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食堂に戻るアリサ。部屋に集まった全員に向け叫ぶ。


「みんなは瘴影丸とやらが人に毒を盛るって言う噂話をかなり信じているみたいだけど、そんな訳がないのよ」


「どうしたんですか突然?」

困惑した声が上がる。無理もない。アリサ自身、この言葉がどこまで届くか分からなかった。


「クッ……」(本当のことを言えれば一番早いのに)

アリサは最後の煉獄写しでの映像を思い出そうとした。謎老子と、照男を邪魔だと狙う誰かのチャットの内容。依頼する側と受ける側のやり取り。だから先程の事件は霊の仕業でないことは分かっている。でもそれを口にしようとすると、頭の奥に鈍い痛みが走る。しかも記憶はもうぼんやりとしていて、斉藤や直美姉さんがチームを組んでいたあの話に至っては、もうほとんど霧の中だ。


(曖昧な話を自信なさげに話したところで、誰も信じてくれない)


自分の視た瞬間を全員に見せられれば苦労はない。でもそれは出来ない。だから別の道で納得させるしかない。


論理で。


アリサは一つ息をついてから、全員の顔を見回した。


「幽霊に毒は盛れない。それだけよ」


「え?」


「考えてみて。瘴影丸は毒で人を殺して処刑された幽霊でしょ? でも幽霊って物を持てるの? 触れるの? 毒って物質よ。どこかで調達して、どこかに仕込まなきゃいけない。幽霊にそれが出来ると思う?」

ざわついていた室内は静まり返る。


「で、もし幽霊が物に触れられるなら、今頃この屋敷はもっと大変なことになっているはずよ。扉が勝手に開くとか、物が飛ぶとか。そういうことは起きてる?」

誰も答えない。


「起きていない。つまり瘴影丸はここで物理的な干渉が出来ない。毒を盛るなんて以ての外。もし今回の件が本当に毒なら、それは人間の仕業よ。絶対に」


「確かに……で、でも!」


「幽霊という概念と毒という物理的な物質の決定的な矛盾を突いていくわ。ねえあなた! 食べ物か水を持って来て」

アリサはまず、生徒たちが倒れた食べ物や水差しを用意させる。


「はい」


「ありがとう」

テーブルの上にそれを置く。


「みんな、幽霊がどうやって毒を盛ったと思う? 幽霊は非物質よ。壁をすり抜けられるわ。でも、毒は物質よ。毒を入れた容器や、毒そのものは、幽霊と一緒に壁をすり抜けることができるかしら?」


コンコン。


アリサは生徒の持ってきた食べ物の入った器やコップを手に取り、壁にぶつけてみる。


「あ、確かにそうだ」


「そうね。冷静に考えればおかしいわ」


「だ、だけどあいつは特別な幽霊なんだ! 例えばほら! 霊の成分自体が毒なんだよ! それにこの家の人間を強く恨んでいる。だから恨みの力で幽霊の中でもそういうことも出来るんだ! それにそうじゃないとしても……例えば瓶とかに入れて運んで、それを体に包むことで壁ごとすり抜け……」


「あのさ……最後まで話を聞いて? もし幽霊が毒の成分を秘めてるんだったらその壁に絶対にくっ付いて吸い込まれるよね?」


「あ、あう……」


「それにもし瓶みたいなもので運んでいたら、壁をすり抜けるとき、この容器は壁にぶつかって落ちるわよね? 物質なんだから幽霊が体を覆って毒を運ぶなんて器用なこと出来ないでしょ……それ以前に毒を掴むための物理的な手が必要よ! それで包んでもその手ごと床に落ちる!」


「う……」


言い返せない生徒たちを確認してから、アリサは次の手を打った。兄の倒れた付近から回収していたメタマテリアル製の透明マントを取り出す。正確には、取り出したように見えない。ただ、アリサの手が宙に浮いているように見えるだけだ。


「そして、このマントに汚れが付いているわね?」


「ええ? マントなんてどこに?」


「今私は透明なマントを持っているの。見えないけれどここにあるの! フード付きのマント。でフードとマントのつなぎ目に汚れが浮いてるの。これ、恐らく照男さんが庭で倒れた時に落ちていたのよ。でもその時に付いた泥とは思えないのよ」


「これを装備して見えなかったってことなのか」


「その筈よ」

生徒の一人がアリサの手元に近づいて目を凝らした。


「これはすごい。全く見えない……背景に隠れて見えにくいけど良く見ると見えるね。で、その汚れの理由は?」


「これは恐らく毒の痕跡よ」


「そんなまさか……」


「もちろんこれは推論よ。鑑識も怒ってた。だからこれからする推理は身勝手な推理かも知れない。精密機器で調べてもらわないといけないけど。仮にこれに毒をぬったとしたら? 幽霊はこのマントに毒をたらして照男さんの首付近から皮膚に付着し、そこから体内に入って弱らせたということなのかもしれない。彼は皿を綺麗に舐める癖があるし実際に綺麗にしていたけど、食器には毒はなかったらしいからね。でもこんな作業、幽霊が出来る訳ないでしょ? 幽霊は物理的な作業ができない。でも、今回の事件は


『毒を垂らす』


という非常に物理的な動きをしているわ。だから人間がやったことになる」

アリサはマントの襟元を、ライトを使って照らす。


「確かに。その上毒が無色なら絶対に分からないね」


「毒が色のついていたおかげでこのマントは、毒が仕込まれた状態で私に発見されてしまった。そして、この襟元に、毒が液体として


『滲み出た跡』


そして


『垂れた跡』


が残っているわ。体自身が毒なら、なぜそんな面倒で、痕跡を残す物理的な仕掛けをする必要があったの? 幽霊だから空を飛べるのよ? 自分をターゲットの体内に届ければいいだけ。幽霊は、垂れる毒という重力に支配された現象を利用するトリックは使えない。もし幽霊が毒を盛るというなら、それは毒そのものを非物質化して、人の体に直接送り込むか、物理法則を無視するしかないわ。でも、この事件の毒は、重力に逆らわず、時間と共に消え、そして精密な物理的作業によって仕掛けられている! 犯人は、毒忍者、瘴影丸の噂を知っていて、私が偶然引き起こした行為を利用したの。そいつが誰かまでは今は分からないけど


『幽霊の仕業』


という非科学的な結末に持ち込もうとしている、生身の人間よ!」

部屋の空気が少しだけ変わった気がした。完全に信じてはいない。でも揺らいでいる。それで十分だとアリサは思った。


「まだ信じられないなあ。そのマント、照男さんしか知らない場所にあったんだろ? そんな所に忍び込んで襟に毒をあらかじめ塗布するなんて誰が出来るんだ?」


「う、そこまでは分からない……え? あ、あら?」

突然、アリサの手の中で透明マントが真っ白な布切れに変わってしまう。さっきまで何もないように見えた空間に、白いフード付きのマントがふわりと現れた。


「こ、これは?」


「まさか……電池……切れ?」


「一見電池を入れられる様な機械らしきものは無いわよね?」


「じゃあマント自体に何かを送ってこの透明効果を得られているのかしら?」


「でも時間が経つと見えるようになるのね?」


「これには制限時間があるみたいだね。それを照男様は装備していて消えることが出来たんですね?」


「とにかく照男さん以外にもこのマントを持ってる人がいる可能性が高いと思う。じゃあ話を変えましょう? ええと……そういえば被害にあった生徒さんってどんな風にやられたの?」


「急に苦しみだしたんだよ」


「何かを食べた後?」


「全員特別メニューを食べてはいたね。それ以外は知らないよ」


「でも私も食べたのよね。それ自体には毒は入ってないはずよね」


「そうだろうね。だから瘴影丸の仕業なんじゃって疑ったんだ」


「生徒に毒を盛った話は今は考えなくていいわ。犯人さえわかれば聞き出せるし、これ以上は起こらないからね」


「そんなことまだ言ってるのかい? この屋敷では瘴影丸の恐ろしさは相当根付いているんだ。それに……う、うぐっ……」

バタッ。


葉隠が何かを言っている途中で倒れる。


「え? ちょ……」

言葉を失うアリサ。


「ダ、ダメダ。イシキガナイ。ゼンノモトへツレテイクゾ」

葉隠を抱え部屋を出る路募山。


「お、おい? 葉隠先生? 無事でいてくれ!」


「ああ、やっぱりすぐそこにいるんだわ」

フヨフヨ。


ぬ!?

挿絵(By みてみん)

すると、突然部屋内に紫色のいかにも


「どく・ゴースト」


タイプの幽霊のような物が浮いて移動しているように見える。まだ明るいのにはっきりと映っている。まさかこれに葉隠はやられたというのか?


「ぎゃああああ」

コロン。


アリサは冷静に観察しているが照代が卒倒する。


「え? 嘘でしょ?」


「や、やっぱりいたんだあああああああ」


「きゃああああああ」


「にげろおおおおおおお」


「ちょっと待ってみんな! みんな!!」

雲の子散らすように食堂から人が消え失せる。


「お、おいこれはなによ! なんなのよ!!」

残されたのはアリサだけだった。白い布になったマントを手に持ったまま、アリサは幽霊のような影が消えた方向を見つめた。


「誰も居なくなっちゃった……何なのよあの影は……じゃあ私が視たあれは何だったって言うのよ! 幽霊と煉獄写しで依頼していた犯人が同時に照男さんを狙っていたってことなの? 私が石を取った直後に? 犯人と同時に動き出して競争でもするかの如く? だったら幽霊が照男さんを狙う理由は? まさか……正統後継者だから? そんなことどうやって幽霊が分かるのよ! で、でも今のは幻覚でも何でもなかったし……くそ! 何が起きてるんだよ!!」

頭が痛い。さっきより痛い。考えれば考えるほど、霧が濃くなっていく気がした。


「アリサちゃんも逃げなくてはダメでござる」


「で、でも」


「ハッ!!! ね、姉さんどうしよう 私……姉さんを守る存在なのに気絶してたわ……ごめん」

いつの間にか照代が起き上がっていた。床から立ち上がりながら、不安そうにアリサを見ている。


「気絶仲間だ。気にすんな。でも気絶初心者のあんたが急に倒れて大丈夫だった?」


「ええ」


「で、お漏らしはしていないよね?」


「す、するわけないでしょ!」


「本当に? あんたより遥か年上の男が幽霊のネタで怯えて大量に漏らしたことがあったからねwww私の中では幽霊=お漏らしなのよ」

この話を詳しく聞きたいと感じたそこのあなた! それは2話の


「司会の失態」


で分かるからね? 必ず見るんだよ?


「大丈夫だから……姉さん! 乙女の股間を凝視しないでよ!!」


「分かったよ信じるからね? もしも一滴でも漏らしていたら姉妹の縁を切るからね?」


「大丈夫だから。でもちょっとトイレ行きたい」


「漏らす前に行ってきなさい」


照代が小走りで廊下に消えていく。アリサは一人残された食堂で、さっきの影のことを考え続けた。


(まさに今最高のタイミングで瘴影丸が仕事したって言うの? まるで自分が居ないと言われたことに怒って葉隠を毒殺することで反論してきたって言うことなの? 意思があるみたいに?)


でもこの屋敷の人間は全て耐性があるはずだから死んではいないはずよ。少なくともそれだけは。


「戻ったわ。そんなこと考える暇ないわよ。ここは危険よ。逃げよう姉さん」

照代が手を引っ張った。


「とにかくここを離れるでござるよ!」


「わかりました……絶対いないのに」

不服そうなアリサは引きずられるように廊下へ出た。


「どうして……」


「とにかく行こう!」


「くそおおお」


「瘴影丸に見つかるよ。早く」


「そんなもの、いなああああああい」


「悪いけど今の状況で信じる人なんて誰もいないわ」


ぐい。


「ちょ! いてて……あんた妹の癖に力だけはあるのね」


「意外と新聞記者は体力要るのよ。スクープをいち早く見つける体力に野次馬をかき分ける体力に、寝ずに記事を書き続ける体力! そして更にツイッターを更新し続ける体力!」


「うるせえ! 放せ!」


「だめ! 命には代えられないよ」

アリサは引きずられながらも頭の中で整理し続けた。


「突然なんで? 葉隠? そうよ! 今のは芝居よ! とっさにやった」


「何のために?」


「みんなを混乱させてこの場から散らすためよ! あいつ血を吐いてもいなかったよ?」


「確かに! それにおまけにタイミングばっちりだったわね。でもそうだとしてもこの状況はもう覆せないよ」


「確かにね……わかった。とりあえずあんたの部屋で作戦会議よ」


「そうね」


廊下の角を曲がったところで、小さな声が聞こえた。


「てるにゃーん」


「あら? この猫って」


「あ、照にゃんよ。おいで」


「てるてるにゃーん」

白と茶色のまだら模様の猫が、照代の足元に擦り寄ってくる。


「お、きたきた」


「なついてるねえでも変な鳴き方wこの子は放し飼いにしてるんだ」


「うん。庭で遊んでいるから罠の位置も熟知しているわ。この子も逃がそう」


「もう! 霊なんていないって言ってるじゃん」

アリサが溜め息をついた。


「でも念のためよ」


「封霊石はただの石だったのよ。さっき祠も見たでしょ?」


「え?」


「視たんだって。石自体を!」


「万物調査って祠にも使えるのに石にも使えるのね。すごいね」


「そう、なんてったって万物って言うくらいだからね。例え神だって私を欺けないのさ! で、調査したんだけど魔力なんてこもっていなかったんだ」


「でもそれをみんなが信じてくれるとは限らないよ? 私は信じるけど」

照代の言葉には力があった。姉への信頼というより、もうそれ以外に縋るものがないという切実さのようなものが滲んでいた。


「てるにゃ!」

突然、照にゃんが照代の腕をすり抜けて庭に飛び出した。


「え? 照にゃん!?」

庭に虹が差し込んでいる。午後の光が雨上がりの空気に屈折して、地面近くに七色の帯を作っていた。それに向かって飛びついている。


「あ、虹があるわ。きれいねえ。それを見つけてじゃれついてるのか」


「触れないよw おいで! 照にゃん」


「てるにゃあ」

照にゃんは振り返って一声鳴いてから、また虹の方へ顔を向けた。まるでそこに何かがあるように。


「じゃあ照にゃんと一緒に部屋に行こう」


「ええ」

二人と一匹は屋敷の廊下へと戻っていった。

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