表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/21

第十三話

数日後、カラスの足取りはすっかり以前の力強さを取り戻していた。

宿を出てギルドへ向かう道中、アルフは隣を歩く彼女の姿にどこか落ち着かないものを感じていた。療養中の彼女は、邪魔な黒髪を紐で後ろに一本に縛り、その整った素顔を隠すことなく晒していた。だが、今目の前にいる彼女は、縛っていた髪を解き、長い前髪を深く下ろして顔の半分以上を隠している。


「……なあ、仮面はつけないのか? それに、なんでそんなに顔を隠すんだ」


歩きにくそうに俯き加減で進むカラスに、アルフがたまらず問いかけた。カラスは前髪の隙間から、相変わらず鋭い、けれどどこか居心地が悪そうな視線をアルフに向けた。


「仮面なら、死んではいないが深い眠りについているよ。一見なんともなさそうに見えるだろうが、あの夜に呪力を絞り尽くしたせいで内側はボロボロだ。いくつか亀裂も入っていて、今はとても使い物にならん」


彼女は腰に下げた、今は沈黙している『夜鴉神の仮面』を愛おしそうに、あるいは悔しそうに指先でなぞった。


「それに、顔を隠すのは私の勝手だ。……素顔を晒して歩いてみろ。お前のような若造や、力自慢の男どもに舐められるのがオチだ。過去に何度も、そのせいで不快な思いをしてきたからな。呪術士としての威厳を保つには、これくらいが丁度いい」

「……別にいいと思うけどな。あんたがどんな顔をしてようが、俺はもう舐めたりしないし。むしろ、今のままの方が……」


可愛い、という言葉をアルフは辛うじて飲み込んだ。だが、カラスは彼の視線を遮るように前髪をさらに指で整え、冷たく言い放つ。


「黙れ。私はこのまま行く。文句があるなら一人で先に行け」


頑なな態度にアルフは「分かったよ」と苦笑し、彼女の歩調に合わせて歩き続けた。

ギルドに到着すると、騒がしい酒場併設のホールを抜け、二人は受付カウンターへと向かった。昨日の今日ということもあり、アルフの決意は固まっている。




「パーティの登録と、Dランクの昇格依頼を受けに来た」


俺がそう告げると、受付の女性は一瞬だけ意外そうに目を見開いた。だが、すぐさま俺の背後に立つ「前髪で顔を隠した不気味な女性」が、先日運び込まれた呪術士であることを見抜いたのだろう。


「……そうですか。ようやく決まったのですね」


彼女はどこか含みのある、慈しむような笑みを浮かべた。その視線に、俺は「別に変な意味じゃないんだけどな」と頬を掻き、カラスは居心地が悪そうに前髪の隙間からギルドの天井を睨みつけている。


「では、パーティ登録の手続きを。……リーダーはどちらが務めますか?」

「そりゃ、カラスだろ。経験も実力も上なんだし」


俺が当然のように隣を向くと、カラスは即座に首を振った。


「断る。私は人を率いるなど性に合わん。呪術士は後ろで糸を引くものだ。……泥の中に足を踏み入れ、矢面に立つのはお前の仕事だろう、アルフ。リーダーは、お前がやれ」

「え、俺が……? でも、まだ新人に毛が生えたようなもんだぞ」

「だからこそだ。責任を持って私を支えろと言っている。……お前に任せる」


有無を言わせぬ口調に、俺は観念して「分かったよ」と頷いた。受付の女性は、俺たちの関係性を楽しんでいるかのように微笑みながら、さらさらとペンを走らせる。


「かしこまりました。では、パーティ名はどうなさいますか?」


受付の女性がペンを構えて尋ねると、俺は「あー……」と声を漏らしたまま硬直してしまった。

パーティ名。冒険者として一生背負っていくかもしれない、組織の看板だ。だが、昨日からカラスの看病と自分の覚悟のことで頭がいっぱいだった俺は、そんな重要なことを1秒たりとも考えていなかった。


「……悪い、何も考えてなかった。カラス、何かいい案はあるか?」


助けを求めて隣を向くと、カラスは待ってましたとばかりに、前髪の隙間の瞳を怪しくギラつかせた。

「ふん、そうだな………、呪術士の威厳と我らの行く末を示すに相応しい、至高の銘があるぞ」

彼女は誇らしげに胸を張り、朗々とその名を口にした。

常闇を這う怨哭の夜鴉ダークネス・ネクロ・レイヴン……あるいは、終焉の黒炎と血の契約ジ・エンド・オブ・エクリプスというのはどうだ? 世界のことわりの裏側を歩く我らに、これ以上なくお似合いだろう」

「却下だ」


俺は即座に、全力で首を振った。


危ねえ。めちゃくちゃ禍々しいし、何より聞いてるこっちの耳の奥が痒くなるほど痛々しい。そんな名前、ギルドの掲示板に張り出されたり、受付で大声で呼ばれたりしたら恥ずかしさで街を出ていきたくなる。


アルフが必死の形相で拒絶していると、受付の女性もまた、笑顔のまま一切ペンを動かそうとしなかった。それどころか、カラスが気づかない角度で、そっと目を細めて「それは絶対にやめておきなさい」と無言の目配せを俺に送ってきている。ギルドのプロから見ても、カラスのネーミングセンスは相当にまずい領域らしい。


「カラス、そういうのはちょっと……もうちょっと普通のでいいんだよ。あ、あの、ちなみに他の皆さんはどんなパーティ名にしてるんですか?」


本当に名前が浮かばない俺は、すがるような思いで受付の女性に尋ねた。彼女は困ったように小さく笑いながら、いくつかの例を挙げてくれる。


「そうですね……。ご自身の使われる武器や魔法から取って『赤き烈火の剣』とされたり、目標を掲げて『富への到達者』とされたり、あるいは単にお互いのリーダの名前をとって『ガッツと仲間たち』のように、分かりやすいものが一般的ですよ」

「なるほどな……」

「ふん、凡俗どもの集まりだな。私の傑作の銘を理解できんとは、センスのない男だ」


カラスは前髪の奥で不満げに唇を尖らせ、ふいとそっぽを向いてしまった。だが、受付の例を聞いても、しっくりくる名前はすぐには出てこない。一生モノの名前を、この場で妥協して決めるのも嫌だった。


「……すみません、いい名前がどうしても出てこなくて。一旦、保留のままで登録ってできますか?」

「はい、問題ありませんよ。パーティ名は後からでも変更可能ですから、じっくりお二人で話し合ってみてくださいね」


受付の女性は、俺たちのやり取りを微笑ましそうに見守りながら、さらさらとペンを走らせた。


「では、パーティ名『未定』、リーダー・アルフ様で登録いたしました。では、併せてDランクへの昇格依頼を提示します」


カウンターに置かれたのは、古びた羊皮紙の依頼票だった。


【Dランク昇格依頼:街道の影払い】

依頼内容:街の北西に位置する「鳴き砂の渓谷」にて、最近多発している影狼(シェイドウルフ)の群れを討伐し、その証拠として『影の核』を3つ持ち帰ること。

概要:影狼は物理攻撃が通りにくい性質を持つが、強力な魔力や属性攻撃には脆い。パーティとしての連携と、特殊個体への対応能力を測る。

期間:受領より3日間。


「影狼か。物理が通りにくいって話だけど……むしろ俺にとってはいい獲物だな」


依頼票を覗き込み、俺は不敵に笑った。俺には魔力を剣に纏わせる魔法剣の技術がある。影のような実体の希薄な敵こそ、その力が最も発揮される相手だ。


「ふん、頼もしいことだ。一応言っておくが、アルフ。これはお前の昇格依頼だ」


カラスは前髪の隙間から俺を射抜くような視線を向け、釘を刺すように言った。


「依頼の条件を達成するまでは、私はあくまでサポートに留めるつもりだ。お前が一人前の冒険者として認められるための試験だからな。死にそうにでもならない限り、手は貸さんぞ」

「ああ、分かってる。あんたの手を借りるまでもなく、サクッと終わらせてみせるよ」

「……言ったな。その威勢、現場で泣き言に変わらぬよう精々励むことだ」


俺は力強く応じると、依頼票を掴み取った。不器用な信頼と、それを背負う覚悟。俺たちの、正式なパーティとしての新しい物語が、今動き出した。




「よし、じゃあ行くか!」


依頼票を大事に懐にしまい込み、意気揚々とギルドの出入り口へ向かおうとした俺の襟首を、後ろからぐいと引っ張る手があった。


「……おい、待て。どこへ行く気だ、アルフ」


カラスの低く、妙に据わった声が鼓膜を叩く。振り返ると、前髪の隙間から覗く彼女の瞳が、じっと俺を値踏みするように見つめていた。


「どこへって……依頼を受けただろ? 準備してさっさと現場に――」

「馬鹿者。これだから視野の狭い若造は困る」


カラスは深くため息をつくと、俺の襟首を掴んだまま、あろうことかギルドの一般依頼掲示板の方へと俺をずるずると引っ張っていった。


「いいか、よく考えろ。渓谷へ行くのだろう? ならば、その道中や現地でついでにこなせる効率の良い採集依頼や、簡単な間引き依頼もまとめて受けていくのが鉄則だ。わざわざ一往復で一つの仕事しかしないなど、時間と金の無駄以外の何物でもない」

「あー……」


掲示板に並ぶ依頼票を素早く品定めし始めたカラスの横顔を見ながら、俺の出かかった意気込みは綺麗に霧散していった。

忘れていた。この人、こういう奴だった。

見た目は年相応の綺麗な女性でも、中身は経験豊富で、何より金銭や効率に対して異常なまでに貪欲な、あのリアリストな呪術士のカラスのままだ。


「……なぁ、カラス」

「なんだ。今、割のいい薬草の依頼を見つけているところだ。話しかけるな」

「いや、一応確認なんだけどさ。その、ついでに受ける方の依頼も……あんたのサポートは無しで、俺一人でやる感じなのか?」


俺の問いかけに、カラスはピタリと手を止め、信じられないものを見るような目で俺を振り返った。


「何を馬鹿なことを言っている。そっちはお前の昇格試験とは何の関係もない、純粋な我がパーティの稼ぎだろうが。私が全力を出さない理由がどこにある?」

「……あ、やっぱり全力なんだ」

「当然だ。一銭たりとも無駄にはせん。……よし、この『渓谷の特産苔の採取』と『道中の毒虫の間引き』、これもひったくっていくぞ。おいアルフ、受付へ持って行け」


次々と剥ぎ取られた依頼票を押し付けられ、俺は苦笑するしかなかった。

だけど、さっきまで一人で背負い込もうとしていた昇格へのプレッシャーが、彼女のいつも通りの強欲さのおかげで、少しだけ軽くなったような気がした。


「分かったよ。じゃあ受付を通してくる。……そんなに仕切りたいなら、いつでもリーダーの座は譲るからな?」


俺はちょっとした皮肉を込めてそう言い残し、追加の依頼票を抱えて再び受付カウンターへと向かった。カラスは前髪の隙間から「ふん、誰がそんな面倒な」と忌々しげに呟いていたが、俺は聞こえない振りをすることにした。

追加の手続きをサクッと終わらせ、俺たちはその足で街の北西にある「鳴き砂の渓谷」へと向かった。





道中の毒虫の間引きや、渓谷での特産苔の採取といったカラスの「全力サポート」が入る依頼は、文字通り一瞬で片付いた。カラスの放つ容赦のない呪術や、俺の魔力を呪術付与した短剣の投擲を前に、獲物たちは悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。


そして、俺の昇格試験の本番である影狼シェイドウルフの討伐も、驚くほどあっさりと決着がついた。


「ハッ!」


魔力を込めた俺の魔法剣が、漆黒の毛並みを持つ狼の体を一刀両断にする。物理攻撃が通りにくいとされる影狼だったが、俺の刃は柔らかいバターを切り裂くようにその核を捉えた。

カラスは約束通り、渓谷の岩場に腰掛けて退屈そうに爪を眺めているだけだったが、俺一人でも何の問題もなかった。

向かってくる群れの動きを冷静に見極め、流れるような連撃で次々と切り伏せていく。

ものの数十分で、俺たちの前には、証拠品となる『影の核』が転がっていた。


「……終わったぞ。これで3つ目だ」


剣の血を払い(実体のない影狼なので血はついていなかったが)、俺が核を拾い上げると、カラスはよっこらしょと岩場から立ち上がった。


「ふん、まあまあだな。少しは足運びに無駄がなくなってきたではないか」

「ありがとよ。……でもさ、あの時のロックスクイレルの群れに比べれば、はるかに楽だったな」


俺がしみじみと呟くと、カラスも前髪の奥で小さく同意するように頷いた。


「当然だ。あの岩地栗鼠どもは、数が揃えばBランク相当の脅威だからな。それに比べれば、あの程度の数の影狼など、お前の魔法剣の格好の餌食でしかない。……さあ、用が済んだらさっさと街に戻るぞ。ギルドに実績を認めさせて、新しい私の獲物の軍資金にするのだ!」


相変わらずの現金さに苦笑しつつも、俺は確かな手応えを感じていた。

カラスの背中を追うための第一歩は、これ以上ないほど順調に踏み出せたようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ