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白金ってそんなにヤバいんです?

 串揚げの買い食いで少しだけ道を逸れましたが、私たちは再び本来の目的地である冒険者ギルドへと向かって歩き出しました。

 夕暮れが近づくにつれ、石畳の街道や水路沿いの道はさらに活気を増していきます。行き交う馬車や荷車の数、そして様々な種族の人々の波を眺めながら、私はつくづくと実感していました。


(……人と物資の交流が盛んな街というのは、本当にとことん巨大ですね)

(ああ。大河という絶対的な物流拠点(インフラ)を抱えている以上、都市の規模は必然的に膨れ上がる。……そして、街が巨大であるということは、そこを管理する組織も巨大になるということだ)


 ミコトさんの言う通りでした。

 やがて私たちが辿り着いたネレイドブリッジの冒険者ギルドは、以前訪れた大都市・グリランドールの本部と比較しても全く遜色のない、まるでお城のようなサイズを誇っていたのです。

 見上げるような威容に、私は思わず「はぁ……」と深いため息をこぼしてしまいました。


「……仕方ありませんわね。入りますわよ」


 私がすっかり馴染んだお嬢様口調でそう宣言すると、ミコトさんがどこか遠い目をするような気配と共に、一抹の不安を孕んだ念話を響かせました。


(……なあ、クーリア。声に出して喋るときは完全にその口調になっているが……そのうち、その仮面(ペルソナ)が素になったりしないよな?)

(そ、そんなことありませんよ! これはあくまで、周囲から怪しまれないための完璧な擬態(カモフラージュ)です!)

(……ならいいが。気がついたら中身まで本物の貴族の令嬢になっていた、なんて致命的な不具合(クリティカル・バグ)は勘弁してくれよ)


 ミコトさんの呆れと懸念が混ざったツッコミに、私は少しだけ頬を熱くしながら、重厚な両開きの扉を押し開けました。

 しかし、一歩足を踏み入れた途端、むせ返るような熱気と喧騒が私を包み込みました。


「おい、今日の討伐(ハント)の報酬はどうなってんだ!」

「こっちの納品(タスク)の確認が先だ! 並べ、新人!」


 時刻はちょうど夕暮れ時。一日がかりの依頼クエストを終えて帰還した冒険者たちで、広大なギルドのロビーは足の踏み場もないほどごった返していました。

 鎧のぶつかる音、酒をあおる笑い声、受付嬢たちの悲鳴に近い案内声。

 これだけ大勢の屈強な男女がひしめき合っていては、先ほど別れたばかりのガルドさんの姿を探そうにも、どうしようもありません。


(……これは、とんでもない人口密度ですね……。ミコトさん、ガルドさんたちを見つけられますか?)

(物理的な視界からの索敵(サーチ)は不可能に近いな。魔素の波長で探るにしても、これだけ他人の魔力が入り乱れていると干渉が強すぎる)


 巨大な街の活気は、思わぬところで私たちの合流を阻む壁となって立ち塞がったのでした。

 入り口で立ち往生する私をよそに、ミコトさんはひどく冷徹で、そして恐ろしく物騒な解決策を導き出しました。


(一発、どでかい花火でも上げれば一瞬は静かになるだろうが……)


 私の指先にほんのりと熱を伴う魔力が集まりかけたのを察知して、私は慌てて自分の右手を左手でギュッと握りしめました。


(絶対に止めてくださいね!? 皆さん、仕事帰りで気が立ってるんですから!)

(……冗談だ。流石に俺もコイツら全員とやりあうのは面倒くさい)

(大乱闘になることは予想してたんですね……て言うか私が言わなかったら冗談じゃなかったですよね?)

(大丈夫だ、コイツら全員を相手にしても俺なら無傷で制圧出来る)

(出来ちゃうから問題なんです! とにかく、時々いきなり脳筋作戦を立てるのは止めてください!)


 私は心の中で、思わず頭を抱えました。


 普段はあんなに効率的(ロジカル)で理屈っぽいのに、自分のスペックが異常に高すぎるせいで、時々導き出す最短ルートがただの物理的暴力(パワープレイ)に行き着くのは本当にやめてほしいものです。


(脳筋とは心外な。いいかクーリア。前にも言ったかも知れないが、『世界一の頭脳を持つ奴が30分掛けてハッキングして開ける鍵を俺の頭脳なら3分で出来る。だが、俺の魔法なら3秒だ。ほら、ちゃんと論理的だろ?)

(人はそれを脳筋と言うんです!)


 私たちが脳内でそんな命がけの漫才を繰り広げながら、どうやってこの人だかりを掻き分けようかと途方に暮れてしまいますが、


(……とはいえ、どうしようもないからといって時間を無駄にする気はない。とりあえず、あの大きな依頼掲示板(クエストボード)でも眺めて、最近の傾向(トレンド)や情報でも拾っておくか)

(そうですね。ただ立っているよりはマシですわ)

(……とうとう脳内会話でもお嬢様口調になってきたな……)


 私のすっかり板についた擬態(カモフラージュ)っぷりに、ミコトさんは呆れと感心が入り混じったような、ひどく複雑な心境の念話をこぼしました。

 ミコトさんの提案に従い、私は人波を縫うようにして、壁際に設置された巨大な掲示板へと近づいていきました。

 様々な依頼書が所狭しと貼られたボードを眺めていると――ドンッ! と、隣にいた誰かと強く肩がぶつかりました。


「あぁ!?」


 ドスの効いた野太い声が上から降ってきます。

 見上げると、そこには少し柄の悪そうな、傷だらけの男が立っていました。彼の装備は無骨でゴツゴツとした金属の突起がいくつも付いており、もし私が『星霜の蒼』(プラネ)の防護結界に守られていなかったら、そのまま弾き飛ばされて床に倒れ込んでいたかもしれないほどの衝撃でした。


(……おいクーリア、相手は見るからに地元の荒くれ者(トラブルメーカー)だ。ここは穏便に……)


 ミコトさんが脳内で忠告をしようとした、まさにその時。

 先ほどまでの「返り血を浴びたくない」という謎のプライドと、すっかり私と同化しつつあるお嬢様の仮面(ペルソナ)が、私の口を勝手に動かしていました。


「……なぁに? 押してきたのは貴方でしょう?」


 私は苛立ちを隠すことなく、冷ややかな視線で大男を見据えました。


「こんなか弱い乙女に、そんなトゲトゲしい肩当てなんて付けてぶつかってくるなんて……下賤な殿方はモテませんわよ?」

「…………はぁ!?」


 私の放った優雅で毒のある言葉に、男は一瞬きょとんとした後、顔を真っ赤にして怒りの青筋を浮かべました。

 元々短気だったのか、それともお嬢様特有の遠回しな言葉選びの意味を完全に理解したわけではないものの、「とにかくコケにされ、罵倒された」という事実だけはなぜか正確に受信したようです。


「上等だコラァ! そのツラ、二度とそんなふざけた口が利けねえように……」


 男が前置きもなしにブチ切れ、ゴツい拳を振り上げようとした、その瞬間でした。


「おい、バカやめろッ!!」


 人混みを掻き分けて、見覚えのある重装備の青年が血相を変えて飛び出してきました。

 魔導バスで私をスカウトした、あのガルドさんです。彼は男の腕を必死に押さえ込みながら、悲鳴のような声を上げました。


「ガルド!? なんだてめぇ、邪魔すんじゃねえ! 俺は今この生意気な……!」

「お前こそ早まるな! その人はな、俺がさっき言ってた『魔法使いの助っ人』なんだよ!!」


 ガルドさんの必死の言葉に、男は私の全身を舐め回すようにジロジロと見下ろしました。


「はぁ!? こんな武器も振れねえ細っこい腕で、杖も持ってねえ奴が? 魔法使いだって話だが、そんな証拠どこにあんだよ!?」

「……杖なら、有りますわよ」


 男の荒々しい罵倒に対し、私はあくまでも優雅な微笑みを崩さずに答えました。

 そして、左腕にはめられていた美しい銀色の腕輪に、すっと微かな魔素(マナ)を通します。


(ミコトさん、少しだけ展開(オープン)しますね)

(ああ。偽装(カモフラージュ)の手間が省ける。周りの視線(ログ)には気をつけろよ)


 次の瞬間、腕輪が淡い蒼光を放ちながら滑らかに形を変え、瞬く間に一本の美しい杖――『蒼の憧憬』(ストラトス)へと姿を変え、私の手の中に収まりました。


「なっ……!?」


 先ほどまで吠えていた男が、信じられないものを見るように目を丸くして言葉を失います。

 しかし、それ以上に驚愕の声を上げたのは、私を連れてきたガルドさんの方でした。


収納(ストレージ)魔法!? 嘘だろ、それ……遺失魔法(ロストテクノロジー)じゃないか!」


 ガルドさんの叫びに、周囲の喧騒がふっと静まり返り、ギルドにいる大勢の冒険者たちの視線が一斉にこちらへと突き刺さるのを感じました。

 先ほどまで私に突っかかっていたゴツい男も、目を剥いて信じられないといった表情で固まっています。

 しかし――そんな彼ら以上に、内心で最も激しく動揺し、驚愕していたのは……他でもない、私の脳内にいるミコトさんでした。


(……え? あれ、クーリア? この世界って収納魔法とか、そういう魔導具って……無いの?)


 普段の冷徹さや論理的(ロジカル)な思考が完全に吹き飛んだ、素っ頓狂なミコトさんの声。

 それに答える私の念話も、嫌な汗と共に微かに震えていました。


(……え? ええ、聞いたことありませんね。たまぁぁぁに、古代文明の遺産とかで、不完全ながらもそれっぽい物が出たりはするそうですが……まあ、殆ど眉唾ですけど)

(…………)

(…………)


 沈黙。

 脳内に響く、圧倒的な沈黙。

 相手を黙らせるための、ほんのちょっとした威嚇のつもりでした。

 しかし、ミコトさんにとっては「ちょっとした便利機能」程度の認識だった魔法が、この世界においては伝説級の超絶技術(オーバーテクノロジー)だったのです。


(やばいぞ、クーリア。完全に悪目立ち(エラー)した。どうする、この視線の数)

(どどどどうしましょう!? これ絶対、ただの素人魔法使いじゃ済まされませんわよ!?)


 周囲からの驚愕と好奇の視線に、脳内では完全にパニックを起こしていた私たちでしたが、そこはすっかり板についたお嬢様の仮面(ペルソナ)。私は極めて自然な動作で小首を傾げ、くすくすと上品に笑ってみせました。


「……あらあら、皆様どうなさいましたの? これはただの光学迷彩……つまり、私は初めからこの杖を手にしていましたのよ。ただ、少々目立つ意匠ですので、普段は魔力で光を屈折させて、腕輪のように見せかけているだけですの。驚かせてしまって、ごめんあそばせ?」


 涼しい顔で放たれたその言い訳に、一瞬だけ時が止まったかのようになり、やがてギルド内の空気が「なんだ、ただの幻惑魔法か……」と安堵の色に変わっていくのを感じました。


(ナイスだクーリア! ……『蒼の憧憬』(ストラトス)『星霜の蒼』(プラネ)も、変形用に各パーツを収納しているスペースがあるが、光学迷彩という理屈ならそれを上手く誤魔化せそうだ!)


 冷や汗をかきながらも、ミコトさんが脳内で惜しみない賛辞を送ってきます。

 実のところ、私の持つ『蒼の憧憬』(ストラトス)と、この可変式ドレスである『星霜の蒼』(プラネ)には、変形機構のためだけではない、まだまだ莫大な余剰領域(ストレージ)が存在しています。

 そこには野営用の寝具や炊飯道具はもちろんのこと、果ては一年は余裕で過ごせるだけの食糧の備蓄までもが、ミコトさんの固有魔法である|《時間遅延》《クロックダウン》によって鮮度をほぼ永久に保ったまま保管されているのです。

 しかも、容量にはまだまだ余裕があるという、まさに正真正銘の遺失魔法(ロストテクノロジー)級の代物なのでした。


「こ、光学迷彩……なるほど。そういうことか。いや、てっきり伝説の魔法でも使ったのかと焦ったよ」


 ガルドさんもすっかり毒気を抜かれたように息を吐き、ようやく私から警戒の視線を外してくれました。


(ごめんなさいガルドさん、実は伝説級どころか創世級の物なんです! 言えなくてごめんなさい!)

(出所が既に創造主クラスだからな……マジでこんなモン世に出せねぇわ……)


 そんな私たちの、冷や汗と罪悪感にまみれた内心など知る由もなく、ガルドさんは気を取り直したように仲間たちを振り返りました。


「さて、騒がせちまったが、改めて紹介するよ。俺のパーティメンバーだ。俺はリーダーのガルド。重剣士(じゅうけんし)をやってる」


 大剣を背負ったガルドさんが親指で自分を指した隣で、先ほど私と一触即発になりかけたトゲトゲしい装備の大男――重盾士(じゅうじゅんし)のビーガーさんが、バツが悪そうに頭を掻きむしりました。


「……あー、その、なんだ。さっきは悪かったな。俺はビーガーだ。こんなナリだが、盾役としてはきっちり仕事するからよ……」

「もう、ビーガーったら本当に短気なんだから。こんな可憐なお嬢さんに怪我でもさせたら、どう責任取るつもりだったの?」

「う、うるせえ! 俺だって手加減くらいするつもりだったわ!」


 むっつりと顔を背けるビーガーさんの背中を、バンバンと遠慮なく叩いて笑う女性が進み出てきました。

 豊かな胸の谷間を惜しげもなく晒し、色香漂う豊満な身体つきをした大人の女性……と思いきや、彼女の頭にはピンと立った獣の耳が、腰にはしなやかな尻尾が揺れていました。


「ごめんなさいね、お嬢ちゃん。私は弓士(ゆみし)のチェリルよ。よろしくね」

「ご丁寧にありがとうございます、チェリルお姉様」

「お姉様? あははっ! アタシ、獣人族だから発育がいいだけで、まだ十五歳よ?」

「えっ……!? じゅ、十五歳……私と、同い年……!?」


 私の(いろいろな意味での)敗北感と驚愕をよそに、チェリルさんはカラカラと笑いながら、今度は自分の後ろに控えていた小柄な少年の首根っこを掴んで引っ張り出しました。


「ほら、タントンもちゃんと挨拶して。これから命を預け合うんだから」

「……タントン。斥候(せっこう)


 動きやすさを重視した軽装のタントンさんは、ボソリとそれだけ名乗ると、すぐにチェリルさんの斜め後ろへと立ち位置を戻してしまいました。

 無口で愛想がないように見えましたが、彼の視線がどこか不器用にチェリルさんの横顔を追っているのを、私は見逃しませんでした。


(なるほど……タントンさん、常に周囲の警戒だけでなく、チェリルさんの背後の死角もしっかりカバーしていますのね。流石は優秀な斥候ですわ)

(……クーリア。お前、本当にそういう感情の機微(シグナル)には鈍感だな。いや、まあ戦闘に支障が出ないならどうでもいいが)


 密かにチェリルさんに想いを寄せているタントンさんの純情を、見事に「プロの斥候の目」と勘違いしている私に、ミコトさんが呆れたような念話を飛ばします。


(前衛で壁となる重装が二人、物理の遠距離火力、そして索敵要員。ここに魔法が加われば、パーティの構成(バランス)としては手堅くまとまっているな)


 ミコトさんが脳内で、四人の戦力を冷静に分析して評価を下しました。


「俺たち四人に、魔法の専門家である君を加えた五人で、今回の『黒鮫団』の調査にあたりたい。……改めて、よろしく頼む」

「ええ。微力ながら、精一杯お手伝いさせていただきますわ」


 私は上品にドレスの裾をつまみ、和気藹々とした彼らに向かって可憐なカーテシーでお辞儀をしてみせました。


「魔法使いとしては見習いも良いところなのですが……微力ながら、お手伝いさせてくださいましね? ……はっ、いけない、私ったら名前も言っておりませんでしたわ! 改めまして、私クレアハートと申します。僭越ながら、白金の紋章を頂いております。どうぞ、宜しくお願い致しますわ」


 私は完璧な首、口角、目尻、全てにおいて角度を合わせた微笑みを向けます。


 沈黙。


 ええ、それも仕方有りません。自分で言うのも憚られますが、私はちょっとした美少女です。……ミコトさんが横から(ちょっとしたどころじゃなくて傾国レベルだけどな)とかなんとか言ってますがそれはさておき。

 そんな私が、計算され尽くした微笑みを向けられて動じない殿方など居るはずが無いのです!


「は、白金……!?」

「馬鹿なっ!? どうしてこんな所に!?」


 (……え。引っかかったのそっちですか?)

(当たり前だ。色気より命が惜しい冒険者にとって、白金(プラチナ)なんて生きた神話か災害兵器みたいなもんだぞ。お前の顔面偏差値より、その紋章の持つ致死性(スペック)の方にビビってるんだよ)

(そ、そんな身も蓋もない……!)


 私の引きつりかけた完璧な笑顔をよそに、ガルドさんはガタガタと震えながら一歩後ずさりました。


「は、白金って……あの、国に数人しかいないっていう最上位ランクの!? いや、でもそんな若くて、しかも魔法使いの見習い……!?」

「嘘だろオイ! 俺、さっきそんな化け物に喧嘩売ってたのかよ!? 死ぬ! 俺絶対死ぬじゃん!!」


 先ほどまで強気だったビーガーさんに至っては、トゲトゲの重盾の後ろに隠れてガタガタと歯の根を鳴らしています。チェリルさんもタントンさんも、信じられないものを見るように完全に硬直していました。


(ほら見ろ。完全な威圧(オーバーキル)だ。素人のふりをするなら、せめて銀か金あたりで偽装しておくべきだったな)

(だ、だって! 収納の手前の方にあって、一番取り出しやすかったのがこれだったんですもの!)


 完全に場を制圧してしまった『白金の令嬢』を前に、パーティメンバーたちの顔からはすっかり血の気が引いています。

 ……私の計算し尽くされた美少女スマイル、完全に無駄撃ちだったみたいですわ。

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