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第十四話

街への帰り道、渓谷の乾いた風を浴びながら、俺たちは並んで歩いていた。

俺の魔法剣の手際がよほど印象に残ったのか、カラスは前髪の隙間から時折こちらを値踏みするように見ながら、唐突に口を開いた。


「おい、アルフ。お前、さっき影狼の討伐を楽だったと言ったな。なぜか分かるか?」

「え? 相性が良い相手だったし、俺の魔法剣の威力が上がったからじゃないのか?」


俺が聞き返すと、カラスはふんと鼻で笑って人差し指を立てた。


「それもあるが、本質は違う。……まぁ、あくまで私の推測だがな。あのロックスクイレルの夜、お前は私の呪術の奔流に耐えながら、無理矢理に特大の魔法剣を形成させられただろう。あの異常な超高出力の魔力制御を、お前の肉体と感覚が覚えていたのではないか、ということだ。だからさっきのような少数の影狼程度、ただのお遊びの出力で完璧にコントロールできた……確証はないが、あの極限状態を経験したからこそ、お前は成長したのだと私は見ている」

「なるほどな……。あの極限状態を経験したから、普段の魔法剣が楽に感じたのか」


俺は自分の手のひらを見つめ、数日前のあの戦いを思い出していた。あの時は必死だったが、確かに俺の魔法剣はあの夜を境に、一段上の領域へ進んだ感覚がある。


「……なぁ、カラス。一つ聞いていいか」

「なんだ」


歩調を合わせながら、俺は胸の奥でずっと燻っていた疑問を口にした。


「あんた、なんで俺と正式にパーティを組もうなんて言ったんだ? ……魔力の相性がいいってだけなら、それこそ呪術付与の実験の時だけ協力し合うような、一時的なビジネス関係でもよかったはずだろ。あんたの戦力なら、もっと上のランクの奴と組んだってよかったはずだし」


俺の問いかけに、カラスはピタリと足を止めた。

乾いた風が吹き抜け、彼女の長い前髪を揺らす。カラスは何かを言いかけ、しかし喉の奥で言葉を飲み込むようにして、言いづらそうな長い沈黙を落とした。

やがて、前髪の隙間から少しだけ不機嫌そうに、けれどどこか真剣な瞳を俺に向けて、ぽつりと言った。


「……お前を、このまま死なせたくなかったからだ」

「え……?」


予想外の言葉に俺が呆然としていると、カラスはふいと視線を遠くの空へと逸らし、静かに言葉を続けた。


「初めて一緒に依頼を受けたゴブリン戦のとき、お前は数多くの敵を前にしても、冷静に周囲を観察して戦略を練れていた。……だが、先日のロックスクイレルの群れのときは違ったな。あの新人冒険者たちの姿を見た瞬間、お前は自分の実力も、絶望的な戦力差も顧みず、迷いなく助けるという選択をして地を蹴った。……お前は戦術的には大馬鹿者の自殺志願者だ。見ていて危なっかしくて仕方がない。だが……」


カラスはふいと顔を背け、歩みを再開した。その耳たぶが、ほんの少しだけ赤くなっているのが見えた。


「絶望的な差があっても、それでも誰かを助けに行ける。そんなお前の隣にいるのも、悪くはないと思えたのだ。……それだけだ。これ以上は何も言わん」

「……そっか。ありがとよ、カラス」


不器用な彼女が打ち明けてくれた、俺への心配と信頼。


彼女の足を引っ張るだけじゃないかと悩んでいたけれど、俺のあの無鉄砲な選択が、彼女に「一緒にいたい」と思わせるきっかけになっていたのなら。

貴族の地位なんてなくとも、この力と、この相棒がいれば、いつかあの初代のような本物の冒険者に辿り着ける――そんな確信が、歩く足取りをいっそう軽くしてくれた。


ギルドに戻ってDランクへの昇格手続きを無事に済ませた俺たちは、その足でまた別の依頼を受けることにした。今度は渓谷のような遠出ではなく、街の近場での簡単な魔物間引きの仕事だ。





作戦会議を兼ねて宿の部屋に戻った俺たちは、今回の魔物間引きの依頼に向け、新しい戦術の実験を試みることにした。

狙うのは、俺の純粋な魔力と、カラスの呪術による「武器への魔力付与エンチャント」の検証だ。属性変換を挟まない俺の魔力は、カラスの呪術の術式とも抜群に噛み合うはずだった。


「よし、カラス。頼む」


俺が私物の小ぶりな投擲用短剣を机に並べると、カラスは前髪の隙間から目を細め、呪術の詠唱と共にその細い指先を刃に這わせた。

じわじわと、短剣の表面に淡い光を帯びた魔力の膜が形成されていく。


「ふむ……」


カラスは短剣を手に取り、その手応えを確かめるように軽く振った。


「やはりお前の魔力を触媒にした付与は、驚くほど定着が良いな。魔力の性質そのものに余計な雑味がないから、私の術式をただの鉄の刃が素直に受け入れている。投擲用であっても、これなら十分に物理耐性のある魔物の装甲をぶち抜けるだろう」

「さすがだな。俺が自分で魔力を流し込もうとしても、刃の表面で霧散しちまうのに……。やっぱり『付与』として固定するのは、あんたの呪術じゃないと無理か」

「当然だ。現象をそこに『縛り付ける』のは呪術の領域だからな。……さて、ならば次は比較実験だ。アルフ、いつもの魔法剣の要領で、その短剣に直接魔力の刃を形成させてみろ」


俺は頷き、いつもの愛剣ではなく、カラスが呪術を付与したのとは別の、もう一本の予備の短剣を抜いた。

目を閉じて体内の魔力を練り上げ、変換の工程を省いてそのまま刃へと一気に流し込む。一瞬で、短剣の刀身を覆うように鋭利な魔力の刃が物質化するように膨れ上がった。


「おい、宿の備品を壊すな」とカラスに頭を小突かれ、慌てて出力を抑える。触れてもいない机の木面が、俺の魔法剣の圧力だけでうっすらと焦げ目を帯びていた。

「どうだ? 見た目は似たようなもんだけど」

「いや、全く違うな」


カラスは俺の魔法剣の刃と、さっき自分が呪術を付与した短剣を交互に見比べながら、熱心に観察を始めた。


「お前が今やった魔法剣は、お前自身が魔力の供給源であり、制御装置だ。威力と発動の速さは凄まじいが、お前が意識を離せば一瞬で消える。対して、私の呪術で付与した方は、お前の魔力をあらかじめ刃に『定着』させてある。お前が制御を意識し続けなくても、投げて手元を離れた後すら威力が維持されるのだ」

「なるほど……。一瞬の爆発力なら俺の魔法剣、手数の多さや遠距離攻撃ならカラスの付与短剣、ってわけか」


色々と比較していくうちに、自分たちの連携の応用範囲が、想像以上に広いことが分かってきた。一人前の冒険者として世間に認められるためには、ただ剣を振るうだけでなく、こうした手数の多さも武器になるはずだ。


「くく、いいぞアルフ。その調子で私のサポートに相応しい手駒になれ。……だが、これだけお前の魔力と私の呪術の親和性が高いとなると、もう一歩踏み込んだ実験をしたくなるな」

「もう一歩って?」


カラスは不敵に笑うと、机の上に怪しげな小瓶や薬草の束を並べ始めた。

ここから、俺たちの日常には明確な「二つの目的」が据えられることになる。

一つは、俺が一人前の冒険者として世間に認められるため、最速でCランクへ這い上がること。

そしてもう一つは、あのロックスクイレルの群れを壊滅させたような大呪術を、カラスが「身を削る以外の方法」で再現するための研究だった。


「……おい、アルフ。動くな」

「痛っ、少しは手加減してくれよ」


カラスが俺の指先から小さな針でほんの数滴の血を搾り取る。

彼女の研究室と化した部屋の小瓶には、俺が魔力を込めた小石だけでなく、俺の「髪の毛」や「爪の切り屑」が分けて並べられていた。


「文句を言うな。お前の魔力は、私の呪術の術式と驚くほど相性がいい。ならば、その魔力が色濃く残るお前の身体組織は、私の呪術の最高の『代償』、あるいは『触媒』になり得るはずなのだ」


前髪を邪魔そうに払いながら、カラスは俺の血を怪しげな液体が入ったフラスコに落とす。シュワリと青い煙が上がり、部屋に甘苦い匂いが満ちた。


「あの戦いで、私は目と手の感覚を失った。あれは私自身の肉体の機能を『対価』として世界に差し出したからだ。だが……もしお前の髪や血が、私の肉体の代わりに『等価以上の対価』として認められるなら、私は無傷であの火力を引き出せる。……効率的だろう?」

「まぁ、確かにあんたが寝込まないで済むなら、俺の髪の毛くらい幾らでもやるけどさ」


俺が苦笑すると、カラスは「ふん、実にお前は都合のいい相棒(触媒)だ」と満足げに口角を上げた。


「さあ、実験の方向性は見えた。さっき受けた依頼の魔物をハントしに行くぞ。新しい付与短剣の成果、実戦で試させてもらうからな」

「相変わらず人使いが荒いな。……よし、行こうか!」


俺はカラスが呪術を付与した短剣をホルダーに収め、新しく手に入れた戦術の引き出しに胸を躍らせながら、共に再び街へと繰り出した。


そんな怪しげな研究の合間を縫って、俺たちはひたすら依頼をこなし続けた。

カラスは研究の成果を試すため、俺の髪を編み込んだ呪符や、俺の血を吸わせた触媒を実戦で次々とテストしていく。


「アルフ、東の木立に潜む魔獣の群れへ突っ込め! お前の魔力を吸わせたこの呪符で、どれだけ呪術の負荷が肩代わりできるか試す!」

「おい、実験台の扱いが雑になってないか!?」


文句を言いつつも、俺は魔法剣を形作り、魔物の群れへと躍り出た。


変換を挟まない俺の純粋な魔力は、日を追うごとにその精度を増していく。カラスが後ろから放つ呪術は、俺の髪や血を媒介にすることで、彼女自身の肉体への反動を確実に減らし始めていた。最初は小さな火花だった連携が、やがて一撃で複数を薙ぎ払う強固な戦術へと昇華していく。

俺一人でも魔法剣で圧倒し、さらにカラスの精密な付与や呪術のサポートを受けながら、俺たちはDランクの依頼を驚異的なペースで消化していった。


ギルドに顔を出すたび、受付のクールな女性職員が俺たちを見る目が変わっていくのが分かった。事務的だった彼女の対応には、次第に「確かな実力を持つ有望株」に対する敬意が混ざり始め、酒場の冒険者たちの間でも、俺たちの戦いぶりが噂になり始めていた。


「おい、あの魔法剣のガキ、もうCランクの昇格条件を満しそうらしいぞ」

「後ろの、前髪で顔を隠した呪術士の女もヤバい。あの二人、化け物か?」


背後から聞こえるそんな囁き声に、俺は自分の目標へと確実に近づいている手応えを感じ、胸の内で小さく拳を握りしめた。かつて家を飛び出してきた時のおこがましい夢ではない。今、俺は自分の腕と、最高の相棒と共に、一歩ずつ世間にその存在を証明しつつあった。

こうして、実験と戦闘を繰り返す濃密な日々は、矢のように過ぎていった。


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