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第5話 共犯の覚悟

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回はクズ勇者の最期と、ルシアンの最強の手足となる孤児ザックとの出会い。そして特級魔石を集める理由と、王国の「狂ったシステム」が明かされます。

※本作にはダークファンタジー特有の陰惨な描写が含まれます。

「げほっ、がはっ……! 畜生……痛ぇな、このッ……!」

 大聖堂の地下深く、冷たく薄暗い蘇生の間。

 血と臓物の臭いが立ち込める祭壇の上で、死の淵から引き戻された大柄な男が、血反吐を撒き散らしながら乱暴に身を起こした。

 エルシオン聖王国が抱える七人の勇者の中でも、特にその暴虐さと強欲さで名を馳せる『赤剣のバルドス』である。

 私はあらかじめ祭壇に仕込んでおいた偽造の魔石から静かに手を離した。自らの心臓を魔力変換炉へと作り変えた代償――胸の奥を抉られるような悍ましい欠落感と疲労を完璧なポーカーフェイスで隠し込み、極めて従順な側仕えの仮面を被る。

「お帰りなさいませ、バルドス様。今回はどのような強大な魔族に敗れたのですか?」

「魔族だと!? 笑わせるな!」

 バルドスは豚のように顔を真っ赤にして激昂し、大理石の祭壇を力任せに叩き割らんばかりの勢いで吠えた。

「俺は辺境の村へ赴いてやったんだ! この勇者様が直々に、村の小娘どもに俺の世話をする名誉を与えてやろうとしたのによ! なのに、あの薄汚い農民ども……恩知らずにも女を庇って抵抗しやがって! 村中のゴミどもが鍬や石を持って寄ってたかって、俺を殴り殺しやがったんだ!」

 私は無表情のまま、腹の底でひどく冷たい吐き気を覚えていた。

 魔王軍の幹部と相打ちになったわけでも、人々を守るための名誉の戦死でもない。ただ地方の村で略奪と暴行の限りを尽くそうとし、激怒した村人たちの死に物狂いの反撃に遭って惨殺されただけ。それが、この国の希望として崇められる勇者の実態だ。

「許さねえ……絶対にただじゃおかねえぞ! 俺は今すぐ王宮へ行く! 国王に直談判して、勇者に逆らったあの反逆者の村を、王国軍に丸ごと焼き払わせてやる!!」

 バルドスは唾を撒き散らしながらわめき散らし、自分の剣を引ったくるように掴むと、足早に蘇生の間を出て行った。

 一人残された私は、冷え切った目でその愚かな背中を見送った。

 己の浅ましい欲望のために命を落とし、あまつさえその責任を弱者に押し付けて報復に向かう。命の重さすら理解していないそのあまりの怠慢さに、私は深い徒労感を覚え、ため息混じりに唇を動かした。

「……ああ、勇者よ死んでしまうとは情けない。――本当に、情けない」

 それは大聖堂の経典に記された慈悲深い定型文などではない。救いようのないクズに対する、心底からの呆れと蔑みの言葉だった。

 無能な勇者と、それを無条件で甘やかす腐敗した王政。だが、私にとってはひどく都合が良い展開だった。王国軍が理不尽に村を焼き払えば、そこに『社会から完全に見捨てられ、絶望した若者たち』が生まれる。私の手足となる最高の兵士を、泥の中から拾い上げる絶好の機会だ。

───

 数日後。

 私は聖女クラーラを伴い、豪奢な馬車でその辺境の村を訪れていた。

 だが、すでに遅かった。王の命令を受けた王国軍によって、村は無惨にも焼き払われていた。家屋はすべて黒焦げの残骸と化し、雨上がりの泥濘の中には、無数の骸と焼けた肉の死臭が充満している。

「ひどい……こんな、こんなことが許されるなんて……」

 馬車から降りたクラーラは、凄惨な光景に口元を覆い、ボロボロと涙を流した。

 その時だ。焼け跡の陰から、泥と煤にまみれた少年が飛び出してきた。

「来るな! 近寄るなあああっ!」

 猛禽類のような金色の鋭い眼光を持つ少年――ザックだ。彼は背後に震える幼い弟を庇いながら、錆びた短剣を私たちに向けて必死に構えていた。その体は生傷にまみれ、極限の飢えと疲労で今にも倒れそうだった。

「待って、私たちは怪しい者ではありません。武器を下ろして」

 クラーラが歩み寄り、彼らを救おうと必死に言葉を紡ぐ。

「可哀想に。神は決して貴方たちを見捨てては――」

「神だと!? 綺麗事抜かすな、教会の犬が!!」

 ザックの怒りに満ちた咆哮が、クラーラの言葉を無惨に切り裂いた。

「あのゴミ勇者が姉ちゃんを襲った時、神様はどこにいた!? 王国軍が父ちゃんたちを殺して家を焼いた時、あんたらの神様は何をしてくれたんだよ!! 教会も、王様も、勇者も、全部同じだ! 俺たちから全部奪うだけの悪魔だ!!」

 血を吐くような絶叫。クラーラは顔面を蒼白にさせ、自らの無力さに言葉を失って立ち尽くした。

「……その通りです。祈りなど無意味だ」

 私は動けないクラーラの横を通り抜け、ザックの前へと進み出た。

 そして、懐から純金の硬貨を数枚取り出し、彼の足元の泥濘へと無造作に投げ捨てた。チャリン、と鈍い音を立てて泥に沈む金貨。

「な……ッ!?」

「神に祈るな。王にすがるな。私と契約しなさい」

 私は冷たく、絶対的な支配者の声で告げた。

「私はお前に腹一杯の飯と、お前たちから理不尽を奪う力を与えてやろう。たとえ戦場で死んだとしても、私が何度でも地獄から引きずり戻してやる。……だが、これは慈善事業ではない。前金を払う以上、お前には私に差し出せる何がある? お前は私に、何が出来る?」

 私の突きつけた冷徹な現実的な問いに、ザックは一瞬だけ呆然とした。しかし、その金色の瞳から光は消えなかった。彼は泥まみれの顔を袖で乱暴に拭い、食い入るように私を睨みつけ、低く濁った声で答えた。

「……スリと、人を集めることが出来る」

「ほう?」

「俺はこれまで、生きるために街で貴族の財布を何度も抜いてきた。この手の感覚だけは誰にも負けねえ。それに、この最悪の泥の中に転がってる奴らなら、俺が声をかければ集められる。……でも」

 そこでザックは、少し戸惑うように視線を泳がせ、自嘲気味に言葉を継いだ。

「集められるって言っても……国や教会にすべてを奪われた孤児とか、行き場のない罪人ぐらいしかいねえけどな。そんな真っ当じゃない奴らでも、あんたの役に立つのかよ?」

 その問いに、私は腹の底から湧き上がるような冷たい笑みを浮かべた。

「それでいい。いや、むしろ『それがいい』」

「……え?」

「帰る場所も、守るべき法も、失う名誉すら持たない底辺のゴミ。それこそが、最も鋭く、死を恐れない最高の刃になる。お前が集めるその『真っ当じゃない奴ら』を、私が最強の軍隊として作り変えてやろう」

 私は彼の手から錆びた短剣を優しく取り上げ、泥の中に放り捨てた。

「合格です、ザック。契約は成立だ」

───

 王都への帰路。

 揺れる馬車の中で、クラーラは長い沈黙の末、ついに耐えきれなくなったように口を開いた。

「……ルシアン神官。私は、見ていました」

 彼女の目は、恐怖と確信に満ちていた。

「あのバルドス様を蘇生した時、祭壇の『特級魔石』は光っていなかった。貴方は魔石を使わず、ご自身の寿命を削るあの恐ろしい力で彼を生き返らせている。……王家から支給される国宝級の特級魔石と、莫大な蘇生予算を、貴方はずっと横領しているのですね?」

 私は窓の外を眺めたまま、微かに口角を上げた。

「ええ。このエルシオン聖王国は、底辺の弱者を容赦なく切り捨てる一方で、腐るほどの金を持っています。彼らの狙いは一つ。勇者を派遣して魔王を討伐し、その絶対的な名声を利用して、敵国をすべて王国側に統一すること。……つまり彼らにとって、国宝である特級魔石や莫大な蘇生予算を勇者のために何度消費しようが、最終的に世界を支配できれば『お釣りが来る』という強欲なシステムなのです」

 その王国の狂った冷徹な計算に、クラーラは息を呑んだ。

「私はそのシステムを利用し、王家から降りる莫大な蘇生予算や教会の機密情報を横領し、別の場所へ流しているのです」

「別の場所……? 貴方は一体、誰と取引をしているのですか!」

「王国の転覆を狙い、裏で着々と謀反の機会を窺っている『王国反対派の貴族たち』……あるいは、この聖王国をいつでも喰らう準備を進めている北の敵国――『軍事帝国ガレリア』ですよ」

 私は冷酷な知略を孕んだ笑みを深めて答えた。

「な……ッ!? 貴族や、ガレリア帝国ですって……!」

「彼らであれば、教会の機密や軍事情報を買い取るだけの財力(金塊)をいくらでも持っている。私は彼らに情報を売り払い、莫大な裏金を巻き上げているのです。その金こそが、ザックたちが集める孤児や罪人たちを雇い入れ、私の軍隊を作るための軍資金ですから」

 クラーラはあまりのスケールの大きさと、すでに隣国まで巻き込んでいる私の政治的暗躍に戦慄し、言葉を失った。

「それほどの資金力がありながら、なぜ貴方はあの大聖堂に留まっているのです! 今すぐ国を出ればいい!」

「理由は単純ですよ。この狂った大聖堂を内側から完全に食い破り、私の計画を完遂するためには……どうしても、手元に着服した至宝『特級魔石』が五つ必要なのです」

「五つ……?」

「ええ。現在、私が密かに手元に隠し持っている特級魔石は四つ。……お分かりですか? あの無能なバルドスがもう一度死ねば、王家は今度こそ完璧な蘇生を行うため、自ら保管している五つ目の特級魔石を大聖堂へ運び込んでくる。その日まで、私はあの腐った大聖堂で、忠実な筆頭神官を演じ切らねばならないのです」

 すべては、国を裏側から完璧に掌握するための、冷徹な計算とカウントダウン。

「クラーラ。貴方の美しい祈りで、あの孤児の腹は膨れましたか? 私の横領した泥まみれの金と、ザックの持つ生々しい犯罪の技術、そして失うもののない罪人たちの命。これこそが、彼らにとっての唯一の『奇跡』なのです。綺麗事は、この理不尽な世界では誰も救えない」

 絶対的な論破。

 クラーラは膝の上で両手を強く握りしめ、ぽつりと、血を吐くような声で呟いた。

「……悔しいです」

「何がですか?」

「ザックが『スリが出来る』『孤児や罪人を集める』と言った時、私はそれを罪だと咎めることすら出来なかった。なぜなら、そうしなければ生きられない世界を、私たちの教会と王国が肯定してきたからです。私の祈りではパン一つ与えられなかったのに、貴方の冷酷な計算と罪深いお金だけが、彼らに生きる道を提示した……」

 彼女の目から、大粒の涙が零れ落ちた。それはかつて私を甘く「正しい道へ導こう」とした聖女の停滞した涙ではない。己の信仰の敗北を受け入れた、絶望の涙だった。

「だからこそ……私は見届けます」

 クラーラは涙を拭い、かつてなく強い光を宿した瞳で私を真っ直ぐに睨みつけた。

「貴方のその恐ろしい計画が、この狂った国に何をもたらすのか。罪に塗れた貴方の覇道がどこへ続くのか……私が最後まで、この目で見届けてみせます」

 それは、私の正体を知った上で自ら泥沼へ足を踏み入れる、完全なる共犯者の顔だった。

「ご立派な覚悟だ。お好きにどうぞ」

 私は短く答え、再び窓の外へと視線を向けた。

 五つ目の魔石が手に入るまで、あと一回。

 私の国取りの準備は、いよいよ最終段階へと入ろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます。

王国の強欲なシステムを逆手に取るルシアン、信仰の敗北から「共犯」の覚悟を決めたクラーラ、そして泥の中から集められる最悪の軍隊。

建国へのカウントダウンがいよいよ始まります。

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