第48話 まだ名付けられない
ぱちぱちと瞬きをする。
ことりと上を向く。もう慣れてきた天井が私を迎える。隣ではアイリが寝ていて、私はまだ起きている。
別にそれは何か特別な理由があるわけじゃなくて、私はさっき起きたばかりでまだ眠れないというだけ。多少走ったりはしたけれど、それぐらいではまだ眠くない。
寝静まった暗闇の中でアイリの静かな寝息が聞こえる。それに合わせて布団が小さく上下する。息を吸い、吐く音が聞こえて彼女が生きているのを感じる。
……色々あったけれど、生きていてくれて良かった。またこうして会えて良かった。
少し手を伸ばして、彼女の桃髪に触れる。長くて綺麗な髪。彼女自身は少し鬱陶しいと言っていたから、いつか切るのかなと思っていたけれど、今のところその様子はない。
別にどっちでもいいけれど……いや、正直に言うのなら長い方が好きかもしれない。髪が長い方が、アイリの存在を感じやすいから。
髪というのは、とても存在感がある。それは魔力と呼応する綺麗な色のせいか、それとも単純に大きいからかもしれない。
……別に誰も彼もがそうなわけじゃないか。私もアイリほどでは無いけれど、それなりに髪は長いけれど……こんなにくすんでいては存在感なんて無いに等しいし。
そう思えば切ってしまってもいいのかもしれないけれど……アイリが時折触れてくれるから、もうこのままでいいと思っている。もし邪魔ならまとめればいいし。
少しアイリに依存しすぎかもしれない。
結局のところ、アイリの意思がここまで私を連れてきた。気がする。彼女の作った流れの中にいるというか。ただそれだけで良いということを最初から分かっていたはずなのに。
アイリの姿を見て想う。
一緒にいたいという願いが強くなる。
端的に言えば、そんな願いがある。
これは叶う願いなのかな。
どうなんだろう。
結局、私には時間制限がある。
あと3年と少しでもう討伐隊にはいられなくなる。
そうなれば、同調者であるアイリとは一緒にいられない。
そんなことは分かっていたはずなんだけれど。
気づいたら、アイリとの関係はかけがえのないものになっていた。もうどうしようもない。きっと別れは酷く嫌な感情を持つことになる。そんな予感がする。
残り3年の時間制限を何とかする方法は、単純に考えれば2つある。
私が討伐隊に残るか、アイリが討伐隊を辞めるか。
前者は私の能力的に難しく、後者はアイリの能力的に許されないだろう。
でも、もう一つ方法がある。その方法は考えてみれば単純なんだけれど。
多分、本当は最初からその方法には気づいていたけれど。あまり取りたい選択肢じゃなかった。これまで以上にアイリに寄りかかることになるから。
けれど、今まで、アイリにはたくさんのものを貰って来た。既に天秤は大きく傾いている。
今更どうしようもないことだし……それに、どうでもいいことだった。
結局、私が大切なことはアイリと一緒にいることだけなのだから。
それが対等な関係な方が良いと思っているし、できればアイリの助けになれば良いと思っているけれど……でも、そんなのは些細な条件でしかなくて、私が願うことは、こうして一緒にいることだけなのだから。
だから、天秤が崩れることになっても一緒にいることができる方法を選ぶべきな気がする。
「……ぅ」
でも、ちょっと怖い。
これ以上アイリに寄りかかってしまえば、嫌われてもおかしくはない。たださえ、依存してしまっているのに。
……でも、きっと大丈夫な気がする。天秤が崩れてもアイリは私と一緒にいてくれる。
本当に根拠のない自信だけれど。どっちかと言えば、もうそれ以外に選択肢はないのだから、考える余地がない故の逃避かもしれないけれど。
怖がっているのか、楽観しているのかよくわからない。
どういう感情なんだろう。どちらかといえば、諦観に近いものな気がする。
アイリとこうやって一緒にいることを願い、その結果に関してはあまり期待しない。そういう風になっている。そうでもしないと、私の弱い心では、私の願いを言葉にすることができないから。
「ん……」
少し手を握る。アイリの手を握る。
ほのかに彼女の寝顔が柔らかくなる気がする。
その顔を見ると、やっぱり一緒にいたい。
思っているよりもはっきりとそう願う。
……なら、言葉にしてみるしかない。
願いは言葉にしないと祈りのまま……
「ね」
口の中で小さく呟く。
アイリが起きたら、願ってみよう。
彼女の持つ同調者特権を使わせてもらうことを。
討伐隊の魔法師には特権がある。それは普通の魔法師にもいくつかある。
けれど、その特権の強さや効果は優秀な人ほど強力になる。たしか同調者にもなれば、他の人の滞在許可申請を出すことができる。つまり、1人か2人かをこの要塞都市に呼ぶことができる。
それでアイリに私の滞在許可申請を出してくれれば、一緒にいることができる。
けれど、滞在許可申請を出せる人には条件がある。
条件は色々あるけれど、わかりやすい条件は……
「かぞく……」
同調者の親族であること。親等はたしか1親等か2親等までだった気がする。
もし仮にアイリの家族になるのなら、結婚して配偶者以外の選択肢はないから、それは問題にはならないけれど。
結婚って……
自分で考えながら笑いそうになる。アイリとは別に恋人でもなんでもないのに。
まぁ恋人や家族なんかよりも大切な人ではあるけれど。
まさか恋や愛を知る前に、結婚したいと言うことになるとは思わなかった。
今からむずむずしてきた。緊張というか。
アイリは意外と浪漫的というか。情緒を大切にしがちだから、こういう機能的に結婚を利用するのは嫌うような気もする。私だって、多少は抵抗感がある。
……いや、私だって抵抗感は結構あるかもしれない。アイリとの関係に家族なんていう名前がつくのはあまり好きじゃない。脆く簡単に崩れてしまう家族なんて名前がつくのは嫌だけれど。
でも、これしかないのだから。
アイリにも、これしか一緒にいる手段はないと説得すればなんとかなるのかな。もしくはアイリほどの同調者なら、私の知らない特権で家族にならなくても私の滞在許可申請が行えたりしててくれれば楽だけれど……そう上手くは行かないだろうし。
結婚を願うときはどんなことを言えばいいんだろう。
一応、それっぽい文言の方が良いのかな。
「……まぁ、いっか」
どうせ考えたって仕方ない。
今の私にできることは願いをそのまま言葉にすることだけなんだから。
今日ようやく、その術を手に入れたとも言うけれど。
「……ぅー……ん」
独り暮らしが長かったせいか、さっきからぽつぽつと独り言を零してしまうけれど、アイリは起きる様子はない。
彼女は普段から眠りが深い。特に今日は、私でもわかるほどには魔力を欠損していたのだから、夢の世界を堪能しているのだろう。少なくとも苦しそうにはしていない。悪夢を見ていないのなら、良かった。
少し身体を伸ばす。そしてアイリの方を見つめる。
私ももう寝よう。明日のことは明日考えることにして。
……別に結婚のことは明日に言わなくてもいいし。あと3年もあるのだから。
いやいや。そういう先延ばしは良くない。
特にこれは私にとってとても大切な、かけがえのないもののことで。アイリにも関わることなのだから、早めに相談しておいた方が良い。
それぐらいはわかる。
明日のことは明日の自分に任せよう。ちょっと無責任すぎると言われるかもしれないけれど。
「……おやすみ」
小さくアイリに呟いて、目を閉じる。
眠気に身を委ねる。そして夢を見た。
いつもの日常の日々の夢だった。
2人でずっと一緒にいる夢。夢のようで、まるで現実のようだった。
別にどこにいるかはわからない。何をしているのかも、何を話しているのかもわからない。思い返してみれば、アイリの姿を見た気がしない。さらに言えば、私の身体があるかもわからない。
けれど、アイリと一緒にいた。
その感覚だけがあるような。そんな夢を見た。
多分、魔力的な繋がりだけが存在しているような夢で。
本当に夢のような夢だった。まぁそういう意味では、この現実も夢のような日々なのかもしれないけれど。
アイリが私と一緒にいたいと願ってくれていて、私もそれを望んでいる。それ以上に望むことなんかないのだから、そう思えば夢のような日々なのかもしれない。
少し気恥ずかしいけれど。
でも、今の日々が夢のようなことは事実で。
だからこうしていつまでも一緒にいたい。
この夢のような日々の中にずっといたい。
けれど、夢は覚める。
覚ましたのは、甲高い警告音。
うるさい。そしてねむい。
そう思いながら重い身体を起こす。
それと同時に通信機を魔法で手の中に引き寄せる。けれど、少しばかり手前に通信機は落ちる。
「あ」
術式か魔力制御のどちらかが甘かったらしい。
ちょっと手を伸ばして通信機を手に取る。
「なんなの……?」
「……緊急連絡だよ」
同じく起こされたらしいアイリが呟く。
そうだった。
これは討伐隊緊急連絡の警報音。緊急度は5。最大値の音。
融合体出現時にもなるけれど、その時は音が違う。あれは緊急度3だから。
「何が……」
何がおきたのか。
融合体が10体出現して、それよりもまずいこと?
そんなのって、何が……
そんなふうに思いながら通信機を起動する。
「ぇ」
隣で当惑交じりの声が聞こえる。きっとそこに書いてある意味がわからなかったから。全く持って現実味のないことだったから。
『第844融合体により、第2空中要塞都市陥落』
あまりにも現実感のない文字が、現実としてそこに書かれていた。




