間話 後ろ髪
私には力がある。
それを知ったのは、いつからだろう。
物心ついたときからかもしれない。
私には人よりも高い同調率があって、魔法を使った戦闘方法を勉強することになった。
適性が光魔法ということもわかっていたから、光魔法は改変術式も含めて、ほぼ全てを覚えた。けれど、他の魔法はあまり知らない。障壁魔法とかの基礎魔法は流石に知っているけれど。
そして私は討伐隊の同調者になった。
それから色々あった。特にレーネと出会えたことは、とても幸運だった。今でも幸運。それは間違いない。
それで今の私の同調率は0.62。この第5空中要塞都市で最も同調率が高いらしい。育て親と言えるかもしれないエル姉や、この都市最強の同調者であるアニエスよりも高くなった。
でも、私は今、討伐隊を辞めようとしている。
ずっとこうしたいと思っていた。
けれど、本当にそれができる日が来るとは思っていなかったけれど……今日ようやく、その覚悟ができたから私はここにいる。
この、第2討伐隊基地第1棟に。
「じゃあ、行ってくるよ。すぐ戻るから待ってて」
努めて気楽に言葉を選ぶ。内心、結構緊張しているけれど。
そんな私にレーネは曖昧に笑って手を振る。
見透かされているのかもしれない。目覚めてからのレーネはなんだか変だし。
……その、なんていうか。積極的というか。
今までも好かれているとは感じていたけれど……露骨にそれを出してきてくれている気がする。今日だって、こんなに私を引き留めてくれるとは思わなかった。
それがたまらなく嬉しい。
レーネも私のことを大切に想っているみたいで。
「ふぅ」
そんなことを考えていれば、扉の前に着く。
集合場所である第三作戦室。
小さく息を吐いて、私は扉を開ける。
扉を開ければ、そこにはエル姉がいた。それと目当ての人も。
「アイリ、よく来たわね」
まだこの2人だけらしい。
集合時間まではまだ時間があるとはいえ、ちょっと幸運かもしれない。まぁ、エル姉の前でしたい話ではないけれど……
「あ、あの。少し話したいことがあるんですけれど」
「……どうかしたかい?」
目当ての人であるレオネルに声をかける。
この人は私達の……なんて言えば良いのか……責任者というべき人になるのかな。この人が、同調者に作戦を出し、私達はそれに従う。という感じ。お父さんの部下らしい。
レオネルの指揮下に入ってからはそれなりに長い。もう10年ぐらいになる。けれど、あまりこの人のことは知らない。出会う頻度は多くないし。
けれど、この人が責任者であることは知っている。この人に辞めると言えば、それで済むことも。
「私、その……」
言葉が重い。
なんと言えばいいかわからない。
けれど、結局のところそのまま言葉にするしかない。
「……討伐隊を辞めたくて。だから、今回の作戦も参加しないというか……」
一瞬、レオネルの眼が見開く。
けれど、何も言われることは無く頷く。
ちょっと意外だった。もう少し長々と引き留められるかもと思っていたから。
……そういうのはエル姉の役目ということなのかな。
「そうか。わかった」
「な、何言ってるの? レオネルも、なに引き下がってるのよ」
「仕方ないでしょう。同調者の意志を変えることは僕にはできませんよー。それにこうして同調者が辞めることはそう珍しいことでもないですから。それはエルネスタさんもご存じでしょう」
「なによ……」
エル姉の視線がこちらに向く。
その視線はいつもより鋭い。
怖い。こうなるから、エル姉には聴いて欲しくなかったのに。
「……あの女のせいね。レーネとかいう」
こんな時に思うことではないかもしれないけれど、レーネの心を決められるのが苦手というのが分かる気がする。ここまではっきりと言われると、すごく嫌な感じがする。
……エル姉だからかな。
「それだけじゃないよ。昔からずっと嫌だった。戦うの」
「何を言ってるのかしら」
「……私はエル姉とは違う。私は戦いたくて守りたい人がいて、ここにいたわけじゃない」
ただ強制的に生まれた時から同調者だった。
そして理由もなく、同調者として討伐隊に入った。
でも今は、討伐隊を辞める理由がある。
「わかってるの? もしも私達が負ければ、次は他の人の番なのよ?」
「……わかってる」
「ほんとうにわかってるのかしら。負ければ、次は人類皆が危険に晒されるのよ?」
「それでも、一緒にいたい人がいるから」
エル姉はかぶりをふる。
やけに派手な金髪がばさばさとゆれる。
なんだかちょっとちりちりとする。
「意味が分からないわ。その人だって、人類なのでしょう? ここで辞めれば、その人が死ぬかもしれないのよ」
そうだけれど。
いや、それを私はわかっていなかったのかもしれない。結局、私は目を背けていて。ただ逃げたいだけなのかもしれない。
……どこから?
「アイリ」
彼女の視線を見つけて思考が止まる。
この視線はいつかに同調率が落ちた時のに似ている。諦めたような視線。ぐらりとする。
「せめて今回だけでもいいわ。黒煙球は他の融合体とは明らかに違うのは、アイリだってわかっているはずよ」
「……私はもう戦わない」
この議論には意味はない。
私はもう決めていて、エル姉が何を言っても変わることはない。
それをこの人はわかっていない。
ちょっと困る。昔からそうだけれど、エル姉は社会的な正しさを信仰している。すべての人は社会的な正しさに迎合すると思い込んでいる節がある。私のような人は、まだその正しさに気づいていないとでも言いたげで。
……けれど、私だってどちらのほうが人類にとって正しいことかはわかっている。
ただ個人的な願いと、社会的な正しさが両立しないというだけで。
「わかっているのかしら。あなたが戦わなければ、人類が死ぬのよ」
「……それは。私の責任?」
「私達の責任よ。力のある私達は、人を救うという責任があるわ」
それを言われると弱い。
わかっている。戦いの事しか知らない私が、これまで何不自由なく生活ができたのは、戦うために生かされていたからなのだということは。
「……私達は勝つわ。アイリ、あなたがいなくても。今回の作戦は500人規模……1人ぐらい欠けても変わらない。でも、あなたの力は人類のために使うべきよ」
エル姉の言葉を意図的に無視して手のひらから遺物を取り出す。魔力情報体から、物質の状態へと遺物を変化させる。球形の遺物を手の中で転がす。
これは今私と同調している。遺物との同調というのは、魔力的融合に近い。それを自力で解除することはできない。
けれど同調率が私より高い人がいて、その人が触れば、同調率は解除される。だから、これは多分置いていくことになる。もう10年も一緒にいた遺物を置いていくのは少し気が重いけれど。同時に、こうして取り出してみれば少し気が軽くなった気もする。
「……遺物は今返したほうがいいですか?」
「うーん。いいや。出ていく日でいいよ。どうせその遺物とまともに同調できるのは君だけだろうし」
「そうですか。じゃあ、もう行きます」
「あぁ達者でね」
レオネルさんのその声はあまりにも定型的で。少しも感情が籠っていないようだった。
なんというか、そんな時ではないのに笑ってしまいそうになる。
「……レオネルさんも。エル姉も気を付けて」
私も定型的な事を言って、扉に向かう。
ぽとぽとという私の足音共に、2人の視線がこちらに向かう。視線の痛さが余計に感じる。余計に逃げ出したくなる。
「アイリ、それは逃げているだけよ」
その言葉に思わず足を止める。
それは多分、図星だったから。
「……いけない?」
「ええそうよ。逃げれば後悔するわ」
「そうかな」
「そうよ。あなたには誰よりも力があるのでしょう? その力を使わなければ後悔するわよ」
レーネならそんなことは言わない。一瞬、そう思った。それがレーネが私を甘やかしてくれているだけなのは分かっているけれど。
でも、私は逃げ出したかった。私はその甘さを望んでいるのだから。
「エル姉、ごめんね。今まで感謝はしてるから」
「待ちなさい。まだ話は」
私はエル姉の迫りくる手を躱して、廊下に飛び出す。今はもう、エル姉より私の方が身体強化の倍率は高い。
やけに静かな廊下を歩く。廊下には誰もいなかった。他の同調者は別の部屋にいるのかもしれない。この時間になっても集まっていないわけはないし。
相変わらずエル姉の説教は話が長い。多分、あれ以上長引いてたら聖書とか古代の出来事から引用しだして、大変なことになってた。エル姉は歴史より選別されたことが正しいと思いすぎている気がする。
……私が子供すぎるだけかな。
「はぁ……」
あまりにも大きなため息が漏れる。
なんだかとても嫌な気分になる。
エル姉の言葉は全部何度も聞いたような、分かったいたはずの話だけれど……同時に正しい話であることも知っている。正しいだけの私にとっては意味のない話であることも。
エル姉のことは嫌いじゃない。でも好きでもない。
昔から色々と助けてもらったけれど、育ての親と言えるほどの関係でもない。私に親はいない。お父さんだって、親と呼べるほどの人じゃない。
だから、エル姉の言葉は上手く響かなかったのかもしれない。
でも確かに……これは全部から逃げ出しているだけの行為で。
レーネに背中を押されたと言えば、それっぽいけれど……実際は、レーネを理由にして、ただ逃げたいという願望を叶えただけな気がする。
だから、エル姉の言葉はその通りで。
ただ逃げ出しているだけ。
ぽとぽとと歩き出す。
全部から目を背けて。
これでいい、のに。
ずっとこうすることを望んでいたはずなのに。
どうしてこんなに変な感じがするんだろう。
軽いような、重いような。
無駄に長い自らの前髪を撫でる。
こうしていると不思議と落ち着く。
でも、今はあまり落ち着かない。
早くレーネの元に戻りたい。また私の髪を撫でて欲しい。
そう思って、歩みを早めた。




