8 便利な魔法
「わたしが生まれた頃には既にその知識は失われていたからな」
コロンが遠くを見るように目を細めて言った。
「失われた太古の技術なんだ」
「そ……それじゃあ、メンテナンスはどうしているんです?」
面田としてはそれはいちばん気になるところだ。
1300年間一度も修理もしないで建物がもつはずがない。技術が失われていてどうやってこの建物をここまで維持してきたのだろう?
「私たちには復元魔法がありますから。どこかが壊れても最初の状態に戻せばいいだけですから」
アリストーマが当然という顔で言う。
それは確かに便利ではあるが……しかし……
いや、魔法があればそれで済むわけか。
だが大鋸がなんだか渋い顔をしている。
「そういうもんに頼ってばかりいるから技術が失われるんだ。」
「そうかもしれませんが、しかし今はもう失われてしまった技術は復元魔法で維持してゆくしかないのですよ。それでなければ私たちは魔物に蹂躙されるがままになってしまう」
「今あるものを見よう見まねでいいから研究して学ぼうとはしねぇのかよ。昔の俺たちゃあ、古い建物を修理するときにそうやって古の先輩たちの技を学んできたんだよ」
大鋸が少し厳しい職人の顔になって言った。
うまくは言えなかったが、大鋸にとっては人生の敗北ともいえる大工技術継承の途絶えと、魔法の便利さによって高度な建築技術が失われてしまったこの世界の状況が重なって見えてしまったようだった。
「大工の技だってよ、江戸の末期あたりが絶頂期でよ。そのあと『便利な道具』が出てくるたびにどんどん忘れ去られていって、今じゃまともにノミも研げねぇようなやつが大工を名乗ってやがる」
これは今の話とは関係ない。大鋸の愚痴だ。
半分ぐらい理解できない言葉が並んでいたが、アリストーマは少しだけ同意できるような気もした。
「そうですね。私たちは魔法に頼り過ぎているかもしれません」
「見学はもういいだろ? さっさと行こうよ」
コロンが腰に手を当てて頬っぺたをふくらませた。
「こんな役立たずのジジイの愚痴なんか聞いてないで、ちゃっちゃと魔物追い出してお帰りいただこうよ」
「や……役立たずのジジイ?」
大鋸は思わず景色ばんでしまった。
ジジイは事実だから仕方ない。しかし『役立たず』は職人としてのプライドが許さないワードだった。
たしかに魔法は使えないし、王都の中でも上まで運んでもらったが……
しかし……
しかし……
「役立たずのジジイはねぇだろ? 自分だって1300歳のバ……」
そこでかろうじて大鋸は止めた。さすがに大人気ない——と気がついたのだ。
「1297歳だって言ってるだろ!?」
ピシャアアアーン!
上空から凄まじい落雷のような光が落ちてきて、近くの大木を黒焦げにした。
「ひ……ひぇ!」
ほら、やっぱり怒らせたら怖い。
「これくらいのことやれてから大きい口叩いてよね? わたしの方が年長者なんだからさ」
「鉋さん。鉋さん。ダメだって、こういう人を怒らせちゃ」
面田がおいでおいでをするように手を振って大鋸をなだめる。
「あ、ああ……」
大鋸も度肝を抜かれて目を白黒させている。
そうだった。大工の腕がどうのというような次元の話ではないのだ、今の状況は——。とにかくさっさと終わらせて元の世界に戻してもらわないと……。
「す……すびません」
「コロンさん!」
しかし今度はコロンがアリストーマから叱られる番だった。
「何やってんですか! 王国の貴重な緑を。すぐ元に戻しなさい」
「はぁ〜い」
コロンがひどく素直に返事する。
一応今回の任務ではアリストーマがコロンの上司——ということではあるらしいのだが。
年長者、年長者と言うわりには、そのあたりこのエルフのコロンさんは素直に従うんだな——と面田は思う。この国での上下関係の感覚というのはどういう基準になってるんだろう?
コロンがふわりと片手を振ると、黒焦げだった木がたちまち緑の葉を茂らせた大木に戻った。
これが「復元魔法」か……。
たしかに便利だ。
しかし便利であり過ぎて、大鋸の言うような問題も起こったんじゃないか? いや、起こったからおそらくその太古の技術とやらも失われてしまったのではないか。
面田はコロンの復元魔法を見て、ふとそんなふうに思った。
ふりかえれば私たちの世界でもそれは起こっていたんじゃないだろうか?
技術が進んでどんな形でもできるようになってから、建築のデザインはつまらなくなった。
A I でアニメやイラストが作れるようになってから、なんだか熱量を感じない同じような作品が増えたような気がする。
それは時代についてゆけなくなった面田のヒガミでしかないのだろうか。




