爆誕! クレアハートお嬢様!
窓の外を流れるのどかな風景を楽しみながら、私は冒険者たちの物騒な噂話に聞き耳を立てていました。けれど、ふとした瞬間に、車内のあちこちから視線を感じることに気がつきました。
それは決して敵意や害意ではありません。どちらかと言えば、見てはいけないものを見てしまったような困惑と、隠しきれない好奇心が混ざったような……。
(……ねえ、ミコトさん。なんだか、さっきから皆さんにすごく見られている気がするんですけど)
(……ああ。お前がそう言う前から、俺の感覚にも嫌というほど引っかかっている)
原因は、考えるまでもありませんでした。
私の身に纏っている、この星霜の蒼。
可変式で旅に適した機能があるとはいえ、その見た目は最高級のシルクと魔力を編み込んだ、夜空の欠片のような極上のドレスです。冒険者が鎧をガチャつかせ、老夫婦が質素な旅装をしているこの車内では、浮いているどころの騒ぎではありません。
(……ミコトさん、どうして乗る前に気づかなかったんですかぁ! これじゃあ、まるで厳格な家を抜け出して一人で遊び回ってる、世間知らずなお転婆お嬢様そのものじゃないですか!)
(……ふん、俺も移動の効率ばかりに気を取られていた。偽装を解くタイミングを誤ったな。だが、今さら着替えるわけにもいかん)
いっそこのまま「おーっほっほ! 苦しゅうないわよ!」とでも高笑いして、開き直ったお嬢様キャラを演じるべきか真剣に悩み始める私に、ミコトさんが溜め息混じりの念話を飛ばします。
(よせ、余計に目立つ。……お前はこのまま、借りてきた猫のようにお淑やかに座って、街までやり過ごせ。黙っていれば、ただの深窓の令嬢に見える)
(むぅ……。ミコトさんは他人事だと思って……。でも、確かに変に動くとさらに注目を浴びそうですね)
私は恥ずかしさを誤魔化すように、より一層お淑やかなポーズで窓の外を見つめ続けました。
心の中では「私は景色! 私はただの風景の一部!」と必死に呪文を唱えながら。
魔導バスは、そんな私の内面の葛藤を乗せて、着実に水の都へと近づいていくのでした。
窓の外の景色に逃避し、ただひたすらに時間が過ぎるのを待っていた私に、不意に声がかけられました。
「あの、すみません。お嬢さん」
ビクッと肩を揺らして振り返ると、そこには先ほど通路を挟んで斜め前に座っていた、重装備の冒険者の青年が立っていました。
「え、ええと……はい。何かご用でしょうか?」
「急に声かけてすまない。いや、隠しているつもりかもしれないが……あんたから微かに漏れ出してる魔素の密度、ただものじゃないと思ってね。相当な魔法の使い手だろう?」
(……ほう。これでもかなり隠蔽しているつもりだったが。あの冒険者、魔力感知の感度はなかなか優秀らしい)
ミコトさんが脳内で感心したように呟きます。
ですが、ここで迂闊に実力を知られるのは面倒です。私はお嬢様らしく、ふるふると控えめに首を横に振りました。
「いえ、とんでもない。私なんて、普段の生活に使うような、ささやかな生活魔法しか使えないただの素人ですわ」
「生活魔法だけでも構わない。実は俺たちのパーティには、魔法使いが一人もいなくて困っていたんだ」
青年は切実な表情で頭を下げてきました。
「これから向かうネレイドブリッジで、どうしても受けなきゃならない依頼があってね。正式な加入とは言わない、今回の依頼の時だけでいいから、臨時で手を貸してもらえないだろうか?」
「ですが、私のような世間知らずが足手まといになっては……。それに、危ないことには巻き込まれたくありませんし」
「頼む! 報酬も弾むから! 実は、最近大河を荒らしている『黒鮫団』絡みの厄介な案件で……」
ピタ、と。
その単語が出た瞬間、私とミコトさんの思考が完全に同調しました。
(……黒鮫団、だと?)
(ミコトさん。あちらから勝手に、案内役兼、情報源が飛び込んできましたよ)
(ああ。ギルドの内部情報や、奴らの動向を探る手間が省ける。最高に効率的な展開だな)
つい先程までの居たたまれないお転婆お嬢様の演技はどこへやら。
私の唇には、先日の野盗のアジトで見せたような、冷徹で可憐な笑みが自然と浮かんでいました。
「……黒鮫団、ですか」
「あ、ああ……。やっぱり、お嬢さんには危険すぎるか……?」
「いいえ。困っている方を放ってはおけませんもの。私でよろしければ、そのご依頼、喜んでお手伝いさせていただきますわ」
私がにっこりと微笑んで了承すると、青年はパッと顔を輝かせました。
彼らはまだ知りません。自分たちがパーティに迎え入れたのが、か弱い魔法使いなどではなく、つい数時間前に野盗の拠点を地獄に変えてきた『夜の王』であるということを。
「ありがとうございます! 俺は剣士のガルドって言います。街に着いたら、他の仲間にも紹介しますね!」
青年――ガルドさんがホッとした顔で自分の席に戻っていくのを見送りながら、私は引きつりそうになるお嬢様スマイルを必死に維持していました。
その裏で、ミコトさんのひどく呆れたような念話が飛んできます。
(それにしても、その口調はなんだ。コイツらといる間、ずっと続けるつもりか?)
(し、しかたないじゃないですか! 流れでそうなっちゃったんですよ!)
(……冷血非道の残虐令嬢、或いは返り血に咲く青い薔薇、なんて通り名が広がるのも時間の問題だな……)
(何ですかそれは!? 返り血なんか浴びるわけ無いじゃないですか!)
(つっこむところはそこで良いのか……?)
ミコトさんの深い深い溜め息が脳内に響き渡ります。
ですが、私の言う通りです。ミコトさんの効率的な魔法の数々や、この『星霜の蒼』の防汚機能があれば、物理的な返り血なんて一滴も浴びるはずがありません。
ええ、決して私が「残虐令嬢」であることを否定しているわけではなくて。
(まあいい。情報源の手駒としては優秀だ。せいぜい、その可憐な令嬢の皮を被ったまま、奴らを利用させてもらおう)
(手駒って……。もう少し言い方があるでしょうに)
そんな私たちの物騒な脳内会議など知る由もなく、魔導バスは順調に街道を進み、いよいよ巨大な水路と橋が入り組む美しい街――水都・ネレイドブリッジの入り口へと差し掛かろうとしていました。
窓の外に広がる景色が、緑の平原から徐々に石造りの建物や入り組んだ水路へと変わっていく。魔導バスが小さな石橋を渡るたび、車体は小気味良い振動を立てた。
巨大な水路と美しい石造りの橋が見えてきた頃、ガルドさんが身を乗り出すようにして声を潜めました。
「実は、俺たちが受けようとしている依頼ってのは、その『黒鮫団』の調査なんだ」
通路を挟んだ席から身を乗り出し、ガルドさんは周囲を気にするように告げます。
「……と言っても、ギルドでさえ奴らの詳細はほとんど把握できていないのが現状でね」
「ギルドでさえ、ですか?」
私は小首を傾げます。大陸中の情報が集まるはずのギルドが実態を掴めないなど、通常では考えにくいですから。
「ああ。奴らの手口が、あまりにも悪辣すぎるんだ」
ガルドさんは忌々しそうに顔をしかめ、自身の膝に置かれた剣の柄を無意識に強く握りしめました。
「商船団を丸ごと襲い、積荷を奪う。そこまでは普通の水賊と同じだ。だが奴らは……その後、乗組員を一人残らず殺して、証拠となる船体ごと、深い大河の底に沈めちまう」
「ひっ……」
私は咄嗟に口元を両手で覆い、ひどく怯えた令嬢のように肩を震わせました。
(……なるほど。生存者を残さず、証拠となる船ごと水底へ隠滅する。実に効率的で徹底した手口だな。素人の野盗集団とは訳が違う)
(ええ……。皆殺しにして川底に沈めるなんて、本当に酷い人たち。私が同じように、深い深い水底へ沈めて、息の根を止めてあげます……)
(クーリア、顔。令嬢の怯えたポーズのまま、目が完全に据わってるぞ。今はまだただの『生活魔法しか使えない素人』だ、油断するな)
ミコトさんの冷静なツッコミを脳内で受け流しつつ、私は潤んだ瞳でガルドさんを見つめ返します。
「でも、それほど大規模な略奪なら、いくら証拠を隠滅しても自警団が網を張るのでは……?」
「普通はそう思うよな。だが、奴らは忘れた頃にやってくるんだ」
ガルドさんは重い溜め息を吐き、車窓の向こうで陽光を反射する大河へ視線を向けました。
「比較的間隔を空けて犯行に及ぶし、被害に遭う範囲が大河の全域に及ぶくらい広い。いくら自警団でも、そんな広範囲を四六時中警戒し続けるなんて実質不可能なのさ」
「神出鬼没、ということですね」
「それに……」
ガルドさんはさらに顔を近づけ、周囲の乗客に聞こえないほどの囁くような声になりました。
「まるで、あらかじめ張られた警戒網の場所を知っていて、それを嘲笑うかのように犯行に及んでる節がある。だから……街の自警団かギルドの内部に、奴らに情報を流している『内通者』が居るんじゃないかって疑惑まで出てるんだ」
(……ビンゴだな。広範囲での神出鬼没な犯行、そして完璧な警戒網の突破。それらを成立させる最も合理的な要素は、内部からの情報漏洩だ)
(じゃあ、その内通者を見つけ出して吐かせれば、黒鮫団の居場所も分かるってことですね)
私とミコトさんの思考が、冷たく、そして完璧に同調します。
「だから、魔法で少しでも自衛できる人が必要なんだ。どうか、お願いできないだろうか?」
真剣な眼差しで頭を下げるガルドさんに、私はこの上なく可憐で、無害な微笑みを向けて頷きました。
「……私でよろしければ、喜んでお手伝いさせていただきますわ」
魔導バスがネレイドブリッジの停留所に到着し、私たちはガルドさんたちと一旦別れました。
「ギルドへ向かう前に、少しだけこの美しい街を散策してみたいのですわ。初めての街ですもの、いろいろと見ておきたいですわね」
(お前、連中の前以外でもそのお嬢様口調続けるつもりか?)
(普段からしておかないと、いざって時にボロが出ちゃいますからね)
そう告げて、私たちは賑やかな大通りへと足を踏み入れました。
(事前情報としては十分ですが、やはり実際の街の人々の反応も見ておきたいですからね)
(ああ。現場の生きた声は何よりの情報源だ。……ついでに、その手に持っている小魚の串揚げで腹も満たせるしな)
ミコトさんの呆れたような声が脳内に響きます。私の手には、先ほど通りすがりの屋台で買ったばかりの、川魚の丸揚げがいくつも刺さった串が握られていました。
「ふふっ、美味しいですわ! 頭から骨まで丸ごと食べられますし、皮の香ばしさと、ほんのりとした苦味がたまりませんわね」
(お前、本当にそういう丸ごと食べる系のものが好きだな……。まあ、捨てる部位がないのは栄養の摂取として非常に効率的だが。いや、お嬢様的にはどうなんだ?)
そんな他愛のない念話を交わしながら、私は買い食いを楽しむ観光客の令嬢を装い、自然な流れで街の人々に声をかけて回りました。
「まあ、素敵な布地ですわね。……ところで店主様、最近この辺りの水路は物騒だと伺いましたけれど……」
「お嬢ちゃん、よく知ってるね。『黒鮫団』の野郎どものせいで、商人の間じゃ戦々恐々さ。船は沈められるわ、荷は根こそぎ奪われるわ……本当に血も涙もねえ悪党だよ」
布地の仕入れをしている商人や、大きな店舗を構える店主たちからの話は、ガルドさんから聞いた内容とほとんど同じでした。彼らにとって、黒鮫団は残虐非道な絶対悪です。
しかし――。
少し裏通りに入り、井戸端会議をしている一般の主婦や、荷運びの労働者たちにさりげなく話を振ってみると、奇妙な違和感に突き当たりました。
「黒鮫団? ああ、確かに物騒な噂は聞くけどねぇ。でも、あいつらが狙うのは、決まって私腹を肥やしてる悪徳商人の船団ばかりだって話だよ」
「そうそう。俺たちみたいな平民には手を出さねえし、むしろ悪い奴らから奪った金品を、裏からこっそり貧しいスラムに流してるなんて噂もあるくらいだ」
商人たちの語る『残虐な絶対悪』。
一般の街の人々が語る『悪徳商人だけを狙う義賊』。
同じ組織を語っているはずなのに、見事なまでの食い違いが生じていました。
(……ミコトさん。なんだか、お話が随分と違いますね)
(ああ。完全な情報操作の匂いがするな。末端の平民に義賊としての噂を流し、味方につけることで、自警団の捜査網を攪乱しているのか。……あるいは)
(あるいは?)
(本当に『二つの異なる顔』を持っているか、だ。どちらにせよ、単純な略奪者よりよほど厄介な敵になりそうだな)
私は最後の小魚を尻尾まで綺麗に平らげながら、おっとりと微笑みました。
「ふふっ。どちらが本当の顔であれ、私たちの船旅を邪魔するなら、まとめてお掃除するだけですわね」
私が可憐に微笑みながら最後の小魚を尻尾まで綺麗に平らげると、脳内に呆れ果てたような声が響きました。
(お前、連中の前以外でもそのお嬢様口調続けるつもりか?)
(普段からしておかないと、いざって時にボロが出ちゃいますからね)
(そんな事言って、実は気に入ったとかじゃないだろうな?)
(そそそそんなわけないですわよ! ……あれ?)
思わず心のやり取りでもお嬢様言葉で返してしまい、私はピタッと歩みを止めました。
(……そのうち戻らなくなりそうだな。それと、魚を丸ごと食べるのは確かに栄養面では完璧だが、道端で串揚げを頭から丸かじりする令嬢ってのも考え物だぞ)
(うっ……! そ、それは……)
ミコトさんの身も蓋もない指摘に、私は顔を真っ赤にして慌てて口元を指で拭いました。
いくら『星霜の蒼』の防汚機能で手や唇が汚れないとはいえ、美しいドレス姿の令嬢が屋台の串揚げに豪快にかじりつく姿は、間違いなく通行人の奇異の視線を集めていたはずです。
(……どうりで、さっきから布地屋の店主さんが変な目で見てくると思いましたわ……)
(だから言っただろう。まあいい、腹も満たしたし事前調査も済んだ。そろそろ本来の目的に戻るぞ。ガルドたちが待つギルドへ向かう)
(は、はいですわ……じゃなくて、はい!)
私は恥ずかしさを誤魔化すように小さく咳払いをして、すっかり馴染んでしまったお嬢様の足取りで、冒険者ギルドの立派な建物へと向かって歩き出しました。




