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第43話 わかろうとしたの?

 結局、遺跡探索は予定より大分遅れたけれど、最初の事故以外は特に何もなく終了し、10日ほどが経った。私達、魔法師の仕事はなくなり、訓練をするだけの日々が戻ってきた。

 気恥ずかしさを抑えて、正直に想うのなら、嬉しいと感じている。アイリと一緒にいる時間が長くなるから。

 ティスタも話すことができる友人という意味では同じなのに、どうしてここまで違いが出るのか、たまに不思議になる。まぁアイリの大きな感情が理由であることぐらいは、わかっているつもりなんだけれど……まだ実感としては薄いからかもしれない。

 

 そういう日々になっても、休日というのは嬉しい。アイリのことを考えれば、平日は魔法の練習をするのが大事だろうけれど、休日はそういうことを考えなくていい。だから、楽で良い。

 今日という休日も家でアイリと2人並んで座って映画を見ている。最近の休日というか、暇な時間は映画を人気順に見ていくのが典型的な過ごし方になっている。面白いものやつまらないもの、沢山ある。そういう風に思えること自体、アイリといるかららしいから、何でも良いような気がする。


「……面白かったね。疲れてない?」

「ううん。全然大丈夫」

「そっか。じゃあ、次もいくよ」

「んー……」


 映画の始まりに合わせて身体を伸ばしたところ、視界の端で私の通信機の画面が明るくなっていることに気づく。どうやら何か連絡が来たらしい。

 寝室の隅っこに置きっぱなしになっている通信機はそれなりに遠いけれど、ほとんど連絡が来ない私の通信機が光るというのは無視できない。


 少しばかり魔力を動かして、魔法を起動し、通信機を拾う。これぐらいの魔法制御ができるようになったのは、魔法学校に行ったおかげなんだろうけれど、これぐらいにしか役に立たない。あまりみだらに魔法を使うわけにもいかないし。


「……レーネの魔力操作って綺麗だよね」

「そうかな? そんなことは無いと思うけれど」


 正直、アイリに言われても、あれなんだけれど。私とアイリでは魔法的技量には大きな差がある。私の魔力操作が致命的に下手とは言わないけれど、アイリに比べたら相当無駄が多い。

 

「綺麗っていうか……見てて安心する。なんだかぽかぽかする」

「えっと、よくわからないけれど。ありがとう?」


 褒められているらしい。

 全然、意味がわからないけれど……もしかしてアイリはさっきの運動量変化魔法を使えないだろうから、そのせいでそう思うのかな。そう思えば、同調者の魔力形質が特化形質へと変化するというのは割と不便らしい。


 そんなことを話しながら通信機を開く。

 そこにはティスタの名前があった。何か通信連絡を入れてきたらしい。彼女に連絡番号を教えた記憶はないけれど、どうやって……?


「……誰から?」

「ティスタみたい」


 あ、なるほど。魔法師用の相互連絡機能で送ってきたらしい。たしかにこれなら、誰にでも連絡できるけれど、こういう風に個人的な連絡が来るのは初めてかもしれない。というか、こういう使い方をしてもいいものなんだ。


「……どんな要件なの?」

「一緒に祭りに行かないかって」


 要件を話せば、アイリが一瞬息を呑み、私を見つめる。

 ちらりと彼女の瞳を盗み見れば、それはゆらゆらと揺れている。でも、私にはどうしようもなくて、それに気づかないふりをする。


「……行くの?」

「行かないよ。知らない人もたくさんいるみたいだし」

「そう、なんだ……」


 ティスタからの連絡は、端的に言えば祭りに行こうという話だったけれど、それは10人弱で祭りに行くというものだった。どうやら同窓会に近いものらしいけれど、どうして私をそこに誘うんだろう。私の知らない人ばかりなはずだし、そんな場所に行きたいとは思わない。

 アイリと出会って、多少は人といても大丈夫になってきたけれど、それでも、多人数を相手にするのが苦手なことが変わらないのは、最近思い知ったし。


「……あのね」


 アイリの言葉がそこで切れる。

 なんだか言葉を探すように、彼女は自らの髪を弄る。


「アイリ?」

「……あ、あの。もし、ティスタさんだけだったら、行ってた?」

「どうかな」


 少し考えてみる。

 これも天秤なのかもしれない。ティスタとの時間を取るか、アイリとの時間をとるか。その比較はとても簡単で、アイリとの時間の方が重要度が高い。それが正解かはわからないけれど。まぁ。


「多分、行かないかな」

「……そっか」


 ほんの少しアイリの声が高くなる。どうやら喜んでいるらしい。多分、私に対する独占欲的なものがきっかけなのだろうけれど。ちょっと傲慢すぎるかもだけれど。

 ……相変わらず、こうして目の当たりにしてもよくわからない。私への独占欲って、どういう感情なんだろう。どうしてアイリはそこまで私のことを好きなのかな。


 好きって。自分で考えていて笑いそうになった。そんな風に思えていることがなんだかおかしくて。楽天的というか、楽観的というか。私には、私を好きになるというのがどういうことか、未だによくわからないのだから。


「レーネ?」

「いや、その。そういえば、祭りに行かなくて良かったのかなって」


 気恥ずかしさを誤魔化すように適当に話題を振る。

 アイリはいつもの座布団の上に座り、映画の続きを再生し始めながら、答えを返す。どうやら、考えたこともなかったらしい。なんだか意外な感じがする。


「私は別に行かなくていいかなって……もしかして、レーネは行きたかったり……?」

「いや、そういうわけじゃないけど」


 アイリは祭りが好きなのかと思っていた。祭りというか、花火というか。去年は一緒に見たいと誘われたし。だから、そうなのかと思っていたけれど。


「アイリは行きたいのかなって。ほら、去年は行きたいって言ってなかったっけ」

「……あれはね。ただ休みの日もレーネと会いたかっただけだよ。ただの口実」


 少し頬を染めて、アイリがぺとりとそんなことを言う。

 ……どうしてそんなことをすらりと言ってしまえるのだろう。言われた側の私すら気恥ずかしいのに。

 でも、アイリのこういう素直さには助けられている。こうして今私達が一緒に住んでいるのも、アイリのそういうところのおかげだし。


「なら、いっか」


 照れ隠しのように、それだけ言って、返信文を考える。

 そうこうしているうちに通信機がぴこりと音を立てる。

 またしてもティスタからの連絡が来たらしい。何か追伸みたいなものらしい。


「返信?」

「いや、まだ返してないし……ぇ」

「……レーネ?」


 一瞬、息が止まる。目を閉じる。

 目の前の文面から逃げ出すように。

 でも、消えてくれない。一瞬しか見てないはずの、ティスタからの文面は瞼の裏にこびりついている。


『ミリアムもくるってー。仲良かったよね!』


 きりりと音がする。

 頭がぐわぐわする。

 なんで。

 どうして。

 ミリアムが。

 彼女がいるわけない。いるわけないのに。


「ぁ……」


 浅く掠れた息を吐きだす。

 また視野が狭窄している。がらがらしている。 

 深く目を閉じて、自分の手を強く握る。痛みのせいか、少しずつ思考が整理されていく。


 ……祭りの日は連絡日だっけ。それなら、外の人が来てもおかしくない。

 それにしても、わざわざこの都市に集まらなくてもいいのに。なんで、こんな空中要塞都市なんかに……ティスタがいるから? そうな気がする。彼女は今はどうか知らないけれど、魔法学校では中心人物としか形容できない人だったし。


 瞬きをする。

 アイリの指を掴む。


「レーネ? 大丈夫?」


 アイリが私を覗き込む。

 胸の奥の方がぎゅるるとする。

 

「……ぅ、うん。大丈夫。ちょっとびっくりしただけ……」


 でも、もう大丈夫。大丈夫なはず。泡が浮いているけれど、大丈夫。

 浅い息を整える。荒ぶる魔力を基底状態へと遷移させる。


「レーネ、本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ、別に」

「……ほんとに?」


 アイリが不安げに私に触れる。

 けれど、それを気にするほどの余裕は今の私にはない。


「大丈夫」


 瞬き、呟く。言い聞かせるように。私に言い聞かせるように。

 こんなのアイリに言っても仕方ない。仕方ないということはわかっている。これは結局自分の問題なんだから。


 色々な問題があって。結局は、私が失望されてしまうようなことを言ってしまうという恐れなんだけれど。

 でも、この恐怖は、私が向き合わないといけない。


 アイリに話せないわけじゃない。

 でも、アイリはきっとこの問題を曖昧なままにしてくれる。だから、彼女に依存しているのかもしれない。現実から逃げていられるから。

 でも、それはいつか爆発して、アイリとの関係をだめにしてしまうことぐらいはわかる。だから、私がなんとかしないといけない。


 だから、大丈夫といったのに。


「……嘘だよね?」


 アイリは私に踏み込んでくる。

 私を暴こうとしてくる。


「……やっぱり、大丈夫じゃないよ」


 アイリが呟く。ぺたりと隣に座る彼女が少しばかり距離を詰める。

 これまで、こうして距離を縮めることは何度もあった。でも、今日はなんだかおかしい。変な感じがする。よくわからない。でも。

 ……怖いらしい。なんで。なんで、今更アイリのことを。


「だって、泣いてるのに」

「……そうだね。大丈夫じゃないかもしれない」

「なら」

「でも、大丈夫」


 アイリには関係のないことなのだから。

 その言葉を呑みこむ。それは事実だけれど、同時に言えば彼女が傷つくことぐらいはわかったから。


「どうして? どうしてそんな……そんなふうに我慢するの?」

「我慢なんか」


 どうしてまた。またそうやって。

 みんな、アイリまで……私の心を決めつけるのかな?

 そんな簡単にわかるのなら、何もわかってない私が馬鹿みたい……実際、馬鹿なのかもしれない。でも、それでも私はまだ自分の心を探しているのだから。


「……何があったの?」


 アイリが私を見つめる。

 その瞳の中に私を入れてくれることが、どれだけ幸運なのかはわかっている。だからこそ、壊したくない。私の言葉で壊したくない。


「……話すのは、怖いよ……話してどうなるの?」


 言葉にしたのはたったそれだけのことだったのに、心にぴきりと音をたてる。重い。息が重い。言葉が上手く出ない。声が鈍い。


「どう、って……話してくれたら、何かできることとか、あるかなって。怖いって言うのなら、それも教えて」


 一瞬、言葉が消える。

 彼女の指が私の手の甲を撫でる。


「私、レーネの全部を知りたい」


 アイリはひとつひとつの言葉をしっかりと、はっきりとした意志を持って、紡いだ。多分それは、彼女の世界観では当然のことで。

 それが私には、あまりにも共感できなかった。私の全部なんか、知ってほしくなかった。

 きっと知られたら、アイリは私を瞳の中には入れてくれなくなるから。


「何も、ないよ」


 だから、そう呟いた。呟いてしまった。

 アイリの顔が見るからに歪む。ざくりと心の隙間から音がする。


「……ごめん。でも、アイリにできることはないから。これは私の問題だから、アイリは……」

 

 言葉を探す。必死に。なんて言えばいいのかわからない。こういう時のための言葉を私は持たない。ずっとまともに人と関わったことがないせいかもしれない。

 でも、何かを言わないと。アイリを傷つけたいわけじゃない。だから、言葉を絞り出す。


「アイリは、わからなくていいから。そのままでいいから」


 沈黙。こういうのを天使の訪れというんだっけ。

 そんな場違いな思考はアイリの瞳を見れば消え去る。その目はいつかと同じような瞳だった。


「……わからないよ。だって、レーネが話してくれないから」


 その瞳を見たのはいつだっけ。

 一瞬のうちに魔力が記憶領域を駆け巡る。でも答えは上手く像を結ばない。

 でも、また失敗したらしい。


「ぇ」

「話してくれなきゃわからないよ!」


 アイリが不意に大きな声を出す。

 いつかと同じような声を。


 それで思い出す。アイリの声も瞳も、一年前に「ここにいない方がいい」と言った時と同じような。

 

「話してもわからないかもしれない。私なんかじゃレーネに何もしてあげられないかもしれない。でも、それも……話してくれないとわからないよ……!」


 それは正論で。でも、私には響かない。

 共感できない。アイリが私の悩みに共感できないのと同じように、私も彼女の思想に共感できない。世界観のずれが補正できない。天秤が揺れている音がする。


「何も言わないのに、そんなのわかるわけない。理解したい。知りたい。レーネのこと知りたいよ。だから、話して……お願い……」


 アイリが私の手を掴む。

 なんだか縋るようだった。

 

「どうして何も話してくれないの……?」


 でも、話せない。

 何を話したらいいのかわからない。


 怖い。何を話しても駄目になる気がする。今話せば、全部を話してしまうような気がする。そうなればきっと、壊れてしまう。天秤が壊れてしまう。

 嫌な予感がぐるぐると泡のように膨らんでいる気がする。


 アイリに依存してしまうから? 人が怖いから? 壊してしまうから? 傷つけるから? 全部嘘な気がする。何もかも、嘘な気がする。本当のことがわからない。本当のことを話していいのかもわからない。


「わか、らない……」


 それだけのことを絞り出す。

 もっと色々な事があったはずなのに。でも、それは少しも声からは出なくて。


 でも、それだけが真実だった。

 わからない。なにもわからない。


 最近は、いや、ずっと前からかもしれない。

 私には何もわからない。自分の心も、現実のことも、人のことも、世界のことも。全部わからない。

 わからないことだらけで、それでも情報はあって、上手く処理できなくて、そういったものの累積がどんどんと思考を濁らせて、鈍らせて。

 そして何もわからなくなっている。


 アイリは無言だった。

 どんな顔をしているのか見れなかった。

 ……多分、私は私のことに精一杯で。


「……わかった」


 ぞっとした。

 アイリの声がとても鋭くなっていたから。いつもの穏やかな声じゃない。

 痛い。削れている気がする。


「……レーネは、心を決められるのが嫌いなのかと思ってた」


 そうだっけ。そうかもしれない。

 みんな、私の心を決めつける。それはきっと違うのなら、反論してくるという前提な気がする。でも、私は自分の心がわからない。みんなは自身の心を理解している。私だけが、心の在処を探している。

 だから、私の悩みは誰にも共感できるわけない。


「そう、だけど。そうだから」

「でも、レーネは私のこと決めつけてるよね」


 アイリが私の言葉を遮る。

 がくりと音がする。暴かれる音がする。


「私にはわかるわけないって決めつけているよね」


 図星だった。

 ずっと、私がされて嫌なことをしていた。そんなことにすら気づいていなかったらしい。


 人の心に興味がないから。

 自分の事ばかり大切にしているから。

 自分しかここにいないのに、その自分も好きじゃないから。


 声が響く。

 私の声が響く。

 目を開けられない。

 アイリがどんな目をしているのか見れない。

 こんな酷い私を、アイリはどんな目で。


「……ぅ」


 でも、何か言おうとした。そうしないといけないことぐらいはわかったから。

 けれど、声が出ない。

 気づけば視界は狭くなって、きゅううと音を立てている。胸の奥がぎりりと音を立てて、私の喉を潰してしまったかのように。


 なにか。何か言わないと。

 そうしないとまた失っちゃう。大切なアイリとの関係を。 

 こんな風にしたかったわけじゃないのに。


「……レーネ?」


 痛い。胸の奥が痛い。

 魔力がじりじりする。

 そして一瞬、くるりと回る感覚が私を襲い、叫びそうになった。でも、ひゅうひゅうと音が漏れるだけで、声はでない。息ができない。

 

 何も見えない。 

 薄っすらとした視界には、やけに大きく机の脚が映っていて、倒れたらしいことを理解する。

 

「レーネ!?」


 遠くで声がする。

 けれど、それが思考内で処理されるよりも前に、私の意識は途切れた。

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