②
名ばかりの政務室の椅子に腰をかけるライは、不機嫌な感情を隠そうとはしなかった。
虚ろな三白眼に、頬杖をついて、事もあろうかドレス姿で足を組んでいる。
ティファレトのドレスは、体を隠す作りになっているので安心だった。
足を組んでも何重にも重ねられた衣装から彼女の素足が見えることはない。
動きにくい格好。
きっと、それも彼女にとっては、不服なのだろうが……。
「相変わらずですね。ライ様」
「相変わらずではないよ。あんたと話すのは二日ぶりだ。人払いするにも時間がかかるようになってきたし。窮屈なもんだな。ここは牢よりも牢らしい」
「そのうち慣れますよ」
「…………慣れてしまって良いものなのか」
「もっと良い手があったのかもしれませんが。あの時は、こうするしかなかったんです」
「いや、別にそれは良いんだ。まあ、ほら、策っていっても、どうせ籠城するところまでしか、考えてなかったんだ。……それから先が問題だったんだって、今更ながらに、後悔しているところさ。あんたが考えてくれていることは、まあ、……ちょっと小姑みたいだけど、助かっている」
「ええ。貴方がたの考えなしには慣れていますからね。とりあえず籠城して、援軍が来たら、幸運くらいにしか考えてないだろうなってことは、最初から分かっていました」
サリファはそこで苦笑してから、周囲をうかがい、ライに一歩だけ近づいた。
なかなか彼女に会えないからこそ、この機会に、知らせておきたいことは山ほどある。
「アルガスのことは、心配には及びません。ナダルサアル殿下の悪政が知れ渡ることの方を王族は畏れていますし、隣国と火種を抱えていますから、しばらくは口出ししてこないはずだと思います。むしろ、問題は、ティファレトの方でしょう。一応、ユージス国王陛下の主だった臣は、あの籠城戦でほとんど死に絶えていることは、ここ数日で調べがつきました。子供だった貴方が十五年経っても、今のまま年を取らないというからくりは誰にも読めないでしょうし、貴方には歴代国王が持っていたという力がありますから……。おそらく、疑われるにしても……」
「カテナ様の娘ではなく、ユージス様と侍女の子供だと勘違いする程度ってことか……?」
ライは一人ごちてから、両手で顔を覆った。
「つまり、私の子供が私になるってことかよ。何か嫌だな。それ……」
サリファも嫌だった。この話は終わりとばかりに、咳払いする。
「あっ、そうそう。私、国外追放されるみたいです」
「追放? アルガスを追い出されるってことなのか」
「ええ。当然と言えば当然ですよね。むしろ甘いくらいです」
「それで、何処に行くんだ?」
サリファよりライの方が慌てていた。彼女はこんなに素直で、この先大丈夫なのか?
「行くあてなんて、ありませんよ」
「南の方とかどうだ? 温かいし、希少な植物もあるし。何なら暇を持て余しているセディラムに船を手配させることも出来る」
「……あの。もしかしてティファレトでは、外国人の就労は禁止されているのですか?」
「えっ? いや。そういうわけじゃないけど」
語尾にいくに連れて、ライの語勢が弱まっていく。
「私がいることが、迷惑なんですか?」
戸惑っているライの気持ちが手に取るように分かった。
ここに留まれば、否が応でも、アルガスと向き合う機会が来るだろう。
前回の騒動で、ティファレトは独立を勝ち取ったわけでもない。
あくまで、国主をライと認めただけに過ぎないのだ。
いまだ、ティファレトは不安定な属国のままなのである。
……ライは、サリファに逃げろと言いたいのだ。
今度こそ、光草の生い茂る道を走り抜けろと。
しかし、サリファはもはや逃げるつもりはなかった。
「一からこの国でやっていきます。地位も名誉も何もいりません。無駄に知識はあるんで、一人で生きていく自信はあるんです。でも、たまに貴方に会える機会は欲しいですけどね」
「……サリファ」
それでも不服そうなライを黙らせるため、サリファは懐から小さな瓶を取り出した。
丁寧に布で包み直してライに差し出す。透明な容器の中で、薄ら赤い液体が揺れていた。
「解毒剤です。数年後の検証が出来てないので、完成一歩手前という段階ですが、飲んでも大丈夫な段階だと思います。イクスは発症しないでしょう」
「本当か。あんなに時間がかかると言ってたのに、もう完成したのか?」
「完成するって言ってたじゃないですか?」
「てっきり、あんたの得意なはったりだと思ってたよ」
得意って何だろう?
ライにとってサリファは、よほど腹黒い人間に見えているらしい。
「検証の結果、作り方は間違っていませんでした。本の内容は正しかったんですね。これを作った人は、ティファレト国王を心底救いたかったのでしょう」
ライは窓から差し込む月光に液体を翳して見上げた。
室内の灯よりそちらの方が明るい。
「……綺麗な色だなあ」
「ええ、セイジン草が入ってるんです。他にも色々、ルーンの森の植物が入っていて……」
「……サリファ」
生き生きと話し始めたサリファを、ライは落ち着いた声で止めた。
「地下牢で、デニズがイクスを発症したらしいんだ。イクスにしては発熱がなく、空咳だけの症状だが、日々重くなったり軽くなったりを繰り返しているらしい」
「それは大変ですね?」
「私は気になって……、奴に会ってきたよ」
「会ったんですか?」
「ああ。デニズは気が触れたのか、ずっと謝ってたよ。あいつカテナ様のことを乱暴しようとしたんだな。そして、カテナ様は再び毒を飲まれた。心が壊れてしまったのは、その時からだろうって」
「……そうですか」
「それに関しては、驚かないんだな?」
「毎日落ち着かない病状に、デニズも心細くなったのでしょうね。痛ましいことです」
サリファが他人事のように一蹴すると、月影の中に佇むライの瞳は潤んでいた。
「ごめん、サリファ。私、知ってたんだ。あんたが黒い服しか着ない理由。アルガス人には分からないだろうけど、ティファレトでは葬礼の時、黒い服を着る。喪服のつもりだったんだろ? ずっと、あんたは……」
「そんな感傷的なものなのか、自分でも分かりません」
「これは、私のお守り代わりだ。貰っておく」
素直に受け取ったライだったが、もしかしたら、彼女は一生飲まないかもしれない。
「でも、これさ。一気に飲んだら、突然年取ったりするなんてことはないのか?」
「それは、医学的にあり得ないことだと思いますけどね。成長を活性化させることは出来ても、効き目は緩やかなはずですから。今の貴方も完全に年を取っていないわけではないんです。ただ普通よりも速度が遅いというだけのことで……」
サリファはくすりと笑った。
「でも、もし万が一、貴方がそれを飲んでおばあさんになってしまったら、私、貴方をおぶって逃げないといけなかったんですねえ」
「…………えっ?」
「ああっ、怒らないでください。冗談ですからね。少し想像してしまっ……ただけで」
当然、おかしな想像しやがってと、殴られることを予想していた。
だが、ライは真摯にサリファを見つめていた。
「ありがとう」
「えっ?」
「…………い、ゆめだった」
――良い夢だった。
微かにそう聞こえたような気がした。
だか、ライはそれ以上語らず、再び重そうな黒のドレスを引きずって椅子に腰かけた。
「そういえば、私の名前は改められるらしい。わざとライと名乗っていたけど、今回はさすがに駄目みたいだ。神話大好きなティファレト国民に怒られてしまう」
「確かに、国主の名ではないですよね?」
「まあ、そういうことだ。だから、私はライハに改名するぞ」
「あの……、ただ「ハ」がついただけですよね? 似たようなものだと思いますけど?」
「全体的に変えたら、呼びにくくなるし、ややこしいだろう?」
「……別に、関係ないと思いますけどね。既に貴方は一回変えているじゃないですか?」
「忘れたくせに、よく言う」
「馬鹿にしないでください。とっくに思い出してますよ」
「……本当に?」
「もちろん、誰にも言いませんけどね」
その名を知る者は、ライの素性を知る人間だ。
もしもサリファ以外に存在しているのなら、生かしておくわけにはいかない。
「貴方の本当の名前は…………」
【 了 】
今回も回りくどい、粘着系(自分でそう呼んでいる)にお付き合い頂き、本当にありがとうございました!!
久々に読み直して、みんながみんな滅茶苦茶なこと考えているから、話がまとまってないよ!
……と自分で突っ込んでしまった次第です。
さぞ、読みにくかったことと思います。
本当、自己満足で申し訳ありません。
前書きに書いたとおり、ラストウィザードが初めてちゃんと書いた長編話の入り口だとしたら、この話は、その前段階からの「ストーリー」として私の脳内に備蓄されていた付き合いの長い話なのでした。
このサリファという人と、私の付き合いは長く、この話を考え始めたのは、中学生くらいの頃でした。
社会人になって、それでも物書きになりたいと思った時、この話のプロットをいろんな人に見せたこともあました。
ここまでお付き合い頂けた方がいらっしゃったら、本当に嬉しいなって思います。全体的に地味目ではありますが、やっぱり、これは自分の原点には違いないので……。
このようなところまで、このような愚作にお時間を使って頂き、本当に有難うございました!!




