序章
――あの時の光景を、私は死ぬまで忘れないだろう。
流行り病に倒れ、高熱に魘されている主が、私だけを天幕の中に呼んだ日のことだ。
その人が生涯で唯一愛した女性は、間もなく訪れようとしている彼の最期に、一緒に果ててしまいそうなほど衰弱していて……
だから、最後の最期に現実的なことを私に託そうとしているのだと、察しはついていた。
子供の頃から、何となく、私には分かっていた。
――なぜ身寄りのない自分が物心つかないうちに、城に呼ばれ、彼の傍に侍ることが出来たのか。
でも、そんなことを考えること自体、よくないことだと自分を戒めていた。
一生知らないで済めば良いと、願っていた。
……だけど、もう。
出生のことを聞かなければならない時が来てしまったのだ。
とうとう、その時を迎えてしまったのだと、私は心底うろたえていた。
「……申し訳ない」
案の定、すべてを語った後、その人は苦しい息の下、心の底から私に謝罪をしてくれた。
一国の王が必死に小娘の私に頭を下げている。
(……ユージス様のせいじゃない)
複雑な感情を抱きながら、私はどこか他人事のように、臥せっている主を見下ろしていた。
仮面を取った素顔の醜く焼けたような跡に、愛着さえ覚えていた。
顔面の傷跡とは裏腹に心の優しい、その人が息を引き取ろうとしているのが、信じられなかった。
「申し訳ない。お前に託すことしか出来ないなんて……」
主は私の両肩を掴んだ。
末期とは思えない程、強い力で……。
無念だろう。
そうに違いない。
彼のやり残したことの大きさ、愛する人を置いていく未練。
熱い指先から、主の気持ちが痛いほど伝わってきた。
…………だから、私は微笑することした。
泣いてたまるかと思った。
ここにはいない遠い少年の面影を打ち消して、私は懸命に胸を張った。
「大丈夫です。どこまでやれるかは分かりませんが、それが陛下のお望みであるのなら……」
今まで、国のことなど一度だって考えたこともなかった。
この人がいるから自分がいて、あの少年サリファとその母カテナと、たくさんの仲間がいて、それだけが私の世界だった。
――だけど、それでは駄目なのだ。
その後、一度だけ、私は主の言葉から逃げようとした。
カテナ妃が自死しようとした時、私も一緒に死のうとした。でも、結局死ななかった。
皮肉なことに、死のうと思って飲んだ毒は、私を更に運命に近づかせることとなった。
もはや、約束を果たすことしかできないのだと、悟った。
ティファレト王ユージス=ファイリルティストが私に遺した言葉を遂行しなければならなかった。




