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第七話

ギルドの喧騒は、外の静まり返った空気とは対照的な熱気を帯びていた。

カラスは迷いのない足取りで受付へと向かい、俺もその隣に並ぶ。


「採取依頼の完了報告だ。それと、緊急の共有事項がある」


カラスがカウンターに採取した青星草(あおほしぐさ)の袋を置く。

ギルドの受付には、何度か顔を合わせたことのあるクールな雰囲気の女性ではなく、おっとりとした優しそうな女性が座っていた。


「あら、カラスさんとアルフレッドさんですね。お疲れ様です。……ええ、採取した青星草、確かに受領しました。それで、緊急の共有事項とはなんでしょう」

「森の外縁に小角鬼(ゴブリン)の斥候隊が出ていた。リーダー格を含め十数体。それに、本来深部にいるはずの黒牙猪(ブラック・ボア)が外まで押し出されている。森の奥で、何かしら勢力の変動か異変が起きている可能性があるぞ」

「なるほど…… 分かりました、すぐに上へ報告して調査班を編成することになるでしょう。助かりました」


彼女は穏やかな手つきで事務処理を済ませると、二つの報酬袋をカウンターに置いた。


「では、こちらが採取依頼の報酬と、魔物の討伐証明部位の買い取り代金。そして、緊急報告の報奨金です」

「……待て」


カラスが袋の一つを俺の方へ押しやってきた。


「報酬の配分だが、私は小角鬼長(ゴブリン・リーダー)黒牙猪(ブラック・ボア)の魔石分だけでいい。残りの採取報酬と報奨金はすべてお前が持っていけ」

「は? ……いや、それはおかしいだろ。あんたが居なかったら死んでたのは俺の可能性もあったし、そもそも俺の依頼に付き合わせる形になったんだ。そっちだって、本来受けていたはずの依頼を引き返してまで来てくれたんだろ? 達成できなかった依頼の補填だと思って、もっと受け取ってくれ」

「……お節介だと言ったはずだ、坊っちゃん。私は自分の興味で動いたに過ぎない」


カラスの声に少しだけ険が混じる。だが、俺も引くつもりはなかった。


「興味だろうがなんだろうが、あんたの呪術や大鉈のおかげで助かったのは事実だ。それに、魔力を込めた短剣だって、あれがなきゃ全滅してたかもしれない。……正当な対価を受け取らないのは、冒険者としての流儀に反するんじゃないか?」


俺が真っ直ぐに見据えると、カラスは仮面の奥で沈黙した。隣で受付の女性が「仲がいいんですねぇ」と場違いなほど、のんびりとした声を出す。


「……はぁ。口の減らない坊っちゃんだ。妙なところで頑固だな」


カラスは諦めたように溜息をつくと、俺が差し出した金貨の数枚を指でつまみ、自分の懐へ収めた。


「……いいだろう。これだけは受け取っておく。その代わり、残りは一銭たりとも返すなよ。不器用な正義感に付き合うのも疲れるんでね」

「ああ、分かった。……ありがとな」


俺の言葉に、彼女は「……礼を言われる筋合いはない」とだけ短く返し、身を翻してギルドの出口へと向かった。


受付の女性に軽く会釈をして、俺もその背中を追う。

夕闇のグランゼリス。

カラスは街灯の下で一度だけ足を止め、俺を振り返ることなく言った。


「その金は、せいぜい有効に使え。武器の手入れをするなり、まともな飯を食うなりしてな。……次に会う時まで、その魔法剣の光が消えていないことを願っているよ」

「……ああ。そっちもな。また、頼むよ」

(俺のことをお節介だと言ったが、あんたのほうがよっぽどだよ)


彼女は夜の闇に溶け込むように去っていった。

俺は手元の袋の重みを感じながら、彼女が語った「神の性質」の話を思い出す。


(デメテルとディケ……か。たしかに、少し損な性格かもしれないな)


俺は苦笑しながら、まずはこの空腹を満たすべく、活気あふれる酒場通りへと足を向けた。


食事を食べて安宿戻ってから、部屋の硬いベッドに横たわり、俺は今日一日の出来事を静かに反芻していた。


枕元に置いた小剣――かつて鍛錬用として父から渡された無骨なその柄に触れる。俺は名門ヴァランシエル家の三男だ。家督を継ぐ予定だった兄たちとは違い、成人すれば家を出て平民として生きることが最初から決まっていた。


(……だからこそ、父上も兄上たちも、俺を厳しく鍛えたんだな)


「平民として生きるなら、己の身を守る術だけは完璧にしておけ」


そう言われて叩き込まれた剣術と戦術論。そして、我が家に代々伝わる「魔法剣」の技法。

魔法剣という技術は、一般的な詠唱魔法とは根本的に理が異なり、もっと原始的なものだ。

詠唱魔法は魔力の質を別の事象へと変換し、形にするものだ。だが魔法剣は、己の血筋に宿る魔力の質をそのまま剣に乗せ、振るう。

切断に耐えうる形を維持し、光刃の長さをコントロールする技術的なコツは確かにある。だが、何よりも重要なのは「血筋に宿る魔力の質」そのものだ。魔力の性質が魔法剣に適していなければ、剣に魔力を纏わせる前段階で、詠唱によって質を変換する手間が必要になる。そうなれば、戦場での一瞬の遅れが命取りになるだろう。


(カラスの言っていた通り……。俺の魔力は、俺の血は、最初からこの剣に馴染んでいる)


豊穣神(デメテル)審判神(ディケ)……。この二座の性質が絶妙な均衡で混ざり合っている」


彼女が読み取った俺の魔力特性。

慈愛と苛烈さを併せ持つ豊穣神デメテルと、潔癖な秩序を司る審判神ディケ。

その二つの神格が血筋に混ざり合っていたからこそ、俺は詠唱を挟むことなく、想いと共に魔力を流し込むだけで光刃を形成できる。

俺が実直に鍛錬に励んでいたのは、将来への不安からだけではなかった。

父や兄たちが「お前の魔力は魔法剣によく乗る」と褒めてくれた、その期待に応えたかったのだと思う。


「……一人前、か」


暗闇の中で、カラスの声を思い出す。

彼女は俺の魔力の質を「いい燃料だ」と、技術ではなくその根源的な部分を評価した。

それは、家柄や身分を剥ぎ取られた俺にとって、今の自分が持っている唯一の価値を認められたような、不思議な充足感だった。


(もっとこの特性を理解しなきゃな。この『光』をどう制御するか……それが、俺の生きる道なんだから)

(それに、いつまでも「坊っちゃん」扱いは御免だ。

俺の魔法剣をもっと完璧に使いこなしてみせる。そしてカラスに、あいつの口から、ちゃんと「アルフレッド」と呼ばせてやる)


それが、今の俺の小さな、けれど確かな目標だった。

俺は自分の右手を握りしめ、明日への活力を蓄えるようにゆっくりと目を閉じた。





 

翌日。

心地よい疲労感を残して目を覚ました俺は、まずギルドへと向かった。

カラスが言っていた「森の異変」が気になっていたからだ。

ギルドの掲示板の前には、昨日よりも多くの冒険者が集まり、ざわざわと落ち着かない空気が漂っていた。


「……やはり、大規模な調査依頼が出たか」


掲示板の中央には、赤縁の依頼書が張り出されていた。

迷い子たちの森(ロスト・ウッド)の深部調査】。ランクB以上のパーティ限定――。

昨日の今日で、ギルドの動きは早い。あの優しそうな受付嬢も、今日は険しい表情で何人ものベテラン冒険者に説明を繰り返している。

俺は自分の身の丈に合った依頼を探そうと視線を巡らせた。

すると、背後から聞き覚えのある、低く落ち着いた声がかけられた。


「おい、坊っちゃん。掲示板を眺めていても、金は降ってこないぞ」


振り返ると、そこには昨日と変わらぬ黒装束と仮面を纏ったカラスが立っていた。


「カラス! あんた、今日もいたのか」

「私はあれから少し調べていたんでね。……お前、これから暇か? 森の調査はベテラン共に任せるが、それに伴って街の周辺に『押し出されてきた』魔物の間引き依頼が山積みだ」


彼女は手元の数枚の依頼書をひらつかせた。


「報酬はそこそこだが、お前の魔力特性を試す練習台には事欠かない。……どうだ、昨日の続きをやる気はあるか?」


カラスは仮面の奥で、試すように俺を見つめている。

俺は一瞬だけ、自分の小剣(ショートソード)の手入れ具合を確認し――、


「……ああ、喜んで。ただし、今日の俺は昨日よりしつこいぞ」


俺の答えを聞いて、彼女は「ふん」と鼻を鳴らした。

昨日よりは少しだけ、その鼻鳴らしに親愛の情が混じっていたような気がして、俺は自然と口角を上げた。

俺たちの二日目の共闘が、ここから始まった。


「いいか、坊っちゃん。今日は昨日よりも効率を重視しろ」

「……分かってるよ。あと、そろそろ坊っちゃんはやめてくれって」

「一人前になったらな。さあ、行くぞ」


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