⑥
あの騒動を起こしてから、四日が経過した。
ライもナナンも、シズクの屋敷に厄介になっていて、シエット達も兵士たちも何事もなかったかのように、採掘作業に従事していた。
こうなってしまった以上、ライ達も採掘を手伝いたい気持ちがあったが、それは却下されてしまった。
ロークたちの方がライ達の存在を嫌がった。
同情心で手を出して欲しくはないと言われたら、こちらも引き下がるしかない。
その代わり、中毒症状の患者を診て回ったりしていたわけだが、残念なことにライは不器用だ。ナナンのように器用に看病することができずに、手持ち無沙汰にしていた。
(ナナンとも、まともに顔を合わせ辛いしなあ……)
あの一件以降、怖いほどナナンは普段通りで、サリファと小屋で何があったのか訊こうともしない。
むしろ、だからこそ……ライは心中穏やかではいられなかった。
(やましいことはなかったけれど、それに近いことはしてしまったかもな……)
謎の緊張感が乗じて、サリファが隠し持っていた酒を飲み干してしまったのがいけなかったのか。
彼女の静けさは、まるでライがしてきたことをすべて知っているのではないかという迫力があった。
よもやこの年になって、恋愛沙汰なんかで頭を痛めるとは思ってもいなかった。
(退路は絶ったつもりでいたのに……。)
サリファに会えたのは嬉しかったし、芝居とはいえ、抱きついた……あの温もりを忘れまいとしているのは、確かだ。しかし、距離は以前より遠くなったような気がする。
(言うつもりはなかったんだ……)
サリファの……自分でも気づいていない本音なんかを……。
きっと、あの時のライは相当酔っていたのだ。
まるで愛の告白のように、すぐにでも逃げることができると、事あるごとにサリファは囁く。
その甘い言葉は、ライの心を揺さぶるけれど……。
でも、決して彼は逃げられやしないのだ。
激情を…………サリファは、これ以上隠しきれないだろう。
母、カテナを二度も葬ったアルガス王を、野放しにはできないはずだ。
だけど、一方で戦うことは不毛だと思っている。
だから、彼はカテナと唯一交流のあったライを「楔」として使っているのだ。
ライに歯止めの機能を期待している。
サリファは、理性で踏み留まるために、ライのためだと言って動いているに過ぎない。
(……て、結構落ち込むよな)
気づきたくないけど、ライにはちゃんと分かっている。
れっきとした女性であったしても、相手にされるか分からないのに、こんな自分じゃ、サリファに特別に想ってもらえるはずがない。
昔からだけど、サリファは本当にズルい男なのだ。
人一倍恋愛感情に鈍いくせして、そうやって、ライの心を翻弄する。
(どうすれば、いいんだろうな……)
こんな時は、城の中で書類と祭儀に忙殺されていた方がマシだったかもしないと、悩む。だが、鬱々と内向していくライを事態は放っておかなかった。
嵐のように、採掘場にユクスがやって来たのは、五日目の朝だった。
「……て、おい! まだお前達は、こんな所をうろうろしているのか! 近づくなと伝えたはずだ!」
肩くらいまでの髪を、一つにきっちりと括っている育ちの良さそうな青年。
レガントの息子ユクスは、採掘場のすぐ傍の集落で、重症中毒患者を診て戻ろうとしていたライとナナン、シズクの姿を発見するなり、従者を遠ざけ岩場の陰に連れ出し、大音声で説教を始めたのだった。
よもや、十以上も年下の子供から、寒空の下、延々と叱られるとは思っていなかったライは、凍った笑みしか浮かべることしか出来なかったわけだが……まあ、ナナンに比べたらマシだろう。彼女の場合、目を開けたまま、眠っていてほとんど聞いていない。
「お前なっ!」
「何だ?」
突然、指差しされて、ライは首を傾げた。
一応、公子を相手にしているので応対は丁寧な方だ。言葉遣いは、がさつだったが……。
「北の血を引いているのか? 肌の色素が薄いな?」
「…………何処かで、北の血が入っているかもしれないけどな」
適当にあしらいつつ、そっぽを向く。
しかし、じっと覗きこまれると、やはり立場が立場なだけに、正体がばれるのではないかと、緊張してしまうのだ。それが気に入らなかったのか、ユクスは益々ライに顔を近づけた。
「用件は?」
「……あいつは、どうにかならないのか?」
シズクの隣で、立ったまま眠っているナナンのことを指摘しているらしい。
「ナナンってば!」
シズクが懸命にナナンを揺さぶっているか、目を開けたまま眠っているようだ。
ある意味、器用な娘だった。
「……ああ、気にしないでくれ。先輩はお疲れなんだろう。でも、公子様の仰りたいことは分かっていると思う」
「まったく、分かっていれば良いのだがな。さすがに、俺も庇いきれなくなるぞ。これでも、シズクに情報をもらって、あの者たちのことは気にかけているつもりなのだ」
「嘘でしょう……。気にかけている割には、みんな大変そうじゃないの?」
ふと横を見遣れば、今まで何をしても眠ったままだったナナンが、ぱちりと目を開け腕組みをしていた。
「中毒症状の患者も最近急増したって聞いたわ。今だって、みんな嫌々こんな仕事をやらされて……。元罪人だかなんだか知らないけど、やることがえげつないって思わないの?」
「ナナン!」
シズクが慌てて、ナナンの前に立った。だが、時は遅かった。
ユクスがシズクを挟みこむように、立ち塞がっている。
「おかげさまで、貴方たちが警備を緩くしているから、私達がこうして毎日入り込むことができたわけだけど、どうせ逃走したら縁者共々処刑とか、そういう人でなしな規則を設けて、この人たちを縛っているわけでしょう? 最低だわ」
「……今は処刑なんてしていない。あの者達は逃げ出さないからな」
「逃げ出したくても、逃げ出す元気がなくなっちゃっているだけじゃないの? 絶望しているのよ」
「仕方ないだろう。あのような者達も、今のクリアラには必要なのだ」
「ま、ま、待って!」
自分の後ろと前で、睨み合う二人を前に、シズクが声を張り上げた。
「ナナン……。仕方ないんだよ。また時が経てば、僕達も出来ることも増えるかもしれない。だから、今は待つしかないんだ」
「だからってねえ!」
興奮冷めやらないナナンの肩を、何処か冷めた目で見ていたライがぐっと抱えた。
こんなところで、子供相手に目くじらを立てている余裕はない。
「しかしな……」
だが、ライは言わずにはいられなかった。
銀髪のひ弱な少年の今にも泣き出しそうな目は、サリファが言う以上に危なっかしく感じる。
「シズク君。ちょっと、思ったんだけど。……確かに、待つのは大切だろうけど。待つというのは、いずれ報われることを想定してのことだ。君の言う転機が来た時、待ち続けていただけの人間が、大嵐の真っただ中で、生きていけるのかな?」
「…………えっ?」
唐突に自分に向けて放たれた言葉に、シズクは目に見えるほど、狼狽していた。
「間違いなく、ここに嵐が来るのは分かっているのだろう? その時、君はどうする? どう動く? いざとなった時、生きていく策を練っておくのが上策なんじゃないのか?」
「…………カナ?」
たった今まで、激昂していたはずのナナンが、不思議そうに声を掛けてきた。
だが、ライはどうしても、今の言葉を彼に伝えておきたかった。
シズクの出生について知ってしまった責任だろう。
いつの日か、その言葉の意味が分かるようにしておかなければ、彼は簡単に嵐に飲みこまれてしまうかもれしない。
「僕は…………」
目を丸くして、困り果てているシズクは、何事かライに伝えようとしていたようだが、すぐに横から現れた人物に、皆の注目が集まってしまった。
「貴方がシズク様でいらっしゃいますか?」
「…………えっ?」
怯んだシズクは、大げさなくらい、後ろに飛び下がった。




