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第18話 禁忌の調合

いつもお読みいただきありがとうございます。

第17話でエルフの森長ゼルヴァンと結ばれた『深緑の密約』。

第18話では、その密約に基づいて森へ施される凄惨な偽装工作と、聖王国を内側から腐敗させる劇薬の完成を描きます。死すらも手駒の調整として使い潰すルシアンの異常性と、恐怖と強欲に支配されていく人間の姿をお楽しみください。

※本作にはダークファンタジー特有の陰惨な描写や価値観が含まれます。

裏商人たちによって焼き払われ、生命の息吹が完全に死に絶えた森の境界。

 黒く変色した灰の土地に、鈍い肉の潰れる音が響き渡っていた。

「これぐらい骨の髄まで叩き潰して、油で黒焦げの炭にすりゃ、いくら聖王国の連中でも元がガルムの兵士だったとは絶対に気づかねえな」

 鉄の槌を振り下ろしたザックが、額の汗を拭いながら獰猛に笑う。

 彼とカインは、ルシアンの指示通りに見せしめの墓からガルム兵の死体を掘り起こし、この跡地へ運び込んでいた。その中で最も巨漢の死体を選び、顔と四肢を原型がなくなるまで徹底的に粉砕したのだ。

「ああ。ボスの描いた筋書き通りだ。この焼け焦げた肉塊の傍らに、狂犬の折れた赤剣と、あいつの首飾りを転がしておく」

 無骨な手つきで勇者の遺品を泥にまみれさせるカイン。周囲には、すでに彼ら自身の手で、多勢に無勢の凄惨な死闘があったと思わせるほどの激しい剣戟の跡や、乱れた足跡が幾重にも刻み込まれていた。

「これで完璧だ。聖王国の探索隊は、『野蛮なガルムの連中が、蘇生を恐れて勇者を焼き尽くした』と完全に信じ込む。ルシアンの頭の中身はどうなってんだか、恐ろしいくらいに容赦がねえ」

 ザックは身震いしながらも、決して揺らぐことのない絶対的な信頼を込めて、完成した『欺瞞の処刑場』を見下ろした。

───

 一方その頃、辺境の砦。

 静寂に包まれた広場の片隅で、私はすり鉢の中でゆっくりと『祈幻樹きげんじゅの葉』をいていた。

 私の指先から流し込まれる術理が、葉の持つ微かな毒性を極限まで増幅させ、甘く泥濘ぬかるみのような香りを放つ紫色の粉末へと変質させていく。

「……素晴らしい出来栄えです。エリアス様、この甘い香りがいかにして人の理性を溶かすか、お分かりになりますか?」

 私の問いかけに、羊皮紙を抱えて傍らに控えていたエリアスが、眼鏡の奥の知的な双眸を戦慄に揺らした。傍らでは、盟約の証としてこの場に立ち会っているエルフの森長ゼルヴァンもまた、氷のような瞳で私の手元を見つめている。

「いえ……。しかし、ただの毒薬ではないことだけは、その禍々しい魔力から理解できます」

「ええ。これは肉体を殺す毒ではありません。精神を、信仰という名の檻ごと溶かし尽くす劇薬です」

 私が完成した粉末を小瓶に詰めていると、広場の入り口が騒がしくなった。

 森の周囲で見張りをさせていた不滅の駒たちが、数人の薄汚れた男たちを縄で縛り上げ、乱暴に私の足元へ引き摺り出してきたのだ。

「ひっ……! 離せ、俺たちを誰だと思っている!」

 泥に顔を押し付けられながらも、豪奢な装飾品を身につけた恰幅の良い男が吠える。エルフをさらいに来て罠に嵌まった、聖王国の裏商人たちだった。

「俺たちは聖王国の大貴族様や、高位神官様の夜会を取り仕切る御用商人だぞ! 俺たちに手を出せば、国が黙っちゃいねえ!」

 己の背後にある巨大な権力を傘に着て、なおも傲慢に喚き散らす商人。

 その言葉を聞いた瞬間、私は優雅に彼らの前へしゃがみ込んだ。

「夜会に出入りできるとは、本当に素晴らしい。……大国が黙っていないと言うのなら、あなた方に『死ぬまで金が手に入る極上の商売』を教えて差し上げましょう」

 私は商人の顎を掴み、小瓶に入った祈幻樹の劇薬を、その鼻先へ無理やり押し付けた。

「吸いなさい」

 抗う間もなく紫色の粉末を吸い込んだ商人の体が、ビクンと大きく跳ねた。

 直後、彼の白目はひん剥かれ、口からだらだらと涎を垂らしながら、天を仰いで狂ったように笑い始めた。圧倒的な法悦。脳髄を直接撫で回されるかのような快楽が、彼のちっぽけな理性を一瞬で焼き切ったのだ。

「あ……あぁっ……神だ、神の御声が……っ! 黄金の光が……!」

 商人が歓喜の涙を流し、法悦の極みで身を震わせる。その理性が快楽で完全に溶け落ちようとした、その刹那。

 私は一切の躊躇なく、商人の首筋へ鋭い氷の刃を突き立て、その息の根を止めた。

「が、はっ……!?」

 血を噴き出し、どさりと泥の中に倒れ伏す商人の死骸。そのあまりに唐突で冷酷な殺害に、周囲の商人どもが悲鳴を上げる。

 私は彼らの恐怖を無視し、死に絶えた商人の胸へ手をかざした。

「――蘇りなさい」

 淡い魔力が弾け、傷口が塞がると同時に、商人がガバッと音を立てて息を吹き返した。彼は自分の首を擦りながら、信じられないものを見る目で私を見上げる。彼の瞳からは、先ほどまでの濁った快楽の色は完全に消え失せていた。

「な、なんだ……!? 俺は、殺されたはず……。それに、あの凄まじい快楽も、体の疼きも、綺麗さっぱり消えている……?」

「当然です。私の蘇生は、お前の肉体を毒に侵される前の健全な状態へと強制的に引き戻した。これで、お前が薬の禁断症状で使い物にならなくなる心配はありません」

 私は腰を抜かす商人の顔を冷たく覗き込み、極上の悪魔の囁きを落とした。

「お前の肉体から依存の呪縛は消し去った。だが、あの極上の法悦の記憶は脳に焼き付いているはずだ。……忠告しておきますが、二度目にあの薬を自分で吸えば、お前の魂は私の術式に喰われ、二度と蘇生せぬ本物の死を迎える。その薬は、お前が味わうためのものではない」

 商人はガタガタと歯の根を鳴らし、私の足元へ何度も額を擦り付けた。

 死の恐怖、蘇生の奇跡、そして脳に焼き付いた狂気の快楽。それらを同時に刻まれた男の精神は完全にへし折られ、私の絶対的な支配下に置かれたのだ。

「分かった、分かりました……っ! 自分で吸うなど滅相もない……っ。夜会の連中に、あの神の法悦を売りさばいてきます……! 奴らを死ぬまで俺たちの家畜にして、国庫の金をむしり取ってきます……!」

 大国の権力を誇っていた男たちは、いまや己の底なしの欲望のままに猛毒をばらまく、忠実な運び屋へと成り下がった。

 夜の闇へ消えていく商人たちの背中を見送り、背後に控えていたゼルヴァンが静かに私の隣へ歩み寄ってきた。

「……死すらも支配の鎖として使い潰すか。人間の悪意と業を、極限まで煮詰めたような男だ」

 その中性的な声には、先ほどまでの警戒感は一切なく、深い畏怖と熱が宿っていた。

「だが、その底知れぬ悪辣さこそが、聖王国を完全に滅ぼすという何よりの証。……ルシアン。我らは今、魂の底から貴様を信じよう。この森の力、すべて貴様の盤面のために捧げる」

 大国を確実に腐らせるという私の冷酷な意志と手腕を目の当たりにし、誇り高き森の長は、真の敬意と信頼を込めて深く頭を下げた。

「光栄です、森長ゼルヴァン」

 西の森の偽装工作で、外からの戦争の火種が撒かれた。

 そして今、強欲な商人たちの手によって、内側から国を腐らせる猛毒が聖王国の中枢へと放たれたのだ。愚かな大国が自らの重みで崩壊するまでの秒読みが、静かに始まった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

第18話では、エルフの宿怨と人間の強欲を巧みに利用し、大国を滅ぼすための二つの猛毒――「外なる戦火」と「内なる劇薬」が完全に放たれる様を描きました。

死すらも肉体の依存を断ち切るための単なる手立てとして扱い、恐怖と狂気の快楽で商人の精神を完全に支配するルシアンの異常性。己の欲のために進んで国を売る犬へと堕ちていく人間の業。そして、その底知れぬ悪辣さを目の当たりにした森長ゼルヴァンが、ルシアンに真の信頼を寄せるという、深くくらい同盟の完成を際立たせております。

自らの重みと強欲によって泥沼へと沈みゆく愚かな大国の行く末を、どうか引き続きお楽しみください。

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