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第53話 変わりゆくもの

 首都が陥落したその日からのアイリはなんだか変だった。

 変……というのも違うかもしれない。だって、それが普通になってしまったのだから。


 俯く回数が増えた。遠くを見ていることも。

 今まではずっと私を見つめていてくれたのに。


 手を握ることが少なくなった。

 前はアイリが私の手を握ってくれたのに。

 

 口数が減った。

 これまで沢山、私の名前を呼んでくれたのに。


 ……ほんの少しの変化かもしれない。

 気のせいかもしれない。そう思ったけれど……


 でも、確実にこれまでと何かが違う。

 アイリの心が少し遠くに感じる。


 もう黒煙球による首都陥落から、100日ほどが経っているらしい。

 私達はまだ第五空中要塞都市にいる。アイリがここに残ると言ったから。討伐隊を辞めたとはいえ、同調率の高いアイリを都市側が断る理由もなく、同じ家に住み続けることができた。

 だから、まだこの都市にいる。


 同じように黒煙球も、まだ首都にいる。

 小さくはない首都全域に黒い霧が立ち込めている。そして、その霧は少しずつ広がっている。急速ではないけれど、ゆっくりでもない。

 このままの進行速度なら、私の生きているうちにこの国すべてが呑みこまれる。もしかしたら、惑星そのものすら。まぁ、それまで私が生きていればだけれど。


 黒煙球に関する情報は、少しずつ分かってきた。

 同調者達の討伐作戦での記録を解析したところ、討伐作戦では作戦通りに上手くいったらしい。つまりは黒煙球の核は破壊された。

 ……でも、黒煙球の核は1つじゃなかった。8つの魔導核を起点とした総体型不定形融合体。それが黒煙球の正体だった。

 討伐作戦で破壊された核はすでに相互補完により修復されたらしい。だから、同時にとは言わなくても、なるべく短い時間で8個の核を破壊しないといけない。逆に言えば、8個の核を破壊すれば倒すことができる。


 攻撃手段も純粋な接触攻撃しかない。

 防御は効かないし、高速だけれど。

 それに攻撃も生半可な物は通じない。かなりの魔力出力が必要になる。


 確実に情報はわかってきた。

 そして恐らく勝てないことも。

 現在の人類の総戦力では、勝ち目はない。

 アイリのように都市に残った同調者は全部10人もいない。彼らが束になって戦ったところで、核を1つ破壊することも難しい。同調者以外の兵器……つまりは魔導機とかを頼ることも考えられたのだろうけれど、明らかに術式の強度が違う。現在文明でも、魔導機の技術は、古代文明の足元にも及ばない。


 だから、黒煙球に対する抵抗作戦は未だ提言されていない。

 多分、もう諦めたらしい。


 幸いなのは、黒煙球以降融合体が出現していないこと。

 もしも出現していたら、多くの同調者を失った現人類はもっと多くの死傷者を出していたかもしれない。もしかしたら全滅だってあり得た。

 

 何故かはわからない。

 元々、融合体が出現する理由だって知らないのに、逆に出現しなくなった理由なんてわかるわけもない。


 でも、推測はある。

 詳しい理論はわからなくても、あの黒煙球が何かしら関わっていることぐらいは、誰だってわかっている。今思えば、去年終盤から続いていた融合体が出現しなかった期間も、黒煙球の準備期間だったと思えばわかりやすい。

 

 しかも黒煙球以外に10体も融合体が現れていた。同時多発的に。これは明らかに融合体同士が連携を取っている。

 今まで融合体同士が情報を共有しているかは不明だったから、そういう学問的進展はそれなりにあったらしい。


 全ての物事は災いであり、同時に福音でもある。

 というのは、聖書の言葉だっけ。何かの映画で見た気がする。


 まぁ、融合体の性質が分かったことが福音なのかと言われるとそんな気はしないけれど。けれど、それなりに喜んでいる人もいる……らしい。私には学問のことはよくわからない。確かに新しいことがわかるのは面白いような気もするけれど……


 私としては、喜ぶというよりは疑問が増えた気がする。

 融合体が連携し、組織的な動きをするということは、どこか……もしくは誰かというのか何かというのかはわからないけれど、ともかくそういうものが司令塔として存在しているということになる。

 それが何なのかはどうでもいいけれど、その司令塔の目的は? 

 なんのために、人類を襲うのか。

 私にはわからない。


 わからないことはまだある。

 黒煙球は首都で進行を止めた。

 首都の次に大きな街まではそれなりに距離があるけれど、未開拓領域と首都ほど離れているわけじゃない。3日でその距離を踏破した黒煙球がどうしてまだ首都にとどまっているのかはよくわからない。

 黒煙球があのままの速度で地上を徘徊すれば、この半年で全ての人類が滅んでいたのに。


 ……なら、黒煙球の目的は人類の殲滅ではないということなら。

 なら、何?

 何が目的なんだろう。

 わからない。


 わからないから、考えることをやめたい。

 でも、最近は考える時間が増えた。

 少なくとも前よりは。


 それは多分……いや、間違いなく独りの時間が増えたから。

 せっかくアイリは同調者を辞めて、一緒にいられる時間が増えたはずなのに。


 彼女は、独りでどこかに行く機会が増えた。

 元より、そういうことはあった。


 例えば、同調者の検査の日とかは私は家にいる。

 他にも時折出掛けていくことはあったけれど、最近は明らかに多い。3日に1日はどこかに行っている。

 帰ってくる時間も一定じゃない。すぐに帰ってくることもあれば、全然帰ってこない日もある。

 

 どこに行っているかは、知らない。知りたいけれど、知らない。

 ……ついていけばいいのかもしれないけれど。でも、アイリは何も言わずにどこかに行ってしまう。


 これまで一緒にどこかに行くときは、いつも一緒に行こうと言ってくれたのに。

 ……こんなことは、考えたくないけれど。


 まるで私と一緒にいたくないようだった。

 独りでいるとそんな嫌な想像が、思考の中を蠢く。

 そんなことを想像するだけで、心がきりりと音がして、かちかちと頭が痛くなってくる。


 でも、帰ってきたらいつも通りに、私の隣に座ってくれる。 

 たしかに口数は減ったし、視線を向けてくれることも減ったけれど……

 それでも隣に座ってくれる。求めれば、撫でさせてくれる。たまにはアイリから求めてくれることもある。前より回数は減った気がするけれど……


 私がアイリのことを見るようになったからなのかな。

 だから、アイリが前よりも冷たく感じるのかな。


 ……こんな風に想いの差を感じることになるなんて。

 アイリの想いの強さには追いつけないと思ってた。永遠に彼女より強い想いを持つことは無いって。


 だから、私は私の心を探して、アイリのことをもっと好きになりたいと願って。そして……多分、アイリのことが好きになっている。この感情を好きというのなら、アイリのことが好きであるに違いない。こうなったら、私達の感情の天秤は綺麗につり合うと思っていたのに。

 それなのに、アイリの想いが縮んでしまったのか、それとも私の感情が大きくなりすぎたのかはわからないけれど……天秤はまたしても傾いているように感じる。


 ……ずっとそわそわする。

 アイリがどこかに行くたびに。私から離れて行くたびに。

 私から、視線を外すたびに。


 そんなことを言っても仕方ない。だから言わない。

 でも、心のざわめきは止まらない。


 それがとてもうるさくて。

 なんていうか、心が不安できぃと嫌な音を立てている気がする。


 私の方が好きになっているだけならいい。

 でも、アイリが私を嫌いになっていたらどうしよう。まだ好きでいてくれるかもしれない。けれど、このまま時間が経って……アイリの心がもっと私から離れてしまったらどうしよう。


 どうしたらいいのかな。

 わからない。


 アイリが離れていくことを想像するだけで、視界が揺れるような気がする。

 こんなに痛いなんて。好きになった人を失うのがこんなに怖いことなんて。知らなかった。


 この痛みは、私がアイリのことを好きである証拠だけれど。

 でも、こんなに痛くて、苦しくて、辛いなら。


「好きにならなければ、楽だったのに……」


 思わず自分で口を塞いだ。

 そんなこと言うなんて。

 いくら独りだからって……


 少し笑ってしまいそうだった。

 心がわからない時は、好きになりたいと願って。

 好きだと気づいてからは、好きになりたくないなんて……


 隣の地脈は鮮やかに見えるということなのかな。


「違う」


 言い聞かせるように呟く。

 好きになりたくないわけじゃない。

 確かに好きになって痛い。心が痛いけれど。ぱちぱちしているけれど。

 でも、好きになって嫌なわけじゃない。


 アイリを好きになったことが悪いわけない。

 確かに苦しいけれど、この苦しさも全部……アイリを好きになった代償としては安いものな気がする。


 アイリと一緒にいられる時間を、これだけ大切に思えているのは好きになったおかげなのだから。

 そう。私は大切だと思っている。

 でも……だからこそ、どうしたらいいのかな。

 

 今でも、アイリとの時間はある。

 前よりは減ってしまったけれど、一緒にいられる時間はたくさんある。

 このままの日々なら、討伐隊にいた時とは比べられないほどにアイリとの時間がある。


 それで満足できるならそれで良かったんだけれど。

 好きという感情に気づいてしまえば、気づけば私の心はアイリのことで染め上げられてしまったのかもしれない。だから……


「アイリの心が欲しい……」

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