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第二十八話:方法

 日葵と共に、俺は桑田家へとやってきた。瓦屋根の古い木造住宅。庭には軽トラックが停まり、その隣には農機具が並んでいる。


 俺は自然と、桑田家でお世話になった日の記憶を思い出していた。怪我の手当をしてもらい、弁一さんと良二さんの三人で酒を酌み交わした日の記憶。今の俺にとっては、もう懐かしいとさえ感じる場所だ。


「弁爺ー」


 日葵が玄関へ向かって声を掛けると、しばらくして引き戸が開いた。


「おう、日葵か」


 現れたのは見慣れた顔だった。白髪混じりの短髪。日に焼けた肌。鋭い目付き。けれど、その目元にはどこか優しさがある。


「こんにちは」


 俺が挨拶すると、弁一さんはまるで値踏みするように俺をジロリと睨みつけた。彼にとって、俺は知らない男だ。この反応は、予想通りだった。


 俺ははじめて彼と会った時と同じように、背筋を正して弁一さんに頭を下げる。


「初めまして。日葵さんと同じ大学に通っている、月代透と言います」


 俺が日葵の知り合いだと分かり、少しだけ弁一さんの警戒が解けたのが分かった。彼は「そうか」とだけ言い、日葵の方へと向き直る。


「で、何の用だ?」

「ちょっと、聞きたいことがあってさ。時間いい?」

「構わんが……畑で良二を待たせてる。そんなに時間は取れんぞ」


 言いながら、弁一さんは俺たちを家の中へと招いてくれた。居間に通された俺と日葵は、弁一さんと向かいあう形で、二人並んで座布団の上へと腰を落ち着ける。


「聞きたい事ってなんだ?」

「単刀直入に聞くんだけどさ、弁爺って神の殺し方を知ってる?」


 突然の質問に、弁一さんは怪訝そうな顔をして見せた。正直、俺もその急な質問には驚いた。それに構わず、日葵は続ける。


「いやさ、私が蛇棲ヶ迫の歴史について調べてるのは知ってるよね? 色々調べていたらさ、弁之助が神を殺せし者っていう言葉があったんだよね」


 神を殺せし者……それは、弁一さんが蛇だった時の神託だ。日葵が言う気になることというのは、この神託についてなのだろうか。その疑問は、次に発せられた日葵の言葉で解消した。


「でもさ、よく考えたらおかしくない? だって——弁之助って、神を殺してはいないよね?」


 言われてみれば、確かにそうだ。伝承によれば、弁之助は冥蛇を討ち倒したとは伝えられているが、俺の知る限り殺したとはどの文献にも記載されていない。事実、冥蛇は封印こそされているものの、まだこの地に存在している事は確かだ。


 そもそも死を司る神である冥蛇を殺す事など出来ないのではないだろうか。ならば神を殺せし者という神託は、弁之助が冥蛇を討ち倒したことや、その血筋であることを意味しているわけではないのか?


「なんだ、そんなことか。確かに、桑田家には代々、神を殺す方法ってのが言い伝えられてる。だが、そんなものはこの時代、もう秘密でもなんでもない。少し考えりゃ分かることだ」

「うん、私もなんとなくは察しがついてるよ。でも、どのように伝わったのかとか、そういう所も含めて弁爺から聞きたいんだよね。私の史学研究に協力すると思ってさ、お願い!」


 日葵の言葉に、弁一さんはやれやれと言いたげに頭を掻いた。


「史学研究ねえ……」


 そう呟きながら湯呑みへ手を伸ばす。


「まあ、この時代、もう隠すような話でもないか」


 弁一さんは一口茶を啜ると、ゆっくりと口を開いた。


「神を殺す方法なんてもんは、そんな大層な話じゃねえ」

「じゃあ、どうやるの?」


 日葵が身を乗り出す。知らずと俺も、彼の言葉を聞き逃すまいと耳をそばだてていた。弁一さんは髭をジャリジャリと撫でながら、話を続ける。


「神ってのはな、人間が信じるから神なんだ」

「……うん」

「なら逆も同じだ」


 そう言って、指を一本立てる。


「信仰しない」


 二本目。


「名前を消す」


 三本目。


「語り継がない」


 四本目。


「忘れる」


 最後に握り拳を作る。


「そうして誰の記憶にも残らなくなった時、その神は死ぬ」


 居間に静寂が落ちた。日葵は先の言葉通り、察しが付いていたのだろう。妙に納得した様子で頷いてる。


 弁一さんが語った神殺し、その理屈は妙に納得できるものだった。


 神とは人々の信仰によって成立する存在。ならば、その信仰そのものを失わせれば、神もまた存在できなくなる。


 ふいに、弁一さんが蛇宴で蛇役となった時の事を思い出す。信仰心を持たないことが神を殺すという言葉は確か、既に出ていたものだ。


 それを語っていたのは確か……。


「やっぱり、それが神の殺し方か……でもさ、変だよね?」


 日葵はそこで目を細める。それに対し、弁一は「何がだ?」と返す。


「神を殺す方法なんてものが、なんで桑田家に伝わってるの? 伝承によれば、弁之助は冥蛇を弱らせただけ。そもそも、その方法は誰に使われたの?」


 弁一さんは鼻を鳴らした後、首を横へ振った。


「知らん」

「え? 知らないの?」

「俺が聞いてるのは方法だけだ。なんで桑田家に伝わってるのか、何の神を殺したのか、なんで殺したのか、そんな話までは伝わってない。伝わってない以上、俺にも分からん」


 日葵は腕を組み、黙り込む。俺もまた考えていた。


 神を殺す方法は分かった。だが、それだけだ。その方法が実際に使われたのか。使われたのなら相手は誰だったのか。肝心な部分が、まるで見えてこない。


 だが、一つだけ確かなことがある。弁一さんは真実を知らない。少なくとも、この話の続きを知る人物ではない。なら、真実を知る者とは誰なのか?


【真実を知る者】


 俺は日葵を見る。どうやら彼女も同じ結論に辿り着いたらしい。


「やっぱり……」


 日葵がぽつりと呟く。


「ばあちゃんか」


 その言葉に、俺は静かに頷いた。人が勝利を収めた蛇宴で、神託は既に告げていた筈だ。真実を知る者が、誰なのかを。


 森上冨喜。


 禁忌を暴くため、次に向かうべき場所が決まった。

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