第15話 無限の処刑
いつもお読みいただきありがとうございます。
第15話は、欲望の夜から一転し、辺境の砦が凄絶な因果応報の処刑場へと変貌する様を描きます。
聖女の悲鳴を合図に始まる闇夜の死闘、そして己が虫けらのように踏み躙ってきた弱者たちの前に引き摺り出される勇者。
さらに、すべてが終わったのち、己の存在意義を完全にへし折られた聖女とルシアンとの、冷酷極まる対話をお楽しみください。
※本作にはダークファンタジー特有の陰惨な描写や過激な表現が含まれます。
砦の最奥から響き渡った、聖女クラーラの絶望に満ちた悲鳴。
それが、闇夜に潜む狂犬たちを解き放つ絶対の合図であった。
「――何事だッ! 今の悲鳴は勇者様の寝室からか!?」
扉の前で待機していたバルドス直属の親衛隊たちが、ただならぬ気配に慌てて剣の柄へと手をかける。
彼らは咄嗟に周囲を警戒したが、静まり返った砦には他の兵の姿がない。
「おい、食堂で飲んでいる連中を呼んでこい! 万が一の事態かもしれん!」
親衛隊の一人が、仲間の応援を呼ぶために声を張り上げようとした。
だが、彼らがその言葉を言い終わるよりも早く。濃密な暗がりから、ザックが音もなく飛び掛かった。
「喚くんじゃねえ、死ねやぁッ!」
ザックの握る錆びた短剣が、親衛隊の一人の首筋を浅く切り裂く。
「がっ……!? 貴様、賊かッ!」
だが、相手は腐っても勇者の近衛を務める歴戦の強者である。即座に死角から苛烈な反撃の蹴りを叩き込まれ、ザックは壁際へと激しく吹き飛ばされた。
「小賢しい真似を、その首もらい受けるッ!」
「が、はっ……!」
肺の空気を散らされ、絶体絶命の死地へと追い込まれたザック。彼の首を刎ね飛ばそうと、親衛隊の凶刃が振り下ろされる――その、刹那だった。
「おおおおおおおッ!!」
さらに深い闇の中から、地を這うような咆哮と共にカインが飛び出した。
彼は無骨な大剣を己の首の前に構え、迫る刃から致命の急所を守ると同時に、その切っ先を前方へ向けて猛然と突進した。野に生きる獣のような、泥臭くも圧倒的な死の突撃。
大剣の凄まじい質量と突進の勢いが、親衛隊の肉体を分厚い鎧ごと深々と突き刺し貫いた。
「ご、ぼぉッ……!?」
「……ぁ、がっ……毒、が……」
カインの大剣に串刺しにされた兵士が血を吐き、時を同じくして、ザックの刃から猛毒を流し込まれたもう一人の兵士も血の泡を吹いて絶命した。
二人は死線を潜り抜け、親衛隊の死体を冷酷に踏み越えると、血に染まった手で寝室の扉を開け放った。
扉の先には、自ら大剣と鎧を捨て、猛毒によって指一本動かせず涎を垂らすだけの勇者バルドスの無残な姿があった。
「……あの日の謝罪なんて、今さら聞く耳は持たねえぞ。豚野郎」
ザックとカインは、かつて自分たちの故郷を奪った仇の顔を冷酷に見下ろし、その髪を乱暴に掴んだ。そして問答無用で、冷たい泥の広がる砦の広場へと彼を引き摺り出していく。
───
砦の広場。
バルドスは中央にある頑丈な柱へ、太い鎖で厳重に縛り付けられた。
猛毒によって声も出せず、ただ恐怖に目を見開くバルドスの視界に入ったのは、先ほどまで酒盛りをしていたはずの己の部下たちの物言わぬ死体の山。そして、それを囲むようにして錆びた農具や短剣を握りしめた「弱き村人たち」の姿だった。
「――聞け、民たちよ」
静寂の広場に、エリアスの凛とした声が響き渡る。
未来の王たる彼は、バルドスに理不尽に故郷を焼き払われ、すべてを奪われた村人たちの前へ歩み出ると、彼らを冷徹に、そして秩序正しく列へと並ばせていく。
「お前たちの無念を晴らす刻が来た。一人ずつ進み出で、その手で仇の息の根を止めなさい」
エリアスが厳かに復讐の列を差配すると、私はゆっくりとバルドスの前へ歩み寄った。
「己が虫けらのように踏み躙った者たちの泥の底へ、ようこそ。……お前が奪った命の数だけ、死の苦痛を味わいなさい」
私の宣告を合図に、一人の老人が震える手で鎌を握りしめ、バルドスの前へ進み出る。
「俺の娘を……よくも……ッ!」
老人の振り下ろした鎌が、無抵抗の勇者の腹部へ深々と突き立てられた。
バルドスの神経を焼く猛毒は、運動機能を奪うが痛覚は鮮明に残したままである。彼は声なき悲鳴を上げ、目から大量の涙と血を流しながら、やがて一度目の『死』を迎えた。
完全に絶命し、うなだれたバルドスの肉体。
だが、処刑はこれで終わりではない。
「――蘇れ」
私が冷淡に蘇生の術理を行使した瞬間、バルドスの肉体が激しく跳ねた。
かつて大聖堂で莫大な金と引き換えに行っていた神聖なる奇跡は、今や彼を『何度でも殺すための呪い』として機能している。
「あ……がぁ……っ!? ひぃ、ぃぃ……っ!」
「安心しなさい。お前が奪った命の数だけ、何度でも蘇生させてやろう」
息を吹き返し、先ほどの死の激痛と恐怖に狂乱するバルドスに対し、私は極上の笑みを浮かべて告げた。
そして、次の村人が刃を持って進み出る。
心臓を貫かれ、死に絶え、再び蘇生させられる。幾度となく繰り返される終わりのない死の苦痛。勇者の傲慢な精神は、己が見下していた弱者たちの手によって、少しずつ、しかし確実にすり潰されていった。
───
夜明け前。
数え切れないほどの死と蘇生の果てに、バルドスは完全に精神が崩壊し、ただ虚空を見つめて涎を垂らすだけの肉塊へと成り果てていた。
「ルシアン様……エリアス様……っ!」
「我らに仇討ちの機会を、生きる意味を与えてくださり……本当に、ありがとうございます……っ!」
凄絶な復讐を遂げた民たちは、血濡れた手を握りしめながら、私とエリアスの前に深々とひれ伏した。彼らの瞳にあるのは、絶対的な忠誠と信仰の光。
この辺境の地に、いかなる理不尽にも屈しない「新たな国の礎」が完全に打ち立てられた瞬間であった。
「ご苦労様でした。ザック、カイン。その肉塊を捨ててきなさい」
「おうッ!」
私の命を受け、二人は動かなくなったバルドスを引き摺り、砦の裏手にある深い泥の縦穴へと容赦なく蹴り落とした。
墓標は立てない。
聖王国が誇った赤剣の勇者は、誰の記憶にも残らぬまま、誰にも看取られることなく、己が見下していた弱者たちの泥の底へと永遠に消え去ったのだった。
───
狂犬の始末を終え、朝靄が立ち込める砦の回廊を歩いていると、壁に背を預けてへたり込んでいる影があった。
聖女クラーラだ。彼女は寝室の窓から、一晩中繰り広げられた終わりのない地獄をすべて見せつけられていた。その瞳からは完全に光が消え、全身が歯の根も合わないほど激しく震えている。
「あ……ああ……。あなたという人は……」
私が近づくと、クラーラは怯えた獣のような目で私を見上げ、か細い声を絞り出した。
「神聖なる……神の奇跡であるはずの蘇生を、あのような無限の拷問に変えるなんて……! あなたは、悪魔以上に悍ましい狂人です……! 私は、私はあの日、あの男に弄ばれて殺された方が、まだ救いがあった……っ!」
己の存在が勇者をハメる毒の器にされ、己の悲鳴が処刑の合図となり、さらには信仰の象徴たる術理が無惨な蹂躙に使われた。その事実が、彼女の心を内側から完全に破壊していた。
「おや。本気でそう思っているのですか?」
私は彼女の前に跪き、その青ざめた頬にそっと手を添えた。氷のような私の手の冷たさに、彼女がビクリと身体を跳ね上げる。
「あなたがその身を汚され、嬲り殺され、この砦の民がすべて勇者の気まぐれで惨殺される結末を、神は望んでいると? ……違います。私はただ、理不尽に奪われた者たちに正当な報復の権利を与え、彼らが前を向いて生きるための盤面を整えただけです」
私の静かな、しかし絶対的な理の拒絶に、クラーラは言葉を失い、ただ大粒の涙をボタボタと溢れさせた。
「あなたが流した恐怖の涙も、絶望の悲鳴も、すべてはこの地の無力な民を救い、新たな理を打ち立てるための尊い犠牲となりました。……さあ、これからも私の前で祈りなさい、クラーラ。それこそが、世界に捨てられたあなたが、この地で犯した罪を贖う唯一の道なのですから」
私の言葉は、彼女に慈悲を与えるものではない。これからも私の盤面の上で、逃げ場のない聖女として生きることを強いる絶対の呪縛。
クラーラはもう、首を振る力すら残されていなかった。ただ両手で顔を覆い、私の足元で、果てしのない絶望の泥に沈むようにして、いつまでも咽び泣き続けるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ただ命を奪うだけでなく、ルシアンの持つ「蘇生」という絶対的な力を最悪の形で用いた因果応報の結末、そして完全に心を折られてルシアンの理に組み込まれるしかない聖女の絶望を描きました。
一つの大きな復讐が終わり、辺境の砦の盤面はさらに強固なものへと変わっていきます。
引き続き、本作の冥き物語にお付き合いよろしくお願いいたします。




