②
サリファは結局、翌朝の軍議から出席した。
どうしたってアルガス人のサリファは部外者だったが、皆の前で膝をつき、ライに忠誠を誓うので末席に参加させて欲しいと頼み込んだ。
ライは何故そんな真似をするのかと、そんなことをしなくても許可すると怒っていたが、そこまでいい加減さがまかり通ってしまう組織では、むしろ困ってしまうのだ。
しかし、やはり会議は、素人丸出しで、軍議とは名ばかりの自慢大会と化していた。
唯一、策といったら、襲って来たら、がつんとやる……という原始的なもので、サリファは正直閉口してしまった。
どうしたって、こんな集団に城が占拠されてしまうなんてあってはならないことだった。
セディラムも、多少は考えているようだが,天性の勘に頼る面が大きく話にはならない。
ナダルサアルが人質として役に立たないのなら、ライの側にほとんど勝機はないのだ。
……誰がこの現実を直視しているのか?
しかも、結局ライは昨晩、能力を使わなかった。
カテナの喪に服すことにしたのだ。
アルガスもカテナのことがあって攻めては来なかったが。この時間を有効活用して、準備に手間をかけていることだろう。
味方を多くつけたいのなら、期間限定のライの力に頼るだけではなく、接戦に持ち込む必要がある。
「……何してんだ?」
独り悩んで、部屋に閉じこもったサリファを訪ねて、ノックもなしにライがやって来た。
用向きを聞く前に室内に入ってきた彼女は、サリファの手中の物を覗き込む。
それが余りにも自然で、サリファは数瞬、唖然となった。
「……あの。ライ? 貴方の方が何をしているんでしょうか?」
現状を直視したサリファは、悲鳴を上げそうになった。
やっぱり、部屋に鍵がないというのは考えものかもしれない。
――そして、更に気が付いたことがある。
「ちょっと、まだ夜中じゃないですか。こんな時間に男の部屋に来るなんて。一体貴方は、どういう了見なんですか? 貴方には侍女とか、従者はいないんですか?」
「カテナ様の侍女は、逃がしちゃったし、人手不足だからな。余計なことは頼みたくない」
「それはいけません。至急つけるべきです」
「良いじゃないか。別にあんたを、取って食おうっていうんじゃないんだ」
「それは、私の側の台詞でしょう?」
「夢を見たんだ。悪い方の……」
「……あ」
サリファの脳裏に、ティファレトに向かう船中で泣き叫んでいたライの姿が浮かんだ。
「最近は見なかったのにな。いや、まいった。……な? 邪魔なんかしないから、そこらへんに置いてくれよ」
ライはふっくらとした唇を尖がらせて、そんなことを言う。
肝心な時は甘えて来ないのに、こういう時だけ甘ったるい口調になるのは無意識なのだろうか。
とてもじゃないが、突き放せなかった。
サリファは渋々、ライの質問に答えることにした。
「城の見取り図を描いていたんです。以前のルティカ城に近い形で再建されていたので、楽に描けましたよ」
「へえ、上手いな」
そうだろうか……。
そもそも、線と点が主で写実的でも何でもないので、上手いも下手もないような気もする。
「……で。これをどうするんだよ?」
「そんなことより。貴方、距離が近くないですか?」
「ああ、そうか。悪い悪い」
サリファの腕に触れるか否かの位置で、ライが見取り図に視線を落としていたので、心臓がどきりとした。
ライはきょとんとしているが、サリファは一目散にライから離れると、無心で見取り図を丸めた。
「人を何処に割くのか考える手立てにします。この城は門が狭くて良いのですが、外壁は低く梯子がかけられやすい。昨晩は皆、原始的な主張ばかりでしたが、それではいけません」
「あんたの頭の中では、大体、人員の配置が出来てるんだな?」
「……おぼろげには」
曖昧に頷いたサリファは、小さな椅子に腰をかけた。ライにも勧めたが、彼女は座ろうとしなかった。
大きな瞳にじっと見下ろされると、正直居心地が悪かった。
「もっとも、それだけでは駄目ですけどね。危険ですけど、ルーンの森に降りてもらって、指定の草花を摘んできてもらいましょう。上手く使えば武器にもなりますし、食糧にもなります。それと城中の重い物をありったけ集めて、上から落とそうと思うのですが、如何ですか?」
「どうしたんだ。急に。あれほど、降参しろって言ってたのに? それに逃げろって言ったのに、あんたはまだここにいる。正直、私には心底あんたが分からない」
「私の方は、別に。どうもしていないですよ。母の敵を討ちたいと思うことがそんなに不自然ですか? むしろ、分からないのは、貴方の方ですけどね」
サリファは微笑する。その笑顔が怖いと昔カテナに言われたことはすっかり忘れていた。
「…………私が進言したところで、貴方が私の考えを受け入れるかどうかは分かりませんからね」
「……当然、あんたの策のことは全面的に信用しているよ。きっと、籠城経験のないセディラムは、喜ぶだろうし。……でもな」
「普通はないですよね。二度もこんな目に遭うなんて……」
「まあ、そうだけど。でも、私は……」
「気になっていることがあります」
ライの言葉をさえぎって、サリファは以前から用意していた質問をぶつけた。
ちらりとライを一瞥すると、彼女は唇をとがらせて、渋々サリファの質問を待っていた。
「貴方とセディラムのことです」
「あいつと私?」
「ええ。三年前からの付き合いだと聞きましたが、お二人は仲が良いんですね?」
「まさか? 究極に仲は悪いけどな。でも、アイツは親の代からデニズの手下で、デニズのやり方が気に入らないって反乱する隙を窺ってたんだ。腹の立つ奴だが、私はアイツに助けてもらったよ。デニズに無体なことをされなかったのは、アイツが盾になってくれたからだろうって、それくらいは私にも分かってる」
「……そうですか」
サリファは、そして、うつむいた。
ライの悪夢の原因が分かってきたような気がした。
もちろん、デニズの存在だけが要因ではないのだろうが……。
カテナを売った相手のもとに、留まらなければならなかった彼女の屈辱は想像以上のはずだ。
「デニズは、この城にいるんですよね?」
「ああ。牢に移したみたいだけど。私は会ってない。出来れば二度と会いたくないからな」
「…………ですよね」
ぼんやりと呟くと、ライが再び至近距離でサリファを凝視していた。
「何です?」
「だから! 一体、何を考えているんだ。サリファ!?」
「分かりませんか? ものすごく、いろんなことですよ」
しかし、とうとうライはサリファが先送りにしようとしていたことを蒸し返してきた。
「……あのな。敵討ちだなんて、ごまかしだろう。サリファ? 本当、いい加減に教えてくれ。あんたは、一体、何を考えているんだ?」
多分、彼女にとっては、これが一番大切な話題なのだろう。
怒っているというより、どちらかというと、泣きそうな目で、サリファを見ていた。
「分かってるんだろう? 私の力を見せつけることで、ティファレト国内の族長たちが援軍を送ってくることを待っている。けど、そんな援軍……来るのか来ないのか分かりはしない。……もしも、来なければ、この城はアルガス国王に攻められて、私は処刑される。……まだ死にたくないだろう。あんただって?」
「もちろん、死ぬ気なんてないですよ。私は、ただアルガスに行きたくなかっだけです。……ライ。私はね、アルガス国王が大嫌いなんです。だから、敵わぬまでも、敵討ちに、精を出すのは、自然なことなんです。…………それに、貴方だって、私がどんなに牢から出ろと言っても、出て行かなかったじゃないですか?」
「だから、何度言わせれば気が済むんだ。私とあんたじゃ、色々違うんだ」
「何が違うんです? 同じようなものでしょう? 貴方にはあなたの考えがあって、私には私の考えがある。ただそれだけのことです。それにね。私は不名誉ではありますが、「籠城経験者」として、多少は役に立つと思うんですよ。援軍が来るか来ないかの「賭け」。面白いじゃないですか。人生たまには、出たところ勝負というのも、良いかもしれません」
「朗らかに問題をすり替えるな! 私はそんなんで、煙には巻かれ……」
「あっ、ほら。ライ」
延々、話しているうちに、朝日が昇ったようだ。
昨日、この陽光を浴びて、笑っていた人がもうこの世にいなくなる。
そんな現実が信じられないような美しさだった。
サリファが窓辺に近づいて行くと、ライも後ろで手を合わせていた。
そういえば、ティファレトには太陽を拝む習慣もあった。
「何を祈ったんですか?」
「カテナ様が安らかに眠れますように……って。アルガス人には変な感じか?」
「いいえ。……カテナ様も喜ぶと思います」
「……なら、良かった」
ライが微笑する。
やはり彼女の笑った顔を見ていると、心が和む。
自己満足でも良かった。
彼女を守りたいと思う。
けれども、ただその一念を貫くために……。
――自分は、どうするべきなのか?
覚悟が必要だった。
生ぬるい覚悟ならば意味がない。
目的のためには、手段なんて選んでいる余裕はないのだから……。




