第17話 深緑の密約
いつもお読みいただきありがとうございます。
第16話の続き、エルフの森長ゼルヴァンとの対話を描く第17話です。
人間の偽善に苦悩するエルフの宿怨と、それをも余さず盤面の駒として組み込むルシアンの悪辣なる計略をお楽しみください。
※本作にはダークファンタジー特有の陰惨な描写や価値観が含まれます。
「あの狂犬が、死んだ、だと……?」
無惨に削り取られた聖王国の紋章――勇者バルドスの鎧の残骸を見つめ、ゼルヴァンの中性的な声音が微かに震えた。周囲を取り囲むエルフの戦士たちからも、一斉に動揺の息漏れが広がる。
長き年月を生き、感情を凍らせてきたはずの森長の瞳に、生々しい驚愕が走っていた。
「人間の言葉など信じぬと言いたいところだが……貴様の放つ、その底知れぬ魔力。そして後ろに控える駒どもの澱みのない眼光。嘘を吐いているようには見えん、な」
ゼルヴァンは鋭い視線を私へ戻し、大樹の根と融け合った身体を僅かに傾けた。
かつて多くの同胞を屠り、森を脅かし続けた赤剣の勇者。それが、目の前に佇む無名の神官の手によって、跡形もなく泥の底へ沈められたという現実。それを理解した瞬間、ゼルヴァンの冷徹な顔に、募りに募った暗い情念が浮かび上がった。
「あの男が消えたところで、人の強欲は止まらん。……神を崇める聖王国の神官や貴族どもは、我らエルフの長寿の血を『若返りの秘薬』と呼び、その魔力を『神聖なる儀式の生贄』として高値で取引している。奴らは夜陰に紛れ、執拗に同胞を拐い続けているのだ」
ゼルヴァンは細い指を硬く握りしめ、憎悪に満ちた声を絞り出す。
「見よ。この森の境界は、奴ら裏商人どもに焼き払われ、無惨に穢された。神の慈悲を説く口で、我らの尊厳を玩具にする偽善者ども……。だが、我らだけでは大国の軍勢を相手に打って出ることは叶わん」
静かな、しかし確かな怒りを孕んだ森長の言葉。
私は深く頷き、あくまで対等な立場として、彼へ静かに提案を持ちかけた。
「なるほど。あなた方の抱える怒り、痛いほど理解できます。……ならば森長ゼルヴァン。我々と手を結びませんか?」
「我らと盟約を結ぶと言うか、人の子よ」
「ええ。互いの敵は同じです。あなた方がこれ以上血を流すことなく、聖王国を内側から完全に崩壊させる盤面を、私がご用意しましょう」
私の迷いのない言葉に、ゼルヴァンは氷のような瞳を細め、長としての威厳を崩すことなく私を見据えた。
「……聖王国を滅ぼす手立てが本当にあるのなら、我らも森の力を貸そう。対価として、我らに何を求める?」
「二つ、お願いしたいことがあります」
私は指を立て、極めて合理的な『取引』の条件を口にした。
「一つ。先ほどあなたが口にした、裏商人どもに焼き払われ、すでに穢れてしまった森の境界の跡地。あの場所を、我々に貸し出していただきたい」
「あの死に絶えた灰の土地をか? 一体、何に使うのだ」
「小国ガルムと、聖王国。あの愚か者どもを互いに食い殺させるための『欺瞞の処刑場』として再利用するのです。彼らが勝手に納得する偽の戦跡を、あそこに刻ませていただきます」
私の言葉に、ゼルヴァンはわずかに息を呑みながらも、静かに頷いた。すでに人間に穢された土地が、人間を破滅させる罠に変わるのなら拒む理由はない。
「そして二つ目。この西の深緑にのみ自生する特別な葉――『祈幻樹の葉』を、今後の私の命令に従い、大量に仕入れさせてもらいたいのです」
「祈幻樹の葉を? あれは、人間が過剰に摂取すれば一時的な法悦ののちに心身を蝕む劇薬となるぞ。何をするつもりだ」
ゼルヴァンの問いに、私は声を出さずに口角を釣り上げた。
聖王国の人間どもは、何よりも神への信仰が厚い。ならば、その狂信そのものを最大の罠にしてやれば良いのだ。
「『深く深く祈りながらこの薬を吸えば、法悦の彼方で本物の神の姿を拝むことができる』……。そんな謳い文句と共に、聖王国の高位神官や敬虔な貴族どもへ、この葉から練り上げた秘薬を届けてあげるのですよ。彼らは神の御声を聞きたいがために、自ら進んでその毒を貪り、真っ先に破滅の泥沼へと堕ちていくでしょう」
外部からは捏造された戦跡による紛争、内部からは信仰を逆手に取った秘薬による精神の腐食。大国が内側からドロドロに融け落ちていく完璧な青写真だった。
「……悪魔のような男だ。だが、偽善者どもを内側から腐らせるには極上の毒となるだろう」
ゼルヴァンは畏怖に身を震わせながらも、かつてないほど獰猛な笑みを浮かべた。
こうして、神なき世界の簒奪者と、人間に牙を剥く森の長との間に、聖王国を破滅へ導くための完璧な同盟が結ばれたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
エルフの森長ゼルヴァンに勇者の死を突きつけ、大国を内側と外側から破滅させるための同盟が結ばれた第17話。
次回第18話は、実際に森へ偽装工作を施し、捕らえた裏商人を悪魔の運び屋へと作り変える『禁忌の調合』編へと進みます。引き続き、本作の冥き物語にお付き合いよろしくお願いいたします。




