学園の変化
(さて、そんじゃあ明日は出発の前に、一度学園を覗いてくるか)
ミコトさんにしては珍しく、寄り道の提案をしました。
(……えっ、学園ですか? ミコトさんが自分から寄り道なんて、明日は槍でも降るんじゃないですか?)
私は驚きのあまり、意識の中で目を丸くしました。いつもなら「最短ルートで効率を稼ぐ」なんて言いそうなミコトさんが、出発を前にわざわざ寄り道、それもかつて自分が籍を置いていた……そして、プラネさんと出会ったあの「学園」に足を向けようとするなんて。
(ああ、ギルドに卸したあの、魔力を吸い取るジャンク品を改良して、微妙だけどコストが安く量産出来るように改造した腕輪の売れ行きが気になるからな。お前も、リリィやレオ、リナ達の事気にしてただろう?)
ミコトさんはぶっきらぼうにそう言うと、最後の一口の生クリームを綺麗に掬い取り、パフェの器を空にしました。席を立ち、会計を済ませて店の外へ出ると、夜のグリランドールの空気は先ほどよりも一層冷え込んでいます。
翌朝。
学園への道すがら、短い学園生活の中で起きた、様々な出来事が頭をよぎります。
(少しの間しか居なかったのに、何だか色々ありましたよねえ……)
(……フン、別に思い出に浸りに行くわけじゃねえよ。エミリオのジジイがああなっちまった以上、あそこに残ってる記述資料の中に、ツェルスバニアの『神託』に対抗できるヒントがあるかもしれねえだろ。……ついでに、あの頃の貸しを一つ、回収しに行くだけだ)
ミコトさんはぶっきらぼうにそう言うと、珍しい眠そうに目をこすります。
(あれ? ミコトさん、夕べも何かしていたんですか?)
(ああ、古代文明の解析をな。エミリオさんから貰った資料のおかげでだいぶはかどってきたから、少し夢中になりすぎたんだよ)
(あまり無理しちゃ駄目ですよ?)
(分かってる。だが、おかげで『蒼の憧憬』に新しいモードが追加出来そうなんだ。実装はまだだけどな)
(これ以上まだ何か追加するんですか……)
朝の光がグリランドールの街並みを白く照らし、清々しい空気が肺を満たします。
ミコトさんの大きなあくびが、私の意識にまで伝染してきそうです。
(……実装はまだ、と言いつつ、もう頭の中では設計が終わってるんでしょうね。ただでさこの杖、色んなパーツが継ぎ接ぎされて魔改造状態なのに……)
(うるせえな。備えあれば憂いなしだ。ツェルスバニアの『神託』は、こっちの常識が通じねえ外の理だ。エミリオの資料にある古代記述を組み込まねえと、門前払いを食らうのが目に見えてるからな)
ミコトさんはそう言いながら、また一つ眠たげにあくびを漏らしました。
口では合理的なことばかり並べますが、その声の端々からは、新しい理論に触れた時の子供のような高揚感が隠しきれずに漏れ伝わってきます。
(……もう。あまり無茶して、本当に『蒼の憧憬』が爆発したりしないでくださいね? 私の心まで真っ黒になっちゃいますから)
(……フン、善処するよ)
坂道を上り切ると、見慣れた魔導学園の大きな正門が見えてきました。
登校してくる生徒たちの賑やかな声が響く中、ミコトさんはマントの襟を少し立て、目立たないように歩調を緩めます。
(さて……。まずはリリィたちの教室だが……そう言えば中等部の教室の場所がわからないな…?まあ良い、購買に寄るついでに案内図でも探すか。例のブレスレット、ちゃんと量産化として形になってりゃいいんだが。……おい、クーリア。変に騒ぎ立てるなよ。俺たちはあくまで『通りすがりの野次馬』だ)
(分かってますって! ……あ、あそこ! 購買部みたいですよ、案内図もあります!)
(さて……。まずはリリィたちの教室だが……そう言えば中等部の教室の場所がわからないな……。まあ良い、購買に寄るついでに案内図でも探すか。例のブレスレット、ちゃんと量産化として形になってりゃいいんだが。……おい、クーリア。変に騒ぎ立てるなよ。俺たちはあくまで『通りすがりの野次馬』だ)
(分かってますって! ……あ、あそこ! 購買部みたいですよ、案内図もあります!)
(……ふん、ここが購買部か。ここは学園内の噂話の集積所みたいなもんだ。案内図を確認するついでに、ブレスレットの売れ行きも一目でわかるだろうよ)
ミコトさんは欠伸を噛み殺しながら、賑わう購買部の方へと足を向けました。
休み時間のチャイムが鳴ったばかりなのか、廊下には色とりどりの制服を着た生徒たちが溢れ、活気に満ちています。
(ミコトさん、見てください! 案内図の横に、大きな貼り紙がありますよ! ……ええっと、『魔力枯渇対策・新型増幅ブレスレット、中等部にて試験運用開始!』……わあ、これって!)
(……チッ、声が大きい。……だが、中等部で『試験運用』か。リリィの奴、思ったよりは上手く立ち回ってるみたいだな。ギルドの連中を丸め込んで、実証データを取りやすくしたってわけか)
ミコトさんは、掲示板の隅にある案内図を指先でなぞりながら、中等部の校舎の場所を脳内の地図に書き込んでいきます。
その時、購買のカウンターから、聞き覚えのある元気な声が響いてきました。
「……だから、予備の魔石はもっと多めに仕入れておかないとダメだって言ったでしょ、レオ! 中等部の子たちが使いすぎて、もう在庫が底を突きそうなのよ!」
(あ! ミコトさん、あの声! リリィさんですよ! 案の定、レオさんと喧嘩……じゃなくて、議論してます!)
(……相変わらず、出力の計算が甘いんだよ、あいつらは。……おい、クーリア。案内図は頭に入れた。あまりジロジロ見てると、あいつの広域探知に引っかかるぞ。……一度、中等部の様子を見に行くか)
ミコトさんはそう言うと、わざとリリィたちから視線を外して、人混みに紛れるように中等部校舎へと続く渡り廊下へ歩き出しました。
(……ええっ!? あ、挨拶していかないんですか!?)
私は意識の中で、思わず声を荒らげてしまいました。
せっかく懐かしいリリィさんやレオさんの姿が見えたのに、素通りなんてあんまりです。
(……俺達はいきなり消えた、一時だけの転校生からな。変に干渉しても面倒くさいんだよ。……それに、あいつらが作ったモノが俺の記述通りに動いてるなら、再会の挨拶より先に『結果』が届くはずだ)
ミコトさんは歩みを止めることなく、渡り廊下の向こう……中等部の校舎へと淡々と進んでいきます。
確かに、彼らしいと言えば彼らしい理屈です。でも、その背中が少しだけ強張って見えるのは、単に「面倒くさい」からだけではないような気がして。
(……もう。相変わらず、可愛くないんだから。……あ、ミコトさん! 見てください、中等部の子たちが廊下を走ってますよ。腕に、キラキラしたものが……!)
中等部の校舎に入ると、そこには活気に満ちた光景がありました。
多くの生徒たちの手首には、無骨ながらもどこか温かみのある、あの魔力吸引腕輪が装着されています。
「……ねえ、これ見て! 今日、魔法実習で暴走しそうになったけど、このブレスレットが熱くなって止まってくれたんだ!」
「本当だ! 私のなんて、もう魔石が半分くらい魔素で満タンになっちゃったよ」
生徒たちが楽しそうに、自分たちの「成果物」を自慢し合っている。
一つの身体を共有している私にも、その魔素が正常に循環している微かな振動が、ミコトさんの皮膚を通じて伝わってきます。
(……ミコトさん、聞こえましたか? あの子たちの声。……ちゃんと役に立ってるみたいですよ)
(……ふん。出力変換の効率がまだ悪いな。だが、なるほど。まだまだ制御が甘いヒヨッコ共の魔力暴走のリミッター代わりになるよう、俺が残した最適化の記述を少し書き換えやがったか……。なかなかのアレンジだ)
ミコトさんは不敵に口角を上げると、騒がしい生徒たちの間を縫うようにして、さらに校舎の奥へと足を踏み入れました。
(……ふふ。ミコトさん、今『なかなかいいアレンジだ』って言いましたね? 素直に褒めるなんて、やっぱりあの子たちの成長が嬉しいんじゃないですか)
意識の深層で、私はニマニマとした笑みを浮かべました。
ミコトさんは「効率が悪い」だの「制御が甘い」だの毒を吐きながらも、自分の技術記述が他者の手で「守るための力」に書き換えられたことに、確かな充足感を感じている。一つの体を共有している私には、その心の端っこに灯った小さな熱が、まるで自分のことのように伝わってきます。
(……別に。欠陥のある記述をそのまま運用して、不測の事態で爆発でも起こされたら、俺の設計思想まで疑われるだろ。……あいつら、俺が教えた熱力学的アプローチを、あんな風に安全装置として使うなんて……。ま、効率の悪さを逆手に取った工夫だけは認めてやるよ)
相変わらずの減らず口ですが、廊下を歩く足取りには少しだけ「かつての在学生」としてのリズムが戻っている気がします。
やがて、独特の魔素の匂いと、機械油の香りが混じり合う実習棟の重い扉が見えてきました。
廊下の喧騒を離れると、そこには懐かしい静寂――いえ、何かが激しく火花を散らすような、乾いた音が響いています。
(……おい、クーリア。準備はいいか。ここから先は『招かれざる客』の出番だぞ)
(準備なんて、私は見てるだけですけど……。でも、ミコトさんの言う『貸し』が、あの子たちの役に立つものだといいですね)
ミコトさんはマントの下で、機械的なデザインになった腕輪型の『蒼の憧憬』を軽く馴染ませるように動かしました。
扉の隙間から漏れ出す魔力光が、ミコトさんの冷徹な、けれどどこか楽しげな瞳を青く染めます。
(……ああ。リナの奴、あのブレスレットで散々儲けてきただろう。その売り上げを何割か頂く)
(……またお金ですか。今度は暴走しないでくださいね?)
(正当な権利の行使と言ってほしいもんだ。……それに、あれには私の魔素理論が多分に組み込まれているのだから)
(その技術その物を権利として売った上に、リナさん本人のアレンジも加わってる以上、売り上げ自体は全額リナさんの物だと思うのですが……)
ミコトさんは内心で平然と返しつつ、『蒼の憧憬』の表面をなぞりました。
無機質な金属の質感を持つその腕輪は、大気中の魔素を化学反応という遠回りなしに直接引き込む、ミコトさんの理論を体現した触媒です。
扉の向こう側からは、リナの浮かれた声と、過剰なまでに充填されたエネルギーが放つ、特有の共鳴音が漏れ聞こえてきます。
(……さて。彼女の荒稼ぎに、少しばかり技術監修を入れに行くとしましょうか)
(やり方が地上げ屋みたいですよ、それ……)
口元に薄い笑みを浮かべ、ミコトさんはゆっくりと、重厚な扉を押し開きました。
僅かな軋みすらなく、静かに開くドア。リナさんは奥の作業台に向かって何かを弄って居ました。
「よう、久し振りだな」
ミコトさんがぶっきらぼうな挨拶をします。
「……え? 誰だい?」
キョトンとするリナさん。……あ、なるほど。
(ミコトさん、服が全然違いますよ。一度学生服に戻しましょう)
(ん? ……ああ、そうか)
得心がいったという感じで『星霜の蒼』を学生服に変形させます。
「あっ! クレアちゃんじゃん! わー、久し振りー! 元気だった!?」
すると飛び付いてきて力強く抱き締められてしまいました。
(ぐえっ! そう言えばこの女、距離感がバグってるんだった!)
「ちょ、ちょっと苦しいってば、リナちゃん……!」
ミコトさんは内心の舌打ちを隠しつつ、あくまで『クレアハート』としての振る舞いを保ちながら、なんとかリナさんの腕から抜け出しました。
「ごめんごめん! だってクレアちゃん、急に長期間休むんだもん。心配したんだよー?」
けろりとした顔で笑うリナさんは、作業台の上の雑多な部品を乱暴に端へ寄せると、即席のお茶会の準備を始めました。
「あんたがいない間、学園じゃ色々あったんだから! まず先月の合同実技演習ね。ほら、クレアちゃんが置いてってくれた例の魔素の変換理論! あれを組み込んだ『簡易詠唱ブレスレット』を売り出したら、これがもう爆売れでさ!」
(……ほほう?)
(ミコトさん、目が完全に借金取りになってますよ。顔に出さないでくださいね)
クーリアの焦る声を他所に、リナさんの独壇場は続きます。
「おかげで実技の平均点は上がるし、私は大儲けだしで最高だったんだけど……出力を盛りすぎて、錬金棟の壁を吹き飛ばしたバカがいてさー。先生たち大激怒! 『クレアハートの不在をいいことに、あんな危険な代物を広めるとは』って、私までお小言を食らっちゃった」
「……それは災難だったね」
「でしょ? あとはそうね、上の学年の派閥争いが激しくなったり、新しい教本で『生活魔法の火起こしに詠唱は必須か否か』みたいな古い論争が再燃したり。結局クレアちゃんの『詠唱なしで熱力学の遠回りを省く直接引き込み理論』を証明して見せて、だまらせたけどね!」
(……やれやれ。俺の理論を随分と都合よく使い回しているようだな)
(でも、結果的にクレアの不在をうまくカバーしてくれていたんですね……)
呆れるミコトさんと、安堵の苦笑をこぼすクーリア。そんな二人の内情などつゆ知らず、リナさんは「それでね!」とさらに身を乗り出しました。
リナさんの商魂の逞しさと、ミコトさんの理論の優秀さが学園内でいかに影響力を持っているかが伝わるように意識してみました。
「……最後に一つ、これはクレアちゃんが全部悪い訳じゃないとはおもうんだけど……」
「えっ、なんですか?」
やや声のトーンを落としつつ、どこか恨めしそうな目でこちらを見ていますね。
「あのクレアハート盛りってなんなのよ!? 人類卒業試験か何かなの!?」
「えっ、えっ!?」
いっいったい何のことでしょう!?
「詳しい事はマダム・ボルケーノに聞いてごらん! 一目で分かるだろうから!」




