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第47話 許容的な平行線

 家に帰ってからも、それから寝る準備をする間もずっとアイリは私の手を掴んでいた。

 別に特別なことじゃない。これまでもそうだった気がする。何も変わらない。私達は何も変わっていない。けれど、それはアイリの強い想いと……自惚れでなければ私が少しばかり心を吐露したおかげで。


 それから、いくつかのことを話した。

 あまり話したくない過去のことを。思い出した過去のことを。

 どうして私が泣いていたのか。


 多分、私の中にはまだ覚えていない過去もある。それにまだ話していないこともある。

 けれど、ミリアムとの過去は話した。それが昨日に泣いていた理由なのだから。


「……えっと、それがどうして話したくない話なの?」


 アイリは私の話を聞いた後、そう呟いた。

 いつものように私の足の間で座り込んで、見上げるように私を見つめて。


「ただ、そのミリアムさん? とは、考え方が違うだけじゃないかな」

「そうだね」

「……わかってないかな。私」

「どうだろ」


 実際のところ、ただ相性が悪かっただけの話かもしれない。

 けれど、私は……あの時本当に励ましたかっただけなのに。それができなかった。たったそれだけのことが、できなかった。


 逆に言えば、あの時まで私は誰かを助けられると思っていたのかもしれない。私は落ち込んでいる人を助けられるって。だって私はこんなにも不幸なのだからって。

 あまりにも傲慢すぎる考えを持っていたのかもしれない。

 多分、私の感情はあまりにも孤立的精神を持つ人の感情で。

 

「わからないよ」


 思わずそう呟いてしまう。

 一瞬、アイリの顔が歪む。それで同じ失敗したことを悟る。


「あ、ちが。そうじゃなくて。いや……そうでもあるけれど、そうじゃなくて。私にもわかってない。ミリアムとの関係を壊してどうだったのかわかってない」


 急いでとにかく言葉を紡ぐ。


「でも、誰かと心を通わせるのは無理なのかなって。きっと私には共感する力がなくて、だから誰にも私の心はわからない。多分私にも。みたいな?」


 努めて軽く言葉にする。ちょっと被害者面をしすぎかもしれないけれど。

 でも、本当にそう思っている。心を通じ合い、理解し合うことなんてできないって。同時に、そういう関係に憧れてもいる。


 アイリと会いたいと思えたのは、きっとその憧れのおかげだけれど。でも、憧れというのが理解から遠いものだということぐらいは知っている。


「心……」

「目に見えないものだけれど」


 でも、私には本当に見えない。

 私の心がどこに行ってしまったのかあまりわかっていない。そのせいで視界にも色がなく、現実感がないのかもしれない。


「……レーネは」


 アイリは言葉を探すように、私の指を撫でる。

 いつも彼女は私の指や髪を触って遊んでいる。そんなに楽しいのかはわからないけれど。でも、こういう時間が私は好きらしい。


「後悔してるってこと? ミリアムさんとのこと」

「まぁ、そうだね」


 というか、私の過去は大体後悔ばかりなんだけれど。私の意志は上手く働かないせいで、後悔ばかり増えてきてしまったのだから。


「いいなぁ……」

「そう?」

「……なんていうか、羨ましい。レーネにそんなに想われるの」


 ……嫉妬心というやつなのかな。

 私にはよくわからない。アイリの私への想いは、とても大きくて、未だによくわかっていない。彼女がたくさん話してくれたおかげで、少しは知っているけれど……知ってるだけで、まだほとんど理解してはいない。


 けれど、その大きな想いのおかげでアイリとの時間を好きになっていることは分かってる。だから、彼女の頭を少し撫でる。半分ぐらいは癖なんだけれど。


「……失って後悔してるってことは、大切だったのかなって……違うかな」

「そうかもね」


 ミリアムとの関係は、大切だったのかもしれない。

 そんなこと考えたこともなかった。いや、考えないようにしていたのかもしれない。もう永遠に手に入らないものなのだから。

 でも、あの頃の孤立しながら、憧れと祈りを捨てきれない私には……ミリアムとの友人関係は、とても大切だったのかもしれない。

 私にはわからないことだけれど。


「……もし、私を失ったら、後悔する?」

「んー」


 考えるように身体を揺らす。

 アイリと一緒に。

 答えは知っているけれど。なんとなく、そうしたくて。


「多分、後悔すると思うよ。すごく」

 

 それぐらいはわかる。

 正直、今から怖い。いつか来る別れが。

 いつかは別れが来ることは分かっていたのに、どうしてこんなにもかけがえのない存在にしてしまったのかとも思うけれど……もう全部、後の祭りというやつだし。


「だから、時間が止まればいいのに」


 ずっとこの時間にいたい。

 アイリと一緒にいるこの時間に。

 

「……ずっと一緒にいるから」

 

 その言葉はきっとアイリの本心からの言葉なんだろうけれど。

 それぐらいはわかるけれど。


 でも、同時に不安になる。

 この世にはアイリや私の意思ではどうにもならないことが多すぎる。融合体とか、討伐隊での時間制限とか。他にもたくさん。


 そういう小さなぐるぐるとした感情も言葉にできたらいいのに。

 多分、そういうことをアイリは望んでいるんだろうけれど……私にはわからないから、かろうじてわかる範囲のことを口にするしかない。


「……ごめんね。やっぱりわかってないよね」

「ううん。別にわかってもらいたいとは思ってないし」

「……それは、諦めてるから?」

「それもあるけど」


 言葉を探す。何度も失言をしてきたのだから、さっきより時間をかけて。

 もう少し遠くの心を探してみる。アイリの手を握りながら。こうして彼女の手に触れながらじゃないと、言葉にできない気がする。


「わかってもらった気になられるのが嫌だったのかなって。私の心を分かった気になられると、なんだかむずむずするというか」


 私すらわからない心なのだから、わかったような顔をしないで欲しい。

 やっぱり私は、誰も私の心をわからないと思っている。だから、分かっていると言われると嫌なのかもしれない。それはとても……解像度の荒い言葉だから。

 それこそ、アイリのような大切な人に言ってほしくない。だから、何も言いたくなかった。のかな。

 

「だから、わからなくてもいいよ」

「……でも、わかりたい。レーネの事」


 平行線の話。

 私の諦観と、アイリの望みと。でも、不思議と嫌な感じはしない。

 きっと話したから。


 理解できないのだから、共感できないのだから、話しても意味はないと思っていたのに。でも、話すことは大切らしい。ようやくそんなことがわかってきた。


「言葉にして願いにしなければ、祈りでしかない……ってことかな」

「……聖典の一節?」

「確かにそれっぽいかも」


 もしかしたら、聖典にも書いてあるかもしれない。魔神教には明るくないからわからないけれど。


「でもまぁ、私の言葉かな」


 祈りでも良いかと思ってた。

 ……いや、実際別に良いんだろうけれど。

 祈りのままでは誰にも伝わらないのだから。誰かに、アイリに伝えたいのなら、言葉にしないといけないということをずっとわかってなかった。


「……じゃあ、レーネの願いを聞かせて?」


 私を見上げるようにアイリが呟く。

 くるりとした瞳が見つめる。けれど、願いはさっき言ったのに。


「え? あー……さっき言ったと思うんだけれど」

「お願い。もう一度聞きたい」


 やっぱりわかっているらしい。アイリが私のさっきの言葉を忘れるわけはないし。

 ……単純に好きなだけなのかな。私の心の言葉を聞くのが。


「アイリと一緒にいたい」


 少し悩んで、心からの言葉を贈る。

 

「え、えへへ……」


 アイリは照れるようににゅるりと身体をよじる。

 そんなに喜んでくれるのは嬉しいけれど、まだちょっと慣れない。心の内をあけすけに語るのは。


「も、もう寝るよ。アイリはもう寝ないと」


 自分でもわかる照れ隠しで、布団の準備をする。

 なんだか少しむずむずする。魔力が変なせいかもしれない。


「え……もうちょっと起きてようよ。今日はもう少し話したい」

「うーん。明日にしよう? アイリにはちゃんと休憩してほしいし」


 たくさん話して、忘れてしまっていたけれど、今日アイリは融合体と戦ったのだから。早く寝てくれないと困る。これで無理して、何か魔力に異常が出たりしたら嫌だし。


「……でも」

「私も一緒に寝るから。ほら」


 身体を布団の中に潜り込ませれば、それを追うようにアイリも横にならざるを得ない。そこまでしてみれば、諦めたのかアイリも目を閉じる。

 なんだかいつもよりアイリが近く感じる。こんなに近かったっけ。目と鼻の先にいる。いつもそうなんだけれど……なんだかいつもより触れられる距離というか。

 思わず手を伸ばして。


「……ね。もう一回言って?」


 アイリの声が聞こえて、手を引っ込める。

 また? 

 そう問うよりも早く、アイリは上目使いで乞うように見つめる。


「お願い。もう一回だけ……聞きたい」


 ……やっぱり、こういうアイリの声はずるい。

 なんだかしてやられてる感があるけれど……まぁ、いいか。減るものでもないし。アイリが望んでいるし。それこそ想いは言葉にできたほうがいいのだから。


「……アイリと一緒にいたいよ」

「んー……!」


 ただそう言っただけで、喜びが抑えきれないという風で。

 ひとしきり嬉しそうに、にゅーと変な声を出す。そして一瞬の沈黙の後に、綺麗な瞳が私を見つめる。その視界の中に私を入れてくれる。私の心を見つけてくれる。


「一緒にいるよ。ずっと。いつまでも」


 アイリが綺麗な声で呟いて、私の手を少し強く握る。

 その言葉だけで、想像以上に嬉しくなる。


 この感じ……これなら、アイリが変な声を出すのもわかる気がする。

 ……少しは私もアイリと同じような感情に近づいているのかもしれない。


「おやすみ。アイリ」

「うぅ……おやすみ……」


 まだ名残惜しそうにしながら、アイリは目を閉じた。

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