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第21話 白磁の処刑

いつもお読みいただきありがとうございます。

第19話からの侵攻、そして第20話の凄惨な大乱戦を経て、ついに物語は『白磁の勇者』ギルベルトとの直接対峙へと至ります。

プロの指摘と修正を踏まえた完全版となる第21話では、五百名もの精鋭を盾にして勝ち誇る勇者の「無能な采配」をルシアンが徹底的に論破し、その醜悪な本性を暴き出します。

味方の顔すら一切覚えない偽善の勇者が、かつての部下たちに生きたまま貪り食われる因果応報の結末をお楽しみください。

※本作にはダークファンタジー特有の極めて陰惨で残酷な描写(カニバリズム等)が含まれます。閲覧には十分ご注意ください。

激しい乱戦の咆哮が消え失せ、戦場にはただ、冷たい雨が泥を叩く音だけが虚しく響いていた。

 国境の荒野を埋め尽くしているのは、山のように積み上がったガルム兵と聖王国兵の死体だ。互いに理性を失って殺し合った結果、最前線の兵力は文字通り全滅し、辺り一面が赤黒い血の泥濘ぬかるみと化していた。

 そのおぞましい死臭が立ち込める処刑場の中心。

 泥に塗れた聖王国の旗が突き刺さる屍の山の上に、ただ一人、黒い外套をまとった神官――ルシアンが腰を下ろしていた。

 彼は泥濘の戦場にあって泥一つつけず、手にした折れた剣の切っ先で、遊戯盤の駒でも弾くように足元の死体を弄んでいる。まるで、これから訪れる「主役」のために、この血塗られた舞台を自ら整えて待っていたかのような、絶対的な支配者の佇まいだった。

 やがて、後方の安全な丘から、地響きのような重厚な足音と馬蹄の音が近づいてくる。

 前線が完全に死に絶えたのを見計らい、白馬に跨った『白磁の勇者』ギルベルトが、総勢五百名にも及ぶ無傷の精鋭兵と近衛騎士たちを引き連れて進軍してきたのだ。

 敵が全滅した後の戦場を歩くためだけに、己の盾として五百名もの護衛を侍らせる。その過剰なまでの慎重さこそが、死を極端に恐れるこの勇者の卑劣な本性を表していた。

「あぁ……なんという凄惨で、そして美しい戦場だろう! 我が国の勇敢な兵士たちが、蛮族どもを道連れに見事な犠牲となってくれた! 彼らの死は、私の輝かしい名声を彩る最高の装飾品だ!」

 ギルベルトは五百の軍勢の中心から、恍惚とした偽りの涙を流しながら周囲の死体を見下ろした。その視線が、屍の山に腰掛けるルシアンへと注がれる。

 ギルベルトは白馬を止め、哀れみと傲慢さが完璧に混ざり合った美しい笑みをルシアンに向けた。

「おや、生存者がいたかね? 怯えることはないよ、哀れな迷い人。私は神の愛を体現する勇者ギルベルトだ。これほどの地獄を生き延びた君は運が良い。さあ、ひざまずいて私を称えなさい。君を私の偉大なる勝利の証人として、特別に保護してあげよう」

 どこまでも自己中心的な救済の言葉。

 ルシアンはゆっくりと立ち上がり、フードの奥から冷徹極まりない黒の双眸をギルベルトへと向けた。その口元には、薄く、心底憐れむような笑みが浮かんでいる。

「神の愛、ですか。……おや、私の顔をご存知ない?」

「なんだと?」

 ギルベルトの美しい眉が不快げに跳ね上がった。ルシアンは手にした折れた剣を泥の中へ捨て、淡々と事実を突きつける。

「ええ、私とあなたは聖王国で直接顔を合わせたことはありませんでしたからね。……ですが、祖国から出された『逃亡者の手配書』にすら目を通していないとは。己の命を守ることに執着する割に、驚くべき怠慢です」

 その言葉を聞いて、ギルベルトは数秒だけ怪訝な顔をしたが、すぐに事態を飲み込んだ。

「手配書だと……? ああ、なるほど。我が国から逃げ出したという、あの薄汚い裏切り者の神官か」

 ギルベルトは鼻で笑い、ひどく汚らしいゴミを見るような目でルシアンを見下した。

「ええ。そして――親友の仇討ちと息巻くあなたに教えて差し上げましょう。勇者バルドスを殺した当本人は、ガルムの蛮族ではなくこの私です」

 ルシアンが淡々と真実を告げた瞬間、ギルベルトは僅かに目を見開いた。しかし、親友の仇を目の前にしたというのに、彼の顔には怒りも、そして微塵の恐怖も浮かばなかった。

「ほう。貴様があの粗暴なバルドスを殺したというのか。……てっきり己の幸運に感謝して震え上がっているのかと思えば。多勢に無勢という言葉すら知らないのか? 完全武装した五百名もの精鋭を従えたこの私に対し、武器すら持たない神官が一人で勝てるつもりでいるとは。頭の造りまで底辺のようだな、薄汚い虫けらめ」

 五百名の盾に守られた自分に対し、負ける要素など万に一つもありはしないと、心の底から確信しきっている勇者。

 その言葉を聞いて、ルシアンはフッと静かに、冷酷な嘲笑を漏らした。

「五百の精鋭、多勢に無勢、ですか。……まともな兵法すら知らぬ三流の素人が、よくもまあ恥ずかしげもなく口にできたものです」

「……なんだと?」

 ルシアンの鋭い侮蔑に、ギルベルトの顔から笑みが消える。ルシアンは一歩前へ踏み出し、泥に沈んだ無数の聖王国兵の死体を指し示した。

「この激戦において、あなたは先陣の兵士たちに何の戦術も与えず、ただ正面から突撃させて無惨に死なせた。弓兵による援護も、騎馬による側面の撹乱も一切なし。ただ味方を無策な『肉の盾』として敵にぶつけ、泥に沈んですり潰されるのを安全な高みから見物していただけ……。極め付けの無能による愚行です。……それを『尊き犠牲』などと吐き気を催す美辞麗句で飾る、貴方はどうしようもない聖王国のゴミ勇者だ」

「きっ、貴様……っ!」

 図星を突かれ、ギルベルトの美しい顔が屈辱で朱に染まる。

 だがルシアンは追撃を止めない。彼の冷徹な視線は、今度はギルベルトの背後に並ぶ『五百の精鋭たち』へと向けられた。

「そこにいる五百の精鋭たちも哀れですね。国を守る誇り高き剣でありながら、前線で死にゆく同胞を見殺しにさせられ、ただこの臆病な男の自己愛を満たすための『死体役の予備軍』に成り下がっている。……次の無駄死には自分たちの番だと、彼が己の命と保身しか考えていない無能だと気づきながら、逆らえずに付き従っているのでしょう?」

 その言葉に、五百の精鋭たちの間に僅かな動揺が走る。最前線で見殺しにされた同胞たちの死体を見つめる彼らの顔に、暗い影が落ちたのだ。

 自分の支配下にある兵士たちが揺らいだのを感じ取ったギルベルトは、己の「完璧で美しい英雄」という絶対の美意識を汚されたことに耐えきれず、ついにその取り繕っていた仮面を完全にかなぐり捨てた。

「黙れ黙れ黙れ黙れっ!!!」

 ヒステリックな絶叫が響き渡る。ギルベルトは白銀剣を引き抜き、血走った目でルシアンを睨みつけた。その顔には、先ほどまでの美しさなど微塵もない、自己愛の化け物としての醜悪な本性が剥き出しになっていた。

「下等な兵士どもがどう死のうが私の知ったことか! 兵法などいらん、彼らはこの私の名声を高めるための肉の盾として死ねたのだ、むしろ幸福だろうが! ここにいる騎士たちもそうだ、私のために無駄死にするのが唯一の誉れなのだ! お前のような虫けらは、私の駒たちが今すぐ八つ裂きにしてくれるわ!」

 兵士たちの前で堂々と放たれた、「お前たちは私のために死ぬ肉の盾だ」という身勝手極まりない本音。

 その醜悪な叫びを聞いた五百の精鋭たちは、絶望と疑念に顔を歪ませて完全に言葉を失った。

「……ええ、結構です。ギルベルト、あなたは戦場の『数』は見えていても、戦場の『怨念の重さ』を完全に見誤っている。その絶対的な傲慢さこそ、この舞台の幕開けに相応しい」

 すべてを計算通りに引き出したルシアンは、右手を優雅に天へと掲げた。

「それではゴミ勇者様。あなたがそこまで愛してやまない『尊き肉の盾』たちを、彼らが最も望む形で、今すぐあなたの元へお返しいたしましょう」

 その細い指先が――パチン、と軽やかに鳴らされた。

 直後、ルシアンの足元から、どす黒く濃密な魔力の波動が放たれた。その波動は泥濘を走り、ギルベルトの周囲に転がっている『百余り』の聖王国兵の死体へ向けて、ピンポイントで伝播していく。

 ルシアンの固有魔術――『強制蘇生』の術理が、必要最低限の魔力で、最も効果的な配置の死体たちだけを一斉に起動したのだ。

 ――ガバッ!!!

 ギルベルトを囲むようにして、泥に沈んでいた百の屍たちが、まるで操り人形のように一斉に上半身を跳ね上げた。

「な……魔法陣もないのに死体が動いた!? 屍術ネクロマンシーか!」

「ま、待て! あれは先陣で死んだはずの我が軍の兵士たちだぞ!」

 未知の魔術に対する恐怖と、かつての仲間が死体となって動き出した異常事態に、五百の精鋭たちがパニックに陥る。

 起き上がった百の死体たちは、一度死んだ肉体が強引に蘇生されたことによる無意識の衝動から、空気を求めて激しく「最初の呼吸」を試みた。その瞬間、彼らの喉が大きく動く。

 ゴクリ、と。

 大乱戦の陰で、ザックとカインによって彼らの口内へとたっぷりと注ぎ込まれていた、あの禍々しい紫色の劇薬――『狂戦士の秘薬』が、彼らの体内へと一斉に強制嚥下えんげされたのだ。

「オ……ア、アアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 地獄の底から響くような百の絶叫が戦場を震わせた。

 秘薬を飲み込んだ瞬間、蘇った兵士たちの眼球が完全にどす黒く染まり、その顔面は異常なまでに引き攣った怒りの形相へと変貌していく。

 彼らは死の直前までギルベルトに抱いていた果てしない「憎悪」を秘薬によって増幅され、理性と痛覚を完全に焼き切られた『狂戦士』へと成り果てていた。

 泥の中から、両脚を失った一人の古参兵――ゲイルが立ち上がった。

 両脚の断面から血を流しながらも、むき出しの骨を泥に突き立て、痛覚を失った異常な腕力で地面を踏み締めて、ギルベルトの白馬へと真っ直ぐに這い迫る。

「ひっ……!? な、なんだ貴様は! 誰だか知らんが私に近寄るな、この薄汚いゴミめ!」

 馬上のギルベルトは、自分へ殺意を向ける男の顔を見ても、それが誰であるか全く思い出すことはなかった。

 当然だ。彼にとって下級兵士など、顔も名前も覚える価値のない「ただの肉塊」なのだから。

 自分を騙し、死地に追いやり、無惨に使い捨てた張本人が、己の顔すら微塵も覚えていない。

 その絶対的な無関心と傲慢さが、ゲイルの中に残る最期の「憎悪」の炎に、致命的な油を注ぎ込んだ。

「ギ……ル……ベ……ル……トォォォォォッ!!!」

 怨念の塊となった百名の狂戦士たちが、自軍の総大将であったはずのギルベルトと五百の護衛兵たちへと一斉に牙を剥いた。

「怯むな! 相手はたった百の死損ないだ! 陣形を組んで迎え撃て!」

 ギルベルトが悲鳴混じりに叫び、五百名の兵士たちが一斉に応戦する。しかし、ギルベルトの本性を知って戦意を喪失しかけていた彼らに、秘薬を飲んだ狂戦士たちの暴力を止める術はなかった。

 痛みを全く感じない狂戦士一人を完全に沈黙させるためには、兵士が十人がかりで肉を削ぎ落とす必要があった。対する狂戦士は百名、浮き足立った護衛の精鋭は五百名。単純な数こそ勝っていても、実質的な戦力差はすでに完全にひっくり返っていたのだ。

「ぎゃあああああっ! 止まらない! こいつら、腕を斬っても向かってくる!」

「助け……ギルベルト様、助けてくださ――ガハッ!?」

 無傷を誇っていた五百名の精鋭部隊が、狂戦士たちによってまるで紙切れのように蹂躙され、次々と肉塊へと変えられていく。一人が二十人分の怪力で暴れ狂う百の死鬼を前に、五百の盾は瞬く間に削り取られていった。

 多勢に無勢であると勝ち誇っていたギルベルトは、今や完全に味方の怨霊に取り囲まれていた。死の恐怖で顔を真っ青に染め、白銀剣を狂ったように振り回す。

「来るな! 来るなァ! 私は勇者だぞ! 名も知らぬ下等なゴミどもを守ってやっている英雄だぞ! なぜ私に剣を向ける!」

 その身勝手な叫びが、狂戦士たちの殺意を限界突破させる。

 ゲイルが獣のような速度で跳躍し、ギルベルトの白馬の首を素手でへし折った。崩れ落ちる白馬から、泥濘の中へと無様に転がり落ちる勇者。純白だったはずの鎧は、一瞬で泥と味方の血でドロドロに汚れ去った。

「がはっ……! ひ、光の加護よ! 私を護れ!」

 これまで死から逃げ続けてきたギルベルトは必死に魔力を練り上げ、白銀の障壁を展開しようとする。しかし、背後から迫った別の狂戦士の斧が、その障壁ごと彼の左腕を肩根から強引に叩き斬った。

「ぎゃあああああああああああっ!!? 私の、私の美しい腕がぁぁぁっ!!」

 激痛にのたうち回るギルベルトの周囲に、黒い眼球の狂戦士たちが幾重にも群がっていく。生き残っていた五百の護衛たちはすでに全員が惨殺され、勇者を守る者はもう誰もいない。

「やめろ……頼む、やめてくれ! 金ならいくらでもやる! 私はまだ死にたくないっ! 私の完璧な英雄譚がこんな泥の中で終わるなど……!」

 無様に泥水をすすりながら命乞いをするギルベルトの胸へ、ゲイルの錆びついた剣が容赦なく突き立てられた。

「がっ……あ……っ」

 口から大量の血を吐き出すギルベルト。

 だが、極限まで増幅された怨念は、ただ心臓を貫いて殺すことなどでは到底満たされなかった。

 秘薬によって完全に「人間を辞めた」ゲイルは、剣から手を離すと、獣のようにギルベルトの上に馬乗りになり、その傲慢で美しい顔面へと直接己の歯を立てたのだ。

「あ……? ぎ、ぎゃあああああああああああっ!?」

 頬の肉を強引に噛みちぎられる凄惨な絶叫。

 それを合図に、周囲の狂戦士たちが一斉に武器をかなぐり捨て、飢えた獣の群れとなってギルベルトへと殺到した。

「喰え……! 喰い殺せぇぇっ!!」

「いやだ! やめろ! 私の美しい肉を喰うなァァッ!」

 鋭い牙と化した狂戦士たちの歯が、勇者の純白の鎧を引き剥がし、その下の生温かい肉へと無慈悲に食らいつく。

 首筋を、腹部を、両脚を。無数の口がギルベルトの全身に噛みつき、生きたままその肉を咀嚼し、内臓を引きずり出して貪り食っていく。

「あ、があ、あぁぁぁ……っ」

 絶望と激痛の中で、ギルベルトの意識は最後まで保たされた。自分が名前も知らぬゴミとして使い捨ててきた部下たちの胃袋へと、自分の身体が文字通り削り取られて収まっていく狂気の光景を、彼はその両目で見届けることになったのだ。

 肉が千切れる音と、骨が噛み砕かれる異様な咀嚼音だけが、雨の戦場に響き渡る。

 かつてあれほど己の命と美しさに固執した勇者は、文字通り味方の胃袋へと完全に収まり、泥の中には噛み砕かれた白い骨の欠片と、赤黒い血溜まりしか残らなかった。

 そして――憎き勇者の肉を喰らい尽くした百の狂戦士たちもまた、劇薬によって限界を超えていた肉体が崩壊を始めた。

 彼らは口の周りを勇者の血で真っ赤に染めながら、満足げな、あるいは憑き物が落ちたような虚ろな表情を浮かべ、次々と血を吐いて倒れ伏し、今度こそ真の絶命を迎えていった。

 戦場には、再び完全な静寂が訪れる。

 死体が織りなす血の海の中。ルシアンは、骨すらも満足に残らなかったギルベルトの最期を一瞥し、ふっと冷たい鼻笑いを漏らした。

「ええ、素晴らしい犠牲でしたよ、勇者ギルベルト。あなたのその身も心も余すところなく味方に捧げた最期こそが、大国を滅ぼすための最高の舞台の飾りとなりますからね」

 ルシアンは魔力を無駄にすることなく、たった百の死体を操るだけで五百の盾を打ち破り、その手を一切汚すことなく完全な勝利を収めた。

 兵法を軽視し、弱者の顔すら覚えずにゴミのように見下した勇者は、自分が植え付けた味方の怨念によって骨の髄まで貪り食われるという、最も理不尽で無惨な末路を迎えたのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ルシアンの容赦のない言葉によって「兵法すら知らないゴミ勇者」としての無能さを暴き出され、五百の精鋭たちの前で「お前たちはただの肉の盾だ」というヒステリックな本性を自ら叫んでしまったギルベルト。

味方からの信頼を完全に失ったその直後、ルシアンがピンポイントで蘇生させた百名の死体は、狂戦士と化して五百の精鋭部隊を瞬く間に蹂躙しました。ただ殺すだけでは飽き足らず、武器を捨てて勇者を生きたまま貪り食い、共に絶命していくという因果応報の結末を描いた第21話でした。

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