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第46話 かけがえのないもの

 アイリを迎えに行こう。

 状況終了の放送が流れながら、素直にそう思った。

 ……もう少しばかり正直に言うのなら、少しでも早くアイリに会いたいと思ったらしい。


 だから部屋を出て歩き出す。

 どこにいるんだろう。わからない。

 一応、状況が終了しているのだから、同調者達も帰ってきているはずだけれど……まだ帰っている途中かな。どれぐらいで帰ってくるんだろう。


 まず基地内に帰ってくるんだろうか。

 ……私、同調者のことを何も知らない。アイリが同調者だということは知っていたのに。やっぱりアイリのことを知ろうとしていなかったということらしい。


「はぁ……」


 ため息が漏れる。

 探してもよくわからない。星明かりがあるとはいえ、それなりに暗いし。

 とりあえず家に帰ろう。深い闇ばかりの真夜中の道を歩く。


 真夜中だというのに、やけにうるさい。この融合体10体出現の騒ぎはまだ収まっていないということらしい。一応、この都市付近の融合体は倒されたけれど、まだ残り9体いる。正確には、5体は倒されたという情報が入っていたから、残り4体。

 それだけいれば、人類の危機というのは目に見えて継続中だろう。騒がしいのも当然かもしれない。


 けれど、今の私には些細な問題だった。

 担当範囲の融合体を倒したなら、アイリが帰ってくる。帰ってきてくれる。

 でも……今、さっきまで帰ってくることがないかもしれなかった。これからずっとこんな日々が続くのかな。

 

 融合体が来るたびにアイリが戦いに行くような日々が来る。いや、すでに来ている。そんなことはわかっていたはずだったのに、何もわかってなかった。

 

 融合体という人類の危機は、私にとってはずっと他人事で遠いことだった。でも今は違う。遠い出来事なのは変わっていないけれど、他人事からアイリのことになっている。

 融合体はただの遠くの出来事から、アイリへの危機に入れ替わっている。だからこんなにも怖い。


 手が震える。

 身体が震える。

 視界自体が震えているのかもしれない。


 思わず蹲る。道端だというのに。

 遠くの喧騒がやけに近い。


 だめだ。

 視界が揺れて、地面が傾いている。崩れ落ちそうになる。もう歩けない。

 なんで。そんなにさっき走ったのが疲れたのかな。そんなことはないはずだけれど。


 魔力?

 魔力から変な感じがするからかもしれない。ちりちりとして、ぱちぱちとするというか。落ち着かない。魔力が。いつもはこんなに蠢くことはないのに。


 そのせいか動けない。

 何かがおかしい。今日起きてからずっと、魔力が変な感じがする。

 早く帰りたい。それなのに、足が動かない。動けない。ぐわぐわする。すごく嫌な感じがする。


 あぁ。

 でも、こういう感覚には覚えがある。

 時折、寝る前に自分がどこにいるかわからなくなる感じがして、その場から崩れ落ちそうになる。けれど、最近は感じていなかった。その理由はわかっている。

 こういうふうになっていても、いつもアイリが私の手を握ってくれたから。


「……レーネ?」


 顔を上げる。

 そこにはアイリがいて、私を覗き込んでいた。


「目が覚めたの?」


 その言葉に瞬きをして、少し頷く。

 頷けているかもわからないけれど。とにかく頷こうとした。


「それでえっと……ここまで来てくれたの?」


 きょとりとした声で問われる。

 声が出ない。彼女の顔を見るだけで声がでない。

 会いたいと思っていて、たくさん言いたいことがあって、言わないといけないことがたくさんあったのに。上手く言葉にならない。


「……帰ろう?」


 私の沈黙をどう解釈したのかは知らない。けれど、アイリは私に手を差し出す。

 でも、わからない。その手を取っても良いのか。私が触れていいのか。


「……レーネ」


 アイリが私の名を呼ぶ。

 だから、私はその手を掴む。

 それだけで彼女はほっとしたように表情が綻ぶ


「ありがとう」


 その感謝がどうして発せられたのかわからない。

 けれど、アイリはそう言った。そして手を取られて歩き出す。

 まるでそれはいつも通りの光景で、なんだか何もなかったみたいだった。

 嫌われてはいない。それはわかっていた。わかっていたのに、まだ不安は消えない。


「……アイリ」

「ん……どうかした?」


 少し悩んで、勇気を出して、名を呼んでみる。

 けれど、アイリは普段通りみたいで余計に戸惑う。


「えっと……」


 言葉を探す。

 けれど、想いがうまく見つからない。なんて言えばいいんだろう。相変わらず私の心は遠くて。


 それにこんな風にいつも通りだと思わなかった。じゃあ、どう思っていたのかと言われると困るけれど……気絶する前の会話が続くのかと思っていたのに。アイリは普段どおりがいいのかな。

 けれど私は……あの時の話をしたい。でも、どう言えばいいのかわからない。


 傷つく覚悟をしてきたはずなのに。

 それで目を覚ましたはずなのに。

 私はまた遠回りを選ぶ。


「なんだか魔力が少なくない?」


 一度、逃げるように気づいた違和感に触れる。

 こうしてアイリと手を繋いでいれば流石に気づく。彼女から感じる魔力量が顕著に減っていることに。

 

「あー……うん。そうかも。ちょっと怪我しちゃって。もう治ってるけど」


 私の問いにアイリは髪を弄りながら呟く。

 それは何でもないことに言っているけれど……でも、魔力消費を感じるほどの怪我をしたなんて。魔法を使った魔力消費じゃなくて……?


「えっと、大丈夫なの?」

「もちろん。現代の回復魔法のおかげだね」


 確かに第五世代回復魔法は、術式に込められた魔力で足りなければ、回復対象者の魔力を用いて魔力補完を行う。大抵は込められた魔力だけで足りるけれど……これだけ魔力が減っているのなら、とんでもない怪我をしたんじゃないのかな。

 それこそ……死にかけたぐらいには。


「……だから、大丈夫だよ」

「そっか」


 沈黙が訪れる。

 言葉を探す。

 私の願いはなんなのか、まだわからない。アイリに会えばわかると思っていたのに。こうやって、手を握られているとなんでも良いような気がしてしまう。


 けれど、それは先延ばしにしているだけで。

 ここで、天秤に私も想いを載せないと。いつか本当に崩れてしまうのに。

 けれど、言葉にならない。ただ景色だけが流れていく。


 来るときは気づかなかったけれど、星が明るい。

 私にはあまり星の綺麗さはわからない。でも、日差しのような眩しい明るさとは違う。こういうほのかな光の束のほうが、なんとなく好ましい。

 けれど、まだ言葉は見つからない。

 私が願うべきことは見つけてきたはずなのに。


「あのね」


 だから、アイリに沈黙を破らせてしまう。

 けれど、綺麗な彼女の声を聞くのは心地よくて、遮ることなんかできない。 


「……ごめんね」

「ぇ」

「あんな風に踏み込んで。嫌だったよね」


 どうして謝るの?

 違うのに。そういうことじゃない。そうだけれど、そういうことじゃない。

 アイリは私を見て、私を知ろうとしてくれたからなのに。悪いのは私なのに。目を背けて、アイリを知ろうともしなかった私なのに。


「もう言わないから、だから……」


 アイリは声を震わせる。

 それ以上は言葉にならないという風に。


 ……やっぱり話さないといけない。

 このままだと本当に天秤が崩れる。それが嫌で、私の願いをもってここまで来たんだから。


「あの、アイリは……」


 何から聴くべきなんだろう。

 何を問えば。何が聴きたいんだっけ。私は結局のところ、何を気にして、こんなにも悩んでいるんだっけ。つまるところ、私が聞きたいのは……


「アイリは、私のこと、好き?」

「……ぇ。え!?」


 あわあわと慌てたように、動きを忙しくさせる。それでも綺麗に動くものだから、見ていて飽きないというか。

 でも、それを見ていると一抹の不安が鎌首をもたげる。


「……好きじゃない?」


 勘違いだっただろうか。そんな不安と共に、言葉を続ける。

 するとアイリは、私の手を一際、強く握る。


「好き! す、すき……レーネのこと、好き……」 

「そ、そっか……」


 あわあわとして、少しばかり小さな声だったけれど、いつになく強くて……確かな言葉だった。

 いや……アイリが私への想いを語る時はいつもこれぐらいにははっきりとした言葉を紡いでくれる。それが、嬉しい。嬉しいらしい。


 けれど、意外だった。好かれていないと思ってたわけじゃないけれど、ここまではっきりと好きと言われるなんて。あんなにアイリは、鋭い声をしていたのに。あれは多分……


「アイリ、怒ってないの?」

「……え?」

「あの時、アイリは怒ってたんだよね? 私に」


 わからなかったわけじゃない。気づいてもいた。ただ目を背けていただけで。きっと、ずっとわかっていた。

 アイリの純粋な想いに対して、私の態度はずっとほにゃほにゃしていた。アイリは答えを求めていたのに。彼女はずっと待ってくれていたけれど、それは同時に、我慢をさせていたということなのだから。


「ちが……違わないかも。怒ってたのかも。レーネに」

「……どうしてって、聞いてもいい?」


 鈍感な質問すぎて笑ってしまいそうになるけれど、聞かないと私にはわからない。アイリのことがずっとわからなかったのだから。知ろうともしなかったのだから。


「私は……レーネが諦めているのが嫌で。私ならわかるなんて言えないけど、アイリの悩みも後悔も辛いことも、全部知りたい」

「全部って」

「全部。全部だよ。特に辛いこととか、悩んでることは、知りたい。もちろん、好きなことも、楽しいことも……レーネの心を占めているもの全部」

「そ……」


 つい、言葉を失う。

 そんなことを望んでいるなんて。そんなことができるのかな。私も、私の感情は全て把握できないのに。

 でもそれは最初から言われていたことで。わかっていたはずのことなのに。私の心自体が知りたいと。多分、そういう願いを持っていたから、私の心を見つけてくれた。

 私だけを見て欲しいという言葉の意味がようやく像を結び始める。


「だから、話してくれないと……嫌、かもしれない。ううん。嫌。すごく嫌。レーネのことで知らないことがあるのは、嫌い……」

「そっか。そっか……」

「で、でも。我慢する。我慢できるよ。別に大丈夫だから……」


 アイリは呟く。少し笑いそうになってしまう。

 大丈夫という言葉とは裏腹に、すごく不満そうだったから。


「それで良いの?」

「良くない……良くないけど……でも、レーネとまた別れたくない。ずっと一緒にいたい。なのに。それなのに、私は我慢できなくて。レーネが隠していることを暴かれるのが嫌いなことぐらいわかってたのに」

「うん」

「でも……私は、話してくれないのが嫌で。あんなこと言って……本当は怒りたくなんかなかったのに。ごめんなさい。怒っても意味なんかないのに……」


 意味なんかない。確かにそうかもしれない。

 怒りというのを向けられても、私は委縮するばかりで、何も起きないのだから。まだ怖い。アイリに怒られるのは怖い。

 怒りとは、関係を壊す感情だから。いや、壊れたときに流れる感情というか。だから、怖い。


 あの時、私達の関係は確かに壊れかけていた。

 けれど、アイリはこうして治そうと言葉を尽くしてくれている。それなら、少しは恐れも減ってくる気がする。それに、私もアイリの隣にいたい。


「……アイリには悪いけれど……私の気持ちがわかるわけない。そう思ってる。今も」

「……っ」


 アイリの顔が一瞬歪む。

 こういうことを言われるのが嫌いなことはわかっている。けれど、言葉を紡がないといけない。嘘はつきたくないから。


「でも、まぁいいかな」

「……いいって?」

「話してもいいかなって」

「……ぇ。え?」

「だって、アイリは私のことが好きなんだよね」

 

 ずっと間違ってたのかもしれない。

 私は自分の事ばかり守ろうとしていた。

 アイリなら、私のことを守ってくれるのに。それぐらいの事、わかっていたはずなのに。


 ……もしも裏切られたって、知らない。

 それで傷ついたって、その傷でちゃんと傷つこうって、決めたのだから。


「アイリと一緒にいられるのなら、もういいかな。他はなんでもいい」

「……い、いいの?」


 アイリがきょとりと呆ける。

 その顔は驚きと喜びが混ざっていて……こういう表情を見れるのは嬉しいかもしれない。そんな思考が片隅で浮かぶ。


「だから、話して欲しいことなら、話すよ。全部。あんまりおもしろい話じゃないと思うけれど。くだらない話って言うか」

「そんなことないけど……無理してない?」

「うーん……別に話したいことじゃないし、怖いかな」


 話すことは怖い。

 それこそ出来事や意志を語るのは怖い。

 私は考えなしで、口をついて出てしまう言葉が多い。そしてそれで失敗してきた。だから、話すのは怖い。ずっと曖昧な事だけで話していたい。


「じゃ、じゃあ……そんなの。レーネが話すことなんか」

「でも、知りたいんだよね」

「……うん」

「我慢できないんだよね」

「…………うん。だって、レーネのことで知らないことがあるの、怖い。レーネの心が私の知らないほうを向いているなんて、嫌で……わ、私の、こと……だけ……その」


 アイリが言葉を詰まらせる。

 けれど、容易に彼女の意志を察することはできる。


「私のことだけ見て欲しい?」


 アイリの言葉を引きつけば、少し頬を赤らめて、こくりと頷く。

 結局、アイリの願いはそれなのだろうけれど。でも、私には。


「前も言ったけれど……それができるのかはわからない。けど、アイリはそうやってたくさん歩み寄ってくれたから、私は今ここにいる」


 ずっとそうだった。

 私はずっと怖くて。傷つく前に世界を拒絶していて。

 それなのにアイリはいつも私の方へと歩いてきてくれていたから。こうして一緒にいる。だから、どれだけ天秤が傾いていても、どれだけ傷ついても、アイリが隣にいるのなら。


「だから、まぁいいかなって」


 自分で言っていて、他人事過ぎるような気がする。

 ……そうだった。結局、言葉にしていない。


「それで、えっと……」


 願いを探す。心の内から。

 そしてそれはすでに見つけていたはずなのに。ずっと同じことを願ってた。いや、祈ってた。そして今、願いにするだけで。


「……一緒に、いて欲しい」


 それだけのことを呟くのに随分時間をかけた。

 そしてたったそれだけのことを言っただけで。

 

「一緒にいるよ」


 アイリは願いに応えてくれる。

 とても歓喜に満ち、あまりにも綺麗な声色で。

 それが隣で聞けるのはとても嬉しい。それだけじゃなくてこれは……なんだろう。変な感じ。


 いつもより嬉しいからかな。

 きっとこれだけで嬉しい。

 でも、願いはまだある。全ての願いが言葉にできたわけじゃない。意外と強欲だったらしい。

 ……アイリも一緒にいたいと願っていて欲しい。私といたいって。ずっとそう願っていて欲しい。


 でも、そこまで言葉にはできなかった。まだ心がはっきりとしていないせいかもしれない。

 それもいつかアイリが心を見つけてくれたら。これもいつかアイリに話せたら。何もかも言葉にして伝えることができたら。そんな日を望んでいる自分に驚く。


 でもきっと、そうなったら……アイリのことだけを見ていると、自信を持てるかもしれない。そんな予感ともいえない朧げな期待と共に、アイリと指を絡めた。

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