第55話.いよいよ追放です 中編
「アルフォンスとの婚約を解消、だと?」
国王は太い眉をあげた。ルクレシアは神妙な表情を作り、「はい」と頷く。
「わたくしがアルフォンス様との婚約を望んだのは、邪竜の召喚を食い止めたかったからです。召喚はなされてしまいましたが、邪竜は討伐されました。であればこれ以上アルフォンス様を束縛する理由はありません」
「なんと、そなたのふるまいは、国のためであったというのか……!」
ゴルディの様子から、どうやらこの自己犠牲路線が受けがいいらしいと狙いをつけたが、読みどおりだったらしい。
しかも、ルクレシア自身も久しぶりに思いだしたが、ルクレシアは美少女なのだ。
健気な様子で視線を伏せ、「わたくしは身を引きます」と告げれば国王はすっかり信じた。
「どうぞ、国のため、わたくしを悪者になさってください。ザカリー様はいたく反省しておられます。あの方は宰相として、この国になくてはならない存在のはず」
有り体に言えば、オルピュール家の財産と、本来処罰されるはずの敏腕宰相の両方をプレゼント、ということだ。
勝手に取引に使われたザカリーがどう思うかはわからないがルクレシアも知ったことではない。
国王は鼻息も荒く、ぷっくりとした頬を上下させて「おう、おう」と頷いた。
疎ましく思っていた者が、手のひらを返して自分に都合のよい提案を述べ立てているのだ、よろこばない凡人がどこにいよう。
「わたくしからもひとつだけお願いが……オルピュール家に関わった者たちは、無罪放免としていただきたいのです。今回のことはあくまでわたくしとおじい様の企んだことですから」
「うむ、もちろんだ。そのくらいのことはたやすい」
「では――」
「一週間後、触れを出そう。そなたとゴルディは国外追放、オルピュール家の財産は没収。ただし関係者や屋敷の者たちは利用されていただけであるから、無罪放免。これでよいか」
「ありがとうございます」
ルクレシアは優雅に礼をすると、「これは、お礼の気持ちでございます」とふところから金のネックレスをとりだした。
本当は延べ棒くらい出してみせたいところだが、さすがに国王との謁見の場までレイを連れて入ることはできず、そんな手品まがいのことはできない。
ただネックレスでも十分に効果はあったようで、金の輝きに目を奪われながら、国王は満足げに頷いた。
「いや、感動したぞ。そなたのその心、しかと受けとめた。これから口さがない連中も出てくるだろう。だがわしだけはそなたの味方であること、忘れてくれるなよ」
(まるで賢王にでもなったかのような物言いね)
そこまで含めての接待でもあるとはいえ。
己に心酔しているのが丸わかりの表情で、舞台の名脇役よろしく台詞を紡ぐ国王に、ルクレシアは内心で微妙な顔になったのだった。
***
一週間後、国王が追放処分をくだすまでに、オルピュール家は各自が身のまわりの整理に走りまわった。
捨てるに忍びない家財やドレス、アクセサリー類はすでにホーデンブルクへ送ってある。屋敷で働いていた者たちは新たな雇用先を確保した。街一帯がオルピュール家の息のかかった地区であったから、みんな二つ返事で引き受けてくれた。
バイロやその部下たち、ネロやブルーノは街に残ると言う。
バイロは照れくさそうに頬を掻きつつ、実は、と切り出した。
「ホーデンブルクに誘ってくださったのは嬉しいのですが……今度、結婚することに」
「あら、そうなの」
「はい。ルクレシアお嬢様が拾ってくださったおかげです。本当にありがとうございます。今後は妻とともにパン屋を営みます」
「パン屋を……」
パン屋にしてはまだカタギらしさがたりない気はするが、まあ人の好さそうな雰囲気は出ているから大丈夫だろう、たぶん。
餞別を受けとり、何度もお礼を言いながら、バイロは屋敷を去っていった。
ネインやメイベルには、口止めをしたうえで事情を話した。
貴族籍を持つ彼らは気軽についていくというわけにもいかない。
別れのお茶会を開き、お菓子をたくさん食べてこれまでの思い出を語りあった。ちゃっかりバイロも参加している。
「大きくなったら、必ずホーデンブルクを訪れます。それまでお兄様とわたしのこと、忘れないでくださいね」
目に涙を浮かべてそう言うメイベルの赤毛を撫でて、ルクレシアも少し涙ぐんでしまった。
一方のネインは、大きなため息をついたけれども、それだけだった。
「国と王家に仕える騎士として、俺から言えることはありません。……お達者で」
これまでのことを思えば、ずいぶんとあっさりした別れの言葉だ。
(アルフォンス様に気を遣っているのかしら)
王家に、というのは当然アルフォンスも含まれる。
アルフォンスに黙ってルクレシアとの別れをすませることが心苦しいのだろう。
お茶会のあと、クロスビー家に帰っていくネインとメイベルを見送って、ルクレシアはシュゼットを振り向いた。
いよいよ明日は断罪の日。
「王宮で何度かアルフォンス様を見かけたけれど、わたくしには気づいていないようだったわ。あなたの護符はさすがね、シュゼット」
「ありがとうございます。でも、本当にいいんですか? アルフォンス様だけは、こうしてお別れをすることもできないなんて」
くるりとした瞳で見つめられ、ルクレシアは口ごもった。
「会えば、止められてしまうでしょうから……」
「……」
シュゼットもそれ以上は言わずに口をつぐんだ。
アルフォンスが行かないでくれと縋れば、ルクレシアの心は揺れる。それがわかったからだ。
ルクレシアがなにも言わずに去ろうとしているのは、アルフォンスのことをなんとも思っていないからではなく、むしろ意識しているから。
このまま、オルピュール家の娘が金で買った籍や地位を振りかざして王太子妃になってはならないと思うからだろう。
「……そうですね! 本当に会いたければ向こうから会いにくるでしょうし、ガッツを拝見といきましょう」
明るい声で笑顔を作り、そう言うシュゼットに、ルクレシアも気をとりなおし、苦笑いを浮かべて答える。
「アルフォンス様は王太子よ。ホーデンブルクまでは会いにこられないわ」
隣国とはいえ、王太子がホーデンブルクを訪問するには、両国間での調整に時間がかかる。
ハイラムを立て直すため、アルフォンスはしばらく手が離せないはずだ。
次に会えるのは、何年か先。
……そのときもまだ、アルフォンスがルクレシアに想いを告げるなら。
ホーデンブルクという、シナリオを離れた国でなら、自分は答えられるのかもしれない。
(なんてね)
ルクレシアの表情にふたたび苦笑がよぎる。
自分は当て馬な悪役令嬢で、裏社会のドンの孫。亡国の貴族の血を引くとはいえ、もとは聖女の引き立て役だ。王太子妃になれるはずもない。
今話で第一部完と思ってたのに長くなってしまったので分けます~
次で第一部完のはず!




