第54話.いよいよ追放です 前編
王宮へ到着したルクレシアはさっそく国王に取り次ぎを願いでた。すぐ侍従が現れ、ルクレシアを謁見の間に連れていく。
(ものすごく典型的な〝王様〟ね……)
恰幅のよい体格に、白くてややカールした髪とひげ。王冠と赤いマント。儀式でもないのに手には笏。
キャラデザに力を入れていないのが丸わかりである。オルピュール家に国母の座を奪われかけたかと思えば宰相に裏切られ乗っ取られそうになる国の国王だから仕方ないのだろうが……。
(まあ、だからこそこっちの要求は通しやすいし)
最敬礼の姿勢をとり、ルクレシアは恭順の意を示す。
「陛下におかれましては、ごきげん麗しゅう。お目通りをお許しいただきまして、ご尊顔を拝する光栄に預かりましたこと、まことにありがたく存じます」
「ん、うむ、くるしゅうない」
国王は目をぱちぱちとさせながら鷹揚に頷いた。
流れるように紡がれた慇懃すぎる挨拶の言葉をちゃんと追えていたかもあやしいところだ。
だがルクレシアが下手に出るつもりなのは理解したらしい。
「それで、どういった用件かな」
「はい――このたびの事件、わたくしにも責任がございます。責めを負い、アルフォンス殿下との婚約を解消いたしたく思います」
丸い腹を突きだすようにふんぞり返った国王に、ルクレシアは告げた。
*
そもそも、事はもう少しすんなりと片付く予定だったのだ。
途中にとんでもない紆余曲折があったものの、シナリオはエンディングを迎えた。脅威も去った。
ということはルクレシアは、かねてから楽しみにしていたバカンス――もとい隣国ホーデンブルクへの追放に処されるべきなのだが、ルクレシアの意見に頷いてくれたのは愛孫全肯定おじいちゃんことゴルディと、損得勘定でしか動かない執事のレイだけだった。
「王太子妃の座がほしいと言うたのは邪竜から世界を救うためであったのか……!? まったくわしのかわゆい♡かわゆい♡ルクレシアはどこまで未来を見通しとるんじゃ……!! おお、王太子妃の座が要らぬと言うならホーデンブルクへ行こう。この数年の苦労を思えば、ゆっくりしても罰は当たらん」
「私は雇用が保証されるのであればお嬢様の指示に従います。正直、王太子妃となられる方の執事よりはただの貴族令嬢の執事のほうが楽ですので」
二人の了承を取り付け、なら追放してもらおうと貴族たちにかけあったルクレシアは、白目を剥く羽目になった。
誰一人として、ルクレシアの罪を告発してくれる貴族がいないのである。
金ずくで裏社会の悪党を王太子妃に推薦するよりは、脅されていたのだと言ってそれをとりさげるほうが貴族たちにとってずっと簡単なことだとルクレシアは信じていた。
しかし。
メイベルの命を人質にとられ、金ずくで悪女ルクレシアを養女とさせられていたクロスビー伯爵家は、
「メイベルの病は治りましたし、おまけに筆頭宮廷魔導師様までご紹介いただき、イグサリ草の臨時収入もありました。あのときに財政はきれいに立て直し、お金はいただいておりません。むしろルクレシア様にクロスビーの名を名乗っていただけること、こちらが感謝してもしたりぬくらいでございます」
との返答をよこしたし、そのほかゴルディに借金を負わされたり土地を担保にとられたりしていた貴族たちも、
「実は、アルフォンス殿下のお力添えで、財政はよくなってきておりまして……そろそろ借金も返済できそうな見込みなのです。そのアルフォンス殿下が、ルクレシア様から何か言ってきても聞いてはならぬとおおせで……逆らうわけには」
対面の貴族は目を泳がせつつ、書面の貴族も文字を波打たせつつ、そんな返答だった。
「嘘でしょ……」
帰宅するなりオルピュール家の居間でソファに突っ伏し、ルクレシアはうめいた。
目的のために金をバラまいた結果、金で買えるはずだった真の目的が金で買えなくなってしまった。
ザカリーが財政を握っているとばかり思っていたが、裏でアルフォンスが暗躍していたらしい。それをまったく顔色に出さずいけしゃあしゃあとザカリーの手柄にしていたのは腹が黒すぎると言わざるをえない。
「こうなったらもう残された手は一つだけじゃないのよ……」
「お姉様? 大丈夫ですか? 回復魔法をかけましょうか?」
シュゼットが慌てたように覗き込んでくる。
「回復魔法はいいから……アルフォンス様をごまかせるような魔法や魔道具はないかしら」
冗談半分で言ったことだったが、もう半分は本気だ。案の定シュゼットは「ありますよ」と答えた。
「微弱な認識阻害魔法を常時発動させる魔道具で、これがあると影が薄くなります。アルフォンス様は魔法耐性自体はとても強いというわけではないですから、お姉様が王宮を歩いていても気づかれなくなるのではと」
「やっぱりあるんだ」
「ただ、これをお渡しするということは、わたしが完全にアルフォンス様の敵となるということです……」
ふところから護符のついたペンダントをとりだし、両手で握りしめつつ、シュゼットは、目を伏せ、不安げに言った。
不安になるようなタマではないことはよくわかっている。ルクレシアから言質を取るための建前であることも。
ベッドから起きあがり、ルクレシアはシュゼットを見つめた。
「ホーデンブルク王国へ行こうと思っているの。おじいちゃまが貴族籍を買ってあるって。アルフォンス様に黙って準備をするわ。もちろんあなたも連れていく」
「さしあげます」
大切そうに握りしめていた護符を、シュゼットはあっさりとさしだした。
――そんなわけで、アルフォンスに知られることなく、 ルクレシアは国王への謁見を果たしたのだった。




