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ティファレト戦記  作者: 森戸玲有
第1章 <終幕>
32/81

 長閑な昼下がりだった。


「晴れて良かったね……」


 欠伸混じりにそう言ったエレントルーデは、いつものような派手な格好ではなく、灰色の軍服姿だった。

 何処のアルガス兵かと衆目を集めているが、しかし、それはアルガス軍の正規の軍服ではない。

 さりげなく、袖口に金糸を織り込んでいるのは、エレントルーデの趣味だろう。

 そもそも、王家の人間に軍服を着る義務はないのだ。

 彼は極秘でティファレトを訪れていた。 


 …………アルガス側の代表として、ティファレト国で行われるカテナの葬礼に参加するためにである。

 

 カテナの葬礼は、極秘にアルガスでも行われたようで、遺体もそちらで葬られたとのことだが、彼女は一応、ライの母でもある。


 ティファレト国でも、ささやかなな葬礼を開くことが決定したのだ。

 しかし、決まったのは、唐突に数日前である。


 そのような急な話にも関わらず、エレントルーデは、遥々ここまでやっきたのだ。特に招かれたわけでもないだろうに。

 ……よほど暇なのだろう。


「……まあ、そうですよね。湿っぽい天気より、こうして晴れている方があの人には合ってますから」


 サリファはぼんやりと答える。

  

 エレントルーデとサリファのいる回廊からは、カテナが最期を迎えた中庭を見渡すことができる。

 色とりどりの花が陽光を受けて燦然と咲き誇っていた。

 つい先程まで、この中庭を借りてティファレト式の葬礼が行われていたのだ。今はもうすべて撤去されて何もない。


「だけど、もう少し派手にできなかったのかな。ティファレト王の妃だったんだしさ」

「今回のことは国民には公表してないんです。その方が賢明でしょうからね」


 王と逃げた妃が一人だけ十五年も生き延びていたなんてことが露見したら、批判の的になりかねないのだ。

 ライの立場も悪くなる。


「……まあ、ティファレトじゃそうなるよね。アルガスでも似たようなもんだったから、父上は結局、葬礼に来なかったしさ。でも、父上も少しくらい気にかけてあげてもいいのにね」

「無理ですよ。あの男に感情を求めるなんて」

「相変わらず君は厳しいね。でも、君のその頑なな所とかさ。意外に父上と似てるよね?」

「それは私ではなく、殿下じゃないですか?」


 エレントルーデが目指しているのは、粛清の道だ。

 要するに自分に権力を集中させるために、父の側近を始末したいということだろう。

 そんなことを企む時点で、エレントルーデもまた父と同じ狂気を秘めているのではないか?


「水掛け論……か。やめておこうかね」


 先に折れたエレントルーデが腕を組んで、口元を緩めた。

 サリファの黒の衣装と、エレントルーデの軍服を暖かな日差しが照らす。

 エレントルーデとは長い付き合いになるが、こんなふうに並んで立ったことはなかった。


「でも、君だって今回父上が下した処断が甘いってことは自覚しているんだろ?」

「それは……」


 交渉する前から、サリファは勝ったと思っていた。

 アルガス王は、口では殺すと言っていたが、実際には何もしなかった。

 殺そうと思えば、いつだって出来たのだ。ライもセディラムもサリファも皆、無防備だった。

 あの状況で襲撃されていたら、確実にティファレト勢は壊滅していた。

 つまり、国王の中には交渉に乗る気が最初からあったということだ。

 だから、サリファは有り得ないような話を国王にでっちあげることができた。


 しかし、成功して日が経つにつれて、むしろ、不気味に思えてきた。


 事実上、アルガス国王は、ティファレトからの撤退を表明したようなものだろう。


「まあ、父上は戦場を抜け出してティファレトに来てたから、延長戦がだるかったっていうのもあるだろうね。だけと、父上は君を試す目的も持っていたんだろうと思うよ」

「試す……? 何で、私を?」

「自覚がないのなら良いけどね。あの戦いで投入されたのは、ほとんど兄上直属の兵だ。あの人にとっては、最初からみんな捨て駒だったのさ」


 薄々感づいていたが、口に出されると腹が立った。


「君は国外追放。父上がそう決めた。異論はないね。あったとしても受け付けないけど。君はこのままティファレトに留まれば良い。その方が僕も父上にとっても好都合だからね」

「遠回りしても、結局、殿下の望み通りということですか?」

「今のところ順調……かな」


 彼らにとって、ティファレトの国主がライである方が、都合が良いのだ。

 …………そう、気づいたのだろう。


 サリファが彼女の側にいる限り、アルガスの良いように操ることができると思っている。

 事実、アルガス王はライのことを「主」として認めても「王」としては認めていない。

 追々、アルガス人であり、血縁上、王の息子でもある、サリファが利用されるのは確実だった。


「まったく、下らないことに首を突っ込んで、身動きが取れないなんて、私も馬鹿ですね」

「今頃、気づいたのかい?」

「今日はやけに言葉に棘がありますね。殿下?」

「そうかな? 別に普通だけどね。ああ、そうだ。思い出したんだけど、帰国してから兄上の様子が変なんだ。極度の緊張状態に体よく失脚させられたのだから、おかしくなるのは分かるけど、イクスの症状が急激に進んでるっていうのは、ちょっと引っかかるよね?」

「それは大変ですね。元アルガス国民としてお見舞い申し上げます。何卒、お体を大切に」

「…………伝えておくよ。まったく」


 エレントルーデは軽く舌打ちしてから、ぽつりと言った。


「客観的に言えば、君はこの一か月と少しの間に、人を利用して、殺して、逃げて、最終的に原点に戻った。それだけだよ。自覚があるのなら、少しだけマシだ」

「殿下には言われたくないんですけどね」

「でも、馬鹿になって得た物もあるんじゃないのかな?」

「得た物?」

「分からない? いい年して可哀想に。だから自分の感情に鈍感だと言われるんだよ」

「そんなことを言われたのは、今が初めてなんですが?」

「サリファ、君さあ」


 エレントルーデが憐みの眼差しをサリファに向けた。


「やっぱり、少女趣味だったんだね……」

「はあっっ!?」


 ――その時だった。

 厳しく「殿下!」と呼びつける女性の声がした。


「ああ。レイラ」


 エレントルーデが満面の笑みを浮かべた。

 早足でやって来た軍服姿のレイラが恭しく二人の前で膝を折る。

 日差しを孕んだ長い茶髪がきらきら微風にそよいでいた。


「お迎えに上がりました。殿下」

「ああ、もうそんな時間か。行かなくちゃ」


 何だ。暇そうにしか見えなかったが、この男もそれなりに、忙しいらしい。

 会話途中だったが、無理強いはできなかった。

 しかし、エレントルーデは一歩足を踏み出してから、振り返らずにこう言った。


「ねえ、サリファ。僕が見る限り、君の時間は十五年前から止まったままだった。でも、やっと動きだしたように見えるよ。それが良いのか、悪いのか、僕には分からないけどね」

「殿下……?」

「――サリファ様……」


 レイラが艶やかな笑みと共に、顔を上げた。


「ライ様にお会いしようと思っていたのですが、今回はこれで失礼させて頂きます。これからも両国間では色々あると思いますが、私はライ様のことが好きなので何かの機会にお会いできたらうれしいです」

「えっ、ええ。私から伝えておきましょう」

「……あのさ。レイラ。その台詞は絶対、僕に対する当てつけでしょう?」

「鈍感な殿下にも分かりやすいようにお伝えしただけです」


 サリファはレイラの性格を初めて知った。

 女性的な外見とは違い、勇ましいようだ。

 彼女ならエレントルーデの暴走を止められるかもしれない。

 

 ……そうしてくれると有難い。


 二人のやりとりを見物しながら、サリファは無性にライに会いたくなった。


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