21. 遅いのよ!
「あの……初めてお会いすると思うのですが、何故わたくしの名前を?」
その私の問いに、その少年は意地悪な笑顔でこちらを見る。
「気付かないのか。何年も傍に居てやったというのに」
はぁ? 何言ってるの、この人。
訝しげに見る私に、呆れたような顔をして言った。
「はぁ~。本気で気付かないとはな。我の名付け親のくせに」
名付け親?
本気でヤバい人なのかしら?
同級の人の名付け親になんてなれるわけないじゃない。
後にも先にも名前を付けたのは、グレイしか……
あの髪色……あの目の色……
グレイ・フィリス……。グレイ……
ん? グレイ!?
「まさ、か……グレイ?」
「正解」
私がそう言うと、上から目線の笑顔で返事をする。
「え!? うそ! グレイ!? 本当に本気でグレイ!?」
「何だその反応は。対して変わらんだろうが」
いやいや、丸っきり違うから!
どうやったら、ケット・シーが人間の男の子になるっていうのよ!
目を見開いてグレイを見ている私に、グレイはなんて事のないように話す。
「あの、宝玉の事で相談に行ったら、そこに丁度ディオーネ様が来ててさ。お前が学園内で何かあったら、すぐに対処出来るようにってディオーネ様が人間の姿に変えてくれたんだ」
「えっ!? ディオーネ様が?」
「お前の霊魂が気になってラケシス様の所に訪ねて来られていたんだ。何とか入る予定の魂が入れ替わった事はバレずにすんだみたいだけど、ラケシス様の宝玉が人間界に落ちた事がバレて、ディオーネ様に叱られていた」
「宝玉か人間界に落ちた事、何故ディオーネ様にバレたのかしら?」
「ラケシス様が宝玉の事を神界で調べてた時に、分からない事があって、ディオーネ様に聞いたらしい。そこから問い詰められたみたいだな」
本当にラケシス様は迂闊な人だわね。
ディオーネ様に、しっかり指導してもらえばいいと思うわ。
それにしても……。
「何にしても帰ってくるの、遅すぎじゃない!?
どれだけ心配したと思ってるのよ!
もう、もう、宝玉の事とかグレイの事とラケシス様の事とか、全部夢だったのかと思っちゃうくらい、何の連絡もなかったじゃない!」
私はそう叫んでから口を両手で塞ぐ。
ヤバい。ここ、図書室でした。
「場所を変えよう。ここは誰が聞いているか分からないしな」
そうして私達は、学園の庭にある四阿に場所を移した。
ここなら誰か来たらすぐに分かるから、内密の話が出来そうだ。
「グレイ。ちゃんと話して」
私のその言葉に、グレイが真剣な顔で頷いた。
「実はすぐに帰れなかったのには訳がある。
宝玉に関して、とんでもない事実が分かったんだ」
あの後、グレイから聞いたあの話……。
“あの宝玉は、人間の悪意を吸収してしまうと虹色から徐々に濁った色になっていき、大きくなる。その宝玉が真っ黒に染まり、吸収し切れないくらい大きくなった時、この世界もろとも爆発してしまうだろう”
グレイはそう言った。
本来、あの宝玉は神界のみで取り扱う物。
下界にはシールドに挟まれて持って行けない物だったそうだ。
だけど、転生の際に魂と共に下界に降りたから、うまくシールドに引っかからずに下界に持ち込めたのだろうというのがディオーネ様の推察だったそう。
こういった事例は今までなかったそうだから、この件は神界でも今後の対応策を考えるそうだ。
で、今回は何がなんでも宝玉を回収しなければならない。
その為、ケット・シーの姿のままでは何かと不便であろうと人間の姿に変えられるようにしたとのこと。
今や私の運命を変えるためだけじゃなく、この世界を守る為にも宝玉を取り返さなくてはならない。
その役目を改めて私とグレイに託されたのだ。
いやいや、荷が重すぎでしょう!?
こんな重要案件、私達だけに任せていいと思ってるのかな!?
そうグレイに言ったら、
「ラケシス様は神界で、今回の件で査問会議に掛けられているからとても来れない。
今回も世界を壊したら、ラケシス様の神界の位階が降格されて、下手をすれば神界追放になるらしいからな。何とかディオーネ様の口添えもあって即追放だけは逃れている段階だ」
はぁ……。
もう、あの神様は何してるの……。
まさかこの世界の神様が査問会議に掛けられているだなんて、誰が思うってのよ!
ラケシス様が来れないなら、ますますヒロインのアリアに直接返してもらう事は無理だわね。
悪役令嬢の私の言う事なんて、絶対に信じないだろうし、ましてや私も転生者だと思われていたら、そんな話、疑わない要素なんて何一つないもの。
やはりこっそり奪うしかないのか……。
「爆発までもう時間はないの?」
不安になってそう聞くと、グレイはなんて事のないふうに答える。
「いや? 見た目は小さな玉だが容量は思った以上に大きいぞ。余程の悪意や欲を直に込めなければ、10年は持つとの判断だ」
グレイのその答えに、ひとまずは安心する。
今まで通り、私が処刑される運命の日を迎えるまでに取り戻せばいいのだ。
「ん? そういえば、グレイって、今の地位はどうやって手に入れたの?」
「ああ、それな」
なんて事のないふうにグレイが頷く。
「適当に魔法で身分を詐称した。
で、この学園に入学するに当たっての保証人には、お前の爺さんに協力してもらった」
「お祖父様に!?」
「ああ」
なんて事。
お祖父様なら、幻獣のグレイの頼み事ならすぐ聞くでしょうね。
「あれ? でも人間の姿に変えて会いに行ったのなら、ケット・シーだって分からないんじゃない? よく協力してくれたわね」
「目の前でケット・シーから人間の姿に変わったら、流石に信じるだろ?」
グレイは自慢げにそう話す。
うん、グレイ。
大事な事を小出しに言うのはやめて。
「じゃ、自由に姿を変えられるの?」
「一応決まりはあるがな」
飄々と話すグレイの姿は人間だ。
しかも、必要以上に色気がある。
ケット・シーの時のグレイとのギャップに戸惑いながらも、グレイが帰ってきてくれた事にホッとしていた。




