➀
「見送らなくて宜しいのですか。カテナ様を?」
「くだらん」
エレントルーデは折を見ては、アルガス王に声をかけているが、常にこの調子だった。
……くだらないのは、一体どちらなのか?
「死ねば、ただの肉の塊だ。何の価値もない」
「……そうですか」
まったく、この人は天才なのか、阿呆なのか?
一体、何をしているのか。
だから、反対したのに……。
カテナを生け捕りにしたければ、もっと方法があっただろうに、どうしてあんな脅しになってしまったのだろう。
正直、カテナの死はエレントルーデにとっても衝撃だった。子供の時の憧れの人だ。
三年も大切に匿っていたのに、こんな形で別れが来るなんて思ってもいなかった。
それでも、エレントルーデの場合は、あくまで哀憫の情だ。父のような執着心は微塵もない。
「もしかして、父上は三年前からカテナ様の所在をご存じたったのではないですか? アルガス国内に彼女がいるのを知っていたから、見て見ぬふりをしていた。でも、今回彼女はティファレトに連れ出されてしまった。さすがに病人を移動させるとは思ってもいなかった父上は……」
「――何だと?」
「い、いえ。何となくそう思っただけですよ」
「何となく?」
「カテナ様に記憶障害が出ていることを、ご存じだったのではないかと?」
「初耳だな。……お前、それ以上口にしてみろ。首が飛ぶぞ」
「…………ええ。そうですね」
冷や汗を拭いながら、エレントルーデは首肯した。
だが、エレントルーデとて、計算くらいはできる。
父は冷静を気取っているが、本当は混乱しているのではないか?
今更、自分の都合で、カテナの名を交渉に出し、死に追いやったのだ。そこまで、自分が嫌われていると思いもしなかったのか。
「交渉決裂。速やかに森に火を放ちますか?」
「ティファレトの主張じゃ、あの女は死体になってやって来たということなのだろう」
「では、とりあえず今はやめておきますか?」
「準備は怠るな。明朝には一斉攻撃する。徹底的にな」
――徹底的ってね。
やはり、カテナが死んだところで、戦いは避けられなかったのか……。
エレントルーデは、元々戦争なんて大嫌いだった。
特に、死傷者の数だけが増えていく無意味なものは嫌いを通り越して、吐き気すら覚える。
こうなることを予期していたのなら、セディラムだけをもっと早くに葬っていれば良かった。
今回の戦いは明らかに、激しくなるだろう。
ーーー何しろ、あちらには彼がいるのだから……。
「出てきますよ」
「何が?」
「ディアン=サリファですよ。十五年の間ですっかり錆きってしまったかと思いましたが、やはり、切れます。日頃は無気力ですが、今回ばかりは出張ってくるでしょうね。何せ母親が死んだんですから」
「…………ふん、何かと思えば、くだらない」
「十五年前のことをよく覚えていらっしゃるのなら、くだらないこととも思えませんが」
ぎろりと向けられた眼光に、エレントルーデは慌てて顔を伏せたものの、口の端に浮かんだ笑みだけは、隠しきれなかった。