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第42話 沈黙の心

 今日も遺跡探索の日ということで、私とティスタは遺跡の入口を適当に見張っていた。これまで何十日とここで見張りをしているけれど、魔物は弱いものが数回来た程度でしかない。それも迷い込んでくるような形だったから、少し魔力を励起させただけで逃げていったし。

 一応魔物が来ているのだから、私達がいる意味はあるのかもしれない。でも、あんなに弱い魔物が遺跡に迷い込んだとしても、中で探索しているような魔法師が困るとは思えないけれど。


「これも、あと少しかー」

「らしいね」


 ティスタの言葉に適当に頷く。

 色々あったけれど、遺跡探索も大分進んでいるらしい。あと数日もあれば終わるとか。

 けれど、それでも結局ひと月程度かかってしまった。元々はもっと早く終わらせる計画だった気がするけれど、ある程度の同調率を持つ人しか探索に参加しないとなれば、こんなものな気がする。なんなら、それでも少し早いぐらいというか。


 一応、探索結果もわかってきて、それなりに価値のある古代遺物がいくつか見つかったらしい。私にはわからないけれど、遺物研究者のニルヴァならその価値がわかるのかもしれないけれど。


 こうしてひと月もの間、空中要塞都市はこの遺跡上空に留まり続けていたわけだけれど、その間も融合体は現れなかった。もう現れないのかもしれない。そんな意味のない期待が少しずつ強くなっていく。


「レーネ、どうかした? 元気ないね」

「そうかな」


 そういうつもりはないけれど。

 確かに、少し現実が遠い気はする。アイリは地下で頑張っているし、ティスタと話していると後悔の記憶が薄っすらと蘇ってくるし。

 別に誰のせいでもない。強いて言うのなら、私のせいで。ただ昔を思い出して……後悔を思い出して、またミリアムとの関係と同じようにアイリとの関係を壊してしまうんじゃないかって……不安になっているだけで。


「何か大変なこととかあったでしょ」

「そんなことは、ないけど」

「そうは見えないなー」


 そんなに私は元気がないのかな。

 確かにミリアムとのことを思いだせば、とにかく嫌な感じがするけれど。でも、過去のことだし……過去の事になっているはずなのに。まだどうにも後悔の感触があることを否定することはできない。


「アイリちゃんのことだよね」


 一瞬の沈黙を抜け、ティスタが呟く。

 それに私は無言を返す。どう言ったらいいのかわからなくて。


「そうなんだ」

「どうして、そんな」

「それぐらい、わかるけど。レーネ、結構わかりやすいよ」


 ……違う。

 そういうことじゃない。どうしてそんな風に決めつけるのかという話なのに。私の心なのに。私の心をみつけたこともないくせに。


 それにアイリのことで悩んでいる気はしない。どちらかといえば、問題なのは私自身のことな気がする。たしかに問題はアイリとの関係のことだけれど、解かないといけないのは私の心の在り様というか。


 アイリに依存しているのが良いことなのかわからない。いや、良くないことなのはわかる。でも、だからと言って、どうすればいいのかわからない。何もわからない。

 だから、結局のところは私自身の問題なのに。それは誰にもわからないことなのに。私自身にもわからないことなのに。


 それなのに、どうしてティスタは私のことを決めつけるのかな。

 そんなもやもやを内に閉じ込めながら、ティスタの次の言葉を待つ。


「アイリちゃんと喧嘩でもした?」

「別に。何もないけど」


 アイリとは本当に何もない。いつも通りの日々。

 ただ私が過去のことを思い出しているだけで。そのせいで不安を感じているだけで。そして彼女の優しさに依存していることに気づいただけで。

 アイリとの関係に何か変化があったわけじゃない。変化があっては困る。私にとって変化とは、崩壊の予兆にしか感じないのだから。

  

 だからティスタに話すようなことはなにもない。話したいことはなにもない。


「……アイリちゃんは恋人なんだっけ?」

「いや、違うと思うけど」

「なにそれ」


 ティスタは不思議そうにけらけらと笑う。


「レーネ自身のことでしょ?」

「そうだけど」


 アイリとの関係がどういうものかなんて知らない。アイリが私のことを好きでいてくれることは知っているし、私も彼女のその好意や優しさに甘えている。でも、なんて関係と言えばいいのかはよくわからない。

 それは私だけで決めていいものなのかな。私ですら私のことがわからないのに、アイリとの関係のことを決めてもいいのかな。きっとだめな気がする。


「まぁ、友人だよ。アイリは」

 

 適当に言葉を返す。これが正解という気もしないけれど。

 でも、こうして無理に答えを決めるというのはなんだか心ががりがりとする。窮屈というか。そこまではっきりとした心じゃないのに。

 ……だから誰にも私の心を決められたくない。のかな。どうかな。


「友人かー。レーネもそういうことで悩むんだね」

「そういうことって?」

「友達関係、みたいな。そういうの気にしてない風だったから」


 ……そういう風に見えているらしい。私は。その程度の解像度で、私の心を決められても困る。そんなに遠くから、分かった気で言われても。


「悩んでるわけじゃないけど。別に」


 だってどうしようもないことだとわかっている。

 悩んでいるというのは少し違う気がする。


「うーん。じゃあ、アイリちゃんと仲直りしたいんだ」

「喧嘩しているわけじゃないよ」

「でも、寂しいんじゃないの?」


 答えに詰まる。図星だったのかもしれない。

 でも、わからない。私にはわからない。


「寂しいんだ。レーネも」


 またティスタは私の心を決める。


「も、って」


 私の心を決めつけるのも変だし、ティスタ自身も寂しいという風に言うのも変に聞こえる。彼女の周りにはたくさん人がいたから。今もそうなのかは知らないけれど、寂しさとは無縁の人生を送っているのだと漠然と考えていた……これはティスタの心を決めつけているのかもしれないけれど。


「そんなに意外?」

「まぁ、そうだね」


 ティスタは顔も広いし、孤独とは遠い人だと思っていたのに。それこそ距離の近い人だっているだろうに。


「あたしだって寂しいんだ」


 彼女の声が宙に消える。

 ティスタと話すのは、正直……少しばかり苦手な気がする。彼女と私では世界観が違う。でも、人と話すのを喜んでいる自分もいるらしいことは気づいている。


 それはきっとティスタの社交性というか、許容性というか、そういうもののおかげで。そういうのは私にはないもので。

 だから、意外だった。ティスタも同じように寂しいと感じるなんて。

 同じように? ……同じとは思えないけれど。 


「たくさんの友達と飲んでいるときも。恋人が隣で寝ているときも……いや、楽しいよ。みんなといるのは楽しいけど。ふとした時にね。どこまで行っても、あたしはこの世界に独りで存在していて、それがわかるから寂しいんだ」


 ……独りで存在している。この世界に。

 それは私には馴染み深い感覚だと思う。アイリと出会うまで、私は控えめに言って孤立していたのだから。


「それは、仕方ないんじゃない? どれだけ近づいても、魔力生命体という個体である以上は」

「それはわかってるんだけれどね……魔力接続でもしてみれば、別なのかなー」


 ちょっとぎょっとする。

 魔力接続。名前の通りに相性の良い魔力同士が、互いの魔力を繋げる行為。どこまでが自分で、どこからが相手なのかわからない。曖昧な個人になるとかならないとか。

 そんな一時的とはいえ、自分の精神に相手を繋げるなんてことをしたいという感情は、あまりにも理解できなくて、びっくりしてしまったのかもしれない。


「魔力接続で寂しくなくなるの?」

「わかんない。けど可能性はあるでしょ。魔力が繋がるってことは、共感できるわけだし」 


 そう、かな? たしかに魔力は精神そのものという話はあるけれど……

 というか、その話はつまり。


「共感したら、寂しくないってこと?」

「そうじゃない? 同じ気持ちでいてくれたら、独りじゃない気がするでしょ」

「まぁ、そうかもだけど」


 でもそれは。


「無理だと思ってる?」

「……私はね」


 別にティスタを否定したいわけじゃない。彼女には彼女の世界観があるのだろうし。

 でも、ティスタに私のことをわかってもらえるとは思わない。思えない。誰にも、私のことがわかるわけがない。わかってもらっては困る。魔力接続をしても、何をしても私の心の内を理解なんかできないはずだから。


「まぁ魔力接続は無理だよね。昔恋人とやってみたことがあるんだけれど、その時も全然だめだったし」


 恋人とかそういう問題なのかな。

 魔力接続の親和性の閾値はかなり高い。そこまでの魔力親和性は、ここまで複雑化した魔力形質をもつ人類同士では難しい。多分、世界中に魔力接続できる人が1人いれば、幸運ぐらいの確率のような。


「でも、共感が無理でもさ。私はレーネのことを助けたい」


 視界ががたりと傾く音がした。

 助けたいなんて。少し前まで、私はその言葉をずっと待っていたはずなのに。魔法学校では、ずっと誰かに助けて欲しいと願っていたはずなのに。


 心には少しも響かない。ずっと心は遠くで無言のままで。何も感じない。こんなに私の心がこんなに空虚だったなんて……知らなかった。知りたくなかった。


「本気だよ。あたしは」

「どうして?」

「レーネも、あたしのこと助けてくれたじゃん。魔物から守ってくれた。恩人だし」


 あれは違う。あれは別にティスタを助けたくて助けたわけじゃない。ただ見捨てるのが怖かっただけで。見捨てて、そんな私でアイリと出会うのが怖かっただけなのだから。


「あれは別に……ただの自己満足で」

「それでもいい。でも、助けられたから。だから困ってたら教えて。あたしにできることならなんでもするから」

「なんでもって」


 軽々しく言いすぎな気がする。

 世界観の違いなのかな。友達が多い人らしいというか。多分冗談というやつなんだろうけれど、そういう細かいものをはっきりと捉えすぎてしまうのは、私の人間関係的経験値の少なさというか。


「まぁ、何でもは言いすぎだけどさ。できることなら手伝うから」

「どうして、そんなに」


 踏み込んでくるの?

 けれど、それは言葉にならず。代わりにティスタの解釈で会話は続く。 


「恩人を、友達を助けたいってそんなにおかしい?」


 ……私達、友達だったのか。知らなかった。

 確かにそう言われてみれば、そうなのかもしれない。これだけ話しているのだから。


「おかしくないけど」


 でも話したくない。ティスタに話すことは無い。

 彼女には私の不安はわからない。多くの友人がいるような人には。恋人がいたことがあるような人には。私の気持ちがわかるわけがない。誰にも。


「まぁ、ありがとう。助けたいって気持ちは嬉しい。でも、別にアイリのことで困ってるわけじゃないから」

「けど」

「それより、もう帰ろうよ。終わりだし」


 ティスタの言葉を遮るように、私は立ち上がる。

 もうこれ以上、今日のティスタと話したくなかった。そんなに心に踏み込んできてほしくない。ティスタのことを嫌いになりたいわけじゃないし。


「わかった。まぁ、話したくなったら話してよ」

「……ありがとう」


 きっと私の拒絶を理解したんだろう。

 ティスタはそれ以上踏み込んでは来なかった。


 ……別に彼女に悪気がないことはわかってるし、善性で話していることも知ってる。でも、私の心の中身は、私も見ることができないものなのだから。アイリにも話さなかったことなのだから。

 だから、この胸中の不安を語りたいとは、思わない。

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