第56話.いよいよ追放です 後編
翌日、国王はルクレシアに言ったとおりの罪状と処罰を発表した。
王都への混乱を引き起こしたのはルクレシア、そのルクレシアを止めたのはアルフォンス、そういうことになった。
触れ書きが出るやいなや、ルクレシアたちはまとめた荷物を抱えて馬車で出発した。まだ兵は来ていないが、断罪を知って夜逃げ同然に逃げだした、という説明でも成り立つだろう。
トラブルも覚悟していたが、意外にもあっさりと旅程は進み、半月もたつころにはルクレシアたちはホーデンブルクの屋敷でくつろいでいた。
屋敷には先に送り出した家具類が運び込まれ、見知らぬ家ながら懐かしい落ち着きもある。なによりどの部屋もまだ金ピカの壁紙になっていないのがよかった。
*
「わしのかわゆいかわゆいルクレシア、シュゼット、今日は王宮に行くぞい」
「はい、おじい様」
「はい、おじいちゃま!」
ゴルディに言われ、ルクレシアはドレスをあらためた。髪にあわせた紫色の、レースの花を胸元にあしらったドレスと、派手すぎず、けれどナメられない程度のアクセサリー。
シュゼットはふんわりと髪をカールさせ、淡いクリーム色の、フリルをたっぷり使ったドレスを着せた。口を開けば何が飛びだすかわからないので、見た目を精一杯かわいらしくしておいたほうがいいという判断だ。
ゴルディはお気に入りの指輪や金鎖のネックレスを外し、仕立てのよいジャケットとベストにダイヤ付きのピンを刺すだけにとどめた。
初めて王宮にあがるのに、国王陛下よりも高価なアクセサリーをつけているわけにはいかない。
「ここでのわしらの姓は、〝エルベレッド〟じゃ」
乗り込んだ馬車のなかで、あっさりと告げるゴルディに、ルクレシアとシュゼットは頷いた。
オルピュール家はハイラムで追放処分となった。そもそもが貴族以上に金と権力を持っていただけで、身分としては平民だ。
だから〝オルピュール〟の姓は捨てなければならない。
寂しくもあるが、仕方のないことでもある。
(〝純金〟だったしねえ……)
名乗った期間は誰よりも短いが、特別な思い入れも強いのだろう、シュゼットはうつむいて表情を曇らせている。
そんなシュゼットの肩に手を置き、慰めるように軽く叩く。顔をあげたシュゼットがにこりと笑った。
「大丈夫です。大切なのはお姉様とおじいちゃまといっしょにいられることだって、わかってます」
理解した上でついてきたのだ。
そう言うシュゼットにルクレシアも笑い返した。「美しくてかわゆい姉妹愛……」と涙ぐむゴルディも。
(そういえば〝純金〟はなくなったけれど、〝金の〟はそのままじゃない。もしかしてこのために姓も名もキンキラに……?)
ふと気づいて遠い目になったルクレシアを乗せて、馬車は王宮の正門をくぐり抜けた。
「さ、行こう」
出迎えの近衛兵らに貴族らしい鷹揚な態度をとり、ゴルディは馬車からおりる。
ルクレシアとシュゼットもそれにならい、正面玄関を入った。
建前上、エルベレッド家は長らく領地の開拓に力を入れており、王都への参上を免除されていた、ということになっている。
今日は王都へ戻った当主が国王陛下にご挨拶の謁見を申し出た、という体である。
もちろん爵位を金で買った余所者であることは皆うっすらとわかっているので、国王陛下に謁見など許可されるわけがない。
手引きをした役人や貴族が、なんとか体裁だけは整うように微妙な地位の王族を引っぱりだしてきて終わり、というところだろう。
――そんな予想をしていたルクレシアは、案内の侍従がどんどん王宮の奥深くへ入り込んでいくのに首をかしげた。
もちろんホーデンブルクの王宮は初めてだが、造りはハイラムのものと似ている。玄関ホールに近い場所には舞踏会を開く大広間や国政を行う執務室があり、公的な場。逆に、奥へ行くほど私的な空間だ。
ちらりとゴルディを見ると、帽子を脱いだゴルディも髭をひねって不思議そうな顔をしている。
(オルピュール家の者であることがバレている? いえ、それなら門をくぐる前に捕縛されるはずね)
よぎった考えを自分で打ち消し、ルクレシアにはまだ答えがわからない。
通された部屋は、第一級の調度品が揃えられており、どう見ても末端の王族が使うという様子ではなかった。
「お声がかかるまでは顔をおあげになりませんよう」
侍従に言われるがままに膝を折り、最敬礼の姿勢をとりながら、ルクレシアは胸騒ぎを覚えた。
すぐに足音が近づいてくる――それも、ふたり分。
足音のひとつはゴルディの前で、もうひとつはゴルディの隣にいたルクレシアの前で止まる。
「や、どうぞ、顔をあげなさい」
気安い口調で告げる声は、やはり聞いたことのないものだった。
けれど、言葉に応じて顔をあげたルクレシアは目を見開いた。
輝く金髪に青い瞳、王子様然とした立ち姿は――。
「アルフォンス様……!?」
思わず小さく叫んでから、ルクレシアは「失礼いたしました」と頭をさげた。
アルフォンスの隣にいるのはホーデンブルクの王族だ。
というか、羽織ったマントや胸のメダルから察するに、アルフォンスと同等の地位を持つ者、要はホーデンブルクの王太子である。
年齢はずっと上、おそらく二十代後半だろう。理知的な風貌と気さくな態度が同居する、王の器と思わせる人物。
顔をあげても、ルクレシアは黙って話しかけられるのを待っている。貴族社会では目下の者に発言権はないからだ。
どこまでも貴族令嬢らしく振る舞うルクレシアに、アルフォンスは目を細めた。
「ディミトリ殿、紹介します。こちらはぼくの婚約者、ルクレシア・クロスビー嬢。それから祖父のゴルディ・オルピュール殿と、妹のシュゼット・オルピュール嬢です」
(ちょ……っ)
クロスビー伯爵家はオルピュール家とは無関係とすることも、国王との取り決めに入っている。おまけに捨ててきたはずのオルピュール家の名を出されて、ルクレシアは焦った表情になる。
そんなルクレシアに気づかないかのように、アルフォンスは今度はルクレシアへと顔を向けた。
「ルクレシア、こちらはホーデンブルク王国王太子、ディミトリ殿だ」
「……お初にお目にかかります、ルクレシアでございます。どうぞお見知りおきを」
逡巡をよぎらせつつもルクレシアはふたたび最敬礼の姿勢をとった。
それ以外に返答があるはずもない。初めて出会った王太子の前で、別の王太子の言葉を否定することなどできるわけがなかった。
「ああ、よろしくな」
ディミトリは頷き、「つもる話もあるだろうから、私はこれで」と出ていった。おおらかで気にしない王太子である。
こうして、エルベレッド家の当主の孫として目通りをし、ホーデンブルク王国の貴族令嬢としてつつましく暮らすつもりだったルクレシアは、アルフォンスの婚約者としてホーデンブルクに滞在することになった。
アルフォンスは最初からこれを狙っていたのだと思い知る。
――国と王家に仕える騎士として、俺から言えることはありません。
別れ際のネインの言葉がよみがえり、ルクレシアは唇をひくつかせた。
(ネイン……知っていたわね……!?)
ちなみに、ルクレシア以上に目を丸くして「な……な……」と声を震わせているシュゼットは、シロだろう。アルフォンスに協力したわけではないらしい。
ということは認識阻害の護符が効いたと信じていたところまんまと裏をかかれたわけで。
「ルクレシアの考えることはだいたいわかるし、君を頼るのも予想がついたからね。ウィルフォードから護符封じの護符をもらった。魔道具って面白いね。ぼくも勉強になったよ」
「ううう、お姉様の信頼を逆手にとられるなんて……っ」
「ぼくが気づいていないと思って、君たちもぼくを気にしなかっただろ。そのあいだにオルピュール家から発送された荷物の行き先を調べて、ディミトリ殿に連絡をとってね」
「ぐううう――――ッ!!!」
悔しさに歯ぎしりをしているシュゼットに、アルフォンスがにこりと笑顔を向ける。
これまでと変わらないテンションのやりとりに、迫りくる日常を感じ、ルクレシアはため息をついた。
これにて第一部完です。
時間かかりましたが区切りまで書けてよかったー!
お付き合い本当にありがとうございました。
第二部はまた書きためするのでお待ちください。番外編も書いて、改稿もしたい。年内にいろいろ投稿できたらいいなあ…




