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発つ鳥後を大嵐にしてた件

(……おいクーリア。お前の食欲が伝説と化しているようだな?)

(え、ええと……あの頃は毎日すごくお腹が空いていたのもあって、おばちゃんに『限界まで食べたいです』ってお願いしただけなんですけど……)

(それがどうして『食の軍勢』などと呼ばれ、生徒をリタイアさせる事態になっているんだ)


 内心でクーリアを小突くミコトさんでしたが、表面上はあくまで優等生の『クレアハート』として、困惑したように小首を傾げてみせます。


「ええと……ごめんなさい、リナちゃん。私、ちょっと心当たりがないかも……。そのマダム・ボルケーノっていうのは、食堂の料理長さんのことよね?」

「そうよ! クレアちゃんが休んでる間に、『クレアハート様が愛した究極の栄養補給(カロリー)』とかいう触れ込みで、とんでもない山盛りの料理が名物になっちゃってるの! しかも、なぜか残しちゃいけないっていう謎の連帯感(プレッシャー)まで生まれてて……!」


(……あ。まさか……)

(ミコトさん? 何か知ってるんですか?)

(いや、オレは確かに自分で考案したレシピの幾つかをマダムに教えたことがあるんだが、飽きないように何種類かをな…じゃあ、しかし、まさかと思うがマダムはそれら全てを同時に出すコース料理と勘違いしてたりして、と思って、な……)

(しかも全部クレアハート盛り、ですか……これは、確認を急いだ方が良さそうですね……)


 頭を抱えるリナさんを見て、ミコトさんは密かにため息をつきました。

 特許料の取り立て(ビジネス)の前に、まずはこの不名誉な『クレアハート盛り』の鎮圧トラブルシューティングに向かわなければならないようです。


「マダム! マダム!・ボルケーノはいるか!?」


 けやぶる勢いでドアを開け、開口一番でマダム!を呼ぶミコトさん。


「あら? あらあらあら、クレアハートちゃん! 久し振りねえ、少し大きくなったかい?」


 マダムは恰幅の良い、いかにもな女将さんスタイルで出迎えてくれます。


「……いや、背丈は変わっていないはずだが。マダム、そんなことより――」


 ミコトさんは鋭い視線を、食堂のテーブルへと向けました。そこでは数人の生徒たちが、もはや戦意(食欲)を喪失した目で、皿の上にそびえ立つ「何か」と対峙しています。


「あれはなんだ。まさか、私が教えたレシピを全部載せているんじゃないだろうな?」

「あら、そうよ! クレアハートちゃんが教えてくれた『効率的な熱量摂取』の理論、あれを具現化したらああなったのよ。名付けて『|クレアハート・フルバースト《全弾発射》』! 育ち盛りの生徒にはこれくらい必要でしょ?」


(……フルバースト……。ミコトさん、名前まで物騒なことになってますよ)

(……黙れ。オレが教えたのは、あくまで『各栄養素を最適化された小皿料理』だぞ……!)


 マダムが誇らしげに指し示した先には、ミコトが伝授した高効率(ハイカロリー)な煮込み、迅速(スピーディ)な揚げ物、そして理論的(ロジカル)に配置された炭水化物の山が、一つの巨大な大皿の上で悪魔的(カオティック)な融合を果たしていました。


「今日はクレアハートちゃん本人が来たんだもの! 特別に『限界突破(オーバーロード)・マダム・スペシャル』を用意してあげるわね。今、火力を最大にしたから!」


 ゴオオッ、と厨房から生活魔法(コンロ)とは思えない火柱と、物理的な質量を感じさせる油の匂いが立ち昇ります。


(……ミコトさん、逃げましょう。今のマダムは、どんな良いわけも通じない、純粋な『善意の暴力』の化身です!)

(……くっ、いや、だめだ! ここで完食してみせねば、このメニューの開発者としてプライドに関わる! 幸いこの位ならぎりぎりだが収まるはずだ、クーリア!喰うのはお前に任せる! 味の保障はしてやる、意地を見せろ! 特許料の回収のために!)

(そこはわたしの名誉のためにじゃないんですか!? ……わかりましたよ、やってやりますよ! いきますよ、皆の仇!)


「……いいだろう。マダム、その挑戦、謹んで受けさせてもらおう」


 ミコトさんは『星霜の蒼』(プラネ)の袖を無造作に捲り上げ、不敵(ふてき)な笑みを浮かべてテーブルに陣取りました。その目はもはや、特許料を狙う地上げ屋のそれではなく、最強の触媒(デバイス)を使いこなそうとする技術者の輝きを帯びています。


「あらあら、いい食べっぷりが期待できそうね! はいお待ちどう、『|限界突破『マダム・スペシャル』よ!」


 ドォォォォン! という重低音と共に置かれたのは、もはや重力魔法でもかかっているのではないかと疑いたくなる、皿という名の「戦場」でした。


(……クーリア、いくぞ。咀嚼と嚥下のタイミングは俺が完璧に制御する。お前はただ、この至福(暴力)を受け入れろ!)

(今、限界突破って聞こえたんですけど……了解! ミコトさん、味の技術監修、お願いしますよ!)


 最初の一口。ミコトの理論に基づき、魔素(マナ)の直接変換にも似た効率で、糖質と脂質がダイレクトに血中へと送り込まれます。


「っ……! ……美味い。だが、この圧倒的な物量はなんだ。計算上、胃の容量の限界値の方が数パーセント上回っているはずだが……!」

「あら、隠し味に『愛』と『追いバター(カロリー)』をたっぷり込めておいたからね!」


(何だと!? サラッととんでもない爆弾アレンジしてやがる、しかも掘り進めていくうちに……こ、これはっ!? 埋蔵肉!?)

(ミコトさん、愛と言う名の埋蔵肉はヤバいです! 胃の容量計算が狂って食べるペースが乱れてしまいます!)


 周囲で死に体だった生徒たちが、一人、また一人と顔を上げます。

 無心で、しかし優雅な手つきで「軍勢」を平らげていくクレアハート。その姿は、絶望に沈んでいた食堂に一筋の光――否、魔力光(ひかり)を投げかけていました。

「見ろよ……クレアハート様だ……」

「俺たちの残した分まで、あんなに気高く(おいしそうに)……!」


(ミコトさん! 周りの目がなんだか宗教画みたいになってますけど、大丈夫ですか!?)

(くっ……再計算だ、今後も罠の可能性を加味して食べる順番を変更、消化に時間がかかる物を優先しろ! 糖質は一気に血糖値を上げ満腹感が来るのを早める、最悪汁物で流し込むことも可能だから後回しだ!)

(了解です! じゃあ、ペースでおまかせして私は気にせず次いきますよ! この煮込み、喉越しが最高です!)

(ふん、当然だ。俺の理論に間違いはない。……だが、これでお代まで取られたら、特許料が相殺されてしまうな……!)


 皆が息をするのも忘れるような激闘の終わりを告げる、カツン、とスプーンが皿の底を叩く音が、静まり返った食堂に響き渡りました。


「……ふぅ。ごちそうさま、マダム。完璧な熱量効率(バランス)だったわ」


 ミコトさんはナプキンで優雅に口元を拭い、椅子から立ち上がりました。その背後には、山脈のごとき『食の軍勢』を更地へと変えられた、真っ白な大皿が鎮座しています。


「あらあら、完食なんて! さすがクレアハートちゃんね、作った甲斐があったわ!」

「……ええ。お礼と言ってはなんだけど、マダム。次に作る時は、この調味比率(レシピ)を試してみて。糖質の吸収を緩やかにしつつ、埋蔵肉の隠密性(サプライズ)を維持できるはずだから」


 さらさらとナプキンの端に改善案を書き記し、ミコトさんは颯爽と食堂を後にしました。一歩外に出るまでは、背筋をピンと伸ばし、周囲の信者(生徒)たちの羨望の眼差しを一身に浴びながら。

 しかし、重厚な扉が閉まり、廊下に二人きりになった瞬間。


(………………くっ)

(ミコトさーん! 限界です、もう喉元まで『理論』が詰まってます……!)

(……喋るな、クーリア。今、少しでも振動を与えたら……俺の尊厳(プライド)が物理的に決壊する……)


 ミコトさんは壁に手をつき、青白い顔で『星霜の蒼』(プラネ)のウエスト部分をこっそり数センチ拡張しました。

 先ほどまでの冷徹な技術監修の面影はどこへやら、二人の意識は今、胃壁にかかる未曾有のプレッシャーを分散させることだけに全リソースを割いています。


(……マダム、クレアハートを何だと思って……クソ、これは。ロイヤリティの取り分、あと二割上乗せだ……)

(元々はミコトさんが『皆に名前を忘れさせないためには胃袋を掴むことだ』とか言ってドヤ顔でマダムにレシピを渡したからじゃないですか)

(まさかそれが、お前のドカ食いと化学反応するなんて思わなかったんだよ。何だよ全部盛りどころか全部クレアハート盛りとかいう人類卒業試験は)

(もう、リナさんは完全にとばっちりですよ……そんなことより、今は一歩歩くごとに『うぷっ』てなるのを止めてください……!)


 地上げ屋の如く乗り込んだはずが、満腹という名の過負荷(オーバーロード)に苦しむ羽目になった二人。ふらつく足取りで、再びリナの待つ作業場へと(勝利宣言をしに)向かうのでした。

 リナの作業場へと続く廊下は、先ほどまでの何倍も長く感じられました。


(……ふぅ、ふぅ……。いいか、クーリア。ドアを開けたら、まずは不敵(ふてき)に笑え。完食という実績(エビデンス)を盾に、私の理論の正当性を……うぷっ)

(ミコトさん! 今の『うぷっ』で全部台無しですよ! 笑うなんて無理です、顔の筋肉を動かすだけでお腹に響くんですから!)


 二人の意識が胃壁の防衛ラインに集中する中、ようやくリナの部屋の扉が見えてきました。ミコトさんは気合で背筋を伸ばし、プルプルと震える指先で、今度は静かに、しかし威厳(に見えるはずの必死さ)を保って扉を開けます。


「……待たせたな、リナ。マダムへの技術指導(ツッコミ)は済ませてきた」


 作業台でブレスレットの調整をしていたリナが、勢いよく振り返ります。


「あ、お帰りクレアちゃん! ……って、え、何その顔!? 顔色が魔素(マナ)欠乏症の時より真っ青だよ!? あと、なんかさっきより……厚みが増してない?」

「……気のせいだ。少し、理論の過剰充填(オーバーロード)が起きただけだ。……それより、さっきの話の続きだが……」


 ミコトさんは、震える手で『蒼の憧憬』を弄り、どうにか平静を装いながらリナに詰め寄ります。


「……今回の利益(マージン)、当初の予定より二割上乗せしてもらうぞ。これは、俺の名誉を……いや、胃壁(プライド)を守るための必要なコストだ……」

「ええっ!? ひどいよ! 私はただクレアちゃんが残したメモ通りに、みんなが喜びそうなブレスレットを作っただけなのに! 学食の件は、私のせいじゃないじゃん!」


(ミコトさん、リナさんの言う通りですよ……! これは完全に私たちの自爆です……!)

(……うるさい。オレが『そうだ』と言ったら、これはリナの監督責任だ。いいから、判を押せ……さもなくば、今ここで私の限界(リミット)が外れて、お前の作業場が惨劇の舞台に……!)


「わ、わかった! わかったから! その『今にも何かが出そう』な顔で迫ってこないで! 分かったからサインするよ!」


 恐怖(と若干の同情)に負けたリナが書類にサインするのと同時に、ミコトさんはガクッと膝をつきました。


(……勝ったぞ、クーリア。これが……正当な権利(勝利)の味だ……)

(……これ、勝利って言うんですかね……?)


判の押された契約書を改めて確認すると、見覚えの無い一文が追加されていた。


「ん? なになに……なお、クレアハート盛り被害者への医療費として材料費等を含む経費として二割を請求するものとする……こ、これは……?」

「そのままの意味よ。クレアハート盛り被害者は何故かみーんな私の所に来て胃薬とかを調合させるのよ。その手間賃でチャラってこと」

「な……っ!? 医療費だと……!?」


 ミコトさんの手が、怒りか、それとも胃の限界による震えか、小刻みに契約書を揺らします。


「そうよ! 『|クレアハート・フルバースト《全弾発射》』を浴びた連中が、真っ青な顔で私の研究室のドアを叩くんだから。おかげでこっちは即席の消化促進剤(胃薬)を作るのに大わらわ。その材料費と私の貴重な研究時間を考えたら、二割なんてむしろ格安よ!」


 勝ち誇ったように腰に手を当てるリナ。対するミコトさんは、完璧な理論で追い詰めたはずが、いつの間にか「実務」という名の現実に絡め取られていることに愕然とします。


(……ミコトさん。計算が合いましたね。私たちのプラス分が、そのまま医療費として相殺されました……)

(……バカな。俺の計算では、リナの純利から差し引くはずだったのに……まさか『アフターケア』という名の市場を独占されていたとは……!)


 ミコトさんは、こみ上げる「うぷっ」という感覚と戦いながら、力なく椅子に崩れ落ちました。


「……リナ。お前、いつの間にそんな狡猾な……いや、商売上手になったんだ……」

「えへへ、クレアちゃんに『理論だけじゃ世界は回らない』って教わったからね! あ、そうだ。クレアちゃんも今、すっごく顔色が悪いし……特製の『瞬間消化・ポーション』、飲んでいく? 今なら友人価格で、そのロイヤリティの残り一割でいいよ!」


(ミコトさん! これはお詫びでもあるんです! 変に意地張らないで素直に受け取りましょう、)

(……だが、このままだと俺は……尊厳の臨界点(メルトダウン)を……!)


 差し出された怪しげな緑色の液体を前に、知略の天才・ミコトさんは、がっくりうなだれるとそのまま敗北の味を喉に流し込むのでした。


(……ぐっ、……ぬうぅ……!)


 観念したミコトさんは、震える手でその怪しげな(フラスコ)を掴むと、一気にその液体を煽りました。


(……あ、味は……味はどうなんですかミコトさん!?)

(……っ。苦い……が、凄まじい勢いで胃壁の圧力(プレッシャー)が霧散していく……。クソ、効率(ロジック)だけは確かだ……!)


 喉元を通り過ぎる強烈な苦味と引き換えに、パンパンに膨れ上がっていた腹部が、魔法のような速度で収束していきます。ようやく一息ついたミコトさんは、乱れた前髪を整え、精一杯の虚勢(プライド)を込めてリナを睨みつけました。


「……ふん。この処方(レシピ)、悪くない。だが、苦味成分の分離が甘いな。次は私の理論(監修)を仰ぐことね」

「あはは、さすがクレアちゃん! 復活するなりダメ出しだ! でも、元気になってよかったよ」


 リナさんはケラケラと笑いながら、ロイヤリティの清算書(兼、胃薬代の請求書)をファイルに閉じました。

 結局、懐に転がり込むはずだった金貨は、そのほとんどが「自分の蒔いた種の後始末」へと消えていったのでした。


(……ミコトさん。結局、私たちの取り分……今日のご飯代(マダムへの支払い)でほぼトントンじゃないですか?)

(……うるさい。いいか、クーリア。これは負けではない。……将来的な『胃薬市場』の拡大性を調査するための、先行投資だ……!)


「ちなみに、こっちに改良型のリンゴ味もあるんだけどね?」

「なんでそっちを出さなかった!?」


 そう言って、ミコトさんは逃げるように作業場を後にしました。

 夕暮れの学園の廊下、颯爽と歩くその背中は、どこか少しだけ……「食べ過ぎ」の余韻で、いつもより丸くなっているように見えるのでした。

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