2 黄昏の3人
面田図は腰を叩いて背を伸ばした。
「う〜〜〜〜」
年をとった。
この仕事を最後に引退しよう。
図は設計士として50年を過ごしてきた。
華々しい大建築を手がける「建築家」を夢見ていた若い頃、就職した会社をすぐ辞めて小さな設計事務所を立ち上げた。
しかし世の中そんな甘いものではなく、何度か挑戦したコンペも入賞することもなく、事務所は大きくもならず、細々と住宅の設計などをしながらここまでやってきた。
業者には「先生」などと呼ばれることもあったが、それはとりあえず設計者などという芸術家きどりはそう呼んでおけばいい——というようなギョーカイの慣例みたいなものだ。
気がつけば年をとっていた。
目も見えなくなってきたし、若い感性にもついていけない。
潮時だろう。
体もいうことをきかないし、膝も痛い。座ってばかりじゃなくてもっと運動もしておけばよかったな……。
窓の外には黄昏の空が広がっていた。
自分の人生がこの空と同じようにまもなく暮れて闇へと向かうんだ——とそんなことを思うでもなく思っていたところに……
突然夕陽が白く眩いばかりに輝くのが見えた。
* * *
大鋸鉋介は大工である。
15歳からこの道に入り、親方の下で日本の木造伝統技術を学んで以来、伝統的な仕口・継手を使った手刻みの仕事にこだわって60年を生きてきた。
しかし今や住宅は工場で生産し、「建てる」のではなく「買う」時代になってしまった。
身につけた技を振るうような仕事もほとんどない。
俺はもう、時代に取り残されたなあ……。
ボードを張り終わった現場で鉋介は、ふう、と大きくため息をついた。
電動工具で石膏ボードをビス止めしていくだけの仕事。それが今、鉋介に与えられている仕事だ。
「鉋さん、そろそろ上がろうや。いくら日が長くなったといっても暗くなってきたらビス頭が見えんだら」
今の上司の40代の大工が鉋介に声をかける。
10年前なら「ンなもんは大工とは言わねぇ」というようなウデの男だ。ノミもまともに研げやしねぇ。
もう、俺らの時代じゃねぇんだなぁ……。
顔を上げるとまだ納品されたままのシールが貼られたサッシのガラスの向こうに黄昏の空が見えた。
半分雲に隠れた赤い夕陽を見ていると、その夕陽が突然真っ白に輝いた。
* * *
「よかったらこの先も会社に残って後進の育成に努めてくださいよ、事平さん」
地元中学の同級生だった社長にそんなふうに言われて、一応の定年後も70を超すまで嘱託として経理事務の仕事をしてきたが……
今や事務も経理も「あぷり」とやらで済む時代。
後進の育成どころか、若い人に使い方を教えてもらってやっとのこと仕事をしているような有り様だ。
いつまでも居ちゃいけないなぁ。
若い人たちは「多様性」とか言ってくれるが、実際のところは「お荷物」だろう。そろそろ私も、孫のお守りだけに専念する時期だよなぁ……。
事平務は小さくため息をついて事務室から窓の外を見た。
黄昏時の空が窓いっぱいに美しく広がっている。
高いビルも少ない地方都市の夕暮れは、ビルや住宅を色彩の定かならぬ影にして最後の残照を空に届けていた。
何ということもなく平々凡々で過ぎてきた埃のような人生。
出世したり名を上げた同級生の話は数多く耳にしたが、務はただ淡々と会社勤めをしてきただけだ。
平凡に結婚し、平凡に子供を育て、平凡に孫の顔を見て……。
続けてきた仕事はデジタルの前に「要らないもの」になりつつあり、特に何を残したというわけでもなく……
私の人生も残りわずかだ。
意地汚く何かにしがみついたりせず、せめてこの黄昏の空みたいに美しいと思われながら消えていきたいものだ……。
そんなことを考えながら目を細めていた務の目に、突然夕陽が白く眩い光になるのが見えた。
〜* 〜* 〜*
アリストーマは部屋で4人だけになってから、改めてその3勇者の尊顔をじっくりと拝す。刻まれた深いシワは、見ようによっては威厳さえ感じさせた。
大丈夫。やっぱり勇者様だろう。
私の術式は間違っていなかった。そうだ。間違ってなんかいない! そうでなくては困る。
「皆様をお招きいたしましたのは……」
「あのう……有栖さんとやら。ここはどこですね?」
シワは深いが……なんだかその表情は間のぬけたような顔にも見えるが……
いやいや、能ある鷹は爪を隠す。見かけではあるまい。きっと我らなど想像もつかないような魔法を使うのかもしれない。
「ここは、シッケモトス王国のクローノ王宮の中でございます」
アリストーマが動揺を隠しながら、そう答える。
「ドッキリだろうか?」
「カメラどっかにあるんじゃないか?」
「でも、こんなセット作れます? それに私は、夕日が光ったと思ったら突然あたりの景色が変わっていたんですよ? ボケて記憶が跳んでるのかな?」
細い棒と四角い板を持った老人がそう言うと、他の2人も「俺もだ」「僕もです」とうなずいた。
「すると…‥」
うなずいた2人のうちの1人が手で壁を触った。ふわりとした服を着た老人だ。
「これはあれだ。本物の大理石だ。セットで作れるような物じゃないよ」
「あ……あの、皆様方は招喚は初めてでいらっしゃいますか?」
「償還?」
「娼館?」
「小缶?」
「モニ◯リング」と言わず「ドッキリ」と言うあたりが昭和老人です。。(^◇^;)




