照男の秘密
「次は。竜王さんの所に行こうか?」
「まだ行くの?」
「あたまりえ」
「当たり前でしょ?」
「今のはタイポグリセミアって奴よ」
「え? なんか聞いたことがあるわ」
「膳さんのところで言ったでしょ? その時は歴史をレシキって言ってたけど、それは厳密には違ったのを思い出したのよ」
「どう違うの?」
「えっとね、例えば……
『はめじまして』
をパッと見た瞬間
『はじめまして』
と読めたり、
『ぶんょしう』
を
『ぶんしょう』
と読めちゃう現象」
「初耳よ。なんでそんなこと知ってるのよ?」
「まあまあ、その辺は今までの話の中で分かるでしょ? でね、この共通点は、なんだかわかる?」
「初めましてと文章の共通点? 5文字?」
「違うよ! 初めましては6文字でしょ!」
「分からないわ」
「始めと最後の文字は動いていないってこと。真ん中を入れ替えているというところよ。それでも読めてしまう現象ね。おばさんはこの屋敷の歴史はすごいって言いたかったけど、それをレシキって言っていたでしょ? それでは該当しなかったの。二文字や三文字じゃ出来ないってことね」
「よく分かったわ。で、でも何で今それを?」
「噛んじゃった時に使える言い訳なのよ」
「ああ、姉さんって絶対に負けを認めないもんね……だからもしそうなった場合の逃げ道を用意するために、どうすればいいか考えて、その結果そんな知識まで身に付けているってことなの?」
「ぶしょんう。あ、間違えちゃった……ぶんしょうでした、すいません。が、一般人。ぶしょんう、これはね? これこれこういう理由でぶんしょうって読めるの。これが有名なタイポグリセミアなんだよ? いい勉強になったでしょ? が超越人ってこと」
「想像を絶するわ……たしかにそれでも読めるし、噛んだ直後にそれを知っていれば聞いてもいない豆知識をひけらかすこともできて一石二鳥ね……そこまで先を見据えるって相当賢いわよ? 相当言葉に関しては勉強しているのね……こんなの3歳の時の姉さんにも勝てそうにないわ……姉さんの情報を更新する度に恐怖が増していくわ……でも噛まない様には努力しないのねw……って、読めるってなあに?」
「うっかりしてたわ。読むんじゃない。私の間違いよ。でも誰にだってミスはあるし、噛むことで喜ぶ特定の層が居てね……って、何でもないわ」
そうなのだ。噛む→言い直す=仲間が増える=文字数稼ぎなのだ。アリサはどんどん成長しておる。
「そう……でも、一言だけ」
「なんなのよ」
「今更だけどアリバイを調べても意味あるのかしら?」
「え?」
「兄さんって消えててどこにいるか分からないじゃない?」
「うん」
「で、生徒を集めて幽霊が居ないって説明してた時、毒の塗られたマントの影響で倒れたって言っていなかった?」
「そうよ! それが一番有力ね。変なシミがマントについてたし」
「ということは、兄さんが発見された時間にアリバイがない人物を特定できても、意味がないんじゃないかなって思うのよね」
「ああ……そうだわ。うっかりしていたわ」
「うんうん。その時間にアリバイがあっても、マントに毒を塗った時間を特定しないと……で、その時間のアリバイを調べた方がいいんじゃないかな? でもまだマントに毒が塗ったということも……更には、どこで塗ったのかもどんな毒かも分からないけどね」
「確かに、言われてみればそうかも……じゃあまた聞き直しじゃん……でもやるしかないよね」
「うん。で、ほとんどの人は聞いても無駄だと思うよ。毒の成分にもよるけど、毒を使っているのは料理長しかいないのよね……誰が毒をいつ入手してそれをマントに塗ったかを考えないと。本当に幽霊じゃないんだとしたらね。でも膳さんがそんなことするかしら? 私はそうは考えられないのよ」
「あの優しそうな人が……照男に対しては何も恨みなんてないよね?」
「当たり前よ!」
「そうよね……それに自分じゃないって否定してたし……誰にも恨みなんてないよ。生徒の成長を食事面からサポートしているんだよ! 毬栗もある程度知識はあるとしても奴の部屋に毒を隠せるようなところはなさそうだったし……いてて……」
「大丈夫?」
「あのことを考えると痛くなるわ……」
「無理に思い出さない方がいいわね」
「この話をしているといやでもそうなっちゃうわ」
「じゃあなるべく早く調べないとね。まずはマントの隠し場所を探さないといけないよね? 姉さん心当たりはある?」
「一個ある。でもそこはカギが掛かっていたわ」
「じゃあ父さんに借りに行こう」
「貸してくれるかしら?」
「犯人につながる可能性もあるんだよ? 多分貸してくれるよ」
「うん」
ーーーーーーーーーー照蔵の部屋ーーーーーーーーーーー
「度々すいません」
「おや? まだ聞きたいことがあるのでござるか?」
「いいえ、metamaterialという部屋に入りたくって」
「え? あの部屋に秘密があるの?」
「気づかなかったんだ。そうだよ?」
「うむ、しかし……あそこは照男の網膜スキャンか鍵でしか入れぬでござるぞ」
「え? 網膜スキャン?」
「鍵でも開けられるでござるが、網膜でも開けられるのでござる」
「すごい。でも今は網膜は警察なので鍵がほしいです」
最強の忍びを網膜呼ばわりである。
「そうでござるか。じゃが、そこに手掛かりがあると読んだのでござるな?」
「はい」
「そこまで言うのなら、飛影竜王のところに行って借りてくるでござる」
「え? 誰?」
「ああ、そういえば知らんかったな……庭の離れに鍛冶屋がある。その主に話しかけてくれ。わしから聞いたと言えば貸してくれるでござる」
「ああ、あのおっさんか……知っていました。フルネームを一瞬だけ忘れていました。聞いた時は覚えていたんですけど色々なことがあり過ぎて……」
「そうか。なら話が早いでござる」
「鍛冶屋に鍵があるんですね」
「あの男が打ってくれているのでござる」
「そうなんですか」
「何でも作れるでござる」
「確かに色々な武器も作ってたわ」
「まさかとは思うが
【アレ】
まで見ていないだろうでござるな?」
「え?」
「な、なんでもないでござる……」
「本当ですか?」(あれって何かしら?)
「もう用はないでござろう? わしも疲れたので一休みしたいでござる」
「は、はい」
ーーーーーーーー霧隠の炉ーーーーーーーーー
「おじさああん」
「お? また会ったな。賢いお嬢ちゃん」
「賢いって? 姉さん何があったの?」
「この人がどんなに頑張っても解けなかった暗号を一秒で解いたの」
「おう、感動したぜ。で、何の用だ」
「あ、またきたのか?」
倉間獅童も作業している手を止め、アリサに駆け寄る。
「あ、確か獅童君だっけ?」
「おっす」
アリサの目を見ず、手を挙げて挨拶する。
「獅童ちゃん姉さんと知り合いなんだ」
「ちゃんは止めろ!」
「だって獅童ちゃん女の子でしょ?」
「え? こいつ女の子なの?」
「ん? そうだぜ?」
そうであったか。初登場時に少年と紹介してしまったが訂正してお詫びする。倉間獅童は女子だったようだな。
「髪も短いから男の子だと思ったわ。それに獅童って男の子っぽい名前だけどね」
「別に男でいい!!」
「へんなやつ」
「こいつの両親が男の子が欲しかったらしい。で、こんな男らしい名前にしたそうだぜ」
「へえ、名前だけ男っぽくしてもねえ……え? じゃあうら若き乙女ときったないおっさんが一つ屋根の下で暮らしてるってことなの?」
「そうだ。って! こら! 汚いは余計だ! まあこいつは本館に自室があるがな。仕事が終わればそこで寝てる。俺にもあるが全く使わねえもんだから倉庫になってるぜ。どうもここが気に入っちまってよ。生活に必要なトイレとかも自分で作って暮らしてる。飯は獅童に持って来てもらってる。本来鍛冶しか出来ねえところだからな」
「引きこもりなんだ」
「いやいや、仕事がそれだけ忙しいからだ」
「へえ、まあこれからも獅童君で行くわ。そういう個人の考えを尊重できる柔軟な思考を持っている人間なので……あ、もう! 雑談しに来たんじゃないのよ。メタマテリアルの部屋の鍵を借りに来たの。照蔵さんからの許可も下りてるわ」
「ああ、あそこか。入った時、気分悪くなるかもしれねえからな。気を付けとけよ」
「入ったことあるわ」
「え? 入ったことあんのか?」
「偶然開いてた。もう2回入ってるよ」
「ああ、姉さんそこで封霊石を捨てたって言ってたっけ」
「そう。でも綺麗すぎて私物化しちゃったのよね……」
「おいおい……何でそんなにカギが頻繁に開いてるんだ? しっかり鍵してるはずだが……」
「あの部屋の管理人は照男さんでしょ?」
「おお、しってるのか」
「あの人、透明マント使って消えてるみたいよね?」
「ん? 何故それを?」
「庭に落ちてた。照男さんが倒れていた付近にね。それを見つけてそういう物があると知ったの。あの部屋の名前自体がそのマントの名前なんじゃないかなって思ってる。間違いないでしょ?」
「そこまで分かっちまったか。じゃあ仕方ねえ……」
「でも……どうやって消えるのかなあ? マントを纏ったら中の人も消えるんでしょ? 外の背景に同化して……そんなの、どうかしてるよ……その構造を知りたいなあ。照男さんは教えてくれなかったけど、良ければ教えてくれるかしら?」
「それは最重要機密事項ってやつだな」
「やっぱりね」
「すまんな。おめえ自身で解けりゃ問題ないが、俺からは一言も言えん」
「分かったわ。実際に手に持って探り当てて見せるわ。そういえばあれって普通のぬのきれに戻るんだよね。今はそれしか食堂にないけど、それを万物調査しても効果あるのかな? もしそうなら何か分かるかもしれないし。あの時は視忘れたけど今度手に取った時に調べてみるね! でもやっぱり電池切れしていないやつを見たいんだよね」
「万物調査だあ? まあ勝手にしろ」
「うん。じゃあ照男って今更だけどどういう人なの? それくらいなら言えるでしょ?」
「まあな。俺の目から見ると、照男坊は単なる次期当主ではなく、屋敷の秘密と重圧を一身に背負った、歪んだ傑作のように映っちまうんだよ」
「照男坊なんて言うんだ」
「ああ、こんなちっけえ頃から知ってる。だがな、あいつぁ、恐らく人類でも1、2を争う程に強いが、どうも引っ込み思案でな」
竜王は、鉄屑の転がる作業台に腰を下ろし、煙管に似た形の何かを咥えながら、遠い目をした。
「そんなに……」
「初めて本気の照男坊を見たのは、五年くらい前だったか。裏山の岩場で一人で修行してるって話を聞いてな、様子を見に行ったんだ。そしたら、抱えられねえほどでかい花崗岩の塊を、真剣一本で叩き斬ってやがった」
「花崗岩って、鏨でも歯が立たないくらい硬いやつだよね?」
「おうよ。しかも一太刀じゃねえ。百回、二百回と、同じ動きを寸分の狂いもなく繰り返し続けてた。汗もかいてねえ、息も乱れちゃいねえ。まるで、その動作をするために生まれてきた機械みてえだったよ。俺は思わず声もかけられずに帰ったぜ」
「それは……確かに人間離れしてるわね」
「刃こぼれ一つしねえ剣捌きだけじゃねえ。体そのものが特別製だ。少し前に、3階建ての屋根から誤って足を滑らせて落ちたことがあったんだが」
「え、大丈夫だったの!?」
「地面に降り立った瞬間、砂利がクレーターみてえに沈んだだけで、あいつは涼しい顔で
『すまんお、庭を荒らしてしまったお』
って謝ってきた。骨の一本も折れてねえ。あの時ばかりは、俺も背筋が寒くなったぜ」
「相変わらずお人よしね……」
「あいつぁ生身の人間でありながら、最も完成された
『道具』
のように見えたんだ。俺が作った武器は、他の忍者用ももちろんあるが……いや、俺が作ったっていうか……まあ、俺のとこで用意したもんだ。
最たるは照男坊用でな。ビームクナイあったろ?」
「うん、すごいデカかった」
「ああ、あれの小型の物も照男坊用に用意してあってな。あれを持たせて、試しに巨岩を切らせてみたことがあるんだが、まるで豆腐でも切るみてえに、断面が鏡みたいにツルツルだった。刃が触れた瞬間、抵抗すら感じてねえ動きだったよ」
「すげえ」
「初めて見たあのビームクナイだろうが、新開発のメタマテリアル製のマントだろうが、まるで自分の一部のように使いこなす順応力。道具に体を合わせるんじゃねえ、道具の方が、あいつに合わせて機能しちまうんだ。俺んとこの工房がどんな極秘兵器を作っても、照男坊が身につければ、すぐに
『真田行家の最終兵器』
になっちまう」
「刀でも岩を切れる照男さんが、それを手に持ったら……」
「銀河でも切り裂けちまうんじゃねえか? って、俺は半分本気で思ってるぜ。だが今は金属の刀でも十分と言って受け取ってくれねえがな」
「なんか怖いわ。そういえば視た時、岩も刀で切れる技覚えてたし、そんな奴にビームクナイ……やばくね? でも銀河を切り裂くってそこまで凄いの? 銀河って切り裂いたら何か溢れてきたりするわけ? 岩を切る剣技から一気にSF世界に行っちゃったわね」
「知らん。だが、俺が知る限り、屋敷の外にも、そして屋敷の中にいるあの四人の教師たちにも、彼に敵う者はいねえだろうな」
竜王は、灰皿代わりの空き缶に、咥えていた煙管を軽く打ち付けた。
「鍛冶場で煙草は危ないよ……」
「なんつうかイライラを鎮めるためにはこれしかねえんだよ」
「外で吸え!」
「ごめんごめん、強さっていうのは、普通、限界があるから尊いもんだ。人間、どこかで息が上がって、腕が震えて、それでも踏ん張るところに凄みが出る。だが照男坊には、その限界って部分がまるで見えねえ。照男坊は限界を1つ超えたような存在だぜ。でも誰かに見られるのは超絶苦手って感じの男だ」
「身内がそんなバケモンじゃ話し掛けづらいよね。でもそんな最強でも欠点があるってことなのね?」
「でも優しいのよ」
照代がフォローに入る。
「ああ、確か小さい頃、大女といじめられていた時に助けてくれたんだったね」
「そうそう。その時は人から姿を隠すような臆病者じゃなかったのよ?」
「そうなんだね。いつからそんなことに……」
「お嬢には分からないでしょうね。でも突然そういう物を作ってくれと依頼はあったんですよ。10年くらい前か……」
「へえ、でも
『〇〇だお』
みたいな話し方をするからそんな凶暴には見えなかったお」
「言葉遣いだけでは推し量れねえよ。で、俺は、照男坊がその強さゆえに孤独であることも知っている。照蔵さんは、照男坊を
『兵器庫の鍵』
としか見てねえ。奥にある極秘の作業場、兼保管所。あの網膜照合システムを解除できるのは、当主と、照男坊だけだ」
「え? 照蔵さんもなんだ」
「ああ、当主と長男のみがその資格を持つ。だが、屋敷の最大の収入源である軍事兵器の保管庫の守護者で、その強さはそこを守る義務に直結しているが。結婚する気配もない。4人の教師も昨日見合い時この家の財産を狙っている様子のやつも見たんじゃないですかい?」
「ああ、そういえば毬栗が結構がつがつ来てたわね」
「ええ、でも悪い気はしなかったわ」
「そうなのか。でもな? 奴らはこの屋敷の本当の財源を知らねえ。この学校の生徒の月謝程度しか知らないはずだぜ。そんなもん雀の涙だっての」
「そうなのね。ビームクナイとか売れれば一本で凄まじい金額が転がり込んできそうよね」
「おう、目玉飛び出るぜ? 親父さんは照男坊の網膜に宿るアクセス権が無くなって、所有者が自分だけになっちまったことで悲しんでいたんだと思うぜ。基本道具扱いなんだ。親父さんが心配したのは、彼自身の命よりも、彼が持っている
『鍵としての機能』
ではないかとすら思っちまう」
「いやな話ね」
「言うことも聞かず、自分勝手に修行に明け暮れている。自分の一番大事な役割を果たしてくれそうにない。
おまけにマントを作らせ姿を隠し、更に自分から離れて行っちまったのかもって悲しんでるかも知れねえ。もし照蔵さんになにかあったら開けられるのは照男坊ただ一人。だが人間的な感情がどこか欠落している。照男坊はな、金にも、女にも、地位にも、一切興味がねえ。
本来、照男坊の第一子にも同じ目を持つ者として鍵となる。だが結婚もしないからお嬢さんに書き換えることも考えているそうだ」
「それでおばさんの結婚を勧めてきたのね? で、おばさんの網膜に対応するように機械側の設定をいじればいいだけだもんね」
「ああ、照男坊はいつもフワフワと屋敷を巡回し、修行を繰り返している。まるで、
『宙に漂うタンポポの綿毛』
みたいなもんだ。誰が何を言おうと、誰が自分を狙っていようと、眼中にない。それがまた、照蔵さんを苛立たせるんだろうな。今回、毒で倒れたって聞いてな。あの最強の照男坊が倒れるなんざ、神様が全裸でタコ踊りをするくらいあり得ねえ。生身の最強の武器が、ただの重い肉の塊になっちまったもんな……」
「何? タコ踊りってw大丈夫。今は生き返って警察で取り調べ&治療うけてる」
「そうなのか……よかったぜ。お、大分長くなっちまったなあ。わりいわりい。これ、鍵だぜ」
「父さん……兄さんをそこまで道具として見ていたのね。竜王さんの話を聞いた限り、私が知っている父さんじゃなかったわ」
「お嬢さん……これも屋敷の存続のためでございます。厳しくなるのも仕方ありませんぜ」
「早く行こう」
「もう行くのか? また来い。お前用の護身用武器を作って待ってる」
竜王がそう言った瞬間、後ろで獅童が声を上げる。アリサの足がほんの一瞬止まる。
「え?」
「同世代のよしみさ。必ず来いよ? カギを返しに来る時によってくれ。それまでには作ってやる。お前は危なっかしい。そんな気がした。直感だけどな」
「……ええ」
この少女、何者なのだ? だが謎老子はアリサに事件を優先的に届けてくる。危険なことに巻き込まれる可能性は高い。彼女のこの直感は正しいのだが……いったいどんな武器を?
「じゃあね」
霧隠れの炉を後にする。




