↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

第24話 暴動の足音

無邪気に響く死のルーレットと、暗闇から忍び寄る冷徹な暗殺者たち。息を潜めた完璧な潜入劇は、やがて数千の怨嗟を解き放つ、血塗られた大暴動へと変貌する。

光の届かない、冷たく湿った暗黒の地下坑道。

 ルシアンたち四人の影は、本土の廃坑から海の下を潜るようにして、静かに流刑地への道を歩んでいた。

 道中、ひんやりとした岩肌の影で、ルシアンは足を止め、背後の案内人へと重みのある小さな革袋を投げ渡した。

「約束の報酬です。かつて我々が殺した勇者の防具を、裏で売り捌いて得た金の一部……貴方が残りの余生を他国で静かに暮らすには、十分すぎる額のはずです」

 傷だらけの案内人は革袋を受け取り、中身の鈍い輝きを確かめると、ひどく掠れた声で笑った。

「……確かに受け取った。だが、わざわざ自分からこの地に踏み込もうなんて、とんだ狂人どもだぜ」

「狂っているのは我々ではなく、この世界の方です。貴方の仕事は最下層への道を正確に示すこと。そこへ着いたら、この暗闇に紛れて勝手に逃げなさい。我々は背中を追いません」

 ルシアンはそこで一度言葉を切り、漆黒の瞳で案内人を見据えて淡々と付け加えた。

「万が一、一人での帰路で看守に見つかり、命を落としたとしても安心しなさい。我々がこの道を引き揚げる際、貴方の死骸を見つけたら一度だけ『蘇生』させてあげましょう。それが、命を懸けた契約への誠意です」

 その言葉に、案内人は一瞬息を呑み、顔を引き攣らせて笑った。

「……へっ、死体を操る元大聖堂の神官様が言うと、冗談に聞こえねえから恐ろしいぜ」

 案内人は無言で頷き、再び暗黒の地下道を先導し始めた。

 数日の行軍の末、彼らは坑道の中継地点である「トロッコの管理所」へと辿り着いた。そこには、大聖堂の役人と結託し、囚人たちが掘り出した高価な鉱石を密輸しようとしている数人の腐敗した看守たちが、酒盛りをしながら談笑していた。

「おい、もっとトロッコに積めよ。あのお偉い勇者様がまた囚人を肉塊にする前に、掘れるだけ掘らせねえとな」

「違いねえ。あのお方のおかげで、囚人どもは恐怖で休む暇もなく働くからな」

 下劣な笑い声が響く管理所の暗がりに、三つの影が音もなく滑り込んだ。

 ルシアン、カイン、ザックの手が、背後から一斉に伸びる。刃の鋭い短刀が、看守たちの喉笛と心臓を寸分たがわず同時に一文字に貫いた。悲鳴どころか、息を漏らす隙すら与えない。血の泡を吐く間もなく、数人の看守は静かに泥の上へと倒れ込んだ。

 一切の不快な音を立てずに完了した、完璧な制圧。

「……見事な手際だ。暗殺のプロでもこれほど静かには殺せねえぞ」

 案内人の男が息を呑んで呟く。ルシアンは短刀の血を拭うと、冷たい目で目の前の大型貨物トロッコを見据えた。

「ここからはトロッコに乗って最下層へ下ります。帰路の『輸送路』の確保は完了しました」

     * * *

 同じ頃。タルタン流刑地の牢獄区画。

 薄暗い通路に、硬質な金属音が規則的に響き渡っていた。

 ――コン、コン、コン、コン……。

 白銀の鎧を纏った男が、手にした長剣の鞘で、囚人たちの入った鉄格子を順番になぞりながら歩いている音だ。

 彼の名はゼル。聖王国が誇る『七人の勇者』の一人。

 自らの手で人間の肉を切り裂き、その悲鳴を聞かなければ精神の均衡を保てない異常者だ。ここ最近、表舞台での凄惨な戦いがなく「人間を殺せない」という禁断症状に苛まれていた彼は、その抑えきれない暴力的な渇望を満たすためだけに、聖王国から特権として「流刑地における全処刑の権限」をもらい受け、この暗闇で合法的な殺戮を愉しんでいるのだ。

「さぁて、今日の肉は誰にしようかなぁ……。最近は外で殺しがなくて、頭の奥がずっと痒かったんだ。極上の悲鳴で、俺の脳みそをスカッとさせてくれよぉ?」

 ――コン、コン、コン、ピタリ。

 鞘の先端が、一つの鉄格子の前で止まった。ルーレットに当たった囚人は、恐怖で縮み上がるどころか、ただ虚ろな目で壁を見つめている。長年の過酷な労働と虐待により、すでに心が完全に壊れきっていた。

 それを見たゼルは、心底つまらなそうにため息を吐いた。

「……なんだお前。もう心が死んでるじゃないか。いざ肉を削いでも、良い声で泣き叫ばない肉には用はない。お前じゃないな」

 ゼルは囚人を見捨てると、再び上機嫌な足取りで、鉄格子を鳴らすルーレットを再開した。

 ――コン、コン、コン、コン。

 死を呼ぶ無邪気な音が、監獄の奥深くへと響いていく。

     * * *

「……上から、嫌な音が聞こえますね」

 トロッコを降り、流刑地の最下層へと到達したルシアンが、天井を見上げて静かに呟いた。

 案内人の男は身をすくめ、背後の暗闇へと姿を消す準備をしながら、不快そうに顔を歪める。

「あぁ……あれはゼルの足音だ。あのお偉い勇者様は、あんな風に遊び感覚でその日の獲物を決めるのさ……」

「……趣味の悪いルーレットですね。貴方の案内はここまでです。約束通り、闇に紛れて去りなさい」

「……へっ、言われなくてもそうさせてもらうぜ。死にたくなけりゃあ、あんたらも気をつけるんだな」

 案内人が脱兎のごとく暗い坑道を引き返していくのを見送ると、ルシアンは最下層の採掘場へと視線を向けた。

 そこには、手足を欠損し、顔の皮を剥がれた囚人たちが、死んだ魚のような目でただひたすらに岩を砕いている地獄が広がっていた。彼らを一瞥し、ルシアンは衣服の下の変換炉(心臓)を微かに脈打たせた。

「……なるほど。心を壊され、絶望の底に沈んだ最高の『肉のそざい』たちだ。彼らをこの手綱で解き放ちます。ザック、カイン」

「おう。俺の出番だな」

「ああ、任せろ」

 ルシアンは冷徹に役割を割り振る。

「ザックは通気口から看守室へ潜り込み、内部の人間を無音で処理して安全を確保しなさい。その隙に、カインは広間側に剥き出しになっている『中央制御の歯車ウインチ』を、その鉄斧で物理的に粉砕するのです。……準備ができ次第、暴動の火種とします」

 一切の無駄がない制圧の手順。ザックが音もなく天井の暗がりへと消え、カインは大剣の代わりに担いでいた重厚な鉄斧を握り直して、上層階の広間へと足を踏み入れた。

     * * *

「ひぃぃっ! やめっ、助けてくれぇっ!」

「あははははっ! いいねぇ、その声! あぁ……脳髄が痺れる……ッ! やっぱり生の肉が裂ける音じゃなきゃ、俺は息もできねぇんだよッ!」

 牢獄区画の中央広間。ゼルはルーレットで引き当てた怯える囚人を引きずり出し、恍惚とした笑みを浮かべながら、その肩に剣を突き立てていた。血飛沫が舞い、勇者の異常な嬌声が響く。

 だが、その狂宴は、突如として監獄全体を揺るがす「凄まじい破壊音」によって断ち切られた。

 ――ドガァァンッ!!

 看守室を制圧したザックの合図と同時。広間の壁面に設置されていた巨大な鉄のウインチへ向け、カインが力任せに鉄斧を振り下ろした音だった。

 粉砕された歯車のストッパーが吹き飛び、次の瞬間、監獄内にひしめく数千の鉄格子が一斉に開け放たれた。

「……は?」

 ゼルの動きが止まる。

 開いた扉の奥から、憎悪と怒りに飢えた数千の獣(囚人たち)が、看守たちに向かって一斉に雪崩れ込んでいった。怒号と絶叫、血飛沫が舞い散り、監獄は一瞬にして血塗られた大暴動のパニックへと陥った。

「なんだぁ……? 誰が俺の極上の時間を邪魔した……!?」

 湧き上がる暴動の波と囚人たちの怒号の中で、ゼルが忌々しそうに顔を歪めて叫ぶ。

 混乱と混沌が広がる大暴動の陰で、ルシアンとカインは静かに武器を握り直し、狂犬の背後へと歩みを進めていた――。

ザックの隠密行動による安全確保と、カインの重斧による物理破壊。「生の肉が裂ける音」を渇望する狂犬の異常性が生々しく描かれました。混沌と血飛沫に包まれる流刑地で、静かに殺意を研ぎ澄ますルシアンたちの姿が、圧倒的なパニックと鮮やかな対比を生み出しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。