡は目的の魔物モンスターを探すためこのアカルナの森に来ていた。


 まあ、「感知サーチ」スキルをを使っていれば探すと言うほどのものではないのだが。


 思わず溜息を付くほど何となく気分が向かないのは、以前俺が小鬼ゴブリンを殺して気分が悪くなったのを思い出しての事だった。


「やはり慣れなくてはいけないかね・・・」


 この世界についてはっきりと断言できる確かなこと。


 それは一人の命が尊いものでなく自分が考えているよりもはるかに軽いと言うことだ。


 ーーー街を歩いていると奴隷を見かけたり、奴隷を売る市場などが催されている場を目撃した俺はここはそういう場が普通にある世界なんだ。と実感したのはつい最近のことだ。


 それだけではない。


 この街は比較的治安が良いものだとされている。


 その理由は街にいる領主が騎士団を保有しているからであり、盗賊や逆賊といった犯罪者の類を捕らえるのが騎士団の仕事だ。


 しかしそれだけではままならない状況というものがあり、治安維持のためやむなくその場で死刑執行する場合もある。


 ーーーそう、俺はその騎士団の死刑執行を見てしまっているのだ。


 それを目撃したとき自分はこういうことができるのか

 とつい考えてしまった。


 こういう世界だ。


 人を殺めなくてはならない状況になることもあるかもしれないだろう?


 実際、盗賊団や山賊団などそういった犯罪者討伐の依頼も冒険者ギルドにはあるし、ここいら近辺には見かけることはないらしいが、そういった者達が突如出没するのは珍しいことではない。


 小鬼ゴブリンというただの人型の「魔物モンスター」を殺めるだけでこんな状態であるとはどうにも不甲斐なく感じる。


 のほほん平和国家の日本生まれだし

 他人の生命を奪うということに慣れていない訳なのは当たり前なのだ。


 ーーーだったら冒険者を辞めてほかの職に就けばいいんじゃないか、と思うこともあることにはあるが


 自由に世界を動きまわれるという冒険者という資格を持ちながら旅ができるというこの感じは気に入り始めているんだよね。


 その分危険がつきまとうが。


 他人の命を奪うのは嫌だけど魔物モンスターはあからさまに異形なのでそういった忌避感は感じない。


 一部の人型に対して思うところがあるだけで。


 しかしそういったことに慣れが必要であることを確認しつつも葛藤していたのだが、


「ん?」


感知サーチ」に結構な数の何かの反応。


 200m程先だ。


「これは・・・」


 小鬼ゴブリンの反応だ。

 言ってるそばからこれか・・・

 何もこんなに出てこなくてもいいのに

 と俺は悪態を付く。


「あ!」


 それどころではないようだった。

 注意してみると人らしき存在を感じられる

 状況から推察するにこの人は今ピンチだろう。


 こういう状況で冒険者は同業者に対して手助けというのをギルド側が義務づけている訳ではないので見捨てる事もざらにあるらしい。


 が。


 俺は勿論そんなことはできない質だ。


 正義のヒーローになるつもりはないが、

 まだ救える命なら救ってあげたいのが本心だ。


 前にウォルカ達を手助けした時とは違い今回は私情だ

 我ながら偽善者だと理解している。


 人の命が掛かっている

 ならば素早く行動すべきだろう。


 そうと決まれば。


 足に力を込め走り出す


(「滑走スライド」)


 地を滑るように動く


 今の俺は疾風の如き速さも容易く可能にする。


 この魔術スキル「滑走スライド」は対象者の状態に「浮遊」属性を付加し、移動速度を二割程上昇させるスキルだ。


 このスキルは勿論一時的なものであり、「浮遊」属性は対象者を地面から数十cm程浮かせるのでアイススケートならぬエアスケートの状態だ。


 元々の基礎能力が高いのとこのスキルの効果もあって

 ほんの数秒で目的地へと近づく。


 此処まで近づくと

 ざわざわと多くの群れの気配がはっきりとする。


「おっと」


 と、ここで姿と気配を完全に消すためにアイテムボックス

 から隠密用巻物スキル「姿隠し」を取り出し発動する。


 念のためだ。


 近くの茂みに身を隠し、まずは様子を窺う。


 開けた広場だ。


 多くの小鬼ゴブリンが囲むようにして

 一人の女の子?に集中している。


 その中心にいる女の子を俺は注視する。


 顔立ちは整っているようで美少女と言える風貌だ。

 15歳位だろうか?


 しかし彼女の顔には力がない。

 疲労困憊だ。


 短い金髪に難しいような辛そうな表情を彼女は浮かべ

 何かを詠唱し始めた。


 魔力が辺りに立ちこめてくる

 おそらく大技だろう。


 しかし、彼女

 自分の身を考えないでそのスキルに集中している。


 まさかと思うが

 奴らを巻き込んで死ぬ気か?


 と、言うより俺は何時「魔力」というものを感じ取れるようになったんだろうか?


 ホント知らぬ間にこう言うことが可能になってきているなぁ・・・


 ゲームでは有り得なかった現象だ。


「っと、いけないいけない」


 何をやっている

 自分の考えに耽っている暇はないだろうが

 馬鹿か俺は。


 あの子を助けに来たんだろう。


 どう見ても彼女はピンチだ

 ここはゲームじゃない。


 復活の儀式やスキルを行使すれば人を蘇らせるのは可能かもしれないが今は試してみる気はない。


 救える命が有れば救いたい。


 よし。


 いや待った。


「・・・」


 あの子に俺の存在を気づかれないようにこいつ等を駆除したい。

 さらにできることならこいつ等が弾けたり千切れたりするようなスプラッタな光景は余り見たくない。


 そんなことを可能にするスキル・・・


 ・・・あった!


 あれにしよう。


 即断決行。

 俺は素早くスキルを発動する。


(「暗滅回航ディストピア」)


 黒い靄が小鬼ゴブリンの周辺に発生。

 奴らを飲み込むようにして数秒のうちに


 跡形もなく消えた。


「おお・・・」


 やっぱり楽でいい。


 この世界に来て初めてこのスキルを使用したがゲーム内では雑魚を処理するのにご無沙汰なものだ。


暗滅回航ディストピア」はランク8と結構高いランクの魔術スキルだ。


 効果はこうだ


 黒い靄が対象を此処とは異なる闇次元へと転送する

 成功すれば対象は死ぬ。


 跡形もなく。


 そんなスキルだ。


 一見、無敵そうなスキルに見えるがそんなことはない。


 実はこの転送が成功するには厳しい条件が幾つかある。


 自分よりレベルがかなり低くなければならないこと、高い魔力抵抗値を持つ相手には成功しない場合があること、優秀な武具を装備している相手には武具の特殊能力によって防がれてしまう可能性が高いこと、ゴースト不死アンデッド、神やボスには完全に抵抗レジストされーーー通用しないこと。


 そして最大の弱点。


 3m程の黒い靄の中に対象を入れなければ成功しない。


 これはかなり厳しい制限だ。


 何せ、相手がこれの発動を上回る速度で動き、その狭き効果範囲から離れたらもうアウト。


 発動までは1秒ちょい程なので、例えこのスキルを相手が初見でも真正面からこれを使うのは遠慮したい。


 ーーーというよりはこの得体の知れない黒い靄から逃れようとするのが普通の反応だろう。


 それにより、不意打ちのような相手を誤魔化す策を労さなければ必然的に成功率は低くなる。


 効果は強力だが厳しい条件のお陰で多くのプレイヤーの間では「産廃」とも呼ばれるようなスキルになってしまっているのだ。


 俺はそこまで嫌いではないんだが。

 このスキル。


 兎も角。


「ふぅ・・・」


 間に合った

 これで一安心だ。


「あれ?」


 先程よりも切羽詰まった顔している彼女。

 ・・・・・もしかして何が起こったのか良く分かっていないのかな?


 ーーー思った以上に疲労しているらしく地面に膝を付き辺りを警戒する余裕もない。


「・・・仕方ないか」


 俺は静かに茂みから出る。


 本当はこのまま放って置いても良かったのだが、今の状態では他の魔物モンスターに襲われたときに対処出来ない可能性が高い。


 未だに良い状況ではないのだ。


 小鬼ゴブリンを折角消したというのに死んでしまっては元も子もないではないか


 それに寝覚めが悪い。


「大丈夫か?」


「姿隠し」の巻物スキルを解き、彼女に声を掛ける。

 なるべく自然に、優しく。


 しかし


 俺が背後から声を掛けたのがいけなかったのか


「ッ!!」


 彼女は凄い勢いで振り向き手を構え


 その手が光ったかと思うと


 先程の大技であろうスキルが俺を対象として発動した。
















 ーーーーーーーーーー
















「!ーーーおいやめ」


 彼の制止の言葉は遅すぎた。


 私にだって発動してしまったこのスキルは止めることは出来ないのだ。


 ーーーそれにしても


 名も知らぬこの男の人は動けなくなっていた自分を気遣って助けに来てくれたのだろうか?


 冒険者は金がなければ仲間も助けやしない奴らが多くいる。


 それは当たり前のことだといって良い。


 彼がもし満身創痍の私を助けようとしてくれたのならその行動は今の私にはとても有り難い


 ーーーけれど気配を消して背後から近づかないで欲しいものだ。


 彼の必死な顔を見てそう思う。


 こういう取り返しの付かない間違いが起こってからでは遅い。


 そんな刹那の時間の中、目の前で急速に形成されていく「大爆裂ハイ・エクスプロード」をぼんやりと眺めながらふと思う。


 この距離から不意打ち気味に相手に対してこのスキル。


 ーーー彼の近くにいる私も爆発に巻き込まれて只では済まないだろう。


 しかし、私はこの際どうなっても構わない。


 元々、先程の小鬼ゴブリンで死んでいた身だ。


 それがどうあってか不可解な現象に助けられ、声を掛けてきた見ず知らずの他人を殺める事になるなんて。


 我ながらお粗末な話だ。


 自分勝手なことだが奇跡でも何でも良いから彼には助かって欲しいと思う。


 あれ


 これって


 走馬燈?



 瞬間、爆音が響き

 彼女は強い光を目撃する。


「う・・・」


 発生される爆発に目が眩む。


 名も知らぬ男の人


 ごめんなさい。


 そんなことを考えているが何時まで経っても痛みを感じないことに


(痛みを感じる間もなく死んでしまったの・・・?)


 ーーーいや


「・・・!!?」


 此処で彼女はとんでもない違和感に気づく。


「嘘・・・・」


 ペタペタと自分の顔を触る。


 何ともない。


 生きている。


 ーーー何故生きているのか。


 ーーー何故無傷なのか。


 ーーー男の人は無事なのか。


 すぐさま色々思い悩む彼女だったが

 それも一瞬。


 ーーー体の状態を気にするよりも自分を取り巻く有る事象にに目が離せなかった。


 自分の周囲には淡い光を放ちながら護るようにして結界が張られている


 それも只の結界ではない。


 彼女は才有る魔術師の端くれである。


 今まで防護スキルの類は結構な数を知っているし間近で見る機会もよくあった。


 ーーーそんな彼女であっても


 見事と言うしかないものだった。


「・・・凄い」


 彼女は吸い込まれるようにしてその結界を凝視していたが


 そうしていたのも束の間のこと。


 突然の声に意識が引き戻される。


「はぁ・・・危なかった!!」


 はっとして彼女が振り向くとそこには先程の男が立っていた。


 先刻は自分の魔術に巻き込んでしまったその対象者を確認している余裕は無かったが


 ・・・よく見てみると自分と年の差がないようなまだ若い青年だ。


 その青年は怒ったように


「いきなり攻撃することはないだろう!フレンドリーファイアもいいところだぞ・・・」


「・・・・・!」


 ふれんどりーふぁいあが何だかは分からないが

 この青年の言う通り

 確かに自分は今の魔術で人を間違って殺してしまう所だった。


 当の本人には怒られて当然

 恨まれて当然だろう。


 ・・・だが


 ーーーそんな彼女にもどうしても納得できない点があった


 あの自分の魔術スキルをくらって何故この青年は無事なのか?


 ーーー確かに威力は途中、中断したせいで本来の威力には程遠いだろう。


 しかし結界を張らなければ生身の人間が一撃で死にかねないレベルのものであったのは理解しているつもりだ。


 ついでに言うと自分は青年があの瞬間、結界を張らなかった所をこの眼でを見ている。


 ーーーさらに言えばローブに焦げ跡さえないような


 無傷だ。


「・・・・・」


 自分はこの青年が張ったであろうこの強力で不思議な結界に護られているから無傷なのは理解できる。


 なのに


 あれだけの至近距離で


 爆破を喰らって


 何故この青年は何事も無かったかのように平然としていられるの!


(いや・・・落ち着け私)


 ・・・悪い夢でも見ているみたいだった。


 疲れているかもしれないのでもう一度この青年が幻影でないかを確かめることにした。


 ・・・如何にも魔術師というような在り来たりなローブを着ていてはっきり言って強そうにも凄そうにも見えない魔術師だ。


「おーい」


「ハッ」


 思わずライネは身構える。


 身体に走る痛みや倒れたくなるような疲労などには構っていられない。


 目の前のいる青年は何なのか。


 注意を払いつつも即座に思考を巡らす。


 ーーー自分の使える中でも最高の威力を誇る魔術を受けても何事もなかったかのように平然としていて、今も自分の周りを護るようにしているーーー恐らくこの青年が行使したであろうこの強力な結界に加え、何らかのスキルであろうが全く気配を感じられない得体の知れないこの青年に警戒するなという方がおかしいというものだ。


 ーーー人の形をしたかなり高位の魔物モンスター

 恐らく自分の想像も付かない化け物に遭遇してしまったのだろう。


 自分の悪運はついに尽きたのか・・・

 とも考えてしまう彼女だが。


「何でこんなに警戒されているのだろうか・・・」


 膠着状態。


 互いの距離は数歩と言った所だが有って無いような距離感だ。


 本来ならばもっと距離を置こうとするところだが

 下手をすればそれが悪手になり得るかも知れない。

 どちらにせよこの結界のせいで彼女は動けない。


 そんな中、ぼそっとした彼の呟きだが

 辺りは静寂に包まれているためかライネにははっきりと聞こえた。


 うーんと腕を組み何か落ち込んだような素振りを見せる。


 目の前の存在からはそういった邪悪な気配は感じられない。

 本当に困惑したような表情を浮かべているように見えもする。


「よし」


 何かするのか。


 咄嗟に身体を緊張させ身構える。


 ーーーそんな彼女を青年は気にした風もなく


 おもむろに手を伸ばし小瓶らしきものを取り出した。


(なっ!?)


 思わずライネは眼を疑った。


 何もないところから小瓶が現れたのだ。


(何をしたの・・・?)


 渡はごく自然に自分のアイテムボックスから下級回復薬ヒール・ポーションを取り出しただけなのだが


 ーーー彼女にとってそれは十分に驚くべき事であった。


 普通、一般冒険者は小型のポーチを持っている事が多く、その中に必需品であるポーション類を入れている。


 最高位の冒険者ともなれば同じサイズながら普通のポーチとは比べものにならないほど物を入れることが出来る魔法のポーチを持っていることもあり、いつかはライネも手に入れたいと思っている憧れの物だ。


 ーーーしかし今のはそのどれともあまりにも違った。


 何もない空間から小瓶が突然現れたのだ。


(そういえば・・・)


 ーーーすっかり目の前の存在のその異様さばかりに目が入って気が付かなかったが


 この青年は杖以外手ぶらのようだった。


 ーーーあまり考えたくはないが


 今の現象から推察するに


 ーーー彼は別の次元にでもアイテムを仕舞っているとでもいうのか。


 ーーーそうだとしたら


 そんな彼女の思考を中断するかのように青年は自分に話しかける。


「取り敢えずこれでも飲みなよ」


 といい先程何処からともなく取り出した小瓶を差し出す。


 ーーー小瓶の中には輝くように澄んだ黄緑色の液体が入っている。


 ライネはそれが何なのかじっと見つめていたが


(・・・これって)


 恐らくポーションだろうか。


 彼女はポーションにはあまり詳しくはないが差し出されたこれは紛い物だとか劣悪品でない事は理解できた。


 しかし、今のこの状況で仲間でもない赤の他人にポーションをポンと差し出されて受け取るか否かは考えさせられる。


 彼女はそんな程度には慎重だ。


「安心しなよ、毒なんかは入っていない」


 微笑むように小瓶を振る彼。


 信じていいのだろうか。


 ーーー彼の顔には騙そうという事も悪意も感じられない。

 ーーー本当に今の自分の状態を気遣っているように思えた。


 が


 その前に。


「・・・結界」


「え?」


「結界を解いて」


「あ」


 この結界がある限り自分は動けないし、差し出されたポーションを受け取ることだって出来ない。


「悪かったよ」


 自分を纏っている結界が消えてゆく。


 そんな彼女の言葉を即座に理解した彼は結界をあっけなく解いた。


 この青年は自分を本当に害するつもりはないのだろう。


 ーーーどうにかするつもりなら自分の言う通りににこの結界を解かないし、今までの遣り取りで幾らでもチャンスはあっただろう。


 同じ魔術師でもこの強力な結界を創り出せるこの青年とはレベルが違うことは薄々理解している。


 戦闘をすれば万全の状態の自分でも勝ち目がないことは何となく予想が付くし、此処で逃げ出しても容易く追いつかれることは想像が付く


 つまりは打つ手なしなので今の自分は大人しくしているしかないのだ。


「はい、これ」


 ポーションらしき小瓶を目の前に差し出される。


 ライネは黙ってその小瓶を見ていた。


 そんな自分の「やはり毒でも入っているのかと疑われている」という考えを悟ったのか彼はこんな事を提案してきた。


「何なら自分が納得するまで調べてもらっても構わないよ」


 ニコリと微笑む青年


 ーーーここで本当にこの人が自分を助けるために結界を張り、ポーションを分け与えてくれたのならばその厚意に答えるのが礼儀だ。


 意を決して恐る恐るポーションに口を付ける。


 ポーションを飲んだ結果として自分の怪我は即座に完治し、魔力も万全の状態に戻った。


「何・・・これ」


 いや、戻ってしまった。


 有り得ない。


 ーーーここまで凄いポーションだとは予想できなかった。


 自分が知りうる中でのポーションとは身体の傷を癒す効果をもってはいるが、どのような傷でも完全に治癒するには有る程度時間が掛かり、あくまで身体の自然治癒力を急激に高めるといったそれを補助する役割のもので有るはずなのだ。


ーーー瞬時に身体の傷を元の状態まで癒し魔力を完全回復するポーションなど市販で売ってはいないし見たことなどない。


 ーーーこれほど効果の強いポーションをこの青年が所有しているのも驚くべき事だが、何よりポンと出して良いほどのものではないのだ。


 これほどの物を貰ってーーーいや貰ってしまって自分は何を対価に求められるのか怖くなってきたくらいだ。


 身体は完全に回復し調子がいい気分ではあるが、心中では飲んでしまったことを後悔し始めていた


 普通、これほどのポーションを無償で分け与えるような冒険者など聞いたことがない。


 必ず釣り合うような条件を提示させられるはずなのだ。


 今の自分にはすぐに用意出来るものではかったり、達成困難な無茶な条件であるかも知れない。


 ーーーそう覚悟していたのだが


「具合はどうだ?悪いところはないか?・・・・うん、どうやら大丈夫なみたいだな。」


 そんなことを言い始める青年。


 え?と思ってしまうライネ。


 彼女の体調がいいと分かると他のことは意にも返さずに彼は言う。


「・・・そう言えば自己紹介がまだだったな」


 青年はニコリと笑い


「俺の名前はワタル・サノ。ワタルでいいよ。君の名前は?」


 ーーーこれが私と彼の出会いだった。





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