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第9話 国家の萌芽

いつもお読みいただきありがとうございます。

第9話は、自立の試練に出たザックたちが帰還し、物語が村の復興から国家の創設へと大きく動き出します。

増え続ける荒くれ者たちを前に、教会の慈悲で治めようとエリアスに助言する聖女クラーラ。しかし、彼女の理想は冷酷な現実の前に砕け散り、民たちは新たな掟の下で独自の秩序を築き始めます。

そして、適材適所の役割と圧倒的な資本を手に入れたルシアンが投下する次の一手とは。

※本作にはダークファンタジー特有の陰惨な描写や価値観が含まれます。

出陣から数日が経過した昼下がり。

 ノルドの村の入り口に、土煙を上げて一つの集団が帰還しました。

「ルシアン! 約束通り、誰一人欠けることなく戻ったぜ!」

 先頭を歩くザックとカインの背後には、元からいた五十人の精鋭に加え、ボロボロの鎧を身にまとった見知らぬ五十人の男たちが付き従っています。彼らこそが、先の小競り合いで国に使い捨てられ、戦場を逃げ惑っていた敗残兵たちでした。

「素晴らしい成果です、二人とも」

 私は広場に出迎え、労いの言葉をかけました。

 ザックたちは命が蘇るという保証がない極限の緊張感の中、私の教え通りに自らの眼で使える兵を見極め、絶望の淵にいた五十人の心を見事に掌握して連れ帰ってきたのです。

 私は革袋に入ったたっぷりの金貨を二人に投げ渡し、彼らの行動に対する正当な対価を約束通り支払いました。

 しかし、人が増えれば当然、軋轢も生じます。

 その日の夕刻。配給された食糧と、村の寝床の割り振りを巡って、元からいたならず者たちと、新しく加わった敗残兵たちの間で、あわや抜刀の殺し合いに発展しかねない一触即発の空気が広場を包み込みました。

「あ、ああ……争いが起きてしまう」

 建物の窓からその様子を見下ろしていた聖女クラーラが顔を青ざめさせ、隣に立つエリアス王子の腕にすがりつきました。

「エリアス殿下、どうか彼らを止めてください。怒りや暴力ではなく、教会の教えの通り、慈悲と愛の心で彼らに語りかけるのです。お互いに許し合い、分け合う心を持てば、必ず争いは収まります……!」

 クラーラは、自らが信じて疑わない教会の理想に基づく言葉を必死に口にしました。しかし、エリアスはすがりつくクラーラの手を、静かに、けれど明確な拒絶をもって振り払いました。

「……その優しさでは、彼らは救えないんだ、クラーラ」

 エリアスはクラーラをその場に残し、一人で広場へと歩み出ました。そして、いがみ合う百人の男たちの中心に立つと、かつての気弱な王子からは想像もつかない、冷徹で威厳に満ちた声を響かせました。

「剣を収めろ!!」

 銀髪の王子の鋭い一喝に、広場の男たちが一斉に動きを止めました。

「過去に正規兵であったことも、貧民街の出身であることも、この場所では一切の価値を持たない! 食糧も寝る場所も、生まれや経歴ではなくこれからの働きだけで奪い合え! 無駄な私闘で体力を消費し、全体の利益を損なう愚か者は、この村から即刻追放する!」

 それは慈悲の欠片もない、極めて残酷で平等な掟の宣言でした。

 しかし、地獄を見てきた男たちにとって、その明確な成果主義こそが最も納得のいく法でした。男たちは静かに剣を収めただけではありません。

「おい、新入り。殿下の言う通りだ。ここで問題を起こせば、全員が対価を減らされる。剣を引け」

「……チッ、分かったよ。お互い、これからの腕前で勝負ってことだな」

 彼らは自ら声を掛け合い、互いを牽制し始めました。私が直接手を下すまでもなく、彼ら自身の間に互いに掟を守り合うという強固な自治が完全に根付いた瞬間でした。

 窓辺に取り残されたクラーラは、自らの信じる教えが何の意味も持たず、エリアスが完全に私の思想に染め上げられた現実を突きつけられ、絶望の涙を流していました。

 しかし、それで良いのです。実務能力を持たない彼女は、冷徹に法を敷く王子の傍らで無力に泣き濡れる正義と悲劇の象徴として、これ以上ないほど見栄えが良く、群衆を惹きつける圧倒的な求心力を放っていました。

───

 夜。広場に自治の秩序が生まれたのを確認した私は、幹部であるエリアス、ザック、カインの三人を部屋に集めました。

「見事な統治でしたね、エリアス殿下。彼らが自ら掟を守り合う姿は、まさに国家の血流です。……さて、人数が百人に達した今、お前たち幹部にはそれぞれの適性に合った明確な役目を与えます」

 私はまず、ザックを見据えました。

「ザック。お前はまだ幼く、正面から百人の大男を武力で率いる先陣の将には向きません。しかし、その幼い風貌と貧民街で培った掏摸すりの技術は、誰の警戒も抱かせずに街へ潜り込む最高の隠れ蓑になります。……お前はこれから、私直属の間者として、周辺諸国に強固な諜報網を敷きなさい」

「裏仕事ってわけか。……へへっ、任せとけルシアン! 人の懐に潜り込んで情報を抜くのは、俺の十八番だからな!」

 ザックは自身の強みを正確に評価されたことに口角を上げ、力強く頷きました。

「次にカイン。戦士としての腕が立ち、青年として落ち着きのあるお前には、実働部隊の統率を任せます。……その最初の仕事として、これを見なさい」

 私は懐から眩い光を放つ五つの特級魔石の一つをテーブルの上に置きました。

「百人の兵に飯を食わせ、戦わせるには、莫大な物資と都市の基盤が必要です。私はすでに裏で操る商会を通じ、この魔石の莫大な価値を担保にして、国を追われた訳ありの優秀な建築家と鍛冶屋たちを隣街の裏社会に集めてあります。彼らを迎えに行きなさい」

 すると、カインが一歩前に出ました。

「ルシアン、その役目は俺に任せてくれ」

「ほう?」

「今の村には、百人をまとめるエリアス殿下と、裏から情報を集めるザックが必要だ。なら、危険な街の裏社会へ接触し、職人を護衛して連れ帰る力仕事は、戦士である俺の役目だ。……新しく入った敗残兵の中から、頭の冷えた数人を引き抜いて向かおう。奴らの忠誠心を測る、いい試金石にもなる」

 カインは自ら状況を分析し、最適な行動を提案しました。

 指示を待つだけの駒ではなく、自らの頭で考え、組織のために動く青年戦士。その理路整然とした主張に、私は冷徹な歓喜の笑みを浮かべました。

「……完璧な判断です、カイン。貴方にこの資金と、職人たちの命運を託しましょう」

 私は地図上のノルドの村に、ナイフを突き立てました。

「間者が情報を集め、戦士が資源を運び、民が自治で国を回す。……この辺境の村を、自給自足の経済圏を持つ難攻不落の城塞都市へと作り変えます。さあ、巨大な盤面を動かす時間です」

 適材適所の役目を与えられた三人の幹部たちは、これから始まる途方もない国家建設の規模を前に、武者震いを抑えきれず、狂熱に満ちた目で力強く頷いたのでした。

第9話をお読みいただきありがとうございました。

百人に増えた荒くれ者たちを前に、無条件の慈悲で争いを止めようと助言するクラーラ。しかし、エリアスはそれを冷徹に拒絶し、実力と成果のみを評価する掟で場を支配しました。結果として、民たちは自ら互いを監視し、掟を守り合う強固な自治を始めます。

そして後半、ルシアンは幹部たちの適性を完璧に見抜きます。

幼いザックには先陣の将ではなく間者としての裏仕事を。

青年戦士のカインには実働部隊の統率と護衛を。

カインが自ら新兵を引き連れて職人を迎えに行く展開は、彼らがルシアンのただの駒から自立した幹部へと成長した証です。

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