第十七話
「ところでよ、アルフレッド」
話が一段落したところで、大柄なガロが机に肘をつきながら俺の顔を覗き込んできた。
「挨拶も済んだことだし、お前らのパーティ名を聞かせろや。遠征中の連携の合図でも、パーティ名で呼んだ方が早ぇからな」
「え……? ああ、パーティ名、ですか……」
脳裏にパーティ登録時の会話が浮かび上がる
――「常闇を這う怨哭の夜鴉……あるいは、終焉の黒炎と血の契約というのはどうだ? 」
俺は思わず言葉に詰まり、隣のカラスと視線を交わした。カラスは他人事のように前髪の奥でパチパチと瞬きをしている。
「……いや。実はまだ、決めてなくて」
「はぁ!?」
ガロが文字通り呆れ返った声を上げ、レオンやセシルたち『白銀の風』の面々も一斉に呆れや驚きの仕草をする。
「おいおい、Cランクへの遠征に挑もうってのに、パーティ名もなし一匹狼気取りかよ? ギルドの登録、どうなってんだ」
「す、すみません。俺、そういう格好いい名前とかを考えるの、本当に苦手で……。それに、カラスが……」
俺はそこまで言って、昨夜の『聖液の短剣』という衝撃的な文字列を思い出し、頭痛をこらえるように額を押さえた。
「カラスに案を出してもらったことはあるんですけど……全部却下せざるを得なくて」
「お前が優柔不断なだけだろう、アルフ」
カラスは腕を組み、不満げに口を尖らせた。
「私の命名のどこに不満がある。どれも呪術的に理に叶った、由緒正しき名前ばかりだ。では、新しく考えてやろう……そうだな、『冥府の這行者』。あるいは『|血塗れの鴉と生贄の剣《ブラッディ・レイヴン・アンド・サクリファイス》』。シンプルに『生体代償』なども語感が良くてお勧めしたのだが」
「……」
「……」
会議室が一瞬で静まり返った。
ガロは引きつった笑いを浮かべ、セシルは引き気味にレオンの後ろへ隠れ、弓手と軽戦士の男たちも全力で目を逸らしている。
カラスがいつも通り大真面目な顔(見えないが、雰囲気で分かる)で恐ろしい名前を並べるものだから、周りの男たちの視線が、一斉に俺への深い同情へと変わっていくのが分かった。
(お前、いつもこんなのと一緒にいるのか……?)という無言のメッセージが痛いほど伝わってくる。
すると、それまで書類を整理していた受付係の女性が、苦笑しながら会話に入ってきた。
「アルフレッドさん、カラスさん。冗談はさておき、今回の合同遠征の書類ともなるとパーティ名の記載はしておきたいのですよ。そろそろ正式に決めていただけると、ギルドとしても非常に助かるのですが……」
「うぐっ……そうですよね……」
カラスの恐ろしい対案のせいで絶望的な同情の視線を向けられる中、俺は意を決して、ゴクリと唾を呑み込んだ。
カラスにめちゃくちゃな名前を押し付けられる前に、俺なりに物語に出てくる英雄譚などを参考にして、二人の絆を意識したとっておきの名前を、実は徹夜で考えてきていたのだ。今出すしかない。
「ええと……それなら、俺が考えてきた名前があるんです。『暁の寄り添い星』、っていうのはどうでしょうか! どんなに深い闇の夜であっても、必ず夜明けを告げる光の星が隣にいる……みたいな意味を込めてみたんですけど……」
俺は期待と羞恥を半々にして周囲を見回した。
――だが、返ってきたのは、先ほどのおぞましい沈黙とは全く違う、何とも言えないニヤニヤとした生温かい沈黙だった。
ガロはにやけ面を隠そうともせずに豪快に髭をなで、レオンはどこか感心したように、それでいて楽しげに微笑んでいる。セシルにいたっては「わぁ、なんかロマンチック……!」と頬を上気させていた。カラスの物凄い呪詛名からのギャップも相まって、完全に「相棒への熱烈なポエム」と受け取られ、キラキラした空気に場が包まれてしまったらしい。
「あー、なんだ。おいおいアルフレッド、随分とまぁ……お熱い名前を引っ提げてきたじゃねえか。なぁ、レオン?」
「うん、若者らしくてとても情熱的で素敵だと思うよ。これは隣の彼女がどんな格好いい反応(お返し)を返してくれるのか、期待が高まっちゃうね」
ガロたちがニヤニヤしながら、カラスの出方に期待するような視線を向ける。俺が顔から火が出そうなほど恥ずかしくなってガックリと肩を落としていると、隣で腕を組んでいたカラスが、ぴくりと肩を震わせた。
「……却下だ」
静かだが、ひどく冷徹な声が響く。カラスはあえて声を荒らげることなく、しかし深く下ろした前髪の奥から、あからさまに不機嫌な視線を俺へと向けてきた。
「却下、断固として却下だ、アルフ。何が寄り添い星だ……。そんな旅芸人の一座のような軟弱かつ甘ったるい名前など、呪術の加護が曇る。お前がそんな、その……気恥ずかしい名前を平然と口にするから、話が余計に拗れるのだ」
感情を押し殺して淡々と論破しようとしているようだが、よく見ると彼女の耳の裏は真っ赤に染まっており、組んだ指先がわずかに微震えている。周囲の生温かい視線を必死に無視し、呪術士としての冷静さを保とうとして、逆に不満と拒絶が露わになってしまっているのが丸分かりだった。
カラスの頑なな態度に、俺が「いい名前だと思うんだけどな……」と小さく食い下がり、二人の間で微妙な空気の押し問答が始まりかけた、その時。
それまで顎に手を当てて楽しげに二人の様子を見ていたレオンが、ふっと爽やかな笑みを浮かべて手を挙げた。
「ならさ、俺から一つ提案してもいいかい?」
「え? ぜひ、お願いします!」
救いの神を見る思いでレオンを見ると、彼は俺とカラスを交互に見指しながら、滑らかな口調で語り出した。
「君は、あの眩い光刃を放つというヴァランシエル家の魔法剣の使い手だ。そして彼女は、夜の闇に紛れる黒鴉の呪術士。光と闇、白と黒――だったら、それにちなんで『白夜の黒翼』なんてどうかな? 互いの特徴を補い合う、いい名前だと思うんだよね」
「白夜の、黒翼……」
俺はその名前を口の中で繰り返した。
実家の魔法剣の輝きと、俺を影から、そして隣で支えてくれるカラスの存在。厨二病じみた禍々しさもなく、かと言って気取りすぎてもいない。何より、あの最悪なネーミングをすべて回避できている。
「……すごく、いい名前だと思います! レオンさん、ありがとうございます!」
俺がパッと表情を明るくすると、カラスは腕を組んだまま、深く下ろした前髪の奥で何事かを低く呟き始めた。
「……白夜、か。かつて月神が地上の闇をすべて集めて夜を統べようとした際、審判神がその偏りを正すため、己の天秤を半分だけ夜へと貸し与えて『均衡』を保ったというあの古い逸話……。月と審判、闇と光の完全なる相互補完……。くっ、神話的な寓意の格としては悪くない。いや、むしろ呪術の媒介名としては『生体代償』と同等か、それ以上の因果律を内包している……」
神話の構造を呪術士の視点から分解し、ぶつぶつと独り言のように分析していくカラス。自分の不気味なネーミング案や俺のポエティックな案が綺麗に昇華された悔しさがあるのか、少々不満げに眉をひそめてはいるが、その言葉には「認めざるを得ない」といった響きが混じっていた。
「ふん……。ただの凡俗の思いつきかと思ったが、意外と理に叶った構成だな。特に強く反対する理由もない」
カラスが最後にそう言ってそっぽを向くと、ガロが机を叩いて笑った。
「よし、決まりだな! 『白夜の黒翼』、悪くねえ響きだ」
「では、登録は『白夜の黒翼』とさせていただきますね。……うん、とても綺麗で素敵な名前です!」
受付係の女性がにこやかにペンを走らせ、正式に俺たちのパーティ名が刻まれた。
カラスは「……。私の呪術の禍々しさが少々マイルドに薄められている気がするが、まあ、生体代償よりは通りが良いか」などとまだブツブツ呟いている。ひとまず最悪の事態は回避できたようで、俺は密かに胸をなでおろした。
「さて、お喋りはここまでだ」
大柄なガロが表情を引き締め、机の上に置かれた大きな地図を指で叩いた。
「お姉さん、そろそろ本題に入ってくれ。その『地喰らい』って変異種、ただの大型魔物ってわけじゃねえんだろ?」
「はい。ここからは今回の依頼の詳細、および作戦の重要性について説明します」
受付係の表情から笑みが消え、ギルド職員としての真剣な顔つきに変わる。彼女は地図の『鳴き砂の渓谷・最深部』にあたる赤いバツ印を指し示した。
「事の発端は三日前、渓谷へ採取に向かったDランクパーティからの報告でした。彼らは最深部付近で、地響きと共に『大地そのものが割れて、魔物を飲み込む影』を目撃しています。その後、周辺の魔物の生態系が完全に崩壊しました」
「生態系の崩壊?」
レオンが眉をひそめる。
「はい。通常、あのエリアに生息している影狼や岩トカゲといった魔物たちが、飢えた状態で渓谷の外縁部……つまり、人里に近いエリアへと一斉に逃げ出してきているのです。何かに怯えるように」
「……なるほどな」
俺の隣で、カラスが腕を組んだまま低く応じた。
「魔物が逃げ出すということは、それらを捕食する、あるいは縄張りを蹂躙する『圧倒的な上位個体』が最深部に居座ったということだ。しかも、地喰らいという仮称……。土属性、あるいは地中を移動するタイプの大質量生物か」
「さすがカラスさん、ご指摘の通りです」
受付係は深く頷き、数枚の被害報告書を並べた。
「斥候の追加調査により、その変異種は『超大型のワーム種』の変異個体である可能性が極めて高いと判明しました。全長は推定で二十メートル以上。さらに厄介なのは、その生態です。この魔物は、周囲の『魔力を含んだ鉱石や土壌』を文字通り喰らい尽くし、自身の外殻を常に超硬度の岩盤へと硬化・再構成しています」
「二十メートルの岩の塊が地中から突っ込んでくるってわけか……。そりゃあ並のパーティじゃ、圧殺されて終わりだな」
ガロがふてぶてしく笑うが、その目は笑っていない。
「それだけではありません」
受付係はさらに言葉を重ねる。
「外殻が削られると、奴は地中に潜って瞬時に周囲の土を喰らい、傷口を再生させます。つまり、中途半端な攻撃では、文字通り『無限に再生される』のです。完全に息の根を止めるには、地中に逃げる隙を与えないほどの波状攻撃か、あるいは外殻の再生が追いつかないほどの大火力を一撃で叩き込むしかありません」
会議室に、張り詰めた沈黙が落ちる。
二十メートルの巨体、超硬度の外殻、そして地中潜行による無限再生。
「……ふっ、確かにこれは、単一のパーティで挑むのは自殺行為だね」
レオンが髪をいじりながら、真剣な目で地図を見つめる。
「俺たち『白銀の風』の機動力だけじゃ、その巨体は止められない。潜られたらおしまいだ」
「おうよ。俺たち『鋼の轍』が正面から受け止めて地上の足止めをすることはできても、奴の再生能力を上回るほどの決定打を何度も叩き込む余裕はねえ」
ガロが俺とカラスに視線を向けた。
「そこで、三パーティ合同ってわけだ。役割を分担しなきゃ、デカクソ虫は絶対に殺せねえ」
話の流れが見えてきた。
これは足並みを揃え、それぞれの強みを完璧に噛み合わせなければ全滅もあり得る難任務だ。
「ガロさんが正面で奴の進撃を止め、『白銀の風』の皆さんが機動力を活かして地中への逃げ道を塞ぐ、あるいは注意を引きつける……。その隙に、俺たちが最大の火力を叩き込む。そういうことですね?」
俺がそう言うと、ガロとレオンは顔を見合わせ、力強く頷いた。
「話が早くて助かるぜ、アルフレッド。お前さんの魔法剣の貫通力と、後ろの姉ちゃんのえげつない呪術、あれならあのクソ硬い外殻ごと中身をブチ抜けるだろ?」
「ええ。任せてください」
俺は拳を握りしめ、隣のカラスを見た。カラスは前髪の奥で、小さく不敵な笑みを漏らした。
「地中の魔力を喰らって再生する肉体か……。ならば、その結合している魔力の流れを私の呪術で狂わせれば、一時的に再生は止まる。そこへアルフが最大出力を叩き込めば、岩塊ごと消し飛ばせるだろう。……ただ、昨夜作ったあの『聖液――』…んぎっ、…んん…ッ!?」
不意に信じられない単語がカラスの口から飛び出そうになり、俺は脳からの命令を待たずに身体を動かしていた。文字通り跳びかかるようにして、カラスの口を両手で全力で塞ぎにいく。
「な、ななな何を言い出すんだお前は!!」
「んぐ、んんーっ!?」
突然口を強引に抑え込まれたカラスが、目を丸くしてジタバタと暴れる。
ガロやレオン、果ては受付係のお姉さんまでが「おいおい、急にどうしたんだ?」と、完全に正気を疑うような目で俺を見つめていた。
「あ、アハハ! いや、なんでもないです! ちょっとうちの呪術士の妄言を止めようと……!」
俺は引きつった笑みを周囲に振りまきながら、カラスの耳元に顔を極限まで近づけ、蚊の鳴くような、だけど必死の声をひそひそと注ぎ込んだ。
「(おいカラス! 頼むからその名前は出すなよ!? 公共の場で、しかも他のパーティの前で『聖液の短剣』なんて言われたら、俺は二度と冒険者ギルドの敷地を踏めなくなる!!)」
必死の形相で懇願すると、カラスは前髪の奥の目をパチパチと瞬かせ、ようやく合点がいったように小さく頷いた。俺がそっと手を離すと、彼女は乱れた衣服を軽く整え、コホンとわざとらしい咳払いを一つ。
「……取り乱した。とにかく、強力な武器のあてはあるんだが二十メートルの巨体を相手にするには少々間合いが浅いと言いたかったのだ」
カラスは何事もなかったかのように表情を取り繕うと、受付係の女性へと視線を戻した。
「――それで、出発までにまだ時間はあるか? 奴の魔力ラインをより確実に遮断するため、今回の魔物用に最適な呪具を新しく作っておきたいのだが」
カラスの言葉に、受付係は手元の時計を確認して頷いた。
「はい、遠征の出発は明日の早朝を予定しています。今日一日は各自、準備の時間に充ててください」
「十分だな。アルフ、行くぞ。素材の調達と仕込みを行う」
カラスはそう言って俺の腕をぐいと引っ張り、会議室の出口へと歩き出す。周囲のパーティからは「お、おう、明日な……」「仲が良いのか悪いのか分からんコンビだな……」と苦笑交じりの声が漏れていた。
こうして、変異種『地喰らい』の討伐に向けた準備のため、俺たちは大急ぎでギルドを後にするのだった。




