第二十七話:予感
川のせせらぎが聞こえる川原へと、俺はスーパーカブを走らせていた。
森上日葵。思い出すのは、世界が終わる直前に放たれた彼女の言葉。
日葵はあの時、確かに何かへ辿り着いていた。
『生を司る天蛇、死を司る冥蛇、生と死を繰り返す円環、禁忌……そうか、そういうことだったんだ! 全部分かった!!』
終わりへと向かう世界の中、日葵はそう叫んでいた。
『透くん!! 千代女ちゃん!! もし、また繰り返すのなら次の私に伝えて!! 禁忌とはつまり神を――』
結局、日葵が何を伝えようとしたのかは分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。彼女は俺よりも、遥かにこの蛇棲ヶ迫という場所の情報を持っている。俺が逃げた先の世界で、残りの人生が終わるまで辿り着く事が出来なかった情報を持ち、世界が終わる間際に禁忌へと辿り着いたに違いない。
川原へ到着すると、見覚えのある光景が目に入った。川辺に張られた緑色のテント。簡易的な焚き火台。テントの中には、積み上げられた書籍の山。そして、アウトドアチェアにへ腰掛け、本を読んでいる黒縁眼鏡の少女。
二年早く来たのだから、ここにはいないかもしれないという俺の考えは、嬉しい形で否定された。思わず笑みが零れる。また会えたという嬉しさが、心の奥底から湧き上がってくる。
俺が近付くと、日葵が顔を上げた。
「ん? 誰? 痴漢?」
「……はは」
変わらないその台詞に、思わず笑ってしまった。だが、俺が笑ったことで、日葵の顔が露骨に警戒した顔になった。
「うわ、否定しないよこの人。夏休みに趣味のソロキャンプを楽しもうとしているうら若き美人女子大生を、痴漢する気満々だよ」
「俺は痴漢じゃない」
「へえー、じゃあなに? あ、もしかして自殺志願者? 死ぬなら他所でお願いね?」
「自殺志願者でもないよ。日葵に聞きたい事があって来た」
「私の名前を知ってるって事は……まさかのストーカーか。はあ、まあ、私可愛いからな……ストーカーの一人や二人、いるかそりゃ」
このまま日葵との会話を続けたい気もしたが、そうも言ってられない。可愛いからと自己陶酔に浸る彼女を叩きおこさんと、俺はあのワードを口にする。
「日葵、禁忌について教えてくれ」
その瞬間、日葵の表情が変わった。冗談半分だった空気が消える。
「……ふーん、禁忌ね。君さ、何者? なんか、不思議な気配がプンプンしてるし、見た目の割にはすごく落ち着いた雰囲気というか……変な感じがするし」
「まあ、日葵に隠し通せない事は分かっているからいうけど、普通の大学生ではないよ」
「だよね……普通じゃない……かなり」
「俺のことは良いから、禁忌について知ってることを教えてくれ」
「いやいやー、そんな急に言われてもさ。そもそも、君はなんで私が禁忌について調べていると知ってるのさ」
「日葵が、その答えに辿り着くところを見たからかな」
「は?」
「世界が終わる瞬間に」
沈黙。日葵は数秒、俺を見つめた後。
「なるほど、頭がおかしい人だ」
と呟いた。
「まあ、待て。頭がおかしいかどうかは、俺の話を聞いてから判断するでも良いだろ。俺は日葵になら全てを話すつもりでここに来たんだから」
「……ちょっと面白そう」
どうやら、好奇心が勝ったらしい。日葵は読んでいた本を閉じると、アウトドアチェアに腰かけたまま、早く話せと前のめりになった。
俺は近くにあった大きな石を椅子替わりにして腰掛けてから、彼女の視線を受け止める。
「長くなるけど」
「暇だから大丈夫」
そして俺は話し始めた。
天蛇と冥蛇のこと。
千代女さんのこと。
何度も同じ時間を繰り返したこと。
世界の終わりのこと。
その次の世界で逃げたこと。
逃げた先の世界で、蛇棲ヶ迫について調べた事。
そして、裏の歴史へ辿り着いたこと。
ただし、どんなに調べても禁忌だけが分からなかったこと。
全てを包み隠さず話した。日葵は途中で、一度も口を挟まなかった。ただ黙って俺の話を聞いていた。
やがて、全てを話し終えた頃には、もう昼過ぎとなっていた。
「なるほど、嘘……とは思えないね。知りすぎてるし。じゃあ信じられるかって言われたら、信じたくない気持ちの方が強いけど」
俺の話を聞いて、日葵から出たのはそんな台詞だった。このままだと二年後にどう足掻いても死にます、なんて話を信じたくないという気持ちはよく分かる。
だが、それは事実だ。このまま何もしなければ、蛇宴で死ぬか世界が終わるかのどちらかだ。
「信じられないような話に聞こえただろうけど、俺には信じてくれとしか言えない。その上で、協力してほしい」
「まあ、世界が終わるとか言われちゃったらね、協力するしかないんだけど。でもさ、今の話を聞いてる限りじゃどう足掻いても絶望的じゃん。何か策はあるの?」
「策というか、月に導かれた俺には、この蛇棲ヶ迫でやれるべきことがあると思ってる。それが解決策かは正直まだ分からないけれど、俺にはまだ知る事がある」
「それが禁忌?」
「ああ。これは予感だけど、禁忌について知らなきゃいけない気がするんだ。その為には、日葵の協力が必要不可欠だと感じてる」
「だからー、協力するって言ってるじゃん。君の話を聞いて、分かった事もあるし」
「分かったこと?」
「うん、多分。私の考えが正しければ、禁忌の正体はなんとなーく分かった……筈。でも、確証が持てないし、君の話を聞いていて気になる事もあった」
「気になること?」
「先ずは、それを確かめる必要があるかな。こうしちゃいられないや、すぐにでも確認しに行こう!」
そう言って、日葵は勢いよく立ち上がると俺の横を素通りして歩き始める。
「おい、待てよ。確認しにいくって、どこに行くんだ?」
聞きながら、俺は胸がざわついていた。もしかしたら、俺が探している答えに繋がるかもしれない。その予感を肯定するように、日葵はにやりと笑って告げる。
「桑田家!」
その名前を聞いた瞬間、俺は静かに立ち上がった。
弁之助の血を継ぐ者の家。
やはり、日葵に協力を仰いで正解だった。禁忌へ辿り着くための扉が、今まさに開こうとしている気がした。




